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涼やかな風と緑生い茂る木々を視界に収め空を見上げると、そこは雲ひとつ無い青空が広がっていた。 気持ちのいい朝と普通なら思えるそんな景色を目にしても、この気持は一向に晴れることはなく、重苦しさをますます募らせていった。 今私は夢を見ているのだろうか。 罪の意識に苛まれ、現実逃避をしているのだろうか。 それとも今までの経験こそが夢で、私は今まで長い長い悪夢を見ていたのだろうか。 いや、あの経験が夢であるはずがない。 ならば今いるこの場所が夢ということになるが、これが夢ならリアルすぎる夢だった。 この肌を撫でる風も、まだ寒さの残る早朝の空気も、その草木の匂いも、鳥のさえずりも、これが現実だと主張していた。 新緑に囲まれた舗装のされていない道を歩きながら、自分の身に起きたこの現象をただ考え続けた。だが、いくら考えても答えは出ず、この場所にいる自分であれば早朝必ず向かう建物の前に辿り着いた。 道場。 嘗ては見慣れたこの建物も、私の記憶では既に無く、焼失しているはずだった。 だが、今目の前には古びてはいるが手入れの行き届いている道場がそこに悠然と建っていた。 意を決し、その閉ざされた扉に手をかけると鍵が開いており、私は眉を寄せ中を警戒しながらその扉を開いた。 室内には明るい日差しが降り注ぎ、綺麗に清掃されたその道場の中心に、道着を身にまとった一人の少年が座っていた。 まるで私がここに居る事にさえ気づいていないかのようにその両目を閉じ、静かに座る少年を私はよく知っていた。 後ろ手で扉を閉ざすと、その少年はゆっくりとその瞼を開いた。 栗毛色のくせ毛と、新緑の瞳を持つ、明るく元気な少年。それが彼だった。 だが、その開かれた瞳は暗く、冷たく、まるで死者の瞳に見え、私はやはりこれは夢なのだと納得した。 これは断罪。 罪を犯し、その罪を隠し、すべての罪をただ一人に押し付け、自らは正義を名乗る。 恥ずかしげもなくそれを行っている私を裁きに来たのだろう。 彼にはその権利がある。 悪を裁く権利が。 そしてこんな夢を見るということは、私は裁きの時が訪れることを待っているということなのだろうか。 私はゆっくりと道場へ足を踏み入れた。 ギシリと、床がきしんだ。 少年はその年には不似合いなほど洗練された動作で立ち上がると、頭を下げた。 「お早うございます、先生」 「おはよう、スザクくん」 感情の籠もらない声でされた挨拶に、思わず固い声音で返事を返すと、少年は口元に笑みを浮かべた。 だがその瞳は暗く冷たく、私の罪がどれほど深いかを嘲笑っているようにも見えた。 彼がただそこに居るというだけで、背筋に冷たい汗が流れた。 「随分と早いな、何かあったのかな」 平静を装い、早朝に訪れた事を尋ねると、何か考えるように目を伏せた後、鋭い眼差しで此方を見つめた。 「先生、一手お手合わせ願います」 その彼の言葉に、私は頷いた。 幼い弟子と私は向き合う。 その動きは、見事としか言えなかった。 これだけの体格差があるというのに、彼はその事を感じさせぬ洗練された動きで立ち回り、私はこれが夢か現実かという考えを忘れ、この一戦に全神経を集中した。 一撃一撃が力強く、早い、そして隙がない。 10歳の少年の姿だというのに、その姿は大きく感じられ、その気迫に気圧されていた。 まだ彼には負けられないと、気負ったその瞬間。 わずかに揺れた意識の隙を突いたその攻撃により、私は気がついたら天井を見上げていた。 はあはあと荒い息を付きながら少年は私の横にドサリと腰をおろした。 私の息は乱れていなかったが、これだけの体格差があるのだ、それも当然かと、私は上半身を起こした。 「とうとう負けてしまったな。強くなった」 「いえ、先生が手加減してくれたお陰です。私は、強くなどありません」 私を断罪しに来たはずの少年は私から目を逸らすと、その暗く沈んだ瞳を伏せ俯いた。 「手加減などしてはいない。君が強くなったんだ」 「強くなどありません。私に本当に力があるのなら、もっと違う未来を選択できたのかもしれない」 先ほどまでの大きさなどそこにはなく、幼く小さな子どもが自らの罪に怯え、苦しみ、悲しみ、その小さな体を更に小さくさせていた。 奇妙な夢だ。 断罪の夢ではなく、嘗ての弟子と手合わせをしたいという願望の夢だったのだろうか? 「それにしても、おかしな夢だ。てっきり貴方に私の罪や、不甲斐無さを責められるのだと思っていましたが、何も言わないのですね」 自虐的な笑みを乗せた彼のその言葉に、私は奇妙な違和感を感じた。 「私が、君に対し何かいう権利など無い。君が私の罪や、ゼロに対する裏切りを責めるというならわかるが・・・」 「ゼロに対する裏切り?何の話ですか?」 俯けていた顔を此方に向け、眉を寄せながら何の話だと首を傾げながら訪ねてくる彼は、本当に何も知らないようだった。 「待ってくれスザクくん、これは私の夢のはずだが」 「・・・何言ってるんですか?これは私の夢です」 お互いに自分の夢のはずだと主張していた時、道場の扉が開いた。 「お早うございます!ってあれ?何でスザクくんがこんなには早く来ているんだ?」 「お早うございます。ホントだ。坊っちゃんが居るなんて珍しいな」 いつも藤堂の後にこの道場へやってくる門下生二人がやって来た事で、二人はこれが夢ではないことに気がついた。 |