キョウソウキョク 第8話


汗を流し終え、一度部屋に戻って時計を確認すると、すでに18時40分を過ぎていた。
食事は19時。僕は急いで食堂へ向かった。
食堂には既に他の宿泊客がテーブルに着き、ソフトドリンクや食前酒を口にしていた。
シュウシュウという音が聞こえ、なんだろうと視線を向けると、窓際で加湿器が白い煙を吐き出している。乾燥する冬場にはよく見る光景で、そういえばラウンジにもあったなと思いながらテーブルを見ると、そこにはジノとアーニャの姿があり、スザクと視線が合うと『スザク、ここだここ』と、ジノがアーニャの隣の席を指さした。
僕は示されるまま空いていたその席に座った。

『ジノ、その顔どうしたのさ』

見るとジノの顔には、何やらいたずら書きがされていた。油性ペンではないらしく、大分薄くなっているが、書かれた跡は見事に残っている。

『罰ゲーム。ジノ、弱い』
『私が弱いんじゃない。皆がずるいんだ』
『だめよぉ。勝負に勝つためなら、あらゆる努力をし、あらゆる手を模索しなきゃ!成功法だけで勝てるほど、私は甘くないんだからね』

ミレイはそう言いながら笑った。
アッシュフォード学園のメンバーは全員席についていて、ジノの隣には大人しそうな赤毛の女性が座っていた。アッシュフォードの女性は美人が多い。この赤毛の女性はその中でも一番の美人なので、もしかしてジノは彼女のことが気に入ったのかもしれない。こうしている間にも、ジノはその女性に熱心に話しかけ、まとわりつき、口説いているように見えた。女性の方は嫌そうに眉を寄せながらも愛想笑いを返していた。
僕の正面には先ほど温泉であったひょろ長い男、ロイドとその右隣には大酒を飲んでいた女性。左隣にはジェレミアがいて、ロイドは相変わらず筋肉の話でジェレミアに絡んでいた。ロイドの目は先ほどの険し差は消え、その顔にはメガネがかけられていた。なるほど、メガネがなくて目つきが悪くなっていたのかもしれない。
それにしても、よりにもよってこの人の近くかと思っていると、オーナーである扇が僕に近寄ってきた。

「お客様、食前酒は・・・ああ、学生でしたね。ソフトドリンクはコーヒー、紅茶、緑茶、ほうじ茶などありますが」

メニューを差し出しながらそう言った。

「じゃあ、ブレンドコーヒーを。あ、砂糖もミルクもいりませんので」
「かしこまりました」

扇は軽く会釈すると、厨房に戻っていった。
厨房では何やら調理をする音が聞こえるので、どうやら扇ではない誰かが料理を作っているようだった。
ジノとアーニャ、アッシュフォードの面々は紅茶を口にしていた。
ブリタニアはコーヒーより紅茶が主流だから当然か。

「ほう、君は日本語も話せるのか」

ジェレミアは、ロイドとの会話をどうにか終わらせたいらしく、スザクに日本語で聞いてきた。今日の宿泊客は日本語が話せるブリタニア人ばかりだ。宿泊条件に日本語という項目でもありそうだ。

「僕はこの国の生まれですから」
「そうだったのか、これは失礼した。流暢なブリタニア語を話しているから、てっきりブリタニアに移住した東洋人の子孫かと」

ジェレミアは慌てて、深々と頭を下げ謝ってきた。

「いえ、それだけ僕のブリタニア語も様になってきたということですから、嬉しいです。ジェレミア卿も日本語お上手ですね」
「ああ、私は日本と色々縁があって何度も来ている内にな」

成る程、仕事の関係か何かかと僕は納得した。

「あれ?でもスザクくんはコルチェスターの生徒なんだよね?留学?」

こちらもまた流暢な日本語でロイドが話しかけてきた。
学校の話なんてしただろうか?と疑問に思いながらも、スザクは頷いた。

「はい。スポーツ留学でコルチェスターに。今は高等部の2年です」
「高等部なんだ。僕はてっきり中等部かと。だってそこの彼は高等部の1年でしょ。あ、僕もジェレミア卿も昔コルチェスターに通ってたんだよぉ」

大先輩なんだよ。
ロイドはそう言った。
まさかこんな場所でOBに会うなんて。
しかも面倒臭そうなOBに。

「これも何かの縁ってやつだねぇ。スザクくん、あとで連絡先、教えてよね~」

教えなかったら学院に押しかけてくる気がする。
こんなOBほしくなかった。

「ジノくんも、アーニャくんもね~」

どうやらこの二人にもロイドは目をつけていたらしい。
ジノもアーニャもスザク同様、体を鍛えている。
格闘技もかなりのセンスで、大会に出れば確実に上位に入れる実力があるのだが、貴族の子息子女という枷があるため、大会には一切出ていなかった。
だが、二人は将来とある皇族の騎士になるという夢があるらしく、体を鍛えることを怠ることはない。
それは僕も同じだった。
ジノは、「いいですよ!」と明るく返事をし、アーニャは無視をするように携帯に視線を向けた。ブログに今日の出来事を書いているのかもしれない。
他愛のない雑談をしながら時間を潰していると、パタパタと走る足音が近づいてきた。

「すみません、遅くなりました」

食堂の扉が勢い良く開かれ、そこには頬を赤く染めたユフィが笑顔で立っていた。


*****

座席イメージ
(名前 テーブル 名前)
ニーナ    シャーリー
ミレイ    カレン
リヴァル   ジノ
セシル    アーニャ
ロイド    スザク
ジェレミア  ユフィ
マオ