月の記録 第18話


翌日は、昨日の騒がしさが嘘かと思うほど晴れ渡った青空が広がっていた。朝早くから庭師達が荒れ果てた庭の手入れに奔走しているのを眺めながら、スザクは慣れ親しんだアリエスの離宮へ向かっていた。
名目は、共同訓練。
いまだあちらには馴染めないため、定期的にこちらで体を動かす許可を貰えないかと、昨日の内にジェレミアを通しマリアンヌに伺いを立てていた。
マリアンヌとしては大歓迎で、その日のうちに許可をだした。
ユーフェミアの方は、まだ精神的にも不安定だと昨日で証明され、暫くの間療養することとなった。ならば騎士である自分は彼女の傍にと申し出たが、暫くは慣れ親しんだものだけで過ごさせたいとコーネリアに言われため、今日もお払い箱だ。療養と言っても、離宮内での話。自分の姿が無い方が落ち着かれるかもしれないのであればと、アリエスでの共同訓練の話をしてみたところ、コーネリアも了承を示した。
未だこの離宮に慣れておらず、碌な訓練が出来ていない事を知っているし、騎士でありながら主の傍にいることさえ許されない。ならば、自らを鍛えあげる環境を用意するのもいいだろうと判断したのだ。その根底には異国の人間が騎士になる事を快く思っていなかったため、厄介払いが出来るという感情もある。
あまりにも簡単に許可が出た上に、マリアンヌからは「ユーフェミアが落ち着くまで毎日来るように。あちらには私が話を通しておくわ」という命令まで賜った。
ルルーシュとナナリーがいくら拒んだ所でこの離宮の主はマリアンヌ。
彼女の許可がでているのだからと、スザクは堂々と離宮へとやってきた。
スザクが来る事を知っていたジェレミアは、門の前で門番と共にスザクを待っていた。形式的な挨拶をし、二人並んで屋敷を目指す。

「まだお会いできないんですか?」
「あの襲撃で御身体を負傷され、今は安静にされている。残念ながら我々は面会を禁止されているのだ・・・」

ジェレミアの言葉切れが悪く、不穏な空気を感じた。
身の回りの世話に関しては、いつも通りなので問題はないし、メイドの話ではベッドからあまり動けず眠っている時間が長いようだが、 命に別状はないという。
未だにナナリーも立ち入りを禁じられているとか。
マリアンヌでさえ面会のっ許可が出たのは1度きりだという。
あれだけの出血だ・・・もしかしたらと思っていた不安が大きくなっていく。スザクでさえあの瓦礫の山ををどかすには時間が必要だった。・・・あの短時間でそこからルルーシュを引きずり出す方法。そしてあの血痕。
嫌な想像が頭を占める。

「・・・何か、あったんですか?」
「・・・殿下は医者を部屋へ入れる事さえ拒まれるのだ」

医者まで立ち入れない?
面会が出来ないのは医者ではなく本人の判断と言う事か?
・・・ルルーシュは元々他人を信用していない。
護衛にだって信頼は置いていない。
いくらアリエスの主治医だと言っても、いつ敵に寝返るか解らない相手、しかも毒殺さえ周りに悟られずに行える者だから、近づけたくないのだろうか。そう言えば昔から医者を嫌っていた気がする。
それとも、もしかしたらもう・・・
悪い想像ばかりが頭に浮かぶ。
ルルーシュの死を隠すために口裏を合わせているなんて、そんな事はない。あるわけない。大体、今はそうやってごまかせたとしても、この状態を長く続けているわけにはいかないのだから、そんな事はしないはずだ。下手に隠し立てし、後々病死にするよりも、テロリストの手で殺されたとした方がずっと楽なのだから。
門から屋敷までは長い道のりだったはずなのに、気が付けば目の前には屋敷の扉があった。警備の兵がジェレミアに敬礼し扉を開ける。
今日マリアンヌはスザクが来るのを中で待っている。だからこの離宮の主である皇妃に挨拶をしなければならないのだが、スザクの足は扉から中へ入る事を拒んだ。
怖いのだ。
マリアンヌは全てを知っているのではないか。
今日マリアンヌがいるのは、その事を伝えるためではないのか。
あり得ないと思っているのに、体が先に進まない。
その場に立ち尽くしたスザクに気付き、先に扉をくぐったジェレミアは振り返った。警備兵も怪訝な顔でスザクを見ている。
ジェレミアが声をかけようとしたとき、スザクは視線をあげた。
それは正面ではなく、上。
正確には、頭上の壁。
目に映ったのは最上階の部屋の窓。
ルルーシュの寝室の窓だった。

「枢木!?」
「枢木卿!!」

気が付いたら、体が動いていた。
勢いをつけて壁を掛け登り、途中からは壁や窓の出っ張りを足場にし、上へ、上へと昇って行く。足を止めたのは、目的地についてから。
ルルーシュの寝室の窓、そのテラス。
スザクは迷うことなく窓に近づくと、中を覗き込んだ。
念のために窓に手をかけるが、流石に鍵は開いていなかった。
しかしカーテンは開かれており、キングサイズのベッドに横たわるルルーシュの姿がはっきりと見えた。枕元には何冊もの本が置かれており、ベッドから動けない彼は暇つぶしに読書をしている事が伺える。目を凝らし胸元を見つめると、間違いなく上下しており、ああ、生きていると安堵の息を零した。
部屋には他に人の気配はなく、医療用の機械や点滴なども見えない。
そこまで確認し、スザクはテラスから飛び降りた。
3階から飛び降りたというのに、平然とした顔で立ち上ったスザクに、ジェレミアと警備兵は驚き声を無くしていた。運動能力は昔から知っているが、このような無謀な行動を取ると思っていなかったのだ。
他の皇族の騎士がこのような行動を取ればどのような処分を受けるか解っているのだろうか。そう考えたが、たとえ解っていても主が無事な姿を確認したかったのだろうと思えば何も言えない。

「あ、えーと、すみません。どうしても殿下のご無事な姿を確認したくて」
「い、いや、今見た事は他言しない。お前もいいな」
「はっ!」
「それで枢木、殿下のご様子はどうだった!?」
「お休みになられてていました。呼吸にも問題はないようです。ただ、枕元に本が沢山ありましたので、夜更かしをしていないか心配ですね」

不規則な生活になっていれば、それだけ回復も遅れるだろう。

「そうか、殿下がご無事ならそれでいい」

ジェレミアと警備兵は笑みを浮かべ、安堵の息を吐いた。
少ない情報しか与えられない彼らもまた、最悪を想像していたのだろう。

「枢木、マリアンヌ様をこれ以上お待たせするわけにはいかない」
「はい、急ぎましょう」

二人は扉の奥へと足をふみいれ、スザクの到着を首を長くして待っていたマリアンヌは、開口一番こう言った。

「スザク君。貴方、シャルルの騎士になりなさい」

これは、紛れもなく皇妃から下された勅命だった。