記憶の記事

何も思い浮かぶイメージがなかったら、身体を動かしながら覚えるというのも効果的。

友だちと、歴史の問題を出し合いながらキャッチボールのまねごとをする。
他にも何かを覚えながらひたすら紙に書きとめる。

私はとにかく、紙に書きまくります。何回も何回も書きます。
これはとても効果的です。それについてはこの後の項で述べます。

それは絶対にひとから与えられたものではダメなのです。自分自身で体感し、自分の中にすぐによみがえらせるものでなくてはダメなのです。だからこそ、いっぱい遊んでその材料を蓄積する必要があるのです。

机に向かって本を読んだりノートに字を書いたり、というワンパターンの経験だけでは記憶はどんどんその中に埋もれていくだけ。

「自分の中に、特別な記憶や経験をいかにたくさん積み重ねていくことができるのか。」
……それが「記憶力」を育てるコツです。

それには日頃から「特別な記憶」を作る練習をしておきましょう。
夕日の赤さも日によって違います。雲の形は一刻たりとも同じではありません。
季節の風の中に漂ってくる匂い。その中で出会った人、その人と語りあった言葉。

五感のすべてを働かせて「今」を真剣に見つめ、「今」をじっくりと感じること。

それによって日頃見えていた風景も、新しく違った顔を見せてくれるでしょう。
そこにどんなあなたの「想い」を乗せることができるのでしょう?

その感動が、その想いの積み重ねがあなたのイメージをどんどん拡げ、その積み重ねによってあなたの中にはより鮮やかでより拡がるイメージの材料が蓄積されていくのです。

それと結びついた時、アルバムに写真を並べるよりもはっきりくっきりとあなたの記憶は彩られていくのです。

秘密基地プロジェクト

Photo:Midori Komamura

雑誌の裏によく「記憶術で成績アップ!」という広告を見かけます。あの記憶術について突き詰めたことはありませんが、一般的にいわれているのは「何か別の刺激と絡めて覚える」こと。

教科書に書いてあることは覚えないけどそこにのっている写真に落書きした記憶が残っていたり、先生の話も雑談の方が覚えていたり……と、本来覚えようとしていることではなく、必要でない雑談みたいな記憶の方が残りやすいということはいわれます。逆に「覚えよう」として、その言葉を何回繰り返しても、それだけでは記憶にとどめることはとても難しいのです。

先日テレビに、ものすごく長い数字を覚える人が出てきました。その人の記憶の仕方は数字にそれぞれ一つずつイメージを当てはめておいて、数字を聞きながらそのイメージを連ねて物語を作っていく……というもの。語呂合わせの発展形のようなものなのでしょうか。

ルート2を一夜一夜にひと見頃、ルート3を富士山麓にオウム鳴く、原子記号の順番も、水兵リーベぼくの船……ただひたすらにその語呂合わせを繰り返すだけではなかなか頭に定着しませんが、頭の中にはかわいい水兵さんがちっちゃくて白い船を浮かべて水兵帽で敬礼している様子が浮かべてみたら……その光景を頭に描いた瞬間に、それらの数字はしっかりと頭にこびりついて離れなくなりますよね。

いくら覚えやすい語呂合わせを先輩たちが作ってくれても、「イメージ」を持てないとちゃんと頭に刻み込むことはできません。

だからこそ、どんどんイメージを貯金する必要があります。それは「学びに必要」なイメージよりもむしろ「遊び」とか「雑学」のように一見役に立たないものの方が良いのです。自分の中に、より強烈な印象を植え付けられる色や形や温度を持った記憶だったらなおよいでしょう。

(2に続く)

オヤジカンガルーハッチ

Photo : Midori Komamura

その時に必要なのが「個人裁量」なんじゃないのでしょうか。今回も、その”個人裁量”……つまり、「人としての想い」で救われた命がたくさんあります。マイクを握ったまま人びとを避難させて自分は間に合わず亡くなっていた消防士さんの話。今、原発の現場で被曝の恐怖を恐れず闘っている人たち。違憲と非難されながらもそこで研鑽を積んだ自衛隊と、その自衛隊に救われ肩車に誇らしげに微笑む少年の写真。

その一方で自分たちは被害に遭わなかったけれども少しでも力になりたいと使えそうなものを必死で集める人々。Twitterで自分の寝る時間も惜しんで必要な情報を繋ぐ人びと。

決まりに縛られずに個人の想いで闘っている人たちがたくさんいます。
それが「現場」なのですけれど、いまだにその「現場」と乖離した「お役所仕事」に支配されている人びとがその妨害をする。

先ほど、原発で今苦しめられている福島県の元知事のインタビュー記事を読みました。そこにはこう書いてありました。

「役所は一旦道が引かれると、止まらない。誰にも責任を取らせないし、取りたくないが故にみななぁなぁでその道を進んで、止めらない。原子力の問題を通じて、このことが判った。」

(2011年3月20日、佐藤栄佐久元福島県知事に緊急インタビュー記事より引用)

これは「いじめ」の増長、悪質化にもつながっていますし、「頑張った人間がバカを見る」と言われるようになった今の日本の社会の根本にある病巣のもとでもあります。原発がなぜ、必要なのか充分な討論もされないままに推し進められたその結果を見つめようとしない関係者の姿。ここにも「馴れ合い」という一つの悪習が巣くっています。

日本ほどの技術を持っていたら、たぶん原発の開発や維持に掛けるだけのお金を持ってしたらきっと充分な太陽光発電の開発がもっと早くに可能だったはずだと私は思います。そっちに行かなかったのは政府主導で行われた「現場との乖離」によるお役所仕事の結末のように思います。

今、浮き彫りになってきている日本の病巣。
災害によって見えてきた「人のあるべき姿」。

こういうものを今、真剣に考えて見つめ直していかないといけないときなのだと思います。
日本が、再び世界に胸を張れる国になることができるのか。

「また、再建しましょう」

戦争。チリ津波。そして今回の地震による被害。
そんな大きな波を何回もかぶってなお、こう言って笑える大先輩が日本にはちゃんと居ます。

こうしてきた「現場の人間」を心の柱にして……こういう人のあり方こそを「ルール」にして、私たちはいいかげん「お役所仕事」の「決まり」に支配され、「慣習」に押しつぶされてきた今までを脱ぎ捨てて「人がルール」の日本に立ち返るべきなんじゃないのでしょうか。

ところが、いつの間にか……最近は「決まり」があり「慣例」があって、そこからはみ出すことがいけないことになってきていて、「オレが責任持つから」という「上の人」がいなくなり、現場の物は上の人が出す指示や命令が絶対になり、それを守れないと責任とるのは現場の者。せめられるのも現場の者。

責任はどこにあるのか?といったら「現場に即した指示ができない上の者」にあるように思うのですけれど、そこには誰も言及しません……出来ないんですよね。

「お役所仕事」という言葉があります。
これは、「お役所とかお役人さんは決まり事以外のことはやらない」という個人裁量のなさを非難した言葉のように思うのですが、実は現代の社会って、お役所に限らず、会社でも、学校でも、社会全体でこの「お役所仕事」が蔓延していたように思うのです。

最初にあげた支援物資の話。それから実際に当日のライブで「寄付を募ろう!」って思ったけれど「個人でそういう事をされては困る」というひと言でその話も進まなくなりました。すべてが「こういう決まりだから」「こういうルートでやってもらわないと困るから」という理由からのことなんです。

さらに、Twitterなどでいろいろな発言を見ていますけれど、そういう中でも同じような現象は起きています。「不謹慎」発言や「偽善者」発言ははその最たるものじゃないかと思います。

こういう事態に陥ったら、被害にあって大変な人がいるから楽しいことは不謹慎だ。旅行なんてとんでもない。笑いなんてとんでもない。そんな発言は不謹慎だ!……「不謹慎」というルールが人を支配してしまうのです。そのルールからはみ出す人は「悪者」であり「あってはいけないもの」なのです。

逆に、こう言うときに自分のことのように必死で応援したり様々な行動をしている人に対して「偽善者」呼ばわりをする者もでてきました。かっこつけ、いい子ぶり、目立ちたいから……。「偽善者」という枠にはまる者は、たとえ相手がそんなつもりじゃなくてもその人にとっては「偽善者」になってしまう。

でも、ちょっと考え直してください。

「決まりだから」
「上がこう言っているから」
「不謹慎だから」
「偽善だから」

○○だから……という言葉のその○○に入る言葉を決めたのは誰でしょう?そしてその○○という言葉は、一体誰のためにあるのでしょうか?

決まり。ルール。上司の命令。
そういうものは「人がより良くあるため」に発するものであるはずです。
そして、人が発するものである限り「誤り」だってあるのです。

単に今までの慣習だから、常識だから、自分がこう信じてきたから。
そんなものに左右されたものがたくさんあるんです。

人は、人である限り「絶対」なんて不可能ですから当然「過ち」はあるはず。かつて「個人裁量」「現場裁量」がちゃんと認められたのは、こういうことがわかっていたからでした。決まりがあったって、現場では何が起こっているのかわからないから、決まり通りに行かないこともある。常識だと思っていたこと、大丈夫だと思っていたことが崩れることも絶対にある。(今回の原発のことに関してもそうですよね。「絶対に安全」という事はない。地震の規模が「想定外」であったことも、また人の常識でははかりきれないことでした。)

そういう「ありえないこと」に出くわしたとき。
決まりや常識では動かせないもの、救えないもの、抗えないものがでてきます。

○○だから……では太刀打ちできないことがまだまだたくさんあるはずなんです。

〜(3)へ続く


graphics8.nytimes.comより

先日、住んでいる町のイベントがありました。
そこに関わって出た話です。

私は、バンド活動でこのイベントに参加することになっていたので、イベント前の二日間、練習をしました。その時にこの震災の話になったのですが……。バンドのボーカルの人が支援物資を持って行ったときの話をしてくれました。

「乾電池をオークションで500コ落として持って行ったんだよ。市で集めていたのに合わせて。で、そのうち1つのパッケージだけ袋があいてたんだ。でも明らかに使ってないってわかる状態だったんだけどね、集めていたひとに言われたんだよ、“新品じゃなくちゃ困ります”って。」

この「新品限定」っていうのも何とも困ったルールだと思ったのです。
実は、私もこの災害に関して支援物資を家にある物で間に合うのだったらかき集めて持って行こうと思ったのです。娘とその情報をもらいに役場に行く途中のラジオでその募集の話をしていました。

やっぱり「新品に限る」とのアナウンス。それから他にも、個々にバラバラに持ってくるのは困るので箱単位、とかでも「購入してまで持ってこないでください」とか、指定した物以外はダメ、とか……。

「ああ…それじゃ無理」と思って娘とあきらめました。

正直、家もそんなに余裕のある生活しているわけじゃありません。だから家に「買い置きしてある物」で「新品」で「まとまった量のある」モノなんか無いんです。毛布も子どもたちが小さい頃使った保育園のおひるね用の小さいのとか、そんな物しかないんです。

新品を……と言われたら、やっぱり買いに行くしかない。
で、ふと思ったのがこのあたりのスーパーでそういう物が品薄になっているという話。もしかしたら買ってでも支援しようとまとめ買いした人のいるのじゃないのだろうか………と。

確かに、支援物資は不要品集めと違いますから、気持ちよく使ってもらえるモノを集めたいということもわかります。でも「新品」に拘る必要はあるのでしょうか?大切なのは「今すぐに必要な物が使える形で届く」事なんじゃないのでしょうか?

現場からは「足りない」の声が上がっていて。余裕のある地域の者は「なんとか届けたい」と思い。

だけど届けるためには個々で受け付けていないのだからお役所に頼るしかない現実。
一つでも多く、一刻も早くに物を届けたいという思いから家にある物で「使える物」を持ち寄りたいという想いがこの「新品に限る」というひと言でさえぎられてしまうんですよね。

確かに、電池なんかはシールはがしてしまうと使えない物かどうかもわからないし、そうして持ち込まれた「不要品」を処分する手間を考えれば「新品に限る」はとてもよくわかるんです。だから今回はそれも仕方ないのかもしれません。

その上で、ひとこと日頃思っていたことを添えたいのです。

かつては、「現場裁量」とか「個人裁量」という言葉がごく自然に行われていました。ある程度の立場にある人、上司、そういう人たちからは「オレが責任持つから思うようにやれ」という言葉を聞くことが多かったのです。

そういう「信頼」を受けた方はまた、その信頼と期待を裏切れませんから「自分に責任」を持って行動しました。

お互いに、自分の行ったこと、自分の信頼、そういう物すべてに自分で責任を持って行動していました。だからその中でもし、失敗があっても人のせいにはしなかったし、自分で何とかしようと頑張りました。責任持ち、信頼しあった者同士で物事を一生懸命に解決していきました。

そこにあるのは人間の温かさ。人の心のこもった行動。
だから、もし、失敗があったとしてもその人を責めるよりはみんなで何とかしようと考えてやって来た……。

(2)へ続く

Photo : Midori Komamura

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PROFILE

駒村みどり
【スマイルコーディネーター】

音楽活動(指導・演奏)、カウンセリングや学習指導、うつ病や不登校についての理解を深める活動、長野県の地域おこし・文化・アート活動の取材などを軸に、人の心を大切にし人と人とを繋ぎ拡げる活動を展開中。

WebマガジンNgene特派員
(長野県の文化、教育、地域活性化などに関わる活動・人の取材)
【羅針盤】プロジェクトリーダー。

Twitter:komacafe 
HP:コマちゃんのティールーム
メルマガ:【うつのくれた贈り物】
facebook:Midori Komamura

詳細は【PRPFILE】駒村みどりに記載。

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