まほらの天秤 第27話 |
「悪逆皇帝の騎士?父上、お言葉ですが、悪逆皇帝には騎士はおりません」 歴史学者であるシャルルが何を言っているのだろうと、不思議そうな顔でコーネリアが訂正したが、シャルルは首を横に振った。 「歴史の闇に埋もれた騎士がおる。ブリタニアの歴史上、ただ一人にだけ与えられた、ゼロの称号を持つ騎士が。ナイトオブラウンズ・ナイトオブ・ゼロ。それが彼の皇帝唯一の騎士よ」 「・・・どこで、それを」 歴史書には載っていないナイトオブゼロの称号。 あの歴史書が発表された頃には、存在していたことさえ忘れ去られていた。 まだナイトオブゼロの名が残っていた頃でさえ、慈愛の姫の騎士が、賢帝の騎士が、悪逆皇帝の騎士であるはずがない。それは誤った情報だといわれていた。 歴史から消え去った称号。 それを知るという事は、騎士の名もまた知っているという事だ。 探るような視線を向けると、シャルルは柔らかく目を細めた。 「歴史学者を舐めてもらっては困る」 威厳を込めた声音は、嘗てのシャルル皇帝を思い起こされる。 だが、そこにはあの威圧感はない。 知的な光が宿ったその瞳は、全て知っていると言っているようだった。 「それで、答えを教えてくれぬか、枢木卿」 「自分に聞く必要など無いのでは?貴方は既に答えを知っている」 「だからこそだ。儂の答えが正しいか、教えてくれまいか」 迷ったのは一瞬。 それを教えればあの偽りの歴史が正されるのだろうか?ならば喜んで口にしようと、スザクはそれまでの探るような厳つい表情を改め、幾分か柔らかな表情で微笑んだ。 「・・・ナイトオブゼロの名前なら存じております。・・・枢木スザク。ブリタニアの白き死神、同族殺し、裏切りの騎士と呼ばれた者が、悪逆皇帝唯一の騎士です」 その答えにシャルルは満足げに頷き、周りに居た者たちは驚き声を無くした。 枢木スザク。 それは慈愛の姫の騎士にして、後に賢帝シャルルの騎士となった男。 理想の騎士ともされている人物だ。 それを完全否定するような言葉に、驚くなと言う方が無理だろう。 それが真実なら、二人の話の通り歴史そのものが何者かによって都合よく改竄されている可能性が出てきてしまう。 「嘘です!そんなはずありません!スザクが悪逆皇帝の騎士などと!」 ユーフェミアが首を振りながら否定の声を上げた。 スザクは自分の騎士なのだと、自分の死の原因である悪逆皇帝の騎士のはずがないと、彼女は否定し続けた。 だが、シャルルは静かな眼差しでユーフェミアを見て、首を緩く振った。 「嘘ではない。枢木スザク。それは虐殺皇女ユーフェミアの騎士であり、侵略戦争を行った暴君シャルル皇帝の騎士であり、悪逆皇帝の騎士であった男の名よ」 「虐殺・・・?暴君?」 言葉を噛みしめるように吐き出されたシャルルの言葉に、周りの者は茫然と言葉を零した。虐殺皇女の名などどこを探しても出てきはしない。侵略戦争はルルーシュの悪行であり、その父であるシャルルのものではない。あまりの内容に、皆、シャルルを見つめるしかできなかった。 だが、一人だけその顔に怒りと憎しみを乗せ、シャルルを睨みつけていた。 「・・・違う、ユフィは!」 「過程はどうあれ、結果的に慈愛の姫と呼ばれていたユーフェミアは、行政特区という罠で100万人の日本人を一所に集め、その式典で日本人に対する虐殺指示を出した。最初の犠牲者はユーフェミアを止めようとしたダールトン将軍。その後自らの手に機関銃をもち、あるいはKMFに騎乗し、多くの日本人を虐殺した。そして、その行いゆえに英雄ゼロに討たれた。それが、虐殺皇女ユーフェミアと行政特区の真実であろう?」 上げた否定の声は、真実の歴史の前にかき消される。 「・・・っ!」 そう、それが真実。 ギアスなどと言う不可思議な力で操られたなどと、言えるはずはない。 そして、それが事故だったなどとは、知られるわけにはいかない。 何より、それらはあくまでも過程の話。 あの場で何が起きたのか。 その答えは、結果は、今語られた通りの内容だった。 苦虫を噛み潰したようなスザクに言い聞かせるようシャルルは言った。 「少なくとも、悪逆皇帝がユーフェミアを暗殺したというのは偽りということだ。ユーフェミアは日本人を虐殺している最中、ゼロに討たれた。間違っておるか?」 偽りの歴史を、正しい歴史に。 その考えで行くなら、否定など出来るはずがない。 たとえユフィの名が再び汚されたとしても、歴史を正したいのであれば、そこを歪めるわけにはいかない。なにより、生まれ変わりなどではなく、あの当時のユーフェミアであれば、自分の名の汚れとルルーシュの命を天秤にかけるまでもなく、ルルーシュの命を選んだだろう。 彼女はそういう人なのだから。 ならば、彼女の騎士であった自分の答えは一つ。 「・・・いえ、間違ってはいません」 スザクの肯定の言葉に、ユーフェミアがその瞳を大きく見開き、スザクとシャルルを交互に見て、その後首を大きく振った。 「うそ・・・嘘です!私が、慈愛の姫と呼ばれたユーフェミアが虐殺など!!そんな事、あり得ません!!」 取り乱したユーフェミアが髪を振り乱しながら叫んだ。 私が、慈愛の姫と呼ばれたユーフェミアが。 そう言った彼女の言葉に、心が冷えていくのを感じた。 君とユフィは違う。 もし君がユフィなら、ルルーシュがあんな扱いを受けていると知った時点で、自らの身も顧みずにルルーシュを救うため動いただろう。もしかしたらルルーシュとともにここから逃げ出したかもしれない。 争いを止めるため、生身で駆け出すような人だった。 誰かを救うためなら後先考えず、無謀な行動を取る人だった。 そんなユフィの名を語る資格は、このユーフェミアにはない。 「父上!まさか父上まで悪魔に惑わされたのですか!?」 まるで決めつけるかのように、コーネリアは叫んだ。 「なんてことだ、やはり早々に葬ってしまうべきだったね」 忌々しげな視線をスザクの後ろへ向け、オデュッセウスがいった。 「今からでも間に合いますよ兄上。これ以上悪魔に惑わされるような事態は防がねば」 クロヴィスもまたそれを肯定する。 その様子をまるで他人事のように眺めながら、ああ、まるであの時のようだとスザクは思った。 ギアスと言う言葉に惑わされ、ルルーシュを否定した黒の騎士団の面々。 醜く歪めた顔で、悪魔の力で操ったと、罵った。 その力がどのような物か、一切知らずに、唯の思い込みだけで。 ・・・嘗ての自分もそうだった。 疑心暗鬼はこうして容易く人の思考を停止させ、愚かな思考へと走らせる。 今の僕の立場は、あの時のC.C.のもの。 彼女は今僕が感じている怒りをその身の内に宿し、僕達を見ていたのだろう。 「そう、そうです。悪魔さえ消えてしまえば、皆元通りになります。こんな妄言など、認めません!全ての悪は、全ての罪は、悪逆皇帝が行なったのです!」 ユーフェミアの手にはいつの間にか黒光りする拳銃が握られていた。 その姿はスザクのトラウマ。 背中は焼けるほど熱いのに、全身に一瞬で鳥肌が立った。 映像で見た、笑顔で銃を向け引き金を引くあの日の姿。 その再現。 銃口を向けられた時点で反応し、それを取り上げるべきだった。だが、蛇に睨まれた蛙のように、スザクは動揺し、その姿をただ見つめることしか出来なかった。 ユーフェミアは、震える手で銃口をゆっくりとスザクへと向ける。 そして、躊躇うことなく彼女は引き金を引き、轟音が辺りに響き渡った。 僕を撃った? だが、的外れだ。避けるまでもない。 そう一瞬考えた後、ぞわりと背筋が震えた。 僅かに向けた視線の先に、黒い影が見えた気がした。 視界には、恐怖と悲しみに歪み、叫ぶシャルルの顔。 ユーフェミアが自分の騎士を撃つはずがない。 今の会話の流れで、それがわかっていたはずなのに。 ・・・この射程の先に、いるのだ。 だから、撃った。 頭がそれを理解する前に、体が動いていた。 そして、体に激しい熱を感じたと同時に、視界は黒く塗りつぶされた。 どさりと、体の上に、何かが落ちてきたのを感じた。 その重さと痛みで、意識が覚醒する。 なんだろう、胸がやけるように熱い。 痛い。 ああ、そうだ。 撃たれたんだ、ユーフェミアに。 そして、倒れたのか。 ・・・重い。背中が、重い。 どうして撃たれたんだっけ? 何で背中が重いんだ? ・・・しかも、その場所が濡れている気がする。 鈍い思考でそこまで考えたとき、再び轟音が鳴った。 背中の上の何かが、びくりと跳ねた。 そして、生ぬるい何かが、体に滴り落ちる。 先ほどの水分など比ではない量が、この体を濡らしていく。 嗅ぎ慣れた臭いが鼻を突き、まさかと、死から蘇生したばかりの体を無理やり動かした。いまだ力が入らず、震える両手を地面につき、僅かに体を起こすと「スザク、無事だったのですね!」と、ユーフェミアが喜ぶ声が聞こえた。 無事? いや、死んだけど? 君に撃たれて。 しかも当たった場所が悪く、即死だった。 もし無事だったとしても、その喜び方はおかしくないだろうか。 そう思いながらもゆっくり体を起こしていくと、背中の重みがずるりと落ちた。 力なく滑り落ちたそれが、地面に崩れ落ちる。 ちりりりんと、鈴の音がなった。 赤々と燃える炎に照らし出されたのはお面をつけた黒服の青年。 真っ赤な血が、ジワリジワリと地面に広がっていった。 撃たれたのだ。 スザクが庇った後、彼もまた、撃たれたのだ。 「っ!ルルーシュ!!ルルーシュっ!!」 慌てて体を揺するが、その体は何の抵抗もなく揺さぶられるままだった。 「なんで・・・なんでこんな!!」 鋭い視線でユーフェミアを睨みつけると、いまだにこちらに銃口を向けたまま、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。 その姿は、あの行政特区のユーフェミアを再び思い起こさせた。 笑顔のまま銃を向け、罪のない日本人を撃ち殺したユーフェミア。 信じられない。 信じたくない。 彼女の中にこんな凶暴な面があるなんて。 今の彼女にギアスはかかっていない。 それなのに、躊躇う事無く人を・・・殺したのだ。 横たわる彼から生命の鼓動はもう聞こえない。 人の生と死は、数えきれないほど見てきたから理解る。 ・・・ルルーシュは死んだ。 偽りの歴史に惑わされた、ユーフェミアを名乗る女性の手で。 彼女の名を汚す、ユーフェミアに似た女性の手で。 その事実が、ますますスザクの心を冷やしていく。 事故で命を落とし、蘇生してから感じていた幸福は、絶望に塗りかわっていた。 「スザク、もう大丈夫です。悪魔はいなくなりました。さあ、その亡骸をその炎の中にくべ、浄化してしまいましょう」 謳うかのように楽しげな声で、美しく微笑みながら、その手を燃え盛る家へと向けた。 「・・・は・・・?」 「邪悪で穢れた魂を、聖なる炎で清めるのです」 まるで新手の宗教のような発言だった。 だが、コーネリアたちもまた、さも当然のように頷いていた。 シャルルは冷たい視線を彼らに向け、ビスマルクとジェレミアによって救出されたダールトン達は、まるで冗談のような光景に、ただ呆然としていた。 なんだ、これは。 悪魔だから、人と認識すらされていないから、殺した事に罪悪感など無く、むしろそれが正しい事だと胸を張って言っているのか。 「邪悪・・・?だれが、邪悪だって?」 「悪魔・・・いえ、悪逆皇帝ルルーシュです!」 「ルルーシュが悪魔?・・・っ!いい加減にしろ!」 彼がどれほどの優しさと愛情でこの世界を包み込み、戦争で非癖した世界を作り変えたのか知りもしないで。 偽りの歴史、偽りの情報だけで悪魔と決めつけるな。 「スザク、貴方は悪魔に惑わされただけなのです」 「惑わされてるのは僕じゃない!あんな嘘だらけの歴史を信じて、ルルーシュを悪魔と言っているあんたたちが、偽りの歴史に惑わされているんだ!」 そう叫んでも、彼らは憐れむような視線を向けるだけだった。 彼らの中では、スザクもシャルルも悪魔に惑わされ、正気を失っているのだ。正常な判断ができなくなり、妄言を吐いていると思い込んでいる。 だめだ、どれだけ真実を話した所で、何の意味もない。 「は・・・ははは、こんな、罪もない人間にこんな酷い事をした人が、慈愛の姫?ユフィの生まれ変わりだって?ブリタニアの奇跡?世界を平和に導く?ふざけるな!!!」 既に息絶えた痩身を両手に抱え、スザクは立ち上がりながら叫んでいた。 たった今、銃で胸を打たれたにも関わらず、人一人を抱えて立っている姿は異様だったが、それ以上に深緑の光に怒りを宿し、鋭く睨むその姿は畏怖の念を起こさせるほどだった。 そしてその額には、今まで見たことのない、赤く輝く紋章が浮かび上がっていた。 「俺は認めない、こんな奇跡。ルルーシュの残した最後の奇跡を侮辱するようなもの、認める物か!!」 まるで咆哮のような叫びに、その場にいた者は恐怖に体を震わせた。 「ルルーシュは貰って行く。こんな所に残してなどいけない」 スザクはシャルルに向かいそう言うと、シャルルは大きく頷いた。 「枢木卿。先ほどの質問のもう一つの答えを教えてはくれないか」 深い悲しみと怒りを滲ませた低い声でシャルルは再度質問した。 もう一つの答え。 ゼロの正体。 「貴方は、既に気づいているのでは?」 今スザクが名乗っている名前で何かを悟っていた。 そして、この答えで、全ての歴史の歪みを正せると言った。 ゼロの正体が、歴史に名を残した者でなければ、歪みは正せない。 ならば知っているはずだ、このシャルルは。 歴史に名を残した誰がゼロだったのかを。 「おそらくという、人物はいるが、それが正しいのかは解らぬ」 「・・・ゼロは・・・自らゼロと名乗り、あの時代存在した者は二人。最初のゼロと、その後継者」 「第二次トウキョウ決戦までのゼロと、悪逆皇帝を刺殺した後のゼロ」 確認するように紡がれた言葉に、スザクは口元に笑みを浮かべた。 「やはり気づいているのですね。すごいな、ゼロの正体に気付いた者は、ゼロの真実を知る者だけだったのに」 偽りの歴史しかないこの時代で、そこに辿りつけるとは。 やはり優秀なのだ。 当然か、あのルルーシュとシュナイゼルの父親の生まれ変わりなのだから。 「それで、答えは」 真剣な眼差しのシャルルに、スザクは穏やかな笑みを向けた。 「貴方の目の前に」 スザクはそう言い残し、悪魔と呼ばれた青年の亡骸を抱きその場から姿を消した。 スザクの「誰かを守って死ぬ」の結末ってこういうことだよね? とか思いながら書いてました。 こんな状況でスザクが死んだら、守るべき人も死亡確定。 |