月の記録 第21話


謁見の間の扉をくぐってすぐに、皇帝と共に待っていた人物に驚き目を瞬かせはしたが、一瞬で表情を改め、多くの貴族と皇族が参列しているこの大広間の中央を、迷いなく歩いていた。ラウンズの証であるマントを靡かせ歩く姿は凛々しく、緊張や気負いを感じさせないその歩みは、先日拝命されたばかりのラウンズだという事を忘れてしまうほど堂々としたものだった。
やがてその歩みは止まり、皇帝の前で跪き頭を垂れた。

「枢木、よくぞ無事に戻った。この度の働き見事である。彼の国は鬼神のごとき戦いをするランスロットに怖じ気づき、自ら国を差し出してきおったわ」

皇帝の言葉に、辺りは大きくざわめいた。
国境での小競り合いを鎮圧させただけのはずだと、皆困惑した。
普通であれば、一時的に鎮静化させ、時には敵の前線基地を奪い領土を拡大させる規模の戦いだったはずだった。だが、たった1騎で戦場を覆し、駆け巡る白き死神との圧倒的な戦力差を目の当たりにしたその国は、もしブリタニアが本気で攻めてきたら、太刀打ちできないと悟ったのだ。多くの死者を出し、大地に、海に大きな爪痕を残すか、このまま無条件降伏するか。
戦ってみなければわからないと騒ぐ者もいたが、その時の戦闘が映像として残っており、では、こんな化物相手にどう戦い、勝つのかその方法を考えろと見せてみれば、皆口を開けたまま放心する結果となった。
あまりにも次元が違いすぎるのだ。
こちらは死ぬ気で応戦しているというのに、相手は本気すら出していない。
それでいて、相手が行ったのは武器破壊だけ。
これだけの戦闘を行いながら重傷者0、死者0。
戦闘可能なKMF0、使用可能な戦車・砲台共に0。
この驚異的数字を見て、震え上がらない者などいるのだろうか。
死傷者が出ないように配慮しながら戦うなど正気の沙汰じゃない。
遊んでいるのだ、戦場で。
この程度の攻防戦は、死神にとっては児戯に過ぎないのだ。
本気を出した死神は、どれほどの被害を国に与えるのだろう。
死神だけではない、他のラウンズもどれほどの力を隠し持っているか。
ブリタニアは必ず攻めてくる。
ならば、被害が出ていない今の内に。
結果、一人の死者を出す事もなく、領土を皇帝に献上する形となった。
自らの意思でブリタニアの属国に。
あり得ない選択にスザクは驚き、許可なく顔をあげ皇帝を見た。

「エリア12。あの国はそう名付けよう。これほどの功績をあげたものは過去に一人もいない。枢木よ、褒美を取らせよう。望みがあるならいうがよい」
「褒美、ですか」
「そう、褒美だ。何でも言ってみよ」

玉座に座る皇帝は、いつも通り高圧的な威厳を纏っているが、その口元と僅かな表情の違いで、いつになく機嫌がいい事が解る。本気で言っているのだ、褒美をやると。
玉座の右に立つユーフェミアは、貴方は私の誇りですと言わんばかりの笑みを浮かべていた。殆ど引きこもり状態だったはずの彼女だが、今回の一件を聞き駆けつけてくれたのだろう。皇帝の左側にナイトオブワン、ユーフェミアの後方にシックスとスリーが待機しているのだから、ここは安全だという思いもあるのかもしれない。

褒美。

やはりここは主であるユーフェミアに絡んだものがいいのだろうか?
だがそれを言うなら、皇帝も主だ。
どちらかに有利な何かを望むのはまた問題になりそうだ。
・・・欲しいものはあるが、こんな形で手に入れても何にもならないし、主を3人持つのは流石に・・・それに、その事以外は、何も思いつかない。となれば、ここは辞退するべきだろう。

「陛下、自分は今のお言葉だけで十分でございます」
「無欲な男よ。だからこそ、これだけの成果をあげるのだろうな」

スザクの答えなど解っていたというように聞こえた。

「物でなくても構わぬ」
「物でなくても?・・・では、恐れながら陛下。エリア12の・・・いえ、全てのエリアでナンバーズに対して差別を行わないよう、取り計らっていただけないでしょうか」

謁見の間は、再び大きくざわめいた。

「ほう、差別をなくせと?」
「完全には無理だと承知しておりますが、出来る限り平等となるように・・・ナンバーズが虐げられないようにしていただきたいのです」
「ナンバーズは敗者。負けた者たちの待遇をよくせよというのか」

今までの明るさは消え、重い声音で皇帝は言った。
空気が変わった事を感じたのか、ユーフェミアは不安げに皇帝とスザクに視線を彷徨わせていた。

「ナンバーズは弱者であるがゆえに、強者であるブリタニアに敗北しました。ですが、ブリタニアほどの強者ならば、ただ弱者を虐げるのではなく、弱者を理不尽な暴力や差別から守るだけの器も持っているはずです」

皇帝の政策に口を出すなど、何て失礼な。と、辺りはざわめき、これだから異国の血はと、蔑むような言葉が飛び交った。

「枢木、儂の器が小さいと申すか」
「陛下ほどのお人ならば、可能だと信じております」

明確な答えは避け、スザクは真剣なまなざしで皇帝をみつめた。
迷いのない、それでいて鋭い瞳は、まるで皇帝の器を見定めようとしているようにも見えた。ここで否と答えるのは容易いが、その時はこの者に寝首を掻かれる覚悟が必要だろう。皇帝相手にいい度胸だと、シャルルは口角をあげた。

「よかろう。シュナイゼル、前へ」

最前列で参列していたシュナイゼルは、スザクの傍まで歩みを進めると、その斜め前で足を止め跪いた。

「やり方は任せる」
「恐れながら陛下、飴を与え過ぎれば人々は我々を侮り、反乱を企てかねません」

矯正エリアや途上エリアは衛星エリアに昇格出来れば、待遇は改善される。
まともな環境で暮らしたいのであれば、ブリタニアに膝をつき、従順になればいいのだ。それが出来て初めて、人として扱ってやると言っているのだから。
そもそも、占領してきた国が何をした所で国を奪われた者たちの怒りは完全に消えない。非効率で無意味な行動だと、皇帝なら解るはずだ。

「我がブリタニアの統治下である方が、よりよい国となる。そう思わせる事が出来るのかどうか、一度試してみるのも悪くはない。もし、愚か者たちがテロを起こしたならば、我が軍の力で制圧するまで。ブリタニアに牙を向けた事を後悔させればいい。だがシュナイゼルよ、お前には不可能だというならば、他のものにやらせよう」

これは拒否すれば、無能の烙印を押される事にシュナイゼルは気が付いた。何事にも執着しないシュナイゼルだが、無能呼ばわりされる事は容認できない。強者が弱者を護る世界。今のブリタニアの国是とは真逆の思想。考えずとも解る事だ。スザクの思い描く世界を、多くのものが願っていると。
国を取り戻せないのであれば、せめて待遇をと。
人々が願う世界へブリタニアを導けというならば、いいでしょう。
やって見せましょう。

「いえ、陛下。この役目私が必ず成し遂げて見せましょう」

あからさまな皇帝からの挑戦状。
面白い、これほどの難易度のゲームは今まで経験した事はない。
私はこのゲームで必ず勝利を掴んで見せましょう。

「ならば、シュナイゼルよ。ブリタニアがいかに寛大な国かを世に知らしめてみせよ」
「イエス・ユアマジェスティ」


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