3-3学校は「イメージ」でよみがえる

村の一員としての仕事をやり遂げる実感が、子供たちの得る収穫です。

子供たちの世界の中で年上のもは誇りを持ってその「祭の心」を守り、それを見た年下の子達は守るべきものをやり遂げるために必要な厳しさややり遂げたことの満足を自ら感じることで「社会の一員」としての生きるあり方のモデルをイメージとして積み上げていくのです。

それはこの地区の子供たちだけではありませんでした。

南信州遠山郷で冬の寒いさなかに行われる「霜月祭」。八百万の神が集まってくるとされるこの祭で奉納される神楽の面をつけるためにはその土地に根ざしている人々が練習を積んでようやく許されることですが、保存会の指導を仰いでその面をつけての舞いの習得に学校を挙げて取り組んでいたのが今はもう廃校となってしまった上村中学校でした。

神に捧げる舞いは神聖なもの。面をつけることの「意味」を子供のころからちゃんと受けとめてきた生徒たちは、面を生かすために真剣に舞い踊り、「神さまなんてばかばかしい」などという子は1人もいません。

そうして真剣に舞う姿の中に「かっこよさ」を感じることができる生徒たちがこの神楽を受け継ぎ、同時に神をあがめ、感謝を捧げる精神も受け継ぎ、その土地の人々が流してきた汗や誇りをも受け継いで、故郷上村を愛する子供たちはやがて大学、就職などで土地を離れてもこの祭には帰ってくるのです。

寒空の中で、白い息を吐きながら大きななべに豚汁を作っておにぎりと共に訪れる人にふるまうのは高校生。大人たちに混ざって、背筋を伸ばして横笛を吹く男の子。赤い火を噴く大きな竈を取り囲んで祈りを捧げるその周りで、笛太鼓に合わせて飛び跳ねるはっぴを着た若い衆。

子供たちはその中でちゃんと「地区の一員」として位置づけられ、その土地の命をしっかり感じて育ちます。土地の命を受けとめて成長するのです。「祭」というひとつの「イメージ」が、社会の一員としての自覚と責任と、それを担うことのできる誇りと喜びを、子供たちの中にちゃんと形作っているのです。

過疎化、高齢化、そういう現実のなかでこれらの村々から育った子供たちがどんな花を咲かせていくのか。

それはこれからのことにはなりますが、少なくとも今、ここで育まれているイメージは、子供たちの中にけっしてくらい影を落とすものではないことは、その表情から明らかに見て取れたのです。

関連本文:フォーラム南信州「祭の流儀」(1),(2)

詳細:
フォーラム・南信州「祭の流儀」第1回 
フォーラム・南信州「祭の流儀」第2回「ことの神送りを追いかける」
N−gene記事 (いずれも文:宮内俊宏・写真:駒村みどり)
  「「事の神送り」を追いかける」1〜4
  「遠山郷・上村中学校のこと

南信濃の子ども

Photo : Midori Komamura

(3) 「イメージ」が支える子供たちは強い 南信濃で出会った子供たち

「ダメだダメだ。今笑ったやつがいた。坂の下からやり直しだ!」

大きな太鼓を背負った(たぶんかなり重たいだろう)リーダーの厳しい声が飛ぶ。一瞬「えー」と言いたそうな表情をすぐに引き締めて、小さい子達は急坂の遥か下に戻っていく。

「ことの神送り」という祭があります。事の神、というのは風邪や厄という「寄りついて欲しくない」神の存在。毎年2月に南信州の飯田上久堅地方で行われているこの祭は、そういう「厄の神」を各家から集めて村の外れの深いヤブに捨てに行く祭。

それを取り仕切るのはすべて子供たち。大人は見守るだけで、寒い冬の空気に顔も手も真っ赤になった子供たちが広い村中をまわって訪れるとぼた餅をふるまってねぎらったり、温かい豚汁で迎えたりする以外は一切手出しをしないのです。

小学3年から中学2年までの地区の子供たちが念仏を唱えて広い村中の家々をすべて訪れます。身体の大きいリーダーの中学生たちは、小さい子供たちを労りつつ、けれど祭のルールや約束事を破ることは許さないからどんなに坂がきつくても、やり直しはやり直し、できるまで何回も繰り返すのです。

息が切れてもそうしてルールを身につけて、小さい子供たちは一緒になって地区の一員として、子供の一員としての「役割」を果たします。家々からはそういう子供たちに「お礼」が手渡されます。集計して祭りの後に均等に配分する、その会計の係も子供たちの役目です。

唱えて歩く念仏は、日が落ちて「夜」になってからは昼間と言葉が変わります。時計はないから空を見上げて「一番星」を探します。見落とさないようにしっかりみんなで探し、一番星を見つけたら夜の念仏にきり変えます。

夜遅くまで、身を切りのどの奥を突き刺す空気の中、各家からの「厄」を集めた子供たちは、翌朝今度は日の昇る前にその「厄の神」を乗せた大きな笹を村はずれに捨てに行くのです。そこでも何回もやり直し。途中での「遊びの時間」には、鬼ごっこのような遊びの中でチームに分かれてほっぺたを真っ赤にしながら子供たちは道路の真ん中で飛び回ります。

そうしてようやくたどり着いた村はずれのうっそうと茂るヤブの奥に、この先の一年の安泰を祈りながら厄の神を捨て、後ろを振り返らずに走って帰る子供たち。その表情に浮かぶのは「満足感」。何回やり直しをしても、それは自分たちが守るべきルールであって、押しつけられたものではないからリーダーがやり直しと言ったらきっちりやり直し、そうしてそういう「大変さ」を感じるから最後まで「やり遂げた」充実感が喜びで顔を輝かすのです。

詳細:
フォーラム・南信州「祭の流儀」第2回「ことの神送りを追いかける」
N−gene記事 (いずれも文:宮内俊宏・写真:駒村みどり)
「事の神送り」を追いかける」1〜4

ことの神送り

Photo : Midori Komamura

(2)「イメージ」の魔法が作る不思議空間 さくらびアートプロジェクト

「教室に海を作りたい」「クジラを泳がせよう」「花嫁さんになりたい」「ファッションショーしたいな」

子供たちのアイディアは、「そんなの無理だ」という概念にはとらわれません。できない、という思いにさえぎられることなく、「そのために何をどうしたらいいのか」という検討が毎月重ねられ、必要な材料や準備を授業だけでなく休み時間や放課後、土日などの家の時間まで使ってどんどん進めていく中学生。

「美術なんてかったるい」「作品作りめんどくさい」……そういう言葉が当たり前になってしまった今の中学の美術の時間は、受験やテストには関係ない(必要ない)教科という感覚のもと、そういう教科学習への時間を増やすためにどんどん削減されています。

美術という教科が学校から消える危険性もある。けれど「表現の喜び」や「夢の実現」は、テストや教科学習では得られにくい実情の中、「自己実現」というテーマにおいて美術教育はじめとする芸術教科のしめる役割はとても大きいのです。

それが削減されることで、子供たちは「無茶できる」場がどんどん削られることになる。その危機を訴え続けているのが長野市の桜ヶ岡中学校の中平千尋教諭です。

中平教諭は、「美術教育の中で生徒たちに育つ力は教科指導の中では得られにくいもので、かつ教科の学びには必要な力である」というイメージのもと、中学生という思春期の心を育てる時期に少しでも多くの「アート」に触れ、イメージを蓄積し、自らが表現することによって「脱皮する」事例をたくさん生み出してきました。

そのひとつの形がこの「さくらびアートプロジェクト」。学校を美術館に変身させてしまおう、という試みです。自分たちのイメージを形にしていく活動をする中でアートに触れ、生みだし、はぐくみ、育てるという過程を経る。

自らの生み出したアートを愛し、人のアートへの思いを理解し、お互いに認め合い高め合う。学校を一日美術館という形で利用し、来てくれる人たちに自分の表現を見てもらい、想いを伝え、喜びを感じる。総合学習の中でこれを取り上げて、学年やクラスの枠を飛び越えて協力し合う生徒たちが学校という無機質な建物を一日心温まる空間に変身させたのです。

階段の上からも下からもデザインしたTシャツを恥ずかしそうに披露する生徒が目の前に笑顔の花を咲かせます。「まわって!」の声に応え、スカートを拡げてくるくる回って恥ずかしそうに逃げていくけどすごく嬉しそう。ファッションショーの会場は学校のはじっこの普段は薄暗い階段。この日は笑い声と笑顔があふれていました。

教室の真ん中に、巨大なクジラのしっぽ。周りにはその動きのせいで崩れた机が積み上がり、天井からたくさんの魚がつり下げられて教室は海の中に変身しています。説明する生徒の目には、ちゃんとそこに生きて動いているクジラの姿があるのです。

その隣の教室には砂浜に波がうねった海が登場。波と戯れることもできます。天井には海を映し出すアルミホイル。ちゃんと空の演出もされる細かい表現。

「空を飛びたい」と思っても羽も飛行機もない中学生は考えました。空から地上を見下ろした情景を、それも教室を4つに区切って四季すべて表現し、真ん中に高台を作ってそれをさらに上から見下ろせるようにたらどうだろう。……台の上から周りを見下ろすと、雲がちゃんと遥か下方に浮かんでいて、その雲の下には町並みや湖などの情景が四季折々の彩りで拡がりました。いったい自分はどのくらいの高さにいるのかな?そんな錯覚を起こすような不思議な教室。

「ありえない学校」というテーマのもと、様々な不思議感覚に満ちあふれた生徒たちの表現=アートが訪れる人たちの五感すべてに働きかけます。普段はありえない学校のそんな表情が、いたずらっぽい生徒の表情を引き立てます。

「アートは、自分の気持ちを形にする手段」「人に感動を与えられるもの」「生きるための命」「人の心を左右する麻薬」……今年のプロジェクトを終えた後、生徒たちが「アート」について持ったイメージ。

「本当はもっと、大勢の人たちに見に来て感じて欲しかったですね」という中平教諭は、自らの実践と活動の成果を持って日本中を駆け巡っています。

美術教育の火を消さないために。1人でも多くの中学生がこの感受性豊かな多感な時期にちゃんとイメージを形にすることができる力をつけ、社会に出ていくことができるように。生徒たちの中に確かにある花の芽吹きを見つめながら、学び、伝え、拡げる歩みを中平教諭自身が今日も止める事はないのです。

詳細:N-gene記事
生きるための力、生きるための学び〜さくらびの挑戦1〜3
アリエナイ学校って、アリ?〜さくらび1〜4

さくらび

Photo : Midori Komamura

(1) 「イメージ」で拡げるぼくたちの未来 開智小学校6年生の映画製作

「映画を作りたい!」5年生の時、総合学習のテーマに「映画」が上がったとき、担任の麻和正志教諭は「無理だ」と思ったそうです。

担任した生徒たちははさみやのりの使い方もなっていない。ぞうきんの絞り方もなっていない。(これは麻和教諭のクラスの生徒に限ったことではありません)。

そんな子供たちがセットや衣装、小道具を作り、演技をし、カメラワークや演出を考えてすべて自分たちでできるはずがない。そうは思うのだけれど結局子供たちにおしきられ「やるならやって見ろ」となったのが昨年のことでした。

麻和教諭は、元々は漫画家を目指していました。美術が勉強したくて入った国立大学、それが教育学部の美術科で、気が付いたら先生になっていました。大学の時に映画作りの経験をし、それ以来映像作りをいろいろな学校の行事や学びの中に取り入れてきました。

「映画の先生」として松本では知られていたこともあって、新しく受け持ったこのクラスでの子供たちの「映画作りたい」という思いはそういうところからも来ていました。

映画作りに当たって、麻和教諭は子供たちと決めごとをしました。

「映画を逃げ道にしない」「時間を守る」。

学校という学びの場では、たくさんの生徒が他にもいます。他のクラスに迷惑かけたり自分たちだけが目立って浮き上がったりすることはできません。何よりも「映画作り」にはものすごく手間も時間もかかります。けれどだからといって「小学生として」やるべきことをおろそかにすることはできません。

いくら撮影に熱が入ってこれから、といえ、周りが掃除の時間に自分たちだけ映画製作するのは自分勝手な行動です。学ぶことをおろそかにするのは、本来の学生としてのあり方からは外れています。だから、子供たちはどんなに映画作りで忙しくても、ちゃんと宿題を忘れません。時間になると「おい、やめろ」などと注意されずともぱっと撤収に入ります。

そうして一年かけて一つの映画を子供たちと先生だけで作り上げたとき。その映画を大勢の会場があふれるお客さんに見てもらえたとき。その「自分たちで成し遂げた」実感がさらに子供たちを「より高みへ」と駆り立てました。

クラス変えがなく同じメンバーで6年のクラスになることが決まった時点ですでにもう「今年も映画」という方針がクラス一致で決まっていました。昨年一年間の経験がちゃんと「次のイメージ」を描き出し、いつまでに何にどんなふうに取り組むのか、もう麻和教諭が声をかけなくても生徒たちは自分たちで三月のうちにシナリオの案を出し合い、必要な係や役柄を考えはじめていたのです。

5年生の一年間で身につけた技術。はさみやのりがうまく使えないと宿題に出さずとも子供たちは小道具をどんどん創り出します。映画製作にお金がかかるからと、学校のバザーでは自分たちでお店を出していらないものを持ち寄って射的の屋台をだしてお金を稼ぎました。

「映画を作る」ことは「自分たちの夢の実現」ですから、誰に強制されることもなくどんどん自分たちで考えて動きます。

身のまわりにあるものは、すべてが「何かに使えないかなぁ」という感覚での材料となるので、要らなくなった銀の紙皿は時にUFOになり、日頃生徒が見向きもしない廊下の突き当たりの倉庫が宇宙船の内部になる。子供たちの発想はどんどん拡がっていき、その実現のために必要な力をつけるためにそれぞれがどんどんパワーアップしていくのです。

一昨年は、映画と同時に「ふるさとCM大賞」で予選を突破。本選のステージに立ちましたが、残念ながら受賞はできませんでした。

「今年こそは!」というみんなの思いが一つになった今年、再び予選を突破したCMは、本当に子供の作った物?と思うほどの出来映えです。それが何と、本選でも県知事賞を受賞しました。昨年の映画もすばらしかったけれど、さらに腕を上げ磨きがかかった作品です。

クラスの子供たちはけれどそれに驕ることなくごく普通の小学生として元気に毎日過ごしています。でも勉強はちゃんとやります。「やりなさい」なんていわれる子はいません。そんな事いわれたら、映画作りの足並みを乱すから。そういう決まりがあるから仕方なくやっているわけではありません。

そうして今年も、2月の上映会に向かって子供たちは夏の暑さにも負けることなく真剣に映画作りに取り組んでいたのです。

その子供たちを見守りながら誰よりも汗を流していた麻和教諭。教諭自体が表に立つことはほとんどありません。けれど、子供たちの中には麻和教諭という柱がしっかり立っているから、それぞれが自信を持って、前に向かって進んでいくことができるのです。さらにそれは、先生と生徒だけでなく、親と子、親と学校も強く結びつけています。

「やればできる、きっとできる。」

麻和教諭が子供たちに常に言う言葉。その信念と思いがしっかりとしたイメージとなって子供たちに伝わったとき、それに答えようとする子供たちも力をつけてのびていきます。本来の「学び」の姿がここに鮮やかによみがえっているのです。

三月に卒業して中学に巣立つときに、この子供たちはどんな大輪の花を咲かせていることでしょう。本当に楽しみです。

詳細:N-gene記事「みんなの夢をみんなで描く〜6年3組の映画製作

映画

Photo : Midori Komamura

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PROFILE

駒村みどり
【スマイルコーディネーター】

音楽活動(指導・演奏)、カウンセリングや学習指導、うつ病や不登校についての理解を深める活動、長野県の地域おこし・文化・アート活動の取材などを軸に、人の心を大切にし人と人とを繋ぎ拡げる活動を展開中。

WebマガジンNgene特派員
(長野県の文化、教育、地域活性化などに関わる活動・人の取材)
【羅針盤】プロジェクトリーダー。

Twitter:komacafe 
HP:コマちゃんのティールーム
メルマガ:【うつのくれた贈り物】
facebook:Midori Komamura

詳細は【PRPFILE】駒村みどりに記載。

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