不登校の記事

(4) 頭が良くなる早道は「ちゃんと遊ぶこと」=「イメージの貯金」

教科制の学びのあり方でここまで来ている生徒たちや、これからその学びに入っていく生徒たちを見ていて、大きな懸念が私の中には打ち消せないままずっとあります。

私のような個人指導の教師のところに指導を求める生徒さんは、いわゆる「多人数学級」である学校のクラスや塾の一斉指導ではついて行かれず混乱している子が多いのです。そういう子たちを見ていると、まずみんなに共通するのが「勉強が嫌い」なこと。

勉強が出来ないで心配した親御さんに背中を押されてやってくるのでしょうか。初めて会うときはとても硬い表情で、テストを見せてもらうときはしかめっ面。下を向いて暗い表情の子が多いのです。

けれど、一緒にやっていて「出来た」「わかった」瞬間、どの子もぱっと表情と目が輝きます。嬉しくて笑ってしまう子もいます。「そうか、そうだったんだ」とみんなつぶやきます。

そういう子に共通して言えることは、「なぜ、そういう答えになるのか」がイメージできない、ということです。勉強が嫌いなのは、ちゃんとした学びと習い方を与えられずに周りから押しつけられる形で苦しいからなのです。

具体的には本章の第2節で記述しますが、問題と答えを結びつけるのには、まずイメージの力が必要です。与えられた問題や課題の文章を読む。そこから「答え」を導き出すのに必要な材料を選び出す。その段階ですでに、「何が材料として必要なのか」とイメージする必要が出てきます。

ところが、今の子供たちはこの「材料を選び出す」ことが出来ません。「作者はどんな気持ちでしょう」と問われたときに、その「気持ち」を表現する言葉を知りません。もっというと、そういう状況ではどんな気持ちになるのか、という経験が少ないので、状況と気持ちを結びつけるイメージがわかないのです。

イメージがない

Photo : Midori Komamura

日本の教育

Photo : Midori Komamura

ところが、この「ゆとり」という言葉から、そういう姿を想像できるでしょうか?

たとえば、このゆとりという言葉が浮上した頃、学校は土曜が休みになって週五日制になりました。それまで、土曜日も学校に行っていたのに、週に二日も家で子供たちが過ごす……教師は休みが増えて、子供たちを見てくれる場所がなくなった……。どうしてくれるのだ?そういう意見で週五日制には猛烈な反対意見が湧き上がりました。

つまり、まずは学校が休みになること=時間のゆとり、という認識。

時間の余裕を与えたら、子供は家ですることがないからゲームで遊んでいるだけだろう、勉強もせずに遊ぶ時間を増やしたら当然学力(この場合はテストの点数ですね)が落ちるに違いない。夏休みや冬休みがあるのに先生たちは土曜も休みになる。そんな余裕もゆるせない。そういう危惧が「ゆとり」という言葉によって強調されました。(学校現場にいるときは、そういう批判をものすごく感じました。)

けれども、本来ここでいう「ゆとり」とは、時間のゆとりではなく心のゆとり、考えるゆとり、学ぶための思考範囲の広がりという意味でのゆとりのことであったのです。その認識の違いは大きい間違いでした。

もう一つ、学習内容を整理して削減し、「詰め込み教育」からの脱却を図る、という方針も「勉強内容を減らしたら、出来ない事が増えるじゃないか」という考えから「ちゃんと教育がなされなかったバカ」という意味を持って「これだからゆとり世代は……。」などと揶揄されている現状が誤った「ゆとり」の認識を的確に表現しています。

確かに、教科書に掲載される内容は減ったかもしれません。けれど、先にも書いたように「教科書には載っていないけれど身につくこと」が山のようにあるのです。

さらにそれは「これを教えなさい」と上から押しつけられた勉強ではなく、テーマの実現を目指して自らの意志を持って取り組む学びですから、学びの内容だけでなく、学び方も自然に身についていきます。自らより高次のテーマにむかって進むことも出来るのです。

そして、そこで身につく学びは1人1人全く同じではありません。それぞれの生徒が自らの必要に応じて必要な学びを得る。だから、みんなで一斉に同じ問題に取り組む「ペーパーテスト」では計れない力、けれども、そんな問題にはおさまりきれない力=学びの力、考える力、解決する力=生きる力=イメージする確かな力、が身につく学習なのです。

それは上からの詰め込みのように簡単に得られる学びではありません。だから一年や二年で結果が出るものではない。本当にその意味が見えるのは5年、10年、もっと言うと社会に出て自分で生きるようになってから。それを最初から「ゆとりはダメだ」という世論がその「余裕」さえも与えてはくれなかったのです。

点数がとれない。だからダメだ。子供たちは遊んでいるようにしか見えない。ちゃんと黒板に向かってしっかり公式や法則を覚えなくては勉強じゃない。こんな甘ったるいことしていたらダメじゃないか。

その危惧が社会全体を覆い、その危惧にきちんとした学びのあり方を究明する余裕もなく、「ゆとり失敗」と言われてまたもや「詰め込み教育」に後退する、という愚行を日本の教育は行ってしまったのです。

こうして、詰め込み教育というカンフル剤のような即効性はあるけれど持続性のない教育を、「点数重視」の社会は選びました。

ゆとり教育の本当の狙い、総合学習で狙える力……それは一生の学びにつながる力であり、確実に身につくもの。いわゆる「体質改善による健康な力ある学び」を目指すことが出来たはずなのに、それをじっと見守ることも待つことも出来ないまま、より強力なカンフル剤を求めて迷走する状態に陥っているのが今の日本の教育です。

強い薬は、同時に強い毒でもあり、身体をむしばみ続けていることにも気が付かないままで。はたしていつまでこの身体(日本の教育)は持つのでしょうか?

こどもの可能性

Photo : Midori Komamura

さて。

「何でみんなこんなに勉強が嫌いなんだろう、ほんとうはもっと楽しいのに。」

このブログを書きはじめるそもそものきっかけが、これでした。

わたしは勉強、好きでした……、とは言ってもそれは中学生になってからです。「先生になりたい」という夢は両親が教師だったせいか子供のころからあったけれど、それを本気で考えたのも中学生のことがあったからです。

昨日、娘と話をしたのですが、実は、小学校の頃は自分は劣等生だと思っていました。

身体が弱くて、学校を休みがち。体力がないから体育が苦手で、見るのはみんなの背中ばかり。給食も全部食べられなくて、お掃除の時間になっても教室の後ろで残されて最後まで食べさせられました。(残すことは許されなかったのです。)最初で最後の「0点」をとったのもこの頃でした。学校を休んだ時にさんすうで「速さ」の勉強があり、それについて学ばずまったくわからないままテストを受けた結果でしたが、子供心に「0点」の与えた衝撃は大きかったのです。

そしてまた小学校高学年の担任は、わたしを理解してくれていたとは思えませんでした。

「動作がのろい」

小学校の通知表に書かれたこのひとことは、今でもわたしの心に突き刺さっています。母が支えてくれていなかったら、私は不登校になっていたかもしれないと自分が教師になって思うことがたびたびありました。

中学生になった時の担任は、音楽の教師でした。

大人になってから聞いたのですが、その先生は「この子どもは小学校の時にどんな扱いを受けていたのだろう?なぜ、こんなに小さく縮こまっているのだろう?」……と感じて、わたしを見守ってくれたようです。

音楽教師だったので、わたし自身の持っている音楽的な素養を見つめて伸ばしてくれただけでなく、人間としての頑張りや人のために出来ることをしたい……という私の頑張りを理解し、ルーム長などの責任ある立場で必死で迷いながらやっているわたしを支えてくれました。

その先生の支えや各教科担任の「学び」の本質にそった教科指導で、わたしは「勉強(というよりも“学ぶこと”)って面白い!」と感じるようになったのです。

これが、単なる「点数重視」の指導をしていた先生方だったら、わたしはたぶん小学校の時の延長で中学でも「学ぶこと」の楽しさを知らないまま劣等感のなかに今に至っていたのかもしれません。

「先生になりたい」という思いは、たぶん小さな子供のころから持っていたのでしょうが、本気で「先生を目指そう!」と思ったのはこの中学時代のことからです。

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そういう観点から世の中をずっと見てきた時に、今の社会はほんとうに苦しいと想います。

わたしはそういう多くの先生方の支えがあったからこそ今日に至っているし、わたし自身がそういう教師になりたいと想い、その想いに添って進んできたのですが、そのわたし自身が「教師」をしていて苦しくなった。うつに陥って「学校」という世界は苦しくなった。同じように、学校でも家庭でも子どもたちも苦しんでいて、「不登校」や「いじめ」が後を絶たない状況です。

自分が学校という制度の中に生き、そこで生徒たちや同僚たちと関わり、さらに自分の息子が不登校に陥り、一方で娘は学校というものの理不尽さを感じながらもがいていて……。

そんな状況の中で、うつが原因で仕事を辞めてから、わたしは家庭教師として何人かの子どもたちと関わってきました。そこでもやっぱり子どもたちはみんな「勉強が嫌い」なのです。

だけど、わたしが「勉強ってほんとは面白いんだよ?」と心の中で呼びかけながら共に学ぶ時間の中で、子どもたちは皆「わかった!」「そうか!」と叫んで笑顔になる瞬間が増えていって……「先生、今まで、学校の授業の時間って、ほんとつまんなかったよ」とさいしょは自分が「劣等生だ」と思いこんで下を向いていた子どもたちが語りはじめるのです。その姿は、中学に入って「学ぶ事って楽しい!」と心から感じて嬉しかった時のわたしのようでした。

本来、子どもの可能性を伸ばすはずの学校が、ものすごく才能や可能性を持っているはずの多くの子どもたちをつぶしている。

それが日本の現実です。
それを何とかしたいのです。

わたしが社会を見つめる観点は、「子ども」です。

子どもたちが輝くことの出来ない社会は、未来のない社会。まず、子どもが輝ける社会にならないと、人に優しいもありえません。活力ある社会もありえません。子どもたちを輝かせることこそが、日本の社会……いえ、この地球全体が「生き生きと輝く」ための必須条件なんだと想っています。

……このブログを書こうと思ったきっかけが、そこでした。
その観点で社会を見た時に。
今の社会はとても悲しい事実が山積みです。
子どもの虐待。自殺。不登校、いじめ。

それがなぜ起こってくるのかと言ったら、子供のころに「あなたにはちゃんと可能性があるんだよ」という声をかけてもらえなかった多くの子どもたちが大人になり、その大人たちが作った社会の結果なのです。

すべての子どもには、それぞれに伸ばすべき才能がちゃんとあります。
すべての子どもには、あふれんばかりの可能性と未来があります。子ども自身がみずからそれを探り、見つけ出し、磨く力をつけてやること。
それが大人のするべき事です。

そしてそれが、実は「明るい活力ある日本の未来」への一番の近道なのです。

第4章は、そこについてわたしの感覚からはじめて、具体的にどうしたらいいのかをわかりやすく記述していこうと想います。

お読みになって、「こんな時はどうしたら?」とか「こういう子供はどう考えたらいいの?」というご質問、「これはこうした方が良いのでは?」というご意見がありましたら、このブログを拡げる上でどんどんお寄せ下さい。本文中やこのコラム欄で、取り上げていきたいと想います。

皆さんにとって、たぶん一番身近なテーマになると想います。
だからこれからのこのブログは、皆さんと一緒に作っていきたいと思うのです。
 

第3章 「イメージ」という根っこの上に花開く”今”。

1 すべての根っこは同じ。

【羅針盤】によって新たに進むべき方向をおぼろげに掴んで、次に取り組んだのがエヌ[N]のプロジェクトの一つであるWebマガジン、N-geneの特派員としての取材でした。

そもそもエヌ[N]のコンセプトは、長野県の面白くて役立つ情報の蓄積、交換。特に文化・アートを軸にした講演会や公演なども行われ、積極的に長野の文化を取り上げることを詠っています。そのため交流の場であるSNSにWebマガジンを併設する、というちょっと変わったシステムをとっていました。

ですから、N-gene記事として取材する題材自体はそれまでN-ex Talking Overから羅針盤までの流れの中、次第に自分の中ではっきりしてきたこの「イメージ」というものを柱にした活動や、それをしている人たちを取り上げる、というテーマとぴったり重なっていました。自分のめざし追求するテーマに沿った人々や活動を取り上げて紹介することが出来るので、これを引き受けて仕事の合間を縫って様々なイベントに駆け付け、人と出会い、そういう人たちが目指すビジョンを受け取って1人でも多くの人に伝えようと取材活動を1年以上続けてきました。

そうして自らの中にしっかりとした想いを持って活動している人々を知り、その想いに直に触れるにつれてあることに気が付いたのです。

「どの人も、目指すものは同じで、そこに立ちはだかる壁も同じだ。」……ということに。

もともと私は、学校の教師をしていました。先生として生徒と対する毎日の中で様々なものにぶち当たり、それを解決しようと必死な毎日でした。その中で次第に「教育」とか「学校」とか「学びのあり方」に違和感を感じるようになりました。教室で騒ぎ言うことをきかない子供たち。先生を困らせる子供たち。学校に来なくなる子供たち。そしてその親御さんたちの姿。それに対しての学校のあり方。

「何か変だなぁ」と思いつつも多忙な毎日に翻弄されているうちに、私自身が「うつ病」になって学校に行かれなくなりました。さらに、中学1年の冬に、それまで「言うことは全くありません。」と担任から優等生認定を受けていた息子が不登校に陥りました。

そうして今まで「当たり前」だと思っていた学校の中でのもろもろのことを「外」からながめたときに、いかに自分が何も見えていなかったのか、ということがよくわかったのです。

教師としての常識が、親としての自分にとっては辛いものだったり、親として学校に向かったとき、教師としては苦しい状況に陥ったり。心の闇に苦しんだものとして学校に戻って同じように辛い不登校生と向かい合ったとき、いかに今の学校の仕組みというものが生徒と教師を遠ざける状態にあるのかも、教師同士の情報交換や支え合いが出来にくい状態にあるのかも。

thinking

Photo : Midori Komamura

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PROFILE

駒村みどり
【スマイルコーディネーター】

音楽活動(指導・演奏)、カウンセリングや学習指導、うつ病や不登校についての理解を深める活動、長野県の地域おこし・文化・アート活動の取材などを軸に、人の心を大切にし人と人とを繋ぎ拡げる活動を展開中。

WebマガジンNgene特派員
(長野県の文化、教育、地域活性化などに関わる活動・人の取材)
【羅針盤】プロジェクトリーダー。

Twitter:komacafe 
HP:コマちゃんのティールーム
メルマガ:【うつのくれた贈り物】
facebook:Midori Komamura

詳細は【PRPFILE】駒村みどりに記載。

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