小布施の町では、毎年町を挙げて行われる祭りがあります。
それが「安市」です。

12月頃から小布施の町中を通りかかると、あちこちで赤いポスターが目につきはじめました。

「先生、14日と15日は、学校お休みだから。」
「え?何故?」
「だって、安市だもの。」

去年、仕事で家庭教師をしていた小学生の言葉にちょっと驚いた記憶がよみがえりました。

学校が休みになるのかぁ……。町のお祭りで。
そういう話は、あちこちの学校を知っているけれど最近はあまり聞かなくなりました。

だけど、小布施町ではちゃんと休みになるのです。
1月の14日、15日。

成人式。敬老の日、体育の日………。

「ハッピーマンデー」などという言葉が生まれるように、国の祝祭日が「第◯月曜日」に変更されることが多くなってから、何となくもともとの祝祭日の意味も薄れてしまったような気分。
 もともとの意味のある日からかけ離れたそういう休みの取り方になって、かつては「小正月」に当たるこの日に行われていたどんど焼きも今や別の日になってしまいました。

そんな「祭」や「季節の行事」への意識が薄れると共に、町のお祭りにあわせて「お休み」になる学校もなくなったのに。

お祭りで、学校が休みになる。
お祭りのワクワクと、それから学校のお休みの嬉しさで「地域の祭」は子供たちにとって特別な日でした。そういう意識も最近ではなくなってて、なんだかさびしいなぁ、と思っていたのだけれど。

ここ、小布施では残っているんだなぁ。

小布施町。
平日の昼間でも、訪れる人が絶えることのない北信の小さな観光地。

この町は、「古いもの」を大切にし、その息づかいを生かした町作りがなされています。
「小布施方式」といわれたその町作りの手法は、遠くから視察に来る人々もいるほどなのです。
古い建物や蔵、それから町の財産である歴史や特産の栗を生かした町並みが、来る人の心と目を休めるのです。

その小布施町がさらに活気にあふれるのがこの「安市」の日。
あちこちの文献を調べるとその起こりは江戸時代で、次のような由来があるようです。

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北国街道と谷街道の分岐にある小布施では、江戸時代初期の寛永6年(1625)から月に6回(三と八のつく日が市日)市を開く六斎(ろくさい)市が立ち、日常欠かせない穀物や実綿・太物・荒物・金具・塩・紙類・茶・鎌・肴(さかな)類などが取り引きされていた。また北信濃の米麦相場を定める場ともなっていた。文化年代 (1804~18)頃の地図に小布施は「市」と記されるほど、北信濃の中心的な市だった。

(ちなみに中野市では 1・4・7・11・14・17・21・24・27日に市が開かれたことから「九斎市」、善光寺や松代では「十二斎市」の名称で同様の市が開かれていた。)

しかし、明治時代になってからは、北信濃における物資の集散地として賑わった小布施も、交通上の理由などからその座を善光寺を中心とする長野に渡すこととなり、「六斎市」は次第に衰退。これに危機感を感じた伊勢町・中町・上町・横町の町組商人は六斎市の伝統を引き継ぎ、 毎年1月14 日・15 日の安市を起こし定着させてきた。

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なるほど。
小布施の町の歴史は、町に住む人たちの創り上げた歴史。
それはこの安市にも現れているんですねぇ。

安市の会場は、小布施町の中心にある「皇大神社」境内と、そこに続く参道です。
天照大御神を祀った「皇大神社」へは伊勢神宮の御師が出張し、ここを中心に伊勢信仰が広まりました。

参道には、両側にたくさんの屋台が建ちます。商売繁盛の祈願のだるまや「福飴」といわれる飴。色とりどりの縁起物が所狭しと並びます。

そして、その中心の「皇大神社」で行われるのは大正時代からはじまったとされる「火渡り神事」。安市行事最大の呼び物とされています。そのほか、薪積みの儀式・だるまのお焚き上げなども行われます。

火渡り神事の時間が近づいたので、屋台は気になるけど境内に急ぎました。
ちょうど神事が始まったところでした。

白い装束に赤いチョッキ(?)をまとった行者さんたちが、中央に積み上げられた薪に火をつけ、その周りを祈祷しながらぐるぐると回ります。

その火の勢いは、かなりのもの。
周りを回る行者さんたちはしかし、熱さをみじんも感じさせず、祈祷の言葉をつぶやきながら厳しい表情で回り続けます。そして、その周りを4方向、4人の行者さんが固めてこちらも印を結びながら祈祷し、それから一番の修験者が、東西南北、それぞれの位置に移動してそこでまた、印を結んで祈祷します。

この祈祷は、何の意味かわからなかったのですが、どうやら厄除けとか病気・悪魔払い、豊作などを祈るもののようです。

中央の薪がほとんど燃えて炭になり始めた頃、長い太い竹の棒で二人の行者さんが中央に「火渡り」用の道を作り始めました。

そして、火渡りの儀式の始まりです。

まずは、修験者のリーダーの人がたびとわらじを脱いで、雪の上からまだ熱い炭の上を渡ります。そして、祭壇に祈祷をすると他の行者さんたちも渡りはじめました。

行者さんたちがみなさん渡ったあとには、何と、町長さんがよばれます。
靴を脱いで裸足になった町長さんも、それからその後、町をリードする人たち(消防署長さんとか、警察署長さんとか……)も次々と渡ります。

さらに、一般の人たちの中からも希望の人が渡りました。
みんな渡って、祭壇に一礼して。

……熱くないのかなぁ……と思ってみていたら、最後の男性が渡り終わったあとで、近くの知人と思われる人に「熱かったぞぉ。」と言っていたので納得。

だって、みんな表情ひとつ変えずに渡っていくんですもの。熱くないのかと思った。

そうして、小布施町の発展を祈る火渡りの神事は終了。
すべて終わったあと、人々が立ち去る中、最後に行者さんたちが残って祭壇にみなで祈祷を捧げていた姿が印象的でした。

今年一年、いい年になるといいなぁ。
凛とした行者さんたちの祈祷の姿に、そんな想いを持ちました。

(余談ですが。
この安市の資料が欲しくて神社で聞いたら「商工会議所にあるんじゃない?」といわれ、商工会議所にいってみたら「そんなのはないから、ネットで調べて」と言われて……。
実は、この取材に当たってネットで事前に調べたのですが、安市や火渡りの神事、小布施の皇大神社についての資料がほとんどなかったので、地元で手に入れられないかと聞いてみたのですが……。
せっかくのにぎやかなお祭り、由来とかいわれなどを知る場所や資料があったらいいのになぁ……と、ちょっと残念に思いました。)

さて。
「火渡りの神事」が終わると、とたんに境内も屋台も人の姿が減りました。
わたしは毎年、この安市で買い物するのが楽しみなので、あわててお店巡り。

一番多いのはだるまを売るお店。
この近くのだるま作りの職人さんたちが、自作のだるまを持ち寄って売っています。
祭も終わりに近いので、「まけるよ~、みてって!!」とかける声も一段と大きくなっています。

しばし、参道の賑わいをお楽しみください。

みな、それぞれに味のあるだるまの顔を見ているのは、それだけでも楽しいです。

最近は、赤いだるまだけじゃなく、黒とか黄色とか金とかむらさきとか……。
いろいろな「御利益」によって色分けしているお店もあります。

神社では、まゆだまを売っていました。

だるまと一緒に目立つのが、「福飴」を売るお店。
色とりどりできれいな飴が、たくさんの縁起物と並んでいるお店で「写真を撮ってもいいですか?」と撮らせてもらったのですが……。

「どうですか?今年の売れ行きは?」とそのお店の人にお聞きしたら。
「いや、ダメだねぇ、この景気でほとんど売れないよ。」

他のだるまや縁起物のお店の人も、みんなそんな答えで。
色とりどり、華やかなお店にも、景気の悪さが影響しているんだなぁ……。
でも、お店のみなさんは「まぁ、今年はそんなもんさ。」とみなさん元気でした。

そうだね。今年は、少しは元気な年になるといいな。
行者さんたちも真剣に祈祷してくれたんだし………。

毎年立ち寄るお店のいつも元気なおばちゃんから「張り子のトラ」を購入して、おまけでカバンにつけてもらったひょうたんの鈴がちりちりと鳴る音を聴きながら、雪の舞う小布施をあとにしました。

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みなさん、あけましておめでとうございます。
小布施の町が、こうして元気に祭を続けていくように、みなさんの今年も元気で幸せな一年になるように、張り子のトラくんと一緒に祈念したいとおもいます。

(写真、文:駒村みどり)

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