4月の第3週末である17日・18日。
この日、わたしはある人に会うために小布施町の玄照寺を訪れた。

ところが、玄照寺に行き着く手前で車は特設駐車場にはいるように誘導された。
駐車場はいっぱいでビックリ。

……いったい、ここで何が起きているのだろう?

お寺までの道は静かな田舎の生活道路なのだが、お寺の真ん前に立って参道を見たときにまたビックリ。

この人出は、どうしたこと?
まるでここだけ別世界。
参道にはずらりと屋台が軒を並べ、人がどんどん奥へ奥へと吸い込まれている。

屋台といったら、お祭り。お祭り……楽しそう………。
最初の目的を忘れて、わたしも参道の奥に引き込まれていくひとりになった。

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信州小布施町の曹洞宗陽光山玄照寺。
小布施町の南西部にある普段は静かなお寺。お寺の前の道路を通っても、ここにお寺があることは気が付かないくらい。

けれども、どうやらこの日は違う。

参道に足を踏み入れる。
両側ににぎやかな屋台が並ぶ。
その屋台を過ぎるとそこには「骨董市」ののぼり。

着物の古着。古い道具。ブリキのおもちゃ。
タープを張って、その下に人の手のぬくもりの染みこんだ「骨董品」たちが所狭しと並んでいる。

面白そうだけど……
横目で見ながら、さらに奥へ。

すると今度は、鮮やかな「色彩」が飛び込んできた。
三門の手前の「苗市」のブースだ。


「苗市」。
春の香りがあたりに満ちている。

けれど、先を急いでここも通り過ぎる。

すると、三門前には案内看板。
右に曲がると「クラフトエリア」、直進して三門をくぐると「アートエリア」。

山門の向こうからは、なにやら歌声も聞こえてくる……ライブをやっているらしい。
ここまで来ると、この先に何があるのか早く見たくて小走りになる。

三門をくぐると……

桜の花がちょうど満開の境内。
本堂に向かう参道の両側に様々な「アート」が展示されていた。
いや、よく見ると、参道の両脇だけではなく、庭にも、本堂の回廊にも……。

気が付くとそこに何か作品が「ある」。
境内のあちこちに、普段は物静かなお寺の庭や建物と一緒に、今、人が歩いているその場所に「ある」。

こういう「アート」っていいよなぁ。
「芸術」って言ってかしこまっていたり、高値で取引されていたりするものばかりが「アート」なわけじゃない。
足元の小さな石ころの中に、どうぶつの姿や人の顔を思い浮かべる……そんなのも「アート」。人の日常の中に、日常の中から生まれてくる表現がアート。
自分の周りの景色がいつもと違って見えるとか、その中に何かを感じること。
それがアート。

余談だけど、artという単語の語源はラテン語のL.ars 。技、芸術という意味がある。関連語彙にartifice(工夫)なんて言葉もある。日常の些細な風景や感覚を違った形で工夫したり創り上げたり、組み立てたり……もっと言うと、「おばあちゃんの知恵」だってアート。

境内には、そういう「生まれたてのアート」があっちこっちにかくれんぼしている。
そして、ごく自然にその周りで子供が遊んだりお年寄りが憩ったりしている。
……いいな、いいな、これ。

正面の本堂の周りも、すごいことになっている。

わたしにとっては「お寺さん」って言うと「荘厳」で「侵すべからざるもの」というイメージがある。お寺さんの敷地内では静かに瞑想にふけって煩悩から切り離されたところにいなくちゃ、なんて気分になる場所……だと思ってた。

それが、どうだろう。


……うわ、本堂の真ん前でライブやっちゃってる。
それも、なんか「荘厳」って言葉とはかけ離れたけだるい雰囲気だったり「煩悩」の固まりのような曲だったり……。(笑)

でも、かしこまってえらそうにしているお寺よりもずっとこの方が、いいなぁ。

そして本堂の周りの縁。通路に沿って歩くだけでも、こんなにいろいろ。

縁の上、下。柱。すべて有効活用されている。
縁の上では展示の他にもゆっくり座ってのんびりと庭を眺めたりお茶を飲んだりする人の姿も。

日頃はひっそり静かなお寺の本堂も、まるで孫が来たときのおじいちゃんのように心なしか華やいで嬉しそうな感じ。

本堂に沿う石の通路は、そのままクラフトエリアへの道になる。
にぎやかな本堂の裏手に回り、見事な庭園の池庭(ここにも展示物がある)を見ながらさらに進むと、お寺を取り囲む林へつながっていくのだが……

小さなせせらぎを越えるとそこは「どんぐり千年の森」。
雰囲気がまたがらっと変わったクラフト展の会場だ。

ごらんの通り、桜が満開。
桜並木の下に、今年は何と150ものブースが登場した。

ぐるっと会場を歩いてみる。

わたしは、二日目に行ったのだけど、1日目の土曜日は、4月に珍しい積雪のあった日でとても寒かった。そのため、このクラフト展会場の通路はぐちゃぐちゃになってしまって泥まみれになるから、急遽スタッフが畳を並べて臨時通路を造ったという。

それがまた、あったかいのだ。
畳の感触が、足に優しい。


臨時通路だから決して歩きやすいとは言えないけれど、かえってそれが子供たちには魅力みたいで、一生懸命にでこぼこを笑顔で歩く姿がかわいい。
ベビーカーを押して歩く人の姿も多い。

頭の上には満開の桜。

クラフトを楽しみ、お花見も楽しめ、花より団子の人は飲食ブースでいろいろな味を楽しむ。焼きそばやお好み焼きのようなおなじみのメニューに混じって東御市から来た永井農園の「焼き餅」の香ばしい匂いも………。

クラフト展の会場を歩いていて感じた。

ただの林の中に、それぞれが好きにタープを立ててやっているので、まるでキャンプ場にいる気分。敷地は塀や柵で囲われていない、外から遮断されていないオープンな会場。なので、どこからでも会場に入り込んで行かれるし、中でなんかにぎやかだなぁ、と、偶然通りがかっただけでもついふらっと気楽に入り込める。
やわらかい草地。落ち葉のじゅうたんがふかふかで、「区画」や「線ひき」のない会場構成は、まるで「小布施方式」と言われて全国から注目されている小布施の町並みと同じ感覚なのだ。

……小布施ならでは、なのかもしれない。この光景は。

しかし、すごいなぁ。
入り口の屋台から始まって、骨董市、苗市、アート展、クラフト展。飲食も出来て花見も出来て、散歩も出来てライブも聴くことが出来て。
お寺全体がひとつの「テーマパーク」のようになっているのだ。

わたしの持っていた「お寺」というイメージとはかなり異なっている。

このお寺の住職さんは、どんな方なんだろう?
そういう疑問が湧き上がって、ものすごくお会いしてみたくなった。

「ああ、住職さんや奥さんだったらあそこから行けばいいよ、みんな自由に出入りしてるから。」
そういわれて、「お話をお聞きしたいのですが」と突撃取材。

忙しいのにご住職は笑顔で迎えてくれた。

玄照寺23世住職、葦澤義文氏。

玄照寺は今からおよそ450年ほど前に開かれたお寺。現在の場所に移転したのが江戸時代の1704年だという。

その玄照寺で「苗市」が始まったのが今から50年前の1960年。
地域の人々に春を運ぶその行事は、毎年多くの人が訪れていたが、今や「苗」は近くの花屋、スーパー、ホームセンターなどで一年中手にはいる。

「そこでね、7年前から以前はハイウエイオアシスで町主催でやっていたアート展を苗市と合体させたんです。」
「その後、昨年からはクラフト展も一緒にやるようになりました。今年はアート展を始めた頃の出展数の2倍以上、150の出展数になりましたよ。」

町でやっていたことを、ひとつのお寺が請け負うというのはすごい。
お寺さんはどういう立場で?

「そうですね、場所の提供と、あとは、檀家さんなどの協力ももらって運営費を一部捻出しています。でも、いろいろ実行にあたっては寺の若い人や役所の人、クラフト展実行委員会の人たちがみんなで頑張っています。」

話をしていたら、住職の奥様がお昼に、と牛丼を持ってきてくださった。
話をしている場所は関係者の休憩場所で、入れ替わり立ち替わりいろいろな人が心づくしの食事を食べに来る。

「昨日の夜は関係者みんなで交流会やりました。150人くらいいたかな。」

「通路に畳を敷きながら話したんですよ。来年は、もうちょっとこの林を整備したらもっとたくさん出展できるかもね、って。」

そう言ってご住職は、穏やかに微笑んだ。

小布施という北信濃の小さな町。その小さな町の片隅の、静かなお寺。
そこにそれだけの「人」が集まって、このイベントを創り上げている。
毎年毎年、新しい人がやってきて新しいつながりを作り、新しい人を巻き込んでどんどん発展しているこのイベント。

苗市の衰退とともに、ご住職がどうにかしたいと小布施の仕掛け人 文屋・木下豊氏に声をかけ、その木下氏が、美術家・中村仁氏を住職に紹介し、この3人に、お寺の檀家衆が加わり、境内アートが始まって。

そして、昨年からハイウエイオアシスで町も加わった実行委員会でやっていたアート&クラフト展が一緒になったそうだ。

ここでご住職の口から出た「中村仁」という人の名前。
それはこの日、わたしが当初の目的として会うはずの人の名だった。

わたしはご住職にお礼を言い、中村氏を捜して再び外にでた。

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「ひとの住む街」を作るのは、ひと。(2) へつづく。

(文・写真:駒村みどり)

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