黒猫の見る夢 if 第15話 |
そこには豪奢な椅子が一つ置かれていた。 その椅子に座るのは黒髪にアメジストとルビーを思わせる瞳をもつ美しい少年。その視線はじっと前を見据えていた。 少年の座るその椅子の肘かけには、新緑の長い髪と黄金の瞳をもつ美しい少女が腰かけていた。その視線もまた、少年と同じ方向へ向けられている。 見目麗しい男女が寄り添い、身動きせずにそこにある姿は、美しい絵画のような光景だった。 やがて少年は大きな溜息を吐くと、肘かけに置いていた右手をあげ、その美しい指で自らの顔を覆い隠した。 そんな様子を、少女は口元に笑みを浮かべながら見つめた。 「どんなに詳しく私から聞いたとしても、ラグナレクの接続の基本的な内容に変わりはない。お前の父と母、伯父、そして私がそれに賛同し、始められたものだ」 苦い表情で顔を俯かせた少年の艶やかな髪を、少女は優しく撫でた。 「だが、お前は今は賛同していない」 「ああ、ナナリーの足と目を奪ったと聞いた時も私は自分の耳を疑った。人類を救いたいと、嘘のない世界で、偽りのない本当の自分でいられる、そんな優しい世界を作りたい。争いの無い世界で、皆を幸せにしたい、という願いから生まれたのがラグナレクの接続のはずだった。だが、それを願っているはずの人物が、弟の妻を殺し、姪の足を撃った。母と父は、悲惨なイメージをその幼い心に植え込んで、その眼さえも封じた。トラウマを埋め込まれたナナリーの苦しみは、お前が一番知っているだろう?そんな苦しみと悲しみをわが子に、血のつながった姪に与えるような者が、人類を救うなどと考えること自体おこがましいと思わないか?その上、今度はお前にまで」 あまりの内容に、その顔から表情を無くしたルルーシュから視線を逸らすと、ルルーシュの膝元へ視線を向けた。そこには安心しきった表情で体を丸め、すやすやと眠る黒い仔猫。 「これを解く術は無い。それをわかっていながら、わが子を獣へかえるなんて」 それは畜生道とも呼ばれる地獄の一つ。 今までシャルルは、邪魔な人間を獣に変えることで無力化させていた。その元人間たちがどれほど苦しみ、死んでいったか知っているはずだったのに。 眉根を寄せながら呟くC.C.と共に、ルルーシュも膝の上で眠る自分を見つめた。 そう、この黒猫はルルーシュ自身。皇帝のギアスのよって人である事を奪われ、獣とされた姿。ルルーシュの肉体。姿を奪われ、言葉を奪われ、行動の自由を奪われた姿。 意識を取り戻したルルーシュは、この場所にC.C.と共にいた。 C.C.の話ではここは神根島の遺跡にあった扉の奥で、ギアスとコードに関わり深い場所なのだと言う。 ルルーシュとC.C.がスザクを通し連絡を取り合ったあの日。 スザクは気づいていなかったが、C.C.が見ていた画面には、ルルーシュからのメッセージが次々打ち出されていたのだ。 素早い手の動きと、スザクが読み上げ無いだろう内容を画面に表示していたことで、スザクはルルーシュの打った回数と、表示された文字の数に違いがあることに気がつかなかった。 ルルーシュが主張した時に、視線を文字のほうへ移しはしたが、基本的にC.C.の方を見、その会話に集中していた。 そこに隙が生まれた。 あらかじめスザクにはプロテクトの類いだと嘘をついて組んだプログラムを使い、C.C.の画面、そしてスザクに見せるためのこちらの画面にそれぞれ別の文章を打ち込む。 ルルーシュでなければできない方法だし、気づかれたらその時点で終わりだった。 だが、スザクは気づくことなく、ルルーシュは必要な情報と、自分をここから連れ出すための作戦をC.C.に与えることに成功したのだ。 C.C.もルルーシュの意図を察して、その文字を目に映しながらも無理に追う真似はせず、さらには何もルルーシュと何も連絡を取っていないとスザクに思わせるために、ルルーシュに今後どうするのかを尋ね、そして此方の思惑通りスザクは何も気づくこと無く通信を終わらせた。 アーニャの行動から、スザクがいない隙をつき秘密裏に皇帝のもとへ戻される可能性が高い。それならば一番ランスロットの中が安全だろうという結論に達したのもルルーシュの計算通り。スザクが傍にいない時間ならば、ルルーシュの居場所は一か所だけ。つまり必ずランスロットの中にいることとなった。 だからこそ、迷うことなくランスロットからルルーシュを連れ出すことができたのだ。 そして、猫のルルーシュを取り戻したC.C.は神根島の遺跡へ潜り込むとコードの力を使い、ルルーシュの心をこうして実体化させる事に成功した。 ルルーシュの心が実体化してからは、猫の体は眠り続けている。 その眠る自身の体にそっと手を伸ばすと、優しくその体をなでた。 「で、どうするつもりだ?」 C.C.も横から手を伸ばし、猫の頭を優しく撫でながらそう聞いてきた。 「黒の騎士団はどうなっている?」 「今はカグヤと藤堂を中心に行動している。カレンも一緒だ。私も共に行動はしているが、お前の居場所が知れた時点で離れた。カレンにはルルーシュを取り戻してくると一応話はしている。扇達はエリア11政庁の地下に囚われているが、奪還される恐れがあるからと、死刑か、ブリタニアの刑務所へ搬送するか、という話が出ているらしい」 「扇は捕まったのか」 「安心しろ、あの戦闘で捕縛されたのは学園にいた者だけだ。原因は扇。玉城の話では、学園を占拠してしばらく経った頃、扇を訪ねて女性が1人で学園に来たらしい。美しいブリタニア人の女性で、扇個人の地下協力員だと、扇が説明したそうだ。扇は、その女に撃たれた。玉城の話では、女性の服の脱がせ方を扇が聞いてきた事があるらしくてな、その女がその相手じゃないかと言っていた。痴話喧嘩のもつれか、あるいは女がブリタニア側のスパイだったかは解らないが、扇が倒れ、お前が戦線離脱した事で学園内は指揮系統が機能しなくなった。あの場にいたラクシャータが即座に撤退命令をだし、玉城は後輩たちを無駄死にさせられないとそれに従った結果、学園にいた者も撤退できたが、怪我をした扇を運んでいた者やその護衛が捕まった」 ゼロが戦線離脱をした理由は、ガウェインを追う謎の機体を多くの物が目にし、ゼロが撃ち落とすよう指示を出していた事もあり、その機体が強敵で、戦線離脱を余儀なくされた、という意見でまとまっていた。何せ共にガウェインに乗っていたC.C.が、ゼロを逃がす為ガウェインと共にその機体に特攻をかけ、どうにか海底深くへと沈め沈黙させたと説明をしたのだ。 C.C.は海面を漂っている所を、神根島から引き返してきたカレンに発見されたため、その言葉は全面的に信用された。 ゼロを見捨てたカレンは、戦場へ戻る途中拾ったC.C.に話を聞き、その上見捨てた事に対して説教をされ、自分の行動に深い自責の念を抱き、ゼロの正体もゼロが神根島へ向かっていた事も決して語らなかった。 そこまで話を聞いたルルーシュは、その細い指を顎に当て、眉根を寄せた。 「地下協力員の話など、聞いていないな」 「誰も知らなかったらしいぞ。カレンが、学園祭で扇がブリタニア人の女性と居るのを見たそうだが」 その言葉に、ルルーシュは学園祭で扇を見かけた事を思い出した。 「そう言えば学園祭の倉庫でお前と居た時に、扇も入って来ただろう?その時確かにブリタニア人の女性と共にいたな。銀色の長い髪、褐色の肌、細身の体。顔はよく見えなかったが・・・」 その特徴に何か引っかかりを覚え、ルルーシュは目を細めた。 「ああ、あの女の話だったのか。そういえばあの女、どこか他の場所でもで見たような気がする」 ルルーシュとC.C.に覚えがある。それは黒の騎士団の活動に関係している所で見たと言う事か。銀髪、褐色の肌の女。 「・・・思い出した。ブリタニアの軍人だ。シンジュク事変の折に俺がサザーランドを奪った相手。そして、スザクを裁判所へ護送する為のナイトメアに乗っていた女だ」 気丈な軍人と言うイメージと、おしとやかで清楚なイメージ。全体の雰囲気が違うから今まで気がつかなかったが、まず間違いないだろう。 「ああ、もしかしてあの気の強そうな女か?・・・そうか枢木スザクが搬送されるというあの特番で見たんだ。・・・なんだ、完全にスパイじゃないか」 C.C.はつまらないと言いたげにそう口にした。 どうせならもっと面白い展開なら楽しめたと言うのに。 「ということは、だ。副司令と言う立場でありながら、扇はこんな解りやすいハニートラップに見事に引っかかったと言うわけか。馬鹿な男だな」 自分の敵である軍人、しかもテレビにまでその顔が出た女に騙されたか。普段はブリタニア人だと言うだけで毛嫌いするくせに、自分に言いよって来た女だけは別とはな。 「確か名前はヴィレッタ・ヌウ。純血派だったはずだ」 「そこまで解っているなら話は早いな。調べれば写真も出てくるだろう。ディートハルトに連絡を取ってやろうか?」 「ああ、すまないが頼む」 もし彼女で間違いがないなら、今後の扇への対策は変わってくるだろう。 ブリタニア軍は扇が黒の騎士団No2だと知っているのだから、取引材料として使う事も考えているはず。 だが、扇が黒の騎士団の情報をその女に流していたとすれば、完全に裏切りだ。 それが判明すれば、黒の騎士団としての対応は全く違う物となる。 「それにしても、こんな猫の姿になってまでまだ動くつもりなのかお前?」 さわさわと、猫の喉の辺りを撫でながらC.C.は訊ねた。本能的な反射だろうか、眠る猫は首を伸ばし、気持ち良さそうに喉を鳴らした。 「確かに俺自身は動けなくなったが、C.C.、お前がいるなら問題は無いだろう?」 こうして対話が出来る。情報と通信手段さえあれば、俺はまだ戦える。 「私がまだ協力するとでも?残念ながらお前は契約不履行だ。もう共犯者ではない。暇つぶしに連絡ぐらいは取ってやるが、それ以上黒の騎士団に協力する理由はもうない。・・・まあ、お前が死ぬまでは付き合ってやるから安心しろ」 猫の寿命は、人よりも遥かに短いからな。 「お前の願いを叶える、というやつか?猫の姿では叶えられないと言う事か?」 「不可能ではないだろうが、流石の私もそれは出来ないさ・・・だが、困った事になった」 「困った事?」 「いや、お前には関係の無い話さ、ルルーシュ」 C.C.はいつも以上に感情を消し、全てを諦めたような口調でそう言った。 ルルーシュは、何時にないその様子が気になった。 何より此処まで協力させ、そのうえ助け出してくれたと言うのに、何も対価を払えないと言う事が納得できなかった。 無償の協力など必要ない。 施しなど、憐みなど必要ない。 必ずそれに見合う対価を返して見せる。 契約不履行。 原因は自分が人では無くなった事。 その願いを叶えられないと言うのであれば、願い以外の物で払うしかない。 「だが、困った事なのだろう?話してみろ」 「話して何が変わると?」 「お前は、俺の頭の事だけは褒めていただろう?ならば、お前の悩みを聞き、この無駄に賢い頭で出す答え、と言う物を知りたくは無いか?」 にやりと口角を上げて言うルルーシュに、それも面白いかもしれないとC.C.は思った。 そして、今まで秘された自らの願いを口にした。 C.C.の願い。それは死ぬ事だった。 自分と言う存在を、永遠に終わらせる事。 その為に、新たな不死者となる生贄としてルルーシュに力を与えたのだと言う。 そして、困った事。 それは、ルルーシュがコードを引き継ぐ事が出来なかった場合、皇帝の計画へ協力しなければならないと言う物だった。 だが、もうその計画に協力するつもりはない。 「だが、私が手伝わないと分かれば、きっとV.V.のコードだけでラグナレクの接続を行うだろう。私のコードが無い以上成功率は下がるが、あきらめるとは思えない。それに、あちらには不老不死のV.V.がいるからな。手当たり次第にギアスを与え、ブリタニアの軍も裏から操り、私を捕まえようとするだろう」 「それは確かに困るな。これ以上ギアスを世に出すわけにはいかないし、そんな地獄のような世界もご免こうむる。C.C.、お前はギアスの研究を行うギアス響団の話をしていたな。そこではギアスを解除する研究はされていないのか?」 「・・・解らない。私がいたのは随分前の事だからな」 あの頃は少なくても解除の研究などされていないはずだ。 簡単なギアスなら、C.C.は打ち消す事が出来るのだと言う。 だが、ルルーシュや皇帝ほどのギアスは消し去ることが出来ない。 だからこそ、打ち消す力を研究している可能性はあるのではないだろうか。 ルルーシュはそう考えていたのだ。 「そうか、ならばまだ可能性はあるな。C.C.、ギアス響団を調べるぞ。ギアスが解除可能であれば、こちらでも研究を進める。そして、俺は必ず元の人間の姿に戻ってみせる。そして、このギアスの力を高め、そのV.V.と言う者のコードを奪い、ラグナレクの接続を阻止する」 そのルルーシュの言葉に、C.C.は顔を上げた。 「V.V.の、コードを?」 「ああ、俺はお前と同じ不老不死となろう。そしていつかお前をそのコードから解放してみせよう」 永遠の時があるのなら、研究をする時間もたっぷりあると言う事だ。 研究に費やす時間と、俺の頭脳があれば必ず果たせるだろう。 お前から受けた恩はそれだけの価値がある。 「解放、されるのか?この、永遠の、呪いから?お前は、共に、居てくれるのか?」 それまでの強気な態度から一変、震える声でC.C.はそうつぶやいた。 「これは契約だ。お前が俺に力を貸してくれるのであれば」 俺に力を与え、俺を救い出してくれた優しい魔女を人間へ戻す為の。 「ああっ、結ぼう、その、契約っ・・・」 C.C.はルルーシュに抱きつくと、その胸に顔をうずめ、声も出さずに泣き続けた。 |