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ガシャンと何かが壊れる音が聞こえた。 実際に何かが壊れたわけではない。 耳障りなその音は、現実のものではなかった。 この音が聞こえたのは自分だけ。 その音と同時に世界は色を無くし、この身を包む空気が凍えていく。 今まで、壊れ、砕けたこの心を繋ぎ止めていたものが失われた。 だから、また元に戻ったのだろう。 心が凍てついていくのが解った。 「・・・なるほど、仮面の中はそうなっていたのか。久しぶりというべきかな、ゼロ」 コーネリアは、今まで浮かべていた穏やかな表情を消した。 クロヴィスはヒッと短く悲鳴を上げ、思わず体を少し離し、ユーフェミアはその瞳を大きく見開き、顔をこわばらせた。恐怖を抱き怯えた表情。 彼らのそんな姿を見ても、もう心を動かされることはなかった。 「やはり考えが甘いのだよ、ルルーシュは。一度完全に壊れてしまった人間が、そう簡単に治るはずがない」 先ほどの明るさなど微塵もない。 穏やかさも、幼さも・・・人間らしさも消えてしまった。 暗く淀んだ死者の瞳、感情が一切見られない、生気のない能面のような表情。 その身に纏う空気は凍えるほど冷たく、まるで幽鬼だなとコーネリアはじっとスザクだったはずの人物を見つめた。 懐かしい姿だ。 あの時代では、仮面の男がこの空気を纏っていた。 壊れた英雄を見続け、陰ながら守っていた女性は、悲しみを宿した瞳で見つめた。 クロヴィスとユーフェミアは、壊れた話は聞いていても見たことはない。 皆の話が大げさだと思っていただろう。 心を壊し、生きながらに死んだ男。 死を望みながら、死ぬことが許されない男。 ここまでとは想像さえしていなかっただろう。 「何が言いたい、コーネリア・リ・ブリタニア」 感情のない、冷たい声だった。 言葉遣いも既にスザクのものではない。 その声で、限界を感じたのかユーフェミアは怯えた表情でスザクから一歩離れ離れ、クロヴィスもまた無意識に立ち上がっていた。 スザクの姿をした別人。 明るく笑うスザクしか知らないのだから、このスザクは空恐ろしいだろう。 だが、これがあの時代でゼロの名を与えられた、真名を無くした男の姿だ。 「お前の話だよ、ゼロ。再会した時には驚いたよ、お前があまりにも普通だったから」 最初は、何も覚えていないと思ったよ。 あの時代のことを、何も。 「・・・何の話だ」 「ギルも驚いていた。話は聞いたよ、ジェレミアとナナリーからな。お前がお前に戻ったのは、ルルーシュを目にした時だそうだな。もしかしたら、お前の真名は今もルルーシュと共にあるのかもしれない。だから、こうしてルルーシュが消えてしまうと、お前は名を失った英雄ゼロに戻ってしまう。お前がお前として。枢木スザクとして生きるには、やはりルルーシュが必要なのだろうな」 「ルルーシュは何処にいる」 これ以上の話に意味は無いと、スザクは望みを口にした。 一切の欲を無くし、個を無くし、名を無くした英雄。 だが、英雄はただ一つだけ欲しているものがあった。 「ルルーシュはC.C.と共に生きる道を選んだ」 コーネリアは、じっとスザクを見据えたまま答えた。 その答えに、ほんの僅かに眉が動いたように見えた。 「V.V.を永遠に封印など不可能な話だ。万が一封印が解かれれば、世界は終わってしまうかもしれない。だから、ルルーシュは不老不死の呪いを継承し、V.V.を唯の人間に戻した」 「コードを受け継いだか。それで、今何処に?」 その話は確かに大切だが、今はルルーシュだ。 「二人で人の手の及ばぬ場所へ行くそうだ。ガウェインは貰っていくと言っていたから、今頃格納庫だろう」 その言葉を聞き終わる前に駆け出していた。 「はぁ~い、スザク。やっと来たのね」 スザクが格納庫に到着すると、そこには見知った科学者が作業中の手を止め、こちらを見ていた。 「ラクシャータ、ルルーシュは」 「今追跡中よ。やっぱりあの子がいないと、そうなるわよね」 スザクがゼロであった頃の状態に戻るのは予想通りだと、ラクシャータは口にした。 この結果を予想出来ていないのは、おそらくルルーシュただ一人だろう。 自信を過小評価しすぎる黒の王は、自分がいなくても誰も悲しまず、苦しまず、困らないと思っているのだ。いや、寧ろ自分が居なくなる事で皆幸せになると考えている。 自分は世界のノイズで、自分の存在は周囲の者を不幸にする。 だから白の騎士も、赤の騎士も、青の騎士も置いて、緑の女王だけ連れ姿を消した。 「ランスロットは?」 「準備はできているけど、少し待ちなさい。闇雲に追ってもエナジーが尽きるだけよ」 そういうと、ラクシャータは作業を再開させた。 ガウェインにもラクシャータ特製のステルス機能が備わっている。 普通に探しても見つからない。 発見できるとしたら、唯一人。 それを生み出したラクシャータだけ。 「そういう事。あんたも飲む?」 後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには目元を赤く腫らしたカレン。 声も枯れているから、おそらく泣いていたのだろう。 手にはミネラルウオーターのペットボトルが握られていて、そのうち一つをスザクに差し出してきた。喉は乾いていないが、受け取ることにする。 「こんな形でサヨナラなんて許さないんだから。何が、カレンは黒の騎士団の親衛隊であって俺の親衛隊じゃない、よ。今も昔も私はゼロの親衛隊。ゼロは、ルルーシュなのよ!絶対に見つけ出してやるんだから!」 不老不死だからなによ! ペットボトルを乱暴に開けると、カレンは一気に水を飲み干した。 なるほど、主に捨てられたのはスザクとジェレミアだけではなく、カレンもなのか。 彼女の態度が演技ではないと解り、スザクはペットボトルの口を開け、水を飲んだ。 予想以上にのどが渇いていたらしく、半分ほど飲んだところで、格納前に車が止まった。 降りてきたのはユーフェミア、コーネリア、クロヴィス。 スザクは走ってきたが、流石にこれだけ距離があるから、皇族三人は車で来たようだ。 「スザク、ルルーシュを探すつもりですか?」 ユーフェミアは、不安げに眉根を寄せていた。 その反応で、彼女はルルーシュが消えることを知っていたのだと気づいた。 そうでなければ車椅子を残し姿を消したルルーシュを心配するはずだから。 彼女は慈愛の姫なのだから。 「そのつもりです」 「ですがスザク、貴方は私の」 「スザク、カレン、見つけたわよ。日本に向かっているわ、式根島かしら?」 ユーフェミアの言葉を遮るように、ラクシャータは報告した。 「・・・神根島の遺跡に向かったのか。すぐに出る」 その瞳にユーフェミアを映すこと無く、スザクはランスロットに向かった。 「スザク!」 ユーフェミアは、大きな声で名前を呼んだ。 その声もまた届かない。 スザクを追おうとしたユーフェミアを、カレンは止めた。 「ユーフェミア。ルルーシュにスザクを返してあげて。スザクには、ルルーシュが必要なのよ。主としてのルルーシュがね」 側にいて、ルルーシュが生きていることを感じながら、騎士として共にいる。 愛する主君を守り生きる事。 それが唯一、スザクの心を正常にするための処方薬。 代わりの薬は存在しない。 ユーフェミアでは力不足なのだ。 慈愛の姫と、悪逆皇帝よ呼ばれた賢帝。 口だけで能力が伴わないお飾りと、宣言通り世界を救った賢帝。 騎士が仕えたいと願う主君が何方かなんて、聞くだけ無駄だ。 何よりスザクはずっと、自分の主はルルーシュだと認識していた。 ユーフェミアの生死は関係なく、ただ一人、ルルーシュを。 「で、ですが!スザクは私の騎士です」 ランスロットに乗り込もうとしているスザクを止めなければと、ユーフェミアはカレンが掴んでいる腕を振りほどこうと、乱暴に腕を振り回した。 これだけ壊れたスザクを見ても、自分の騎士だと言い切るのはある意味すごいが、壊れたままでもいいのだと言っているようにも聞こえ、少し気分が悪くなった。 私がルルーシュを守る。それは譲れない。 だけど、スザクが壊れたままなど嫌だ。 あんなスザクはもう二度と見たくはなかった。 私でさえそう思うのに。 目を眇め、思わず声が低くなった声で、私はユーフェミアに言った。 「勘違いしないで。貴方に諦めて欲しいのは主従関係よ。スザクはルルーシュの騎士。それは認めて。ルルーシュの側にいることを邪魔しないで。替わりに貴方がスザクと夫婦になることは、邪魔しないから」 その言葉に、振り回していた腕をピタリと止め、ユーフェミアはカレンを見た。 「ふ、夫婦・・・」 ユーフェミアの顔が徐々に赤く染まる。 「スザクが好きなんでしょ?主としてではなく女として。だから騎士のスザクはルルーシュにあげて?夫としてのスザクはあなたにあげるから」 ね?と、カレンはにっこり微笑むと、ユーフェミアは、真っ赤な顔で俯いて、「わ、分かりました」と呟いた。 予想以上にあっさり承諾したため、カレンは若干呆れて嘆息した。 スザクを追いかける様子はもう無い。 カレンは急ぎ紅蓮のもとに走った。 ルルーシュの騎士という立場は、壊れたスザクを正常にするために必要だから仕方が無い。 そこは譲る。 だけど、それ以上は譲るつもり無いのよね。 騎士は一人だけって決まりも、もう必要ないのだし。 カレンはすでに飛び去ったランスロットに続くように、紅蓮と共に空へ羽ばたいた。 「さて、今のうちに我々も動こう。ラクシャータ、手を貸してくれるな?」 コーネリアは、作業を終えたラクシャータに近づき、そう耳打ちした。 「ええ。それはもう、いくらでも手伝うけど、本気なのね?」 「本気に決まっているだろう?私の願う未来は変わらないよ」 嘗てブリタニアの魔女と呼ばれたとは思えないほど、優しい笑みを浮かべコーネリアは頷いた。 「なら、私もその未来に乗ろうかしら?じゃあ、ジェレミアとロイド、セシルたちにも協力を頼みましょうか」 ルルーシュに捨てられたのは騎士だけではない。 私達科学者もだ。 ジェレミアも、セシルも、あのロイドでさえ今落ち込んで部屋にこもっている。 コーネリアの願い。 それはきっと、彼らを活気づけるだろう。 今は部屋で泣き続けているナナリーもきっと協力してくれる。 少しでも早い未来にそれが実現するようにしないとね。 そのためには騎士たちに頑張ってもらわなければ。 ラクシャータはキセルを咥え、その口元に笑みを浮かべた。 |