2003
july

7/6
7/7
7/7−2
7/30






7月6日

休日深夜の会社に1人。 ああ、頭が痛い。何なんだこの頭痛は。その上、何だかいろいろ考えてしまって、混乱してしまって集中できない。頭の中で酷い交通渋滞が起こっている。信号機は全て滅茶苦茶に動いているし、誰も交通整理できない。クラクションを止めてくれ。
来る途中に買ってきた増田こうすけと岡崎京子の漫画を読んだ。
増田こうすけの漫画は相変わらず笑えたし、岡崎京子の感性はやはり素晴らしかったけれど、混乱は収まるどころか更に増して、ああ、もう、本当に困ってしまう。仕事にならない。
オフィスの電気を消して、もう寝ちまおうと思って。横になって頭に浮かぶ疑問とか質問とか軽口に対して、声に出して答えていたら少し落ち着いた。吐き出す先なんてどこでもいいんだけど、兎にも角にもアウトプットすることで人って安定するものなのです。パンクする寸前の空気抜き。不必要で無駄な延命措置かもしれないけれど。何にしてもオフィスに他に人がいなくて良かった。これじゃどう見ても分裂症患者だ。実際そうなのかもしれないけれど。
誰かと何か話をしたくなったけれど、夜中のオフィスビルには勿論誰もいないのだ。



7月7日

結局会社には丸一日と4時間ばかり居た。最終電車に乗って帰宅してから ご飯を作った。ホウレン草を湯がいて、ザルに移し、そして何を思ったか、そのままオリーブオイルが完璧に熱せられたフライパンに投げ入れた。大量の水分を得たフライパンからは中華料理店もかくやという炎があがった。どうかしてる。僕には睡眠と精神を回復させる時間が必要だ。が、しかし、うまく眠れなくなってしまった。眠気のようなものはやってくるけれど、普段と違う。頭が混乱して、瞼を閉じたくない。睡眠薬はあるけれど、昔からあまり薬に縁のない、そして今も日常的には摂取していない僕には効き過ぎてしまう。平日の午前4時には飲めない。困ったね。あるときから突然、世の中は僕にとってとても生き辛くなった。



7月7日−2

最初に、あたかも僕に素敵な用件を伝える為の電話が来たかのように欺いた いつも通り最大音量の着信メロディを、携帯電話がスヌーズ設定で鳴らす。次いで、赤い文字盤のデジタル時計が 世の中の致命的な欠陥に対するエラー音のようなアラームでもってジジジジとヒステリックにわめき散らし、その直後、家の電話が 不幸でショッキングな出来事を運んで来たかに思える唐突さと 耳障りな音量で鳴り出し、更に、重量感のある銀色のアナログ時計が 聞くもののストレスを確実に高める けたたましいベルの音をジリリリと鳴らした後、最後に、小さなアナログ時計と湿度計と温度計が並列に並んだ デザインは悪くないけれど ほとんどインテリアとしての能力しかない その時計から、最後の警告としての か細い電子音がピピピッと発せられる。


そのオーケストラに包まれつつ、それでも一向に目を覚まさない僕の眠りは、何か重大で致命的な欠陥があるのだと思う。恐らく近所の人間はいい迷惑だし、僕も困る。
まったく。眠れたと思ったらコレだ。



7月30日

昨日は妙にブルーになっていた。
苗場から帰って来たのは、つい昨日のことだってのに随分昔のことのように思い出されて。まるで、若く楽しかった日々に思いを馳せる老人のようだと思った。同時に、今年のフジロックが終わったことで、ああ、これでまた長い時間、楽しいと思えることは何も無いんだろうなあ、と、いや、そんなことは解っているけれど、再認識させられると、それはやはり しんどかったりする。
老人は、錆びた細胞の匂いを漂わせながら、決して取り戻せない楽しかった日々を、リリカルな脚色と、懐かしさや悲しさが複雑に入り混じった心情で、いつまでも反芻し続けるのです。
しかし、楽しかったフジロックの最中でさえ、僕の心の片隅には いつもと変わらない後悔と忸怩たる思いが居座り続け、この先が思いやられた。もう1年近いじゃないか。まだか。まだなのか。
とりあえず来月にまた、一昨年行った軽井沢に行くかもしれないので、できるだけそのことだけを考えるようにしよう。それすらも仕事次第だけれどね。
僕の世界は脆く、危ういバランスのままで、不安定な足場から足場へと、何とかやり過ごしているのであります。坂道を不規則にゆっくりと転がり落ちる、イビツで愚鈍な石ころのように。

フジロックのときの話はぼちぼち書き始めています。やはり書いときたいので。どうしても僕は、楽しかったのだと自分で自信を持って認識できる何かが欲しいようです。情けない話ですね。