どこまでも細く続く山道をうねうねと上っていく。

「本当に、こんなところにあるんだろうか?道間違えたのかなぁ?」と、思わず不安になったその時。

小さな川に架かった橋を渡るその直前に、橋の向こうの道に沿った日の当たる山の斜面に目を奪われた。

「うわぁぁぁぁ……すごい………。」

思わず絶句した三年前の春。

駒ヶ根に住むお友達が教えてくれた駒ヶ根市中沢の「花桃の里」。「桃源郷」という言葉があるけれど、それはきっとこういう場所のことなのだろう……と思わず納得してしまったほどに、そこは美しかったのです。

山と山に囲まれた狭くて日影の細い道が、川端で開けて日当たりの良いその場所に、赤、白、ピンク……色鮮やかな花桃が咲き乱れていました。

訪れたその時は、ちょうど満開。さらに快晴で青空が拡がり、花桃たちは春の日を浴びながらきらきらと輝いて咲き誇っていました。花桃だけではありません。芝桜が川岸を覆いつくし、レンギョウや水仙といった春の花々が皆一斉にお日さまに向かって花開いていたのです。その有様はとても印象的でした。

それまで「花桃」という花の存在自体を知らなかったのですが(果実用の桃の花は見たことがあるのですが)その「花桃」の可憐さやあでやかさに魅了され、それ以来春の光景というと桜と並んでここの「花桃」を思い浮かべるようになりました。

その花桃の里についての「ある情報」が耳に入ったので、3年ぶりのこの春、再び訪れてみようと思い立ったのです。

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実は……この花桃の里を作りあげたのは「たったひとりのおじいちゃん」なのです。

宮下秀春さん。

花桃に包まれた「休み処 すみよしや」のご主人です。

「ここはもともと家が持っていた土地なんだけど、この急斜面に小さな棚田が7枚あっただけでね。川も荒れてた。退職のちょっと前から定年後の楽しみに……と思って、子どもや孫が遊べるようにと川の整備をはじめたのが平成3年だったな。」

「花桃を植えだしたのはその翌年の平成4年だったよ。で、店の建物を建てたのも同じ年。どうせやるならお店をやった方がいいのでは?と勧められてね。」

そうして定年後の楽しみとして整備をした川には、毎年夏になると駒ヶ根中の保育園の子どもたちが、順番にバスに乗って水遊びにくるそうです。

「管理が大変だけどね、特に夏は。だけど子どもたちの声がきこえてくるのが楽しみでねぇ。」

……と、日焼けした顔で瞳を細くして笑う顔はとても優しいおじいちゃん。

花桃は、平成4年から毎年30本〜50本を植え続け、今や800本という数。周り中どこを見てもかわいらしいお花が。不思議なことに、同じ木に白い花と赤い花、ピンクと白、など違う色の花が咲くのです。

「親の木を見れば、その種を育てるのでだいたい花の色もわかるよ。」

桃の花は種をまいて育てるそうです。9月半ばに種をとってまくと次の5月には芽が出て3ヶ月で苗になる。さらに3年たつと花が咲く。それを繰り返して今の花桃の里があります。去年は新聞でも紹介され、駒ヶ根市の「花巡りバス」のコースの一つにもなっていて、各地から訪れる人も増え時によっては渋滞が起こるほど。

ひとくちに「800本」と言っても平成4年から19年。たった1人で、山の急なところにも、川の水のせせらぎの近くにも、この谷のあちこちにある花桃を植え続ける。それは簡単なことではなかったでしょうに、宮下さんの笑顔からは「子どもたちや孫たちが喜んでくれたら」という張りが感じられます。

花桃の他にも、レンギョウや芝桜を植え、育て、そしておととしからは水仙を植え始めたそうです。水仙は年に1500本植えるとか……。本当に……想像を絶する数なのですけど……。

頑張ったんだ、とかすごいだろう、なんて感じは微塵もなくただただ沢山の人が見に来るのが楽しくて仕方がない、こうして人が見に来てくれるのが何よりも嬉しいんだ……という感じです。

その宮下さんがこの花桃の里で奥さんとやっている「休み処すみよしや」さん。
お団子と珈琲のセット。500円です。
ピンクのかわいらしいお団子の中にはあんこではなくみたらしが入っていて、口の中にとろっと溶け出しそれが何ともいい感じでおいしかったです。
(このお団子は、12個ひと箱700円、お土産で買えます。その名も「花よりだんご」というお団子。みたらしでなくごまが入っているのもあります。)

このお休みどころでは、春はイワナのお料理(庭にある池にいっぱいいるんだそうです)、夏はこれもまた敷地内に宮下さんがご自分で建てたBBQ場で炭火の焼き肉、秋には県のキノコの指導員を務めていた宮下さんが山で採ってくるキノコを使った松茸料理を楽しめるとのこと!

一年中、花桃の時期以外にも沢山の楽しみがありそうです。

花桃の里の花咲かおじいさん、お休みどころのご主人、キノコの指導員、などいろいろな顔を持つ宮下さんには、もう一つの顔も。

この地区の小学校中沢小学校では年3回全校での炭焼き行事がありそれを販売するという活動をしているそうで、その炭焼き指導も宮下さんの大切な仕事の一つ。

実は、宮下さんの一番下の内孫さんがこの中沢小学校の5年生なのだとか。
「でもね、おじいちゃんが来るのは照れて恥ずかしいみたいです。」…とお団子販売を手伝っていた宮下さんの娘さんが教えてくれました。

けれど、小さい頃から身近にあるこの花桃の里はお孫さんたちにとっても「残していきたい大切な場所」のようです。

「二番目の息子がね、今、調理師学校に通っていてね……。」と娘さん。

どうやら、このお休みどころには将来若い料理人が入ることになるのでしょう。おじいちゃんが慈しんだ花桃は、その心は。こうして若い世代の夢にもなって引き継がれていくのでしょう。

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南信濃には、こんな風に「個人が作りあげた花桃の里」がいくつか存在しているようです。二年前に訪れた泰阜村にも、それから大鹿村にも有名な個人宅の花桃スポットがあるようです。

こうして美しい景観をさらに美しく整えて次の世代に残していく。
そんな心が、ここ、南信濃にはあちこちに色濃く受け継がれているように思いました。

(写真・文 駒村みどり)

※中沢の花桃の里は、こちらです。

大きな地図で見る

さわやか信州旅.net(長野県観光公式ウエブサイト)での情報ページ

なお、例年よりも花が咲くのが遅れているので、このゴールデンウイークに満開になりそうです。是非訪れてみてください。苗木も販売していますよ。

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