他人の家で知らず知らずのうちに酔っ払ってしまっていたようで、何を喋ったのか大して憶えていない。憶えておく必要があるほど重要なことを僕が口にするとも思えなかったから別に構わないのだけれど。僕は大抵の場合、軽口かその場限りの思いつきでしか物を言わない。空っぽだ。僕には視覚も聴覚も味覚も嗅覚も触覚も等しくあるけれど、中身が無い。僕は卵の殻だ。大事な中身は、とっくに落っことしてしまっている。
目を覚ますと僕は1人だった。身体中に張り付いた汗が気持ち悪かった。世の中は常に動いている。そして僕だけが取り残されている。とりあえず顔を洗って少し落ち着くと、身体の芯に居座るアルコールの気持ち悪さに気付いた。少し酒に弱くなったのかもしれない。肝機能の老化現象か、或いは風邪のせいか。冷蔵庫を勝手に漁るものの水もお茶も無い。アイスだと思って口にしたものは単なるチョココーンだったから、ますます喉が渇いた。オマケにエアコンが無い。エアー・コンディショナー。現代人必須である所の文明の利器の最たるアイテムが無いなんて。チョココーンの件(トラップとしか思えない)と合わせ、客人に対する嫌がらせとしか思えない。温度計は33度を指していた。
屋内でのコンディションリカバリを諦め、節操無くギラギラと照り付ける太陽の下に出るという危険を冒すことで、やっと水分を補給することができた。タイトなTシャツの僅かな隙間に汗が流れ落ちる。選挙ポスターに写るジジイの張り付いた笑顔が癪に障った。大体なんだそのポーズは。いったい人生のどんな局面で、そんな不自然なポーズをとる必要に迫られるんだ。E999のイヤホンからはTheRentalsが流れていたけれど、今の気分と目に映る風景に対し、あまりにアンマッチだった。
地下鉄に乗って学芸大まで行き、都立大までの、碑文谷公園を通る僕のいつものお決まりのコースを歩いた。僕はどうしたらいいかわからないときに決まってこのコースを歩く。歩いたからどうなるものでもないけれど、途中の古本屋や、雑貨やらインテリアやらを並べている店を冷やかし、小さな幾つかの小料理屋と飲み屋のメニューを入口でチェックする。僕をイラつかせる先刻と同じ選挙ポスターに出会ってしまったけれど、「絶対オマエなんかに票を入れない」と呪いの言葉を2回口に出してみることで若干溜飲を下げることができた気がした。
公園でロバとアヒルとカメ、それに金持ちたちが散歩させている毛並みの良い高そうな犬を観察した。ロバは優しそうだけれど、どこか人生に疲れた老人のような顔に見えた。アヒルとカメはキュートと言えない事はないけれど、何も考えていなさそうだ。金持ちの連れている犬は、人生の苦痛とは無縁に見えた。彼らは僕の無くしたものを持っていて、僕は彼らの知らないものを抱えている。誰かが飼ってくれるなら犬も悪くないな、と思った。
公園の出入口に1匹の猫が居た。目と鼻からドロドロとしたわけのわからない液体を盛大に垂れ流し、何処を見ているのかわからない目は、或いはもう何も見えていないのかもしれない。恐らく致命的な病気にかかってしまったのだろう。見たところ野良猫のようだし、残念ながら素人目にも助かる見込みは極めて少なそうだ。野良猫は他にも数匹いたけれど、病気の猫には決して近づかない。死の迫っている厄介者は孤独だった。絵面としては何とも気色の悪い、目を背けたくなるものだったけれど、僕は何となくその猫を見ていた。猫は小刻みに震えながら、しかしその場を動かなかった。猫は死に際に姿を隠すと聞くけれど。君はどうしてそんな姿を晒しているんだろう? 哀れんで欲しいのか? 或いは自分はまだ1人で生きていけると思っているのか? 猫は答えない。当たり前だ。その猫を見ているうちに、何だか酷く不安な気持ちになった。似たもの同士の運命的な出会いのようにさえ感じられた。冗談じゃない。小さく口に出してもう1度言ってみた。僕は不安なときには口に出してものを言う。アウトプット。確認作業だ。冗談じゃない。
家に着いて、シャワーをした後、道中買った3つのパンを1リットルパックの牛乳で流し込んだ。食べ終わった後、僕は病気の猫のことを思った。今も彼(或いは彼女)は、あの場所で小刻みに震えながら佇んでいるのだろうか。ふいに、あの猫にもう1度会いたくなった。同時にもう2度と会えないだろうと思った。明確な理由がある訳じゃない。何となく。そんなことを思いながら、僕はそのまま眠ってしまった。
案の定、僕はうなされた。こうなるのは解っていたはずなのに。馬鹿げてる。夢にはあの猫が出てきて相変わらず目と鼻からドロドロと膿のようなものを垂れ流しながら、酷く絶望的な台詞を僕に向け言い放った気がする。詳しくは憶えていない。悪夢なんて憶えていなくて結構。でも起きたときの酷い気分は勘弁して欲しい。いつも通りの酷い朝だった。目を覚ましたときには既に悲しかった。泣きたい気分だった。ことさら自分が望んだ訳でもないけれど、僕もそれなりにいい歳になってしまい、泣きたいときに泣けなくなってしまっていた。僕はこの1年近く、常に絶望的な気持ちで生きているけれど1度も泣いていない。涙が出てこない。いや、違う。1度だけあった。あれは、そう、ときに意外な言葉が琴線に触れたりするものらしい。あの病気の猫は僕にいったい何と言ったんだろう。落とした僕の殻の中身は今、どうしているだろう。もう1度、いや、いやいや、ぐるぐると不毛なことが頭を飽和状態にさせていたけれど、僕は今日も電車に乗って会社へ向かう。理由付けはまだできていない。
夏の日差しは眩しく、空気はムッとしていた。
ワクワク感を失った夏を、僕は前ほど好きではなくなったようだ。
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