彼は穴を掘り続けていた。
古びたスコップでただひたすらに掘り進んだ。
穴が自分の背丈より深くなっても、地上が遥か頭上になっても、それでも彼は掘り続けた。
どれだけの時間が流れたのだろう。
何時間か、何日か、何ヶ月か、何年か、それすらわからなくなって、もう何の為に穴を掘っているのか、その理由さえ忘れてしまっていた。
深く、より深く潜らなければならない。
彼はそう思っていた。その思いが彼を突き動かしていた。
彼は逃げだしたかった。
暖かく、切なく、鮮やかで、悲しい、全てのものから逃げたかった。
彼は、地の底に横たわる自分を夢想した。
地の底は、冷たく、静かな、闇の世界だった。
吐く息さえも闇に溶けていく気がした。
世界は闇と自分だけで、それはちょうどいい大きさに思えた。
孤独を感じながら、ゆっくり闇に溶けていく自分を思った。
それは、安堵や恐怖がごちゃ混ぜの不思議な感覚だった。
彼は自らが掘り進んだ穴を見上げた。
そこには小さな円形に切り取られた、薄暗い曇り空が見えた。
彼はスコップを放り投げ、その場に座り込んで、くそったれが、と小さく呟いた。
空を見上げるとイライラした。くそったれが、辛気臭い空だ。
ふと彼は、今ならあるいは自力でも地上に戻れるかもしれない、と思った。
実際それは、自力でもどうにか地上に出られるかもしれない、微妙な深さだったのだが、彼は自分で、何故そんなことを考えるのかが不思議だった。
このまま掘り進んでいけば、穴は深くなり、彼は衰弱し、自力で出ることは不可能になるだろう。
それは穴から二度と出られないことを意味していた。
何故ならこの世界には彼しかいないのだから。
彼は悲しくなった。
あらゆることが悲しかった。
穴を掘り続けていることも、その穴の深さも、世界が自分1人なことも、曇り空も、古びたスコップも、あらゆる全てのことが彼を悲しい気分にさせた。
泣き出したい気分に襲われながらも、彼は泣けなかった。
そのこともまた、彼を悲しくさせた。
何故穴を掘っているのか考えようとして、だがすぐに考えるのを止めてしまった。
不毛な思考の堂々巡りに、彼はいい加減うんざりしていた。
彼は途方に暮れた。
どうしたらいいのか見当もつかなかった。
眠りたかった。
穴を掘ることも、夢想することも止め、ただ眠り続けたかった。
彼は眠る前にいつも、次に起きたときには、何かが自分の中で変わっているんじゃないかと、ほんの少しだけそう考えた。同時に何も変わらないことも知っていた。
今日が終わっても 明日がきて
長くはかなく 日々は続くさ
意味なんてないよ 意味なんてない
今にも僕は 泣きそうだよ
彼は眠りに落ちた。
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