キョウソウキョク 第4話 |
彼女を部屋に送った後、こちらの様子を伺っていたジノににっこり笑顔を向けられた後、逃さないというように腕を引っ張られてラウンジに連れて来られた。そこにはアーニャもいて、表情には表れていないが、興味津々という気配を漂わせていた。先程ここでワインを飲んでいた女性の姿はなく、今ここにいるのは僕達だけだった。 ジノに促されて椅子に座ると、ジノはその腕を肩に回して顔を寄せてきた。 その瞳はまるで子供のように好奇心旺盛な光を宿している。 『なあなあ、スザク。さっきの美女は誰だ?日本に来たのは彼女と会うためだったのか?スザクが嫌いな父親からの帰国命令って、あれ、嘘だったのか!?』 ワクワク、という言葉がまさに似合うほど楽しげな声音で尋ねてきた。 早速その話題かと、僕は心の中でため息をつく。 『違うよ。彼女にはさっきそこの入口で始めて会ったんだ。荷物が重そうだったから運んだだけだよ』 『なるほど、ということはナンパしたのか!私と町でナンパ勝負してもあまり乗り気じゃないスザクがなぁ』 そんなに気に入ったのかと一人納得したような顔で頷くと、僕を捕まえていた腕を外して席を立ち少し離れた場所に置かれていたソファーに座った。その顔は本当に楽しげで、これから沢山からかってやろう、そして二人を祝福してくっつけてやろう、という空気を纏っていた。 『違うってば。そんなんじゃないよ』 僕は肩をすくめながらそう言った。 『顔、ニヤけてた』 アーニャのの言葉に僕は思わず『ええ!?』っと驚きの声を上げ、手で顔を擦った。そんな顔してた覚えは全くないんだが。 確かに天真爛漫な彼女は好感を持てたが、それが顔に出ていたのだろうか。 『普段作り笑いばかりのスザクにあんな顔をさせるんだから、絶対彼女か落とそうとしている相手に違いないと思ったのになぁ』 『作り笑いって、そんなことないだろう』 思わずギクリとしたが、僕は顔に笑みを貼り付けそう口にした。 『今も、嘘の笑顔』 その言葉にまたギクリとする。 本心を隠すため、顔に笑みを貼り付けるのがこの7年癖になっていた。 嘘の笑顔。 見ぬかれていたのか。 思わず眉根を寄せた僕に、ジノは大げさな身振りで話し始めた。 『完全にあの娘、スザクに気がある。ここで親しくしておくのもいいんじゃないか?』 ジノの親しく、は男女の関係にという意味だ。 『ジノ、君と一緒にしないでくれるかな』 『冷たいなスザクは。お前だって彼女に気があるんだろ?』 ニッコリと邪気のない笑みを向けられ、僕は嘆息した。 『確かに彼女は可愛かったし、嫌いじゃないけど、手を出して良い相手じゃないだろう』 明らかに身分が高いと思えるほど身なりが良く、立ち振舞に気品があった。間違いなく良家のお嬢様だ。何処か世間知らずな感があったので、箱入り娘なのかもしれない。 しかも話を聞けばまだ16歳。 そんな女性に手を出したら最後、人生の墓場まで一直線だろう。 ジノが思うような軽い話ではすまなくなる。 『そうか?じゃあ私が貰ってしまうぞ?』 『うん、いいよ。後で後悔しても知らないからね?』 僕があっさりと答えたため、ジノはつまらないというように唇を尖らせ、アーニャはゴミを見るような視線をジノに向けていた。 『それにしてもブリタニア人の客が多いんだね』 今のところ日本人はオーナーと従業員だけで、客は全員ブリタニア人だ。 『何だスザク、知らないでここに来たのか?』 『え?』 僕は目を瞬かせると、アーニャは何やら雑誌を取り出し、付箋をつけていたページを僕に見せた。それはブリタニアで有名な旅行雑誌で、日本旅行の特集号だった。付箋の貼られたページにはこのペンションの写真が大きく乗っていた。 そして、そこには大きくこう書かれていた。 私は日本で美しい妖精と出会った。 『はぁ!?』 ありえない見出しに、僕は思わず声を上げた。 思わず雑誌を取り上げ表紙などを確認してみるが、間違いなく何度か目にしたことのある有名な旅行雑誌で、ジノとアーニャがからかうために作ったニセのページという事でもなさそうだ。パワースポットの特集でも無ければ、子供向けのページでもない。当然、夢の国の宿を紹介しているわけでもない。写真も場所も間違いなくこのペンションを示すものだった。 なんだこれ?と思いながら眼で文字を追った。 どうやら記者が日本の宿を渡り歩いた際に、このペンションで妖精、日本で言う妖怪と出会ったらしい。 それはとても美しい人の姿をしており、知識量の豊富さで有名な筆者が思わず背筋を震わせるほど博識だった。その上気高さと気品にあふれたその姿は、あまりにも完璧すぎてとてもではないが人とは思えない。人を超えた存在、神あるいは妖精や精霊の類だと思われるが、その存在は自分は人間だと頑なに否定した。まさにカオスの権化。人だと言いはるそんな姿も愛らしいものだったと書かれている。5ページも使い熱のこもった文章で妖精との出会いから別れまでの2日間を書いた記者の名はディートハルト・リート。変わった記事を書くことで有名な記者だが、その記事の信憑性の高さでも有名だった。 そして、最後に書かれていた一文を僕は思わず凝視した。 『美しい白磁の肌に艶やかな黒髪、アメジストを思わせる美しい瞳・・・』 妖精の特徴を示す内容に僕は思わず釘付けとなった。その色を持つ人物を僕も知っているからだ。もちろん妖精ではなく人間を。だが、日本に?いや、彼はブリタニアにいるはずだ。だが改めて彼という前提で読めば読むほど、その妖精が知り合いに思えて仕方が無い。彼は恐ろしいほど頭が良く、そして美しく整った容姿をしている。 だけど、まさか。 いたのか、日本に。 来たのか、このペンションに。 『残念なことに妖精の写真は出ていない。でも、その記者は辛口な記事でも有名だろ?そんな人がそこまで絶賛するんだから是非お目にかかりたいじゃないか、その美人に』 『予約、危なかった』 たまたま僕が予約した日はまだ雑誌が発売される前だったらしい。ジノとアーニャが予約したのは発売された日で部屋は取れたが、その数時間後には予約が殺到。既に2年先まで予約がびっしりなのだという。 ジノのように、もしかしたらまたその妖精が来るかもしれない、その美人を見たい、会いたいという理由で2年先まで・・・。 ブリタニア人の客ばかりな理由にようやく納得した。 こんな何も無い場所だから、普段は客など殆いないのだろう。夏場ならともかく、雪に閉ざされた時期は余計に。 この様子では雑誌がなければ客は僕一人だった可能性もある。 『ブリタニア語の出来ないオーナーが経営しているのに大丈夫なのかな』 『ああ、それは私も思った。だけど通訳ができる人間を雇えばいいだけだろ?私達が気にすることじゃないさ』 それにブリタニア人が2年もの間毎日やってくる。嫌でも日常会話ぐらい出来るようになるんじゃないか? その言葉に、たしかにそうだと僕は頷いた。 そして再び雑誌に視線を落とす。 そんな僕をじっとアーニャは見つめた後、また写真を撮った。 『スザク嬉しそう。妖精好き?』 『そうなのか?まさかそんなメルヘンなことが好きだったとはな。それなら今度、世界各国の夢の国めぐりをしよう』 ジノはソファーから立ち上がると、そう言いながら僕の肩に手を置き、雑誌に視線を向けた。夢の国に興味はない。ジノがいると疲れそうだから余計に嫌だ。 『別にメルヘンやファンタジーは好きじゃないよ』 僕が好きなものはそんな幻想ではないと、きっぱりと否定した。 黒い人は変質者に付きまとわれた上に、妖精扱いまでされていました。 我ながら強引な理由付けだとは思ってますが、今後の展開上仕方がない。 これ以外あの当時思い浮かばなかったんだから仕方がない。 それに黒い人だし、妖精でもいいよね。 今更読んで思ったのが、雑誌が発売されて初めての客という展開で進めてましたが、どう考えても無理がありますよね。無理しかありませんよね。スザクたちが来る前日とかもブリタニアの客がいないとおかしいけど、今更気づいても仕方がないし、ご都合主義だからソンナコトキニシナイ。きっと昨日までは冬季休業とかなんかで休みだったんですよ。(逃げ) |