まほらの天秤 第18話 |
「スザク、いろいろ買ったんだな」 「うん、何せ生活用品一式行方不明だからね」 必要な物を買っていたら、あっという間に両手は買い物袋だらけになった。 これでは動きにくいと、リュックとは別に少し大きめのキャリーバッグも購入し、ベンチに座りながらそれらを詰めていく。荷物が見つかった時のことも考えて買ったのだが、二人分だからどうしても量は多くなる。 この大きさではバイクには詰めないが、どの道あのバイクは戻ってきた所で廃車だ。 今度は車を買ってのんびり移動するのもいい。 ルルーシュには拒否されたが、彼を連れ出す事は諦めていないため、彼を乗せる事を考えればやはりバイクより車だろう。あの体力のない彼を後ろに乗せるのは不安すぎるし、ルルーシュは対人恐怖症になっている可能性が高いから、公共の交通機関やバイクよりも車で移動する方が他人と接する回数も減るだろう。 「荷物は見つからないのか?」 「ダールトンさんにお願いして事故現場に行ってみたんだけどね。朝に山に入るのは荷物探しもあるんだ。免許証やカード類、全部入ってるからね」 「あー、それは見つけなきゃだな」 「うん、ビザやパスポートの類もあるし、結構丈夫な鞄に詰めてたから、中身は無事だと思うんだ。多分木の枝とかに引っ掛かってると思うんだよね」 防水だから雨でも平気だし。 火が出たわけじゃないから、燃えたりもしてないはずだ。 「なら、私も手伝おう」 「え?いいよ、大丈夫。場所の見当は付いているし、なまった体を動かすにも丁度いいから、地道に探していくよ。ありがとう、ジノ」 にこやかな笑顔で手伝いを申し出てくれたが、彼が一緒だとルルーシュの所に行けないし、彼と鉢合わせをした時に面倒だ。 スザクは即断りの言葉を告げた。 「そうか?でも、手が足りなくなったら言ってくれ。いつでも手伝うからな」 「うん、その時はお願いするよ」 荷物を詰め終わり、紙袋などをまとめながら視線を向けるとユーフェミアはすぐ近くの店の小物売り場を楽しげに眺めていた。 アーニャはそれにつき従い、相槌を打っている。 気のせいかもしれないが、ユーフェミアは始終楽しげに話しかけているが、アーニャは退屈そうに見えた。 「ジノとアーニャはいつからあそこに?」 「私は去年、アーニャはそれより半年前だ」 「去年?」 「私はフェンシングをやっていて、去年世界大会で優勝をした事で、ナイトオブスリーの生まれ変わりじゃないかと声がかかった。アーニャは写真が好きで、ああ見えてプロのカメラマンなんだ」 「プロの!?」 「6年前に世界最年少のプロカメラマンって事で一時話題になって、それで政府がアーニャに気付いたんだ」 小学生でありながらプロ顔負けの写真を撮り、いくつもの賞を受賞し、雑誌の表紙も何度か飾ったらしい。流石に小学生をここに呼ぶわけにはいかず、中学に上がって暫くしてから来たのだという。 「携帯で写真取る姿しか見てないけど・・・」 「あの屋敷の中には撮りたいものも無いらしい。でも、月に何日かここを離れて、写真を撮り歩いているぞ」 母親が迎えに来て、写真機材一式を持って小旅行するのだとか。 「ここ、給料いいからな。そのお金で良い機材を買って、ついでに家族旅行もしているんだよ」 「ジノは、貰ったお金どうしてるの?」 短い期間しかいないスザクでさえ驚くほどのお金を貰ったのだ。1年いるジノはかなり貰っているはずだった。 「家に入れてる。弟がちょっと難しい病気なんだ」 「病気・・・」 去年、ジノの弟が倒れた。精密検査の結果、弟の心臓に重大な欠陥が見つかった。昔は心臓移植をするしか手は無かったが、いまは医療も発達し、お金と時間さえあれば移植をしなくても完治できる。 ただ、その治療費が高額で、ごく普通のサラリーマンであるジノの父の収入だけでは到底払える額では無かったので、高校を中退し自分も働いて弟の医療費を稼ごう、この世界大会を最後にフェンシングもやめようと決意していた時、政府から声がかかった。だからジノはここに来たのだという。 当然政府もそれを承知している為、弟の治療に十分な額を提示してくれた。 「私がここにいれば、ちゃんと治療を受けられるから。そうじゃなければ、あんな何も無い場所で飼殺しになんてならない。・・・私はフェンシングで世界一になりたいんだ」 飼殺し。 悪意すら感じるその言葉に、スザクは眉を寄せた。 「ジノはブリタニアの奇跡って呼ばれて嬉しくないの?」 その問いに、ジノは複雑そうな顔をした。 「歴史上の人物の生まれ変わり、それも賢帝シャルル皇帝の騎士って言うのは、なんか特別って感じがして嫌いじゃないけど、そのせいでこうして拘束されている。まあ、バイトだと思ってやってはいるけど、この年で人の顔色を見て、頭を下げて生きるなんて窮屈じゃないか。それに、いつまでいればいいかも解らない」 いくらお金が良くても、一生いるのはごめんだ。 ジノは、年相応の幼さのある表情で文句を言った。 人生に目標があり、しかも遊びたい盛りだ。学校にはここから通学しているとはいえ、放課後にはすぐ屋敷へ戻され、休日はこうして1日中拘束される。 屋敷では騎士として振る舞っていなければいけないから、気の休まる時間もない。自由を奪われる事は、若者には辛いだろう。 「ここだけの話、どうして私達が過去の人物の真似をして、あの場所にいなければならないのか、意味がわからないんだ。私が・・・いや、俺が俺としてあの場所にいられるなら、まだわかるんだけどな」 本名を名乗ることも、歳相応に振る舞うことも禁じられ、あくまでも、ナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグであることが求められている。 栄光の時代を再現したい気持ちはわかるが、歴史書で、あるいは物語や映画などで見ただけの人物になれと強要され、家族からも引き離されて屋敷に軟禁されて、今を生きる自分は押し殺さなければならないのだ。 不満を感じないほうがおかしい。 「そうだね、過去に縛られて、今を生きられないのはおかしいよね」 望まぬ前世に縛られているのは、ルルーシュとダールトンだけではないのだ。 スザクは顔を俯け、いつの間にか握リしめていた自分の手をじっと見た。 彼らは過去の生のために、今の生を否定され、あの屋敷に閉じ込められている。 これは過去に戻ろうとする、過去に縛られた行為ではないのか。 明日という日を否定する行為ではないだろうか。 あの時代に消し去った皇族と貴族という身分すらも戻そうとしているのだろう。 もしこのまま彼らが歴史を逆行させるような事を続け、それが彼の願いを、ギアスを否定する物となった時は・・・。 それはユーフェミアを悲しませる結果となるかもしれない。 それでも。 スザクは楽しげに話しているユーフェミアから視線を外し、その両目を閉じた。 |