2003
may

5/8
5/13
5/20
5/25
5/26






5月8日

今日も朝から酷い気分だ。
頭の芯に有難くない根気強さで居座っている輸入ビールの安っぽいアルコールと、今週ずっと続いている寝不足のお陰で、イライラ度は起きている時間と正確に比例して上がっていく。
僕の毎日のモチベーションは相も変わらず果てしなくゼロに近いものだから、何かをしたり考えたりするには、あまりにもうんざりし過ぎていて、あらゆる行動の効率が著しく落ちている。そのくせ仕事は日に日に忙しくなる。モチベーションの低下→業務効率の低下→業務時間の上昇→モチベーションの低下→業務効率の低下… すばらしい! 無限ループ! デッドロック!
家に帰ったところで何をする気にもならないものだから、1人の部屋、パソコンの前に座り込んで同じプロモーションビデオを1時間くらいぼーっと見続けていたりする。そのくせ流れている音楽の歌詞なんて、まるで憶えちゃいない。毎日が時間の浪費。
乾燥した紙粘土みたいに、硬くパサパサに乾いた脳味噌は、同じことばかり考えている。恐らく考えなかった日は1日だって無い。リピート機能で延々シングルCDを流しているみたいだ。
酷い気分で目を覚ますことがよくあるし、目を覚まして酷い気分になることもよくある。
僕は酩酊して迷走し、敗退して昏倒している。
ラストチャンスがもう無い僕は、まるで「将来的希望の見出せない人間が1人で耐えうる限界」という命題で実験をしているような気分でいる。



5月13日

今日もまたこの上なく無気力に、惰性的に、習慣的に、怠惰に、ネガティブに、パッシブに、倦厭として、ポチポチ 誰でも組める程度のプログラムを組む。
何度も言っているけれど、僕はプログラマ向きじゃない。これは断言できる。
プログラマなんて、もっと神経質で視野が狭く完璧主義者な上にパソコンオタクの粘着気質な暗いやつがやるもんだ。やれやれ、暗いところしか合ってないじゃないか。いったい何処で間違えたんだ。いつボタンをかけ間違えたんだろう。

思い出すのは高校三年生の文化祭。
図書委員会の出し物であるクイズ問題のワープロ打ちを頼まれた僕が パソコンの前に陣取り、いきがって腕まくり、画面とキーボードと原稿に世話しなく目をやりながら、プルプル震える雨だれで全て打ち終わったのが5時間後。
眼鏡 おさげ 痩型 と今にして思えばパーフェクトな図書委員長と小太りでグラマー担当だった顧問の先生から、失意を大量に含んだ 深く、そして長い(今までで聞いた ため息の中で 5本の指には入る)ため息が漏れる。言い訳をする余地も無い。

思えばこの時の屈辱感と復讐心が今の僕の職業を決定付けたと言えないことも無い。



5月20日

例えば、
「元気になってきた」とか「回復している」という実感を少なからず自分で持てれば、いくらか違うと思うのだけれど、僕は今のところ そういった実感がまったく持てないのです。何も変わらない。進化も変化も無ければ忘却も無い。停滞だけがそこにあって、すっぽりと まるで昔からそこに存在しているみたいに自然に僕の中に収まっている。
なにも かわらない いつまでも このまま わかって いるのでしょう ?
抗ってもがく気にも、絶望して叫ぶ気にもなれなくて、いつものように倦厭として、そして半ば諦めて、ただ黙って見ている。
ヘッドフォンから若き日のデビッドボウイが言う。
チ ェ チ ェ チ ェ チ ェ チ ェ チ ェ ン ジ ィ ィ ィ ィ ィ ス
変わらない。



5月25日

僕はこれでけっこう寂しがりなので、結局のところずっと1人で過ごすことはできず、偶には誰かと会ったり、大勢の中に入ってみたりもするのだけれど、それはそれで、その後1人に戻ったときの孤独感が増幅されて困ったりもする。夜の電車は空いていて、座ってすぐにE999のヴォリュームを最大近くまで上げる。対面の窓に自分が映る。髪が伸びたな、と思う。



5月26日

考えるのも厭なことは誰だって考えたくないだろうけれど、得てして頭から離れないのは 考えたくも無いことや厭な思い出だったりする。
少なくとも僕はそうだ。僕はいつだって厭なことばかり思い出す。
例えば、シャワーをしているとき、仕事中 ふとキーを打つ手を止めたとき、夜 電気を消して寝る間際、そういった瞬間の1つ1つと向き合って対処していくのはなかなかに大変だったりする。
呑み込まれそうになるその刹那、僕は搾り出すように「アーァ」と声をあげる。内側から湧き上がった何かを吐き出すように。大声じゃない、かと言って小声というほど小さくもない。意識的に声を出す訳じゃなく、思考を強制的に停止させシャットアウトし、そこから脱出する為の無意識で反射的な防衛行動として。
アーァ
ピシャリ シャットアウト。ハッとして現実に戻る。
だから外にいるときに無意識に声を出してしまい赤面したこともある。僕だけかしら。

どこかで聞いたことがある。
野球のバッターは上手く打った時のことをいつまでも憶えているが、ピッチャーは完璧に打たれた時のことをいつまでも憶えているって。
つまり僕はピッチャータイプな訳だ。
右バッターからスッと逃げるようなカーブと左バッターの胸元を抉るようなストレートを武器に、僕はバッタバッタと三振の山を築いて9回裏。押し出しの後のグランドスラムでノックアウトされてしまった。昔から僕は 勝負どころに弱いのだ。

アーァ

ピ シ ャ リ 。 シ ャ ッ ト ア ウ ト 。