学びの記事

学校ではテストのあとに、答えを言ってやり方を一斉指導したらそれで終わりです。それ以上の指導の時間がないからどんどん次の勉強に進みます。だから、出来ない問題を見直すことすら子ども達はしないことが多いのです。×になった問題は、1か2かも見分けのつかないままに「だめだった問題」として子どもの劣等感を増幅する原因になってしまうだけです。

ある程度自分で学び、自分でわかる「成績優秀な子」は、この見直しを自分でして、欠点を修正することも出来るのでしょうが、自分でそんな事が出来る子はほんの一握りなのです。

ですから、それを大人が一緒にやって上げるのです。
「あ……この問題、ここが惜しかったね!」
「あれ?マイナスがここ、落ちてるじゃん!」
「ここ、内容はあっているのにね〜。漢字で×されちゃってもったいないなぁ〜。」
そう言いながら、一緒に「なぜ間違えたのか」を見直し、「わかっていたのに間違えた」問題には、みんな◯をしていく。

……そうすると、多分、ほとんどの子どもは「うっかりミス」による減点が20点ほどもあるんです。

その「うっかりミス(わかっていたのに間違えた)」による減点を、本来点に足してやる。
つまり、子ども達に「実力点」を出して見せてあげるのです。

すると……
「え〜〜〜〜〜!、自分は、こんなにできたの?こんな点、とれるの?」
たいていの子はそう叫んで、目の色が変わってきます。

一例を挙げましょう。
Aちゃんは、家庭教師で教えているときは、とても出来がいいお子さんでした。
平均80とってもおかしくない力を持っているのですが……実際は平均60〜70の得点なのです。
教え始めてから最初のテストも、「これなら平均75は行くだろう」と思っていたのに、ふたをあけたら60点。

なんでだろうなぁ?
そう思って、一緒に見直しをしながら話をしました。
まず、見直しをしてテストの後半になると得点が落ちることに気が付きました。
「なんで?時間がなくなるの?」
「ううん、あのね、テストの後半になると、ものすごく眠くなっちゃうの。」
……そうか、後半になると集中力が切れちゃうんだ。

「そっか……でも、テストで必死になっているのに眠くなるって珍しいよなぁ。」
「う〜ん、なんか、自分は数学とか全然だめって思っているから……問題見るだけで眠くなるの。」

Aちゃんは、決して「だめ」じゃないんですが、妙に自己肯定感が低い子でした。その理由もよくわからなかったのですが……次の言葉でその理由がわかりました。

「テスト帰ってくるとね、ものすごく怒られるの、出来が悪いから。だから、お母さんに見つからないように隠しておくんだけど……。」

そっか。
この子は、点数でいつも判断されちゃっているんだ。
だから、「悪い点を取ること」に対しての恐怖感と緊張感が、逆暗示をかけちゃっているんだ。

お家の人の「何、この点?もっと頑張りなさい!」という気合いは……実は、いかに多くの子ども達に「自分は出来が悪いだめな子なんだ」という悪い暗示を掛けるキーワードになっていることに気が付いていない親御さんがとても多いのです。この言葉は、「悪いイメージ」を子ども達の中に植え付けていて、子ども達に意欲を持たせるどころか、ダメ人間だと教え込んでいるようなものなのです。

なんと、その子の数学のうっかりミスは「45点」もありました。
そうして出してあげた実力点は100点に近いのです。
その点を見た途端に、それまであきらめから失われていた目の輝きがぱっと戻り、表情の明るくなったその子はこう叫びました。

「え〜〜〜、なに、私、こんなに出来るんだ!やだ、もう一度テストやり直したい!」

「実力点」によって、「自分がここまで出来るんだ」というイメージを持つことの出来た子は、そこで自己評価を改めるのです。親や学校から与えられた「点数が悪いから出来が悪い」というイメージを払拭することが出来るのです。

そうしてその「実力点」に近づける努力をはじめます。自分に対しての悪いイメージを良いイメージに切り替えることで、「より良いイメージを目指せる可能性」を子ども達は得ることが出来るのです。

良いイメージを持ち、よりよい自分への目標が持てるようになればあとはそれをめざすために努力しはじめます。だって、お家の人に怒られているだけの自分よりも、そっちの方が誰だって嬉しいじゃないですか……。誰だって、怒られるよりも誉められたい。認められたいのです。わけわからないけど頑張って来たのに、わけわからないから出来なかった。けれど、「うっかりミス」に気をつければもっと出来るんだ、とわかり、そのイメージを持つことが出来たら、そこに向かう気持ちが当然わいてくるのです。

テストの点を見て怒る前に。
お家の方はどうか、その「中身」を見てあげてください。
ご自分のお子さんたちの「実力」を見てあげてください。

たったそれだけで、その「実力」を感じて励ますことで、お子さんたちは「よりよい自分」に向かうエネルギーを受け取ることが出来るはずなのです。多分、ただ叱っているより親も子どももよっぽど気持ちがいいはずだと言うことは、容易に「イメージ」できることだと思います。

「結果点」ではなく「実力点」で子ども達を見てあげてください。
それだけで、絶対に子ども達は変わってきます。

そしてそれは、テストのみならず、生きていくさまざまな場面で必要なことなのだと思います。

虹

Photo:Midori Komamura

shock

Photo:Midori Komamura

「しまった!」……何か失敗をしたとき、まず頭に浮かぶのは……

1*失敗をつくろう(もしくはごまかす)ためのいいわけ
2*この先に対しての不安や危機感
3*フォローの方法
4*失敗の原因さがし
5*現実逃避
6*真っ白になって何も考えられない
7*決定的失敗とわかるまでギリギリ何とかしようと考える
8*過去の失敗の苦い思い出
9*その他(何かユニークな解答があったら教えてください)

………さぁ、あなたはどれでしょうか?

無論、その失敗の質や量によっても違うでしょうが、いずれの解答にせよ、すべてに「イメージ」が作用していることはおわかりだと思います。

こういう「とっさの時」に働くイメージが貧困だと、5や6のパターンになってその先に進めなくなる状態が起きます。過去に失敗で痛い目にあったりトラウマになっていたりすると、そこには「悪いイメージ」が大きく作用しますから2や8……また、そこから逃げようと1になってしまうことになるでしょう。4になると、この失敗を突き詰めて新しいイメージへ結びつける材料探しという少し前向きのイメージの働きになり、それがさらに進むと3の「フォローして挽回」に向かうプラス思考のイメージになります。7の場合には同じ状態を「失敗」というイメージでは捉えていません。場合によっては、その状態を逆手にとってしまうことも可能かもしれません。

さて、あなたはこれを見た時に、「自分はどうありたい」と思いましたか?

……かつての私は、6番のタイプでした。
あ、しまった!そう思った瞬間に、頭が真っ白になって固まってしまいました。ピアノの発表会などでは、ステージに登る前から「失敗したらどうしよう」「間違えるかもしれない」と……マイナスのイメージにとらわれて、実際にステージに登ってその通りの状態にはまってしまうことが多々ありました。つまり、失敗する前にすでに「失敗のイメージ」に支配されてしまっていたのです。

自分のマイナスのイメージに支配される状態がわかったとき……「失敗の原因」がその前の「失敗のイメージ」にあることがわかってみると、失敗したくないときほどこの「失敗のイメージ」が大きくなってくることに気が付きました。どうでもいい、結果を気にしないことだとうまくいくのです。いつも通りにだと出来るのは、普段は失敗も成功も気にしないでいるからです。

この状態は、子ども達の「テスト」の時にも大きく現れてきます。
たいていの子どもはテストの前にものすごく緊張します。それは、その結果が「自分の将来」に影響するというイメージがインプットされていること、それからその点数の善し悪しでお父さんお母さんの態度が変わることを経験してきているので、「悪い点は許されない」という危機感に襲われること……などが理由です。

実際にテストに向かうと、そういう緊張感から勉強したはずのことがどこかに消えてなくなってしまったり、日頃は出来ていた計算をミスしたり……という「失敗」が起こり、結果、「思うような成績にならなかった」ことによってまたまた学校の先生やお家の人から「もっと頑張りなさい」と注意されます。

その「悪いイメージのループ」によって、子ども達は「自分は頭が悪い」というイメージを持ち、「テストは出来ない」という暗示にかかっていってしまうのです。

実際、私が家庭教師として指導に当たるお子さんのうちのほとんどは、この「親の叱咤激励」と「親の不安」から家庭教師を……と望まれてつくのですが、そういうお子さんはまた、ほとんどが「自分は勉強がだめ」というマイナスのイメージにとらわれているのです。

実際に一緒に勉強をはじめると、本当に「だめ」な子はほとんどいません。
計算がまったく出来ないわけではなく、英語の教科書をまったく読めないわけでもありません。むしろ、「このくらい出来ているのに、なんでこの点?」と思うお子さんがとても多いのです。

そういうお子さんたちを伸ばすのにやること。
それは「実力点」を出してやることです。

1,本当にまったくわからなくて出来なかった問題。
2,ちょっとしたミスで書き損なってしまっただけの問題。

1については、家庭教師でしっかりやり方や考え方を教えます。けれど2の方は……本来は出来たはずの「わかっている」問題。無論テスト終了後に「これ、わかってました」と言われても先生も困ってしまうけど……。

ちょっとした計算間違いや漢字のミス。記述上の問題……やり方がわかっているにもかかわらず、そういうものによる「減点」は意外と大きいものです。

(2に続く)

つまり、「よい成績」のために必要な「正しい活用」のところで「なぜ」がわかっていないとつまずいてしまうのです。これは、公式を丸暗記することでは無理なのです。いくら「教科書の公式をちゃんと覚えてきなさい」といっても、その「なぜ」の部分をイメージできないと応用の問題は決して解けるようにはならないのです。

速さとは。「ある単位時間に進む距離」のことです。
時速とは、1時間に進む距離のこと。分速、秒速、すべて同じ考え方になります。
「速さはどのくらいでしょう」という問いは、「この進み方だと1時間にどこまで行くことができますか」という問いなのです。だから2時間で5キロ進めるのだったらそれを半分にすればいいのです。

こういう文章問題を解くときに、「図や表に書いてみなさい」という指導はよくなされることです。けれど、この「図や表に書く」という指導をする前に、「なぜそうなるのか」がわかっていないと図も表も書けないのです。つまり「イメージ」が出来ないので、そのイメージの表出である図も表も書けるようにはならないのです。

今、中学生の学習指導をしていて強く感じるのがこの「なぜ」がちゃんとわかっていないと言うことなのです。計算はちゃんと出来る生徒なのに、文章問題がわからないから成績のなかなか上がらない生徒が結構います。問題文を読んでそれを「理解」し、「表や図に表現」することができず、その段階でつまずいている生徒がとても多いのです……。

それらの生徒のつまずきの根本にあるものは何か……といったら「その言葉が何を表しているのか」「なぜ、そういう計算式が成り立つのか」という本当に基本的な「イメージ力の欠如」。

それが小学生の低学年から培われていたら、今こんなにつまずくことがないのに……と見ていてものすごく残念に思います。高校入試を目前にして出会った中学生たちに、この「イメージと現実を結びつける力」……本来小学生で養って育ててくるべき力を、そこからつけるのはものすごく困難なことなので……。

けれど、「イメージできること」が「わかった」という感覚といったん結びついたら。
そこから先、学ぶことは面白くなります。そして自ら学ぶ気持ちが育ってくるのです。

「そうなんだ!そういうことなんだ!」……「なぜ」が見えると、子供たちはそう叫んでぱっと表情が明るくなります。

「なぜ」ということをイメージできるようになったら、「勉強しなさい」といわなくても自分から学べる子供になります。それはすぐには「点数」には結びつかないかもしれないが、そこから先「一生が学び」である人生において、子供たちには大きな力になり、宝物になることでしょう。

では、現実問題に立ち返ってみます。目の前にはもう高校を目前にした「イメージ力を養ってこなかった」中学生がいます。その子たちをどうしたらいいのか、どうしたら効果的に少しでも「出来る喜び」に近づけるのか……。

そこをここからあと、実際の例を元に記述していこうと思います。

学習

Photo:Midori Komamura

2「イメージ」は自ら学ぶ気持ちを育てる。
(1)「なぜ?→【イメージ】→そうか、わかった!

入学おめでとう

Photo:Midori Komamura

小学校に入学して、最初に教科書をもらいます。子ども達が最高ににこにこワクワクする瞬間です。
その教科書を開くと、一年生はまだ「ひらがなが読める」という状態ではないのが前提なので、言葉を書いていないのは当然なのですが、絵や写真の多さには驚きます。絵本でさえももう少し、文字が書いてあるのに……。

なぜ、絵や写真が多いのかと言ったらこれは「イメージを助けるため」なのです。

当然ながら、学校にはいろいろな経験値を持つ子供たちが集まってきています。だから、その「共通理解」を計るためには同じものを見てその経験値の差を補う説明をする必要性が出てくるのです。
そのための「絵」や「写真」。だから、同じ絵を見て、同じ資料の写真を見て、子供たちはそこから自らのイメージと「知識」とを重ね合わせる学びをはじめるのです。

低学年の教科書においてはこの「イメージ」を助ける教材が教科書に多用されています。しかし学年が上がるほどに、この「イメージ補助」の部分が削られていってしまうのです。算数の教科書でも、「言葉による説明」が増えてきて、「絵による解説」がどんどん減っていきます。それは「イメージする力がそこまで出来上がっている」という前提に基づいているからなのでしょう。

では、実際はどうかというと、低学年から「イメージ」と「教材」とを結びつける指導について「なぜそうなるのか」という「なぜ」の部分はじっくり指導している時間はなかなかありません。どちらかというと「この現象はこうなる」という、「なぜ」の部分を省かれたところの指導に時間をかけることになってしまいます。
(これについては、文科省の学習指導要領の記述も大いに関係することと思われますので、どこかで記述したいと思います。)

エジソンは「なぜ」を多発する子供だったから学校からはみ出した、という逸話を持つのですが、それは実はエジソンに限ったことではないのです。「なぜ」の部分は物事にとって一番重要な「真実」なのですが、指導の上では省略されてしまい、「これはこうなる」の部分をくり返しで覚え、「なぜ」は最初の導入の時に軽く触れる程度で終わりなので、そのあとは「これはこうなる」という法則や原則や公式をただ形のみ繰り返すだけになってしまうのです。

たとえば、子供たちがよくつまずく「速度の計算」。
速さは距離÷時間。テストで求められるのはこの計算式で、これを正しく覚え、正しく計算し、正しく活用できればOKなのです。

けれども、つまずく子供たちはこの「意味」が理解できないから頭に入らないのです。「なぜそうなるのか」の部分がちゃんと理解できない、「速さ」という言葉の意味自体もわからない。そこをちゃんと理解させることが出来たのだったら、様々な応用問題にも対応できるはずなのですが……。

(2につづく)

Photo:Midori Komamura

何も思い浮かぶイメージがなかったら、身体を動かしながら覚えるというのも効果的。

友だちと、歴史の問題を出し合いながらキャッチボールのまねごとをする。
他にも何かを覚えながらひたすら紙に書きとめる。

私はとにかく、紙に書きまくります。何回も何回も書きます。
これはとても効果的です。それについてはこの後の項で述べます。

それは絶対にひとから与えられたものではダメなのです。自分自身で体感し、自分の中にすぐによみがえらせるものでなくてはダメなのです。だからこそ、いっぱい遊んでその材料を蓄積する必要があるのです。

机に向かって本を読んだりノートに字を書いたり、というワンパターンの経験だけでは記憶はどんどんその中に埋もれていくだけ。

「自分の中に、特別な記憶や経験をいかにたくさん積み重ねていくことができるのか。」
……それが「記憶力」を育てるコツです。

それには日頃から「特別な記憶」を作る練習をしておきましょう。
夕日の赤さも日によって違います。雲の形は一刻たりとも同じではありません。
季節の風の中に漂ってくる匂い。その中で出会った人、その人と語りあった言葉。

五感のすべてを働かせて「今」を真剣に見つめ、「今」をじっくりと感じること。

それによって日頃見えていた風景も、新しく違った顔を見せてくれるでしょう。
そこにどんなあなたの「想い」を乗せることができるのでしょう?

その感動が、その想いの積み重ねがあなたのイメージをどんどん拡げ、その積み重ねによってあなたの中にはより鮮やかでより拡がるイメージの材料が蓄積されていくのです。

それと結びついた時、アルバムに写真を並べるよりもはっきりくっきりとあなたの記憶は彩られていくのです。

秘密基地プロジェクト

Photo:Midori Komamura

雑誌の裏によく「記憶術で成績アップ!」という広告を見かけます。あの記憶術について突き詰めたことはありませんが、一般的にいわれているのは「何か別の刺激と絡めて覚える」こと。

教科書に書いてあることは覚えないけどそこにのっている写真に落書きした記憶が残っていたり、先生の話も雑談の方が覚えていたり……と、本来覚えようとしていることではなく、必要でない雑談みたいな記憶の方が残りやすいということはいわれます。逆に「覚えよう」として、その言葉を何回繰り返しても、それだけでは記憶にとどめることはとても難しいのです。

先日テレビに、ものすごく長い数字を覚える人が出てきました。その人の記憶の仕方は数字にそれぞれ一つずつイメージを当てはめておいて、数字を聞きながらそのイメージを連ねて物語を作っていく……というもの。語呂合わせの発展形のようなものなのでしょうか。

ルート2を一夜一夜にひと見頃、ルート3を富士山麓にオウム鳴く、原子記号の順番も、水兵リーベぼくの船……ただひたすらにその語呂合わせを繰り返すだけではなかなか頭に定着しませんが、頭の中にはかわいい水兵さんがちっちゃくて白い船を浮かべて水兵帽で敬礼している様子が浮かべてみたら……その光景を頭に描いた瞬間に、それらの数字はしっかりと頭にこびりついて離れなくなりますよね。

いくら覚えやすい語呂合わせを先輩たちが作ってくれても、「イメージ」を持てないとちゃんと頭に刻み込むことはできません。

だからこそ、どんどんイメージを貯金する必要があります。それは「学びに必要」なイメージよりもむしろ「遊び」とか「雑学」のように一見役に立たないものの方が良いのです。自分の中に、より強烈な印象を植え付けられる色や形や温度を持った記憶だったらなおよいでしょう。

(2に続く)

オヤジカンガルーハッチ

Photo : Midori Komamura

3月11日が、やって来ました。
朝一番は曇って寒かったのですが、今、青空が見えてきました。

1年前の今日の天気はあまり覚えておりません。
けれど、長い揺れを感じて不安を感じたあの感覚は今でもはっきりとよみがえって来ます。

今、わたしの横では、娘が眠っています。
去年の今ごろ、希望の短大に行かれるかどうかわからずに不安な毎日を過ごしていました。
その娘は、無事に短大に合格して一年生の一年間を終えようとしています。
去年一年、1人での生活をはじめて少しずつ社会に出るための準備を頑張り、新しいことにぶつかってたくさん泣きました。

数日前からわたしのところに遊びに来ていて、1年前の今日と同じようにわたしの横に娘がいます。
けれど、娘の中にあるもの、私の中にあるもの、わたしと娘の間にあるもの。
そして、今ここにいないけれど、息子の中にあるもの。

何も変わっていないように見える私たちの中は、多分この一年間で大きく変わってきたのだと思います。

それは、私たちだけではありません。
周りの人たち。
自分を取りまく人のつながり。
あたらしくであった人たち。
それぞれの生きざま。
世の中の流れとその元にある人の想い。

………すべては、この一年で大きく変わっているのを感じます。

この世の中で、もっとも愚かなのは人間であること。
それと同時に
この世の中で、明日を切り拓く一番の可能性を持つのも、人間であること。

そのどちらも、感じて来ました。

そのどちらがこの先をより強く彩っていくのかは、今はまだわかりません。

だって、まだ、はじまったばかりですから。
そして、まだ、何も終わっていませんから。

すべては……「これから」です。
3月11日に「はじまったこと」は、まだこれからです。

あそこから一年間で、それぞれが見、聞き、感じ……
そして、得たもの、学んだもの、失ったもの、
見過ごしてしまったもの、忘れてしまったもの、思いだしたもの……

そういうすべてを元手にして、私たちは今日、また、新しい一年を踏み出すのだと思います。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

私自身の「スマイルコーディネーター」としてのこの一年を、振り返ってみます。

3月11日以前から運営してきたメールマガジン「うつのくれた贈り物」とブログ、「イメージできれば世の中は変わる」……この2つを3月11日以降、書けなくなりました。

何を書いても、人のために、という想いがどんなにあっても、自然の脅威の前にある自分はあまりに小さく、何もできない存在に思えて……何を書いても、どんなことをしても、自分には何もできない………

目の前で展開している惨状に対する衝撃……それに対して自分の言葉の力のなさに、自分自身の力のなさに、為す術もなく、言葉を失ってしまいました。

けれど。

そこにあるのは限りない「絶望」だけではありませんでした。

Twitterで、発信を続ける人たちがいた。
そして、このFacebookで、日本中、世界中の人たちが、心を寄せ合い、励まし合い。
決してあきらめずに発信し、行動をしている人たちとたくさん出会いました。

わたしも、出来る事をしたい。
Twitterで受信と発信を繰り返し、やがてそれがよりFacebookで有効に機能することを感じ、ウオールでのつながりと発信をさらに発展させたくてはじめたのが「笑顔をつなぐ〜スマイルコーディネーター」のFBページでした。

さらに、「Keisuke Kuwata/桑田佳祐」のFBページで出会った人たちとの交流。
そこでの出会いと励まし合いが、「自分にできる事をやればいい」という想いに繋げてくれました。

少しずつ、少しずつ。
わたしも「言葉」を使って出来る事を、とTwitter、Facebook、そして書けなくなっていたブログ……メールマガジン、などを使いながら、少しずつ、少しずつ、また「受信」「発信」……そして、それらを繋げることをはじめたのです。

やがて。
以前からずっと、心の奥にあった想い、「学校(人々の心の居場所)を作ろう」という想いが、この自分にできる事、発信、受信とそれをつなげることである、ということと結びついていきました。

そして生まれたのが、「信州あそびの杜学園」というプロジェクトでした。

人が生きていく上で、人と生きることがとても大切で。
それぞれの人が輝いていることも、とても大切で。

それは、毎日たくさんの喜びと悲しみと……いろいろな気持ちの元につながっていて。
そして、その感情が次につながる原動力になっていく。

それをつなげるのが「学び」であり、それを得ることによる「感謝」の気持ち。

それを少しでも多くの人たちと感じたい。
そんな場所を作りたい。
そうして、みんなでつながって、1つの大きな流れを一緒に感じることができたなら。
きっとそれは、ものすごく大きな力となって、どんな苦しみも哀しみも、一緒に乗り越えてより新しい未来へとつながる力になるはずだ。

そのために、私は私の出来る事をやろう。

そんな思いの結実が、今までのわたしのすべての物事と結びついて生まれたのが「信州あそびの杜学園」のプロジェクトの根っこです。

あそびの杜学園は、この4月からスタートします。
その準備を今、すすめています。

今日は3月11日。
そして明日3月12日は、長野県栄村震源の長野県北部震災が起きた日でもあります。

昨年、9月に茨城〜福島〜宮城を、そして10月に長野県栄村を、子ども達と回ってきました。
そこで感じたこともすべて、自分の中に蓄えて。
そうして、この一年間で出会ったたくさんの人たちとのやりとりや、そこから得たもの、ふくらんだもの、そういうものも加えながら。

私はこの先、今日をまた新たな一歩の日としてこの先を歩んでいきたいと思います。

今、この日、この瞬間をともに生きる皆さんと共に、これからもずっと。

3月11日。
昨年のこの日は、そのすべての「はじまり」の日でした。
そして、今年のこの日、その「はじまり」から動き出したことが、さらに力を得てもっともっと前にすすめるように。

その想いを新たにして、感謝と祈りを持って、今日の1日を感じて行きたいと思います。
………この文を読んでくださる皆さんと共に。

ありがとうございます。

*この記事は、わたしの発進しているすべての場所に同じ文章で記載しようと思います。重複してお読みになっている皆さんには、同じ文章で失礼します。

8月15日……今日は「終戦記念日」ですね。
明治の開幕と共に、日本は「鎖国」による世​界の中での遅れ(鎖国の時代のものが必ずしもすべて「遅れている」とは私は思っていませんが)を帝国主義、富国強兵を唱​えながらあっという間に取り戻し、世界に名だたる強国として列強に肩を並べながら突っ走ってきた日本が、決定的な打撃を受けて敗れた日​。

それは、日本が生まれ変わる一つの大きなきっかけの日でもありま​した。

敗戦後にも幸いにして他国の支配下に置かれることなく立ち上がって生まれ変わり、世界に誇る「平和憲法」を生み出した日本は、敗戦後、ふたたびめ​ざましい復興を遂げました。人と人との絆、ものを大切にする心……日本人の持つよい気質を最大限に発揮して日本は高度成長を遂げました。
けれどふたたび世界の頂点に近づいてきたところで、いつの間にかそこに「驕​り」が生まれ、大切なものを置き去りにしはじめていた日本。
人の絆・ものを想う心。季節の移り変わりを愛おしむ心、自然とともに生きる力、そして大地や人やものに感謝する心、畏敬の念。ひたすら上を目指す毎日の中で、そういうものに気持ちをむける余裕を失ってしまって、心を病む人、自ら命を絶つ人が増えていく状態に対して為す術もなくなってしまっていました。

今年、日本はふたたび大きなきっかけをもらいました。

未曾有の災害に見舞われ、多くの命……人やものの命が失われました。生活が破壊され、故郷を失い、その一方で高度成長の驕りの固まりである「原発」によって日本は私たちを育んでくれているこの世界や地球に対して「加害者」にもなってしまいました。

これは、ある意味「戦争」による痛手と似たように思います。
戦争では多くの被害者がでます。その一方で戦い、人やものを踏みにじる加害者ともなるのです。戦争のあとには何も残りません。それは勝っても負けても「財産」になるものは何もない。そして今年の3.11の災害と、その後に起こってきた物事からも同じむなしさや悲しさを感じます。

けれど、そのどん底の状態に陥った時に、私たちは多くのものを失って、そして同時にその哀しみの涙によって自分たちの目や心を覆っていた「傲慢さ」も共に取り払われたのではないかと思うのです。

生きる、という事に対して余計なものを今まで負いすぎていた私たちは、いつの間にか「命」がもっとシンプルで美しく、何よりも大切な宝物であることを見失っていたように思います。生きる事、それ自体が私たちに与えられた最高の名誉であり、特権であること。それを感謝して受けとめ、享受すること。…・そのシンプルで何よりも大切な事を、あの哀しみとその後に続くここからの不安の中で思い起こす人がとても増えてきたように思います。

photo:Midori Komamura

写真は古い​きり株の上に芽吹いた新しい芽です。今の日本はこの状態なのだと​私は思います。今生きている私たちは、この過去の復興のイメージ​を持ちながら新しい復興の時に関わることができるのです。

失われたたくさんのものを、その犠牲を犠牲のままにしないこと。過去の事例を思い起こしながら、この先まだまだ続くたくさんの困難に立ち向かう勇気を持ち、たくさんの犠牲を私たちの心のエネルギー源として、この先の世界をふたたび笑顔と喜びと感謝に充ちたものに育てていくこと。

私たちには今、その事に関わる権利が与えられているのです。
この先の世界を創りあげるのは、私たちなのです。
それは私たちに与​えられた最高の特権だと私は思います。

3月11日。
終戦記念日が平和を目指す第一歩の日になったように、この日を哀しみの日で終わらせず、いつの日か振り返った時に、復興の歩みの第一歩を記した日である「復興の日」とできるような日本であればいい………。

終戦記念日の朝、そんなイ​メージがふと浮かびました。

・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚

付記:あの3.11以来、この連載本編はストップしたままです。あの衝撃とこのあとのことをイメージした時に、わたしもものすごくいろいろなことを考えて本編の続きを書くどころではなくなっていたのです。けれど、私の書いてきたことがこの先にも必要であることが見えてきて、また少しずつエネルギーをもらいはじめた今、少しずつ続きにむけての新しいアイディアを持ちつつありますので、再び書きはじめられそうです。再開後はまたよろしくお願いいたします。

今朝、目に止まった一つの記事があります。

Silenced by gaman」……「我慢という沈黙」

Japan: Silenced by gaman | The Economist より

すみません、これ、私が勝手に意訳したタイトルなのですけど、文面を読んでいて日頃強く感じていたことを思い起こしたので、こんな風に訳してみたのです。(もっと適切な役があったら是非教えてください)

記事の内容は、大約ですが「日本人は昔から我慢が美徳とされている。けれど、それが果たして『美徳』としてもてはやされていい物だろうか?」という投げかけから始まって、先週までに東北地方に投げかけられている三つの『課題』についてを考察しています。

一つ目は4月17日に東京電力の「当面収束に半年〜9か月」という発表について。

二つ目は4月14日に菅総理が行った「東日本大震災復興構想会議」について。

三つ目は、「エネルギー政策」に対する国のあり方について。

この三つの観点で考えた時に、日本の人は「我慢」という美徳の名の下にこれ以上沈黙を続けるべきなのだろうか?という投げかけの記事なのです。

この記事の最後にはこう記述してあります。
”If they are finally running out of gaman, it might be a healthy sign.”
(もしも彼ら(東北の人びと)が我慢の限界にきたら、それは正常なことなのではないでしょうか。)

私は常日頃から思っていたことがあります。「日本という国ではなぜ、革命が起きないのだろうか?」……と。

かなり過激なことだと言われるかもしれません。でも、ずっと人間…、日本やこの地球の歴史を見てきたときに、人びとは耐えられない圧力に対して「抵抗」という術を持っていました。それは時に暴力をともない、人を傷つけたり時に血を流し命を奪ったりという悪い形ででてしまう事もありました。

けれど、もしもそれがなかったら……「抵抗」という抗議の声がなかったら、私たちの今の幸せな「普通の生活」は成り立っていなかったんだろうと思います。

ここにあるのは「上」と「下」との関係。為政者と民衆との闘い。力のある者とそうでない一般の者との闘い。……というように、立場の違う者同士の間に起こる「不理解」がもとになって出来る「不整合面」の不自然だったり理不尽だったりする圧力からの解放……。つまりは、今回の災害の原因になっている「地震」の起こるメカニズムのようなものなのです。もっと言うと、「自然現象」の一つ。

ところが。
第二次世界大戦が終わり、日本が負け、そしてそこから立ち直ろうといわゆる「挙国一致」状態で日本が高度成長を遂げた頃から……いつの間にかこの「自然現象」は見あたらなくなりました。私が成長してくる過程で、東大の紛争・連合赤軍、そういうかなり衝撃的な「革命」の見出しが新聞記事に踊りました。

決してそれを肯定しようとは思いません。だけれども、そこにあった「エネルギー」は……「生きている人の力」を感じさせてくれる命の爆発は……強烈な印象を子供心に、そして社会全体に投げかけていたのは確かです。人の命を危ぶませ、暴力により世の中に一石を投じるという革命のあり方は推奨されません。けれど、「それしか訴える手段がなかった」状態に陥った社会にとってはこれほどの命の爆発が必要になっていたのは確かだろうと思います。

ところが、ここ数年。
日本という国とその社会全体は明らかにおかしな方向に迷走し、人や物の命の重さ・その熱さが忘れ去られ、かなりの「不整合面」があちこちで発生していたのにもかかわらず、「革命」は起きない。暴力に限らず、人びとはどうにも「あきらめ」てしまい、下を向き、そして自らの内面に向かって心を病み、命を絶つような状況が多発していることに対しても次第に「不感症」になりつつあった。

つまり……「怒っても当然」のことに対しての「怒り」さえも、失われつつあったように思います。

この記事を読んでいてそれを思いました。被災者の人たちは怒っていいんだと思います。それは、天の与えた災害に対してではなく、そこに至るまでの社会のあり方と、災害のあとの国のあり方に対して。

怒りは必要です。
「我慢するべき」怒りは当然ありますが、「我慢してはいけない」怒りもあるはずです。
その怒りが、社会や世の中を進めていくのですから。前進させるのですから。

かつては、人は力によってしかこの「訴える力」を持てなかった過去もありました。けれど、今は違います。ネットがあり、様々な表現手段が許されている今は、力に頼らずとも言葉や行動でそれを表すことができるはずです。下を向いているのではなく、正しい視点を持って正しい情報を集め、そしてそれをきちんと受けとめることができる人たちがどうしたら伝わるのか、どうしたらそれを形にできるのかを考えて集約することができるはずです。

エネルギー論争も、本来のこの日本の力を持っていたら原子力に頼らなくても太陽光などのクリーンで自然なエネルギーを大きなパワーに変えることが出来る力はあるはずだと思います。かつて日本がそれほど電気に頼っていなかった時代の状態を想い出してみたら、「電気が必要」な部分と「必要でない」部分をきちんと見分けて電気に頼らない社会が生み出せるはずです。

(実際、「節電状態」の今、真夜中が暗く星空が見える状態の快適さを想いだした人も多いのではないでしょうか)

人びとの応援の声が莫大な支援金となって形になっているのだから、それを「この先の復興」という大きな目標のために被災者の立場に立って、その目線や視点から有効に活用して行ったら、それが形になったら、失った物に心を寄せながらより温かく人の血の流れる町づくりが可能になっていくはずです。

たとえば、先日目にしたこの記事。
東日本大震災:家電6点セット購入に 赤十字社の義援金

果たしてこういう義援金の使い方が、寄付した人びとや、もっと言うと被災地の人びとの「本当の望み」にかなっているのかどうか?そういう観点で物を見たときに、「我慢」するべき事と「我慢しなくても良い」部分に対しての観点がどうにもずれているように私には思います。お金の使途を決めるのは、赤十字や国ではない。寄付した人たちの想いと、それを受けとめた被災地の人たちの本当の意味での「復興」……元気な世の中に戻るための力になる、という観点で考えるべき事なのではないでしょうか。

そのために、私たちは……自分の持っている「きちっと自分の足で立って歩いて行かれる社会」に必要な物、そのイメージを最大限に生かして拡げて、力にしていくことが大切なのではないかと思います。

確かな視点。
目先のことに囚われない、長い目で将来を見つめる目。

「我慢すること」は、人から押しつけられるのではありません。
「我慢」とは、自分の目標に向かい、明るい未来に向かうときにそれをかなえるためにすることであって、あきらめるためにする物ではありません。

我慢して下を向くのではなく、前を見つめて歯を食いしばって進む我慢。

自分と社会全体の進むべき方向の基準に基づいて「我慢すること」を自分で決め、確かな視点と方向性を持って今、力強い復活のイメージを目指してみんなで一緒に歩いて行くときなのではないでしょうか。

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最近、本編は休止状態でコラム「INTERMEZZO」ばかり書いていますが、このご時世と言うことでしばらくご容赦ください。たぶん、「イメージする事」の大切さや過去に学び、前に進むためにとても大切であることを「今この時」考え粘らない状態なのだと思います。だから、本編は一休みして、今この時に皆さんと考えたい事、考えるべき事をしばらく記述していこうと思います。

その時に必要なのが「個人裁量」なんじゃないのでしょうか。今回も、その”個人裁量”……つまり、「人としての想い」で救われた命がたくさんあります。マイクを握ったまま人びとを避難させて自分は間に合わず亡くなっていた消防士さんの話。今、原発の現場で被曝の恐怖を恐れず闘っている人たち。違憲と非難されながらもそこで研鑽を積んだ自衛隊と、その自衛隊に救われ肩車に誇らしげに微笑む少年の写真。

その一方で自分たちは被害に遭わなかったけれども少しでも力になりたいと使えそうなものを必死で集める人々。Twitterで自分の寝る時間も惜しんで必要な情報を繋ぐ人びと。

決まりに縛られずに個人の想いで闘っている人たちがたくさんいます。
それが「現場」なのですけれど、いまだにその「現場」と乖離した「お役所仕事」に支配されている人びとがその妨害をする。

先ほど、原発で今苦しめられている福島県の元知事のインタビュー記事を読みました。そこにはこう書いてありました。

「役所は一旦道が引かれると、止まらない。誰にも責任を取らせないし、取りたくないが故にみななぁなぁでその道を進んで、止めらない。原子力の問題を通じて、このことが判った。」

(2011年3月20日、佐藤栄佐久元福島県知事に緊急インタビュー記事より引用)

これは「いじめ」の増長、悪質化にもつながっていますし、「頑張った人間がバカを見る」と言われるようになった今の日本の社会の根本にある病巣のもとでもあります。原発がなぜ、必要なのか充分な討論もされないままに推し進められたその結果を見つめようとしない関係者の姿。ここにも「馴れ合い」という一つの悪習が巣くっています。

日本ほどの技術を持っていたら、たぶん原発の開発や維持に掛けるだけのお金を持ってしたらきっと充分な太陽光発電の開発がもっと早くに可能だったはずだと私は思います。そっちに行かなかったのは政府主導で行われた「現場との乖離」によるお役所仕事の結末のように思います。

今、浮き彫りになってきている日本の病巣。
災害によって見えてきた「人のあるべき姿」。

こういうものを今、真剣に考えて見つめ直していかないといけないときなのだと思います。
日本が、再び世界に胸を張れる国になることができるのか。

「また、再建しましょう」

戦争。チリ津波。そして今回の地震による被害。
そんな大きな波を何回もかぶってなお、こう言って笑える大先輩が日本にはちゃんと居ます。

こうしてきた「現場の人間」を心の柱にして……こういう人のあり方こそを「ルール」にして、私たちはいいかげん「お役所仕事」の「決まり」に支配され、「慣習」に押しつぶされてきた今までを脱ぎ捨てて「人がルール」の日本に立ち返るべきなんじゃないのでしょうか。

ところが、いつの間にか……最近は「決まり」があり「慣例」があって、そこからはみ出すことがいけないことになってきていて、「オレが責任持つから」という「上の人」がいなくなり、現場の物は上の人が出す指示や命令が絶対になり、それを守れないと責任とるのは現場の者。せめられるのも現場の者。

責任はどこにあるのか?といったら「現場に即した指示ができない上の者」にあるように思うのですけれど、そこには誰も言及しません……出来ないんですよね。

「お役所仕事」という言葉があります。
これは、「お役所とかお役人さんは決まり事以外のことはやらない」という個人裁量のなさを非難した言葉のように思うのですが、実は現代の社会って、お役所に限らず、会社でも、学校でも、社会全体でこの「お役所仕事」が蔓延していたように思うのです。

最初にあげた支援物資の話。それから実際に当日のライブで「寄付を募ろう!」って思ったけれど「個人でそういう事をされては困る」というひと言でその話も進まなくなりました。すべてが「こういう決まりだから」「こういうルートでやってもらわないと困るから」という理由からのことなんです。

さらに、Twitterなどでいろいろな発言を見ていますけれど、そういう中でも同じような現象は起きています。「不謹慎」発言や「偽善者」発言ははその最たるものじゃないかと思います。

こういう事態に陥ったら、被害にあって大変な人がいるから楽しいことは不謹慎だ。旅行なんてとんでもない。笑いなんてとんでもない。そんな発言は不謹慎だ!……「不謹慎」というルールが人を支配してしまうのです。そのルールからはみ出す人は「悪者」であり「あってはいけないもの」なのです。

逆に、こう言うときに自分のことのように必死で応援したり様々な行動をしている人に対して「偽善者」呼ばわりをする者もでてきました。かっこつけ、いい子ぶり、目立ちたいから……。「偽善者」という枠にはまる者は、たとえ相手がそんなつもりじゃなくてもその人にとっては「偽善者」になってしまう。

でも、ちょっと考え直してください。

「決まりだから」
「上がこう言っているから」
「不謹慎だから」
「偽善だから」

○○だから……という言葉のその○○に入る言葉を決めたのは誰でしょう?そしてその○○という言葉は、一体誰のためにあるのでしょうか?

決まり。ルール。上司の命令。
そういうものは「人がより良くあるため」に発するものであるはずです。
そして、人が発するものである限り「誤り」だってあるのです。

単に今までの慣習だから、常識だから、自分がこう信じてきたから。
そんなものに左右されたものがたくさんあるんです。

人は、人である限り「絶対」なんて不可能ですから当然「過ち」はあるはず。かつて「個人裁量」「現場裁量」がちゃんと認められたのは、こういうことがわかっていたからでした。決まりがあったって、現場では何が起こっているのかわからないから、決まり通りに行かないこともある。常識だと思っていたこと、大丈夫だと思っていたことが崩れることも絶対にある。(今回の原発のことに関してもそうですよね。「絶対に安全」という事はない。地震の規模が「想定外」であったことも、また人の常識でははかりきれないことでした。)

そういう「ありえないこと」に出くわしたとき。
決まりや常識では動かせないもの、救えないもの、抗えないものがでてきます。

○○だから……では太刀打ちできないことがまだまだたくさんあるはずなんです。

〜(3)へ続く


graphics8.nytimes.comより

先日、住んでいる町のイベントがありました。
そこに関わって出た話です。

私は、バンド活動でこのイベントに参加することになっていたので、イベント前の二日間、練習をしました。その時にこの震災の話になったのですが……。バンドのボーカルの人が支援物資を持って行ったときの話をしてくれました。

「乾電池をオークションで500コ落として持って行ったんだよ。市で集めていたのに合わせて。で、そのうち1つのパッケージだけ袋があいてたんだ。でも明らかに使ってないってわかる状態だったんだけどね、集めていたひとに言われたんだよ、“新品じゃなくちゃ困ります”って。」

この「新品限定」っていうのも何とも困ったルールだと思ったのです。
実は、私もこの災害に関して支援物資を家にある物で間に合うのだったらかき集めて持って行こうと思ったのです。娘とその情報をもらいに役場に行く途中のラジオでその募集の話をしていました。

やっぱり「新品に限る」とのアナウンス。それから他にも、個々にバラバラに持ってくるのは困るので箱単位、とかでも「購入してまで持ってこないでください」とか、指定した物以外はダメ、とか……。

「ああ…それじゃ無理」と思って娘とあきらめました。

正直、家もそんなに余裕のある生活しているわけじゃありません。だから家に「買い置きしてある物」で「新品」で「まとまった量のある」モノなんか無いんです。毛布も子どもたちが小さい頃使った保育園のおひるね用の小さいのとか、そんな物しかないんです。

新品を……と言われたら、やっぱり買いに行くしかない。
で、ふと思ったのがこのあたりのスーパーでそういう物が品薄になっているという話。もしかしたら買ってでも支援しようとまとめ買いした人のいるのじゃないのだろうか………と。

確かに、支援物資は不要品集めと違いますから、気持ちよく使ってもらえるモノを集めたいということもわかります。でも「新品」に拘る必要はあるのでしょうか?大切なのは「今すぐに必要な物が使える形で届く」事なんじゃないのでしょうか?

現場からは「足りない」の声が上がっていて。余裕のある地域の者は「なんとか届けたい」と思い。

だけど届けるためには個々で受け付けていないのだからお役所に頼るしかない現実。
一つでも多く、一刻も早くに物を届けたいという思いから家にある物で「使える物」を持ち寄りたいという想いがこの「新品に限る」というひと言でさえぎられてしまうんですよね。

確かに、電池なんかはシールはがしてしまうと使えない物かどうかもわからないし、そうして持ち込まれた「不要品」を処分する手間を考えれば「新品に限る」はとてもよくわかるんです。だから今回はそれも仕方ないのかもしれません。

その上で、ひとこと日頃思っていたことを添えたいのです。

かつては、「現場裁量」とか「個人裁量」という言葉がごく自然に行われていました。ある程度の立場にある人、上司、そういう人たちからは「オレが責任持つから思うようにやれ」という言葉を聞くことが多かったのです。

そういう「信頼」を受けた方はまた、その信頼と期待を裏切れませんから「自分に責任」を持って行動しました。

お互いに、自分の行ったこと、自分の信頼、そういう物すべてに自分で責任を持って行動していました。だからその中でもし、失敗があっても人のせいにはしなかったし、自分で何とかしようと頑張りました。責任持ち、信頼しあった者同士で物事を一生懸命に解決していきました。

そこにあるのは人間の温かさ。人の心のこもった行動。
だから、もし、失敗があったとしてもその人を責めるよりはみんなで何とかしようと考えてやって来た……。

(2)へ続く

Photo : Midori Komamura

子どもたち

Photo : Midori Komamura

「ダメです、服が汚れるから。汚いでしょ。」「そんなものに触るんじゃありません。」「危ないからやめなさい。」

そういうセリフにさえぎられて泥だらけの子供たちが減っていき、何より今は、「泥」に触れることの出来る水たまりさえも見あたらなくなりました。日がくれるまで集中し、時を忘れて熱中し、一番星を見て帰る時を想い出し、あわてて家に走って帰るという姿もどこにもなく。「今日は○○ちゃんと競争して、ぼくの方がいっぱいじょうずにつくったんだ」などとお母さんに夢中で報告することもなく。

「太陽は、東の空から昇って西に沈む」ことがわからない。(驚くかもしれませんが、そういう子どもはとても多いのです。)計算や知能テストのようなものは上手にできても、自分のことについて話すことや書くことの表現ができない。

嬉しい、悲しい、楽しい……感想文を書くのにすごく苦労する。「どっちの方がいくつ多いのか」プラスやマイナスの感覚がなかなかつかめない。中学生でいまだに掛けると足すの意味の違いがわからない。

柱の体積は底面積×高さ、だけどなんでそうなるかわかっていない。積み木を積み上げる感覚を思い出せばすぐわかるのに、なぜそうなるかわからないから公式を忘れちゃったら計算ができない。

今の子供たちを見ていると、そういう知識のアンバランスさを感じます。経験から来る学びが限られていて、教科書に書いてあることが実際の事象と結びつかない。

紙の上、机の上だけの学びは決して生きる力に結びつかないのです。それは五感を働かせることがないままに来てしまったからです。目で見るだけでなく、からだ全体で覚える訓練をしていない今の子供たちは、書いて覚えることも読んで覚えることも、「見る」という動作とつなげることもできない。だから「考える」という脳への指令を出すことができない。

結果「何で勉強なんか必要なの」と思う。その理由も見つからない。

脳はいかに知識や記憶を増やしていくか。脳の細胞と細胞を繋いで行くシナプスという枝の働きです。それがより多くより密に張り巡らされることによって脳細胞の動きが確立していきます。それにはより多くの刺激=経験や体験が必要で、机の上の学びだけでつながるのはごく限られたもの。片手落ちなのです。

頭の働きが良くなり、考える力を持つためには。いかに多くのシナプスをつなげるか。それには、いかに五感すべてをフル活用できるかにかかっています。それが出来るのが「遊び」なんです。

遊びを忘れた脳みそは、筋トレしない筋肉と同じ。衰えてゆくだけです。

大人になるまえの子供のうちに、いかに五感を総動員させて遊ぶか。そして経験や体験をどれだけ増やして蓄積できるか。「本当に頭の良い子」を育てたかったら子供のうちに、イメージ豊かな子供のうちに、たくさん外で遊ばせること。さらにその体験を子供と親が楽しく語りって増幅すること。そうしてイメージの貯金をすること。それが一番の早道なのです。

それこそが子供のころからできる本当の「英才教育」なのです。

数学の文章問題でもそうです。問題を解く材料としての公式や計算をたくさんドリル学習します。そして応用の文章問題に行くと、もうそこで挫折です。つまり、その問題文章にどの公式を使い、どういう計算をして答えを導いたらいいのかが全くイメージできない。

同じ事がすべての教科に言えるのです。
さらに、先にも述べましたが「教科制」ということの弊害がそのイメージへの障壁を大きくしています。

たとえば、時間の計算や速さの計算、圧力や密度などは数学でも理科でも出てきます。けれど、数学の問題では普通に出来ても、理科の問題になると出来ない。わからなくなる。英語も国語も「言葉の組み立て」を学ぶ教科なのだけれど、英単語や漢字・熟語は単なる記号にしか見えないから文章に組み立てることが出来ない。

「学び」を細分化し、それぞれを関連させることもリンクさせることもないままでそれぞれの教科・単元ごとに内容を「教える」だけの状態では、学びとしてそれぞれがタコの足のようにバラバラに動いている状態で、それを一つにまとめる「イメージ」がない限りはまとまった動き(思考)には決してつながらないのです。

このタコ足学習である教科制を、クモの巣状態に張り巡らされた一つのネットワークの学びに変えるのが「総合学習」であって、そのクモの巣の材料として絡み合い、つなげる役目をするのが「イメージ」です。いかにそれをしっかりと密に絡めるのか、そのために必要なのがたくさんの「経験」「体験」です。

イメージが出来ない子供たちは、この経験や体験というものがとても限定されている場合が多いのです。

たとえば。あなたは子供のころに泥団子を作ったことがあるでしょうか。
泥が出来るのは、雨がふった後のくぼみ。砂地では無理で、砂よりももっと粒が細かい粘土状の土が必要です。雨がふった水たまりには、時にミズスマシが水の輪を作ります。雨のあとの空の青さを映し出します。雲の動きも映し出します。やがて、その雲があかね色に染まる。影が長く伸びて時の流れを感じ日の沈むのを見る。

手や、目や、鼻や、耳……身体の五感を使って、周りの空気や音や泥の感触、時に口に入ってしまってじゃりじゃりした感触と苦い味に顔をしかめ、こねる手から水の冷たさを感じます。どんなふうに丸めたらきれいな丸い団子になるのか。どのくらいの大きさだとうまくできるのか。力加減、形のバランス。泥と水の調合具合。

競い合って工夫し、勝てたときの喜び。頑張ったけど負けちゃった悔しさ。うまく作れず壊れてしまって競争に参加さえできない悲しさ。友だちに手伝ってもらって一緒に作る楽しさ。

春には水たまりに小さな蛙が飛び込む。秋にはトンボが飛んできて卵を産み付ける。夏の暑さには泥団子はあっという間にひびが入り、乾燥してしまう。冬の水たまりには氷が張る。泥に手などつけたら、あかぎれが出来るほど体温が奪われて切れるように痛い。

いかにたくさん作るのか。数を人と比べたり、教えあい協力して作りしながら学びあうことを「感じ」ます。

(3に続く)

学び

Photo : Midori Komamura

(4) 頭が良くなる早道は「ちゃんと遊ぶこと」=「イメージの貯金」

教科制の学びのあり方でここまで来ている生徒たちや、これからその学びに入っていく生徒たちを見ていて、大きな懸念が私の中には打ち消せないままずっとあります。

私のような個人指導の教師のところに指導を求める生徒さんは、いわゆる「多人数学級」である学校のクラスや塾の一斉指導ではついて行かれず混乱している子が多いのです。そういう子たちを見ていると、まずみんなに共通するのが「勉強が嫌い」なこと。

勉強が出来ないで心配した親御さんに背中を押されてやってくるのでしょうか。初めて会うときはとても硬い表情で、テストを見せてもらうときはしかめっ面。下を向いて暗い表情の子が多いのです。

けれど、一緒にやっていて「出来た」「わかった」瞬間、どの子もぱっと表情と目が輝きます。嬉しくて笑ってしまう子もいます。「そうか、そうだったんだ」とみんなつぶやきます。

そういう子に共通して言えることは、「なぜ、そういう答えになるのか」がイメージできない、ということです。勉強が嫌いなのは、ちゃんとした学びと習い方を与えられずに周りから押しつけられる形で苦しいからなのです。

具体的には本章の第2節で記述しますが、問題と答えを結びつけるのには、まずイメージの力が必要です。与えられた問題や課題の文章を読む。そこから「答え」を導き出すのに必要な材料を選び出す。その段階ですでに、「何が材料として必要なのか」とイメージする必要が出てきます。

ところが、今の子供たちはこの「材料を選び出す」ことが出来ません。「作者はどんな気持ちでしょう」と問われたときに、その「気持ち」を表現する言葉を知りません。もっというと、そういう状況ではどんな気持ちになるのか、という経験が少ないので、状況と気持ちを結びつけるイメージがわかないのです。

イメージがない

Photo : Midori Komamura

もともと、学校は「教科・単元・領域ごと」の枠で仕切られた勉強が当たり前でした。この教科ではこういう内容について、この学年ではここまで、その次にはここまで教えなさい、ということがはっきりと決まっていました。つまり「学習指導要領」という「教えるべき内容の基準」をいうものが全国統一されてしっかりあって、それを身につけさせるのが学校の勉強でした。

まず、これを崩すことが大変でした。

数学や国語という教科を教えない。だから、内容の基準もはっきり決め出すことが出来ない。その時その時に必要な場面での学びがあるのがいいのであって、こちらから教材を用意して「教える」ことはNG。

けれども実は、学びの要素を生徒たちの意識や流れに上手に組み込むのかは教える側の創意工夫にゆだねられる。つまり、今までのように指導要領一冊持ってその「段階」に従った内容を教えるだけではダメで、生徒の見取りの力、学ぶ内容を組み込み課題に沿ってヒントを与える力、教科という枠を越えた膨大な知識、様々な技術……先生たちにもものすごい学びと実力が要求されます。

さらに「教える」という行為が一見すると無いわけで、「何もしていない」ように見えてしまう。「教える」プロであった先生たちが混乱するのは……それもずっとそれでやって来た先生方が混乱するのも無理からぬことでしょう。

さらに、先生方はそうして自分の専門教科の教え方を身につけているわけで、自らがこの「教科学習」での優秀な成績を収めて大学までの学びを終えた人たち。教科を越えた学びをイメージするのは、確かにものすごく難しかったことなのです。

私自身は「生活単元学習」について新卒で学ぶことが出来、それ以来自分の専門教科である音楽や英語の授業でもこの考えを取り入れて、数学や国語、社会などの他教科の要素を取り入れた学びを展開していました。けれど、養護学校から小学校に転任して最初の研究授業では、そういう私の授業は「教科らしからぬ」「養護学校的な指導」という「ご指導」をいただくことになり、やはり教科的な指導になれた先生方には理解してはもらえなかった経験があります。

「総合学習」の考え方が学校に入り始めた頃。これと同じような混乱が学校の中に起こっていました。それも降ってわいたように「これから総合学習というものが入ってきます。先生たち、それで教えてください」という「おふれ」が来た後で、先生たちはカリキュラムの組み直しとそれを身につけるための研修や研究会で必死。

けれど、自らがそういう学びをしてこなかった先生たちが、今までの教え方で毎日の授業を進めながら、研修・研究会でじっくり新しい学びである「総合学習」について身につけるだけの余裕が許されるものでしょうか。正直いって、かなりの混乱状態のままでこの「ゆとり教育」は見切り発車……という感が強かったように思います。

今現在、この総合学習の学びのあり方をしっかり「イメージ」することができ、その本当のあり方や意義を理解できた先生方は、第3章の実例のようにすばらしい成果を上げつつあります。しかし、どうあっても教科制という枠組みの呪縛から逃れることの出来ない大多数の「学校のあり方」から総合学習は見放され、削減の一途にあります。

イメージしてみてください。
このまま、教科制というベルトコンベヤー式の学びを続け、「頭に詰め込むだけ」の学びを続けること。
しっかりと総合学習本来の意義をしっかり見直し、見据えて教育の体質改善に真剣に取り組むこと。

どちらの方がこれからの社会や未来を担う子供たちにとって本当に必要な学びのあり方なのでしょう?

子供だけのミーティング

Photo : Midori Komamura

(3)ゆとり失敗の原因

もう一つ、この「ゆとり教育」の目玉である総合学習がなぜきちんと機能しなかったのか、という大きな理由は「教科単元制」にもありました。

私は、新卒の時に養護学校に赴任しました。ちょうどその翌年からその学校は文部省(当時)の研究校に指定され、全国区の研究校としての研究をすることになってそのテーマに据えられたのが「生活単元学習」というものでした。

    生活単元学習は,児童生徒の生活上の課題処理や問題解決のための一連の目的活動 を組織的に経験することによって,自立的な生活に必要な事柄を実際的・総合的に学習するものである。(盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領(平成11年3 月)解説(文部省)より)

つまり、身体に障害を持つ子供たちが自らの出来ることの可能性を増やし、生きる力をつけるために教科や領域に縛られない学びをする。それが生活単元学習です。

たとえば、生徒の意欲・関心に沿うようなテーマ設定をする。身体の自由がきかない生徒たちが工夫し協力して何か「製品作り」に取り組み必要な技術を学びながら、学校祭のバザーや町に出て販売活動をする。材料を購入するために畑で花や作物を育てて販売する。

その中でお金の数え方や計算を身につけたり、お客様に対しての言葉遣いや対応を学んだり、ポスターや招待状を作ることで文章を考えたりデザインを工夫したりする。材料費を払ってある程度の売上が出たら感謝祭のようなものを計画し、材料を買いに行くためにバスや電車の乗り方やチケットの買い方を知る。車内のマナーも考える。調理をしてみんなで感謝して食べる。その時にみんなで楽しむゲームや歌なども考えて練習する。

その中には当然、教科的な内容も入ってくるわけです。お金の計算……収支、予算の立て方。花を育てるのに理科の知識。招待状を書く文章力。誤字脱字に気をつけて、漢字を使って読みやすくすること……。そんなふうに「教科・領域を越えた」学びをするのが生活単元学習です。

これは、実は「総合学習」に通じる学びであることにお気づきでしょうか。障害を持つ生徒たちにとってはそれこそ「生きる力」は本当に自らの命に関わる部分でありますから、かなり「生活」に密着した学びになっています。それがもう少し教科的な色合いが濃くなっているのが総合学習……という風に私は感じています。

さて、先ほどの新卒の学校の話に戻ります。新卒の私はまだまだ経験が浅い中、この「生活単元学習」について学びました。この「経験が浅かった」というのが幸いしたのだと思います。「教科を越えた」という意味について割にすんなりと受けとめることが出来ました。

しかし、先輩の先生方にとってはだいぶ抵抗があったように感じました。つまり、「算数や数学、国語、理科などの教科を教えない」ということに対してのイメージを作るのにものすごく抵抗があったのです。

総合学習

Photo : Midori Komamura

日本の教育

Photo : Midori Komamura

ところが、この「ゆとり」という言葉から、そういう姿を想像できるでしょうか?

たとえば、このゆとりという言葉が浮上した頃、学校は土曜が休みになって週五日制になりました。それまで、土曜日も学校に行っていたのに、週に二日も家で子供たちが過ごす……教師は休みが増えて、子供たちを見てくれる場所がなくなった……。どうしてくれるのだ?そういう意見で週五日制には猛烈な反対意見が湧き上がりました。

つまり、まずは学校が休みになること=時間のゆとり、という認識。

時間の余裕を与えたら、子供は家ですることがないからゲームで遊んでいるだけだろう、勉強もせずに遊ぶ時間を増やしたら当然学力(この場合はテストの点数ですね)が落ちるに違いない。夏休みや冬休みがあるのに先生たちは土曜も休みになる。そんな余裕もゆるせない。そういう危惧が「ゆとり」という言葉によって強調されました。(学校現場にいるときは、そういう批判をものすごく感じました。)

けれども、本来ここでいう「ゆとり」とは、時間のゆとりではなく心のゆとり、考えるゆとり、学ぶための思考範囲の広がりという意味でのゆとりのことであったのです。その認識の違いは大きい間違いでした。

もう一つ、学習内容を整理して削減し、「詰め込み教育」からの脱却を図る、という方針も「勉強内容を減らしたら、出来ない事が増えるじゃないか」という考えから「ちゃんと教育がなされなかったバカ」という意味を持って「これだからゆとり世代は……。」などと揶揄されている現状が誤った「ゆとり」の認識を的確に表現しています。

確かに、教科書に掲載される内容は減ったかもしれません。けれど、先にも書いたように「教科書には載っていないけれど身につくこと」が山のようにあるのです。

さらにそれは「これを教えなさい」と上から押しつけられた勉強ではなく、テーマの実現を目指して自らの意志を持って取り組む学びですから、学びの内容だけでなく、学び方も自然に身についていきます。自らより高次のテーマにむかって進むことも出来るのです。

そして、そこで身につく学びは1人1人全く同じではありません。それぞれの生徒が自らの必要に応じて必要な学びを得る。だから、みんなで一斉に同じ問題に取り組む「ペーパーテスト」では計れない力、けれども、そんな問題にはおさまりきれない力=学びの力、考える力、解決する力=生きる力=イメージする確かな力、が身につく学習なのです。

それは上からの詰め込みのように簡単に得られる学びではありません。だから一年や二年で結果が出るものではない。本当にその意味が見えるのは5年、10年、もっと言うと社会に出て自分で生きるようになってから。それを最初から「ゆとりはダメだ」という世論がその「余裕」さえも与えてはくれなかったのです。

点数がとれない。だからダメだ。子供たちは遊んでいるようにしか見えない。ちゃんと黒板に向かってしっかり公式や法則を覚えなくては勉強じゃない。こんな甘ったるいことしていたらダメじゃないか。

その危惧が社会全体を覆い、その危惧にきちんとした学びのあり方を究明する余裕もなく、「ゆとり失敗」と言われてまたもや「詰め込み教育」に後退する、という愚行を日本の教育は行ってしまったのです。

こうして、詰め込み教育というカンフル剤のような即効性はあるけれど持続性のない教育を、「点数重視」の社会は選びました。

ゆとり教育の本当の狙い、総合学習で狙える力……それは一生の学びにつながる力であり、確実に身につくもの。いわゆる「体質改善による健康な力ある学び」を目指すことが出来たはずなのに、それをじっと見守ることも待つことも出来ないまま、より強力なカンフル剤を求めて迷走する状態に陥っているのが今の日本の教育です。

強い薬は、同時に強い毒でもあり、身体をむしばみ続けていることにも気が付かないままで。はたしていつまでこの身体(日本の教育)は持つのでしょうか?

もともと子供というのは「イメージする力」(夢を描く力)に長けています。この世の経験年数が少ない子供たちはそれがゆえに自由にイメージを拡げることが出来ますし、それをもとに生きています。

そういう「イメージの固まり」である子供たちに知識や経験というイメージ化を助ける材料を与え、その方法の学びをする場所……それが本来の「学校」の役割なのです。イメージを妨げる「点数重視、テスト重視、学歴重視」の今の学校制度の中ではそれがいつの間にか忘れ去られてしまっているようですが。

(だから、イメージが出来る子供たちほど苦しくなる。不登校やいじめの大きな要因の一つは、イメージできる子供をきちんと支えることが出来ない今の学校制度にあります。)

その最たる出来事が「ゆとり教育の失敗」なのです。

「ゆとりはダメだ」と口にする人々に私は言いたいのです。
「ゆとり教育を失敗に導いたのは、あなたたちなのですよ。」………と。

そもそも、日本を救うはずだったあれだけの教育へのてこ入れに対して「ゆとり」というネーミングで「間違ったイメージ」を植え付けた時点ですでに、この教育再生への大切な手立ては「失敗」したと言っても過言ではないのです。

「ゆとり教育」と一般的に呼ばれている教育の方向性は、先にも述べたように本来その柱が「総合学習」という学びのあり方を柱に組み立てられていました。

総合学習というのは、教科や単元という「枠」にとらわれず、その時その時に起こったことや発生した事件、ぶつかった問題点などに「どう当たっていくのか」を考えていく学びです。

だからその上で必要な計算の力をつけたり、身のまわりに起きる事象の科学的・歴史的説明について追求したり、その表現をするために文や音や絵などで伝える工夫をしたり……。つまり、学校という社会縮図の中で「生きる」ために必要な学びをその時々の必要に応じて先生と生徒が一緒に膝をつき合わせ、一緒に悩んだり考えたりしながら身につけていく、という学びなのです。

教科指導は「まず学習内容ありき」。この単元や指導項目を「どう教えるか」が問題になります。

一方の総合学習は、あるテーマに向かって「どう進むのか」、「どう組み立てるのか」、「どう考えるか」が問題になるので、学ぶ内容がついてくる形になります。学ぶ内容をそれぞれが探り出し、自分から求める形になるのが教科学習との大きな違いです。

ですから、実は、時間的な「ゆとり」などは全く許されないのが本来の総合学習のあり方です。生徒も先生も、たとえば第3章の事例で取り上げたように「映画作り」というテーマや「学校美術館」というテーマ、「祭の成功」というテーマを共通して持った上で、それをやり遂げるためにあらゆることを自分たちで組み立て、考えて取り組んでいくわけです。

取り組む生徒たちにとっては、何が起こるかわかりません。映画作りや美術館作りに必要な資金も、技術も、何が必要なのかもわからない。取り組む順番もわからない。

そういうわからない中、手探りで進む中で様々な「困難」が立ちはだかる。どうしたらいいのだろう?どう乗り越えよう?………必死です。テーマを実現するためには、立ち止まってはいられないのですから。さらに、そういう生徒たちの姿を見取りあらゆる場面や状況を想定しながら下調べや準備をし、生徒と共に取り組む先生はなおのこと、本当に息をつく暇もありません。麻和教諭も、中平教諭も、自分自身の時間を削っても「テーマの実現」を生徒と目指して奮闘しているのです。

(2につづく)

総合学習

Photo : Midori Komamura

なのになぜ、今の日本では「勉強すること」=学ぶことになってしまっているのでしょうか。学校ではちゃんと「学び」の方法を教えてあげているのでしょうか。「学ぶこと(内容)」を提示した後、それをちゃんと「習う」方法をろくに提示せず、テストで「理解度を確認」(とは言え点数の高い低いが判定基準になっている場合が明らかですが)して、点数が低いから「勉強しなさい」となる。

おかしいですよね。学校でちゃんと「学ぶこと」「習う方法」がわかったら、知識を得ることの楽しさを知った子供たちが自ら「もっと知りたい」「もっと出来るようになりたい」と「勉強」する……それが本来の姿であり、流れであるべきなのです。

ところが。今の学校では「この単元の主眼」というものが設定されていて、知識の取得が授業の最終目的です。「学びの方法」ではありません。それを取得したら、その力を次につなげる間もなく「次の単元の主眼」に取り組まねばなりません。

身についたかどうかの確認はあくまでも点数で。平均点の上か下か。それだけの判定で進んでいきます。その子がいったいどこに躓いてわからないのか。逆にもしかしたら偶然ヤマカンで良い点が取れただけなのか。その判別は点数だけでは絶対に出来ません。だから点数が悪いと「わかってない」から「ダメ」となって、先生からも親からも「もっと頑張れ」と怒られます。だけど「どうしたらわかるようになるのか」はだぁれも教えてはくれません。

「何だ、ぼくはどうせ出来ないダメなやつだ」「こんなのわけわかんね〜」……わからない生徒は、「わかりたい」「出来るようになりたい」という自分を押し殺し、そうやって自分を卑下するか笑ってごまかすかでその場をしのぐしかないわけです。それがずっと続くわけです……もしかしたらエジソンのように、徹底的に「学び」に集中し、「習い方」を教えてもらえればちゃんと自分で「勉強」出来るようになる子は山ほどいるのに。その子もごまかし笑いではなく「わかった!」という笑顔になれるはずなのに。

つまりそうやって子供たちの「可能性の芽」をつぶしているのが点数に左右される学校や親たちなのです。それに翻弄される子供たちがやがて力尽きて学ぶことの楽しさ、喜びも知ることがないままに「勉強嫌い」になるのは当然でしょう。いえ、「勉強嫌い」と言うよりも、「勉強がしたくても手も足も出ない」状況にある、と言った方が正しいでしょう。

今の日本の教育がなぜ落ち込んでいるのか。生徒の学力が落ちているのか。ここまで読んだら「それは仕方がない」と思いませんか?日本の教育がなぜ「ダメ」なのか……それは「勉強」と「学習」の区別もつけずに順序を間違え混乱している結果なのです。

その混乱を解消し、きちんとした学びを取り戻すための特効薬が実は「総合学習」です。そう、それこそがいわゆる「ゆとり教育」の柱とされた学習のあり方だったのです。

「ゆとり教育は失敗」といわれ、「ゆとりはダメだ」と揶揄されるあの「本来の学びを取り戻すための最後の手段」を失敗に導いたものは……何あろう、この「勉強」と「学習」とをまぜこぜにしか捉えることの出来ない日本の社会全体だったのです。

Photo : Midori Komamura

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PROFILE

駒村みどり
【スマイルコーディネーター】

音楽活動(指導・演奏)、カウンセリングや学習指導、うつ病や不登校についての理解を深める活動、長野県の地域おこし・文化・アート活動の取材などを軸に、人の心を大切にし人と人とを繋ぎ拡げる活動を展開中。

WebマガジンNgene特派員
(長野県の文化、教育、地域活性化などに関わる活動・人の取材)
【羅針盤】プロジェクトリーダー。

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