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耳元で声が聞こえた気がした。 なんだ、誰の声だ?スザクか?そう認識した時、意識がゆっくりと覚醒した。 タヌキ寝入りのつもりが、いつの間にか本当に眠ってしまっていたらしい。最近夜更かしが多かったからなと、ルルーシュはゆっくりと目を開き、辺りの状況を確認した。いまだ自分は走行中の車内。熟睡できるほど静かだったことから、問題は何も発生していないようだった。 自分が、スザクの肩に頭を預けていたという状況を除けば。 声が聞こえてきた理由もすぐ解った。 どうやらもう一人の護衛、ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグと連絡を取り合っているらしい。寝ているこちらを気遣ってか、スザクは顔をルルーシュとは逆方向に向け、声をひそめて話をしていた。幸いこの距離ならスザクの声はどうにか聞こえる。どうやら視察先に何か問題があるようだ。確定ではないが、何かしらの動きを諜報部が入手し、ジノに連絡を入れた事が分かった。テロか、暴動か、あるいは・・・憶測が飛び交っているようだが、決定的な情報はつかめていない。 起きた事が知られれば、電話を切るだろう。 内容を尋ねた所で、教えてくれるとも思えない。 ならばこのまま寝たふりをし、情報を手にするまで。 再び両目を閉じ、囁かれる声に耳を傾けた。 本日宿泊する場所は、この地域で最も力のある貴族の別宅だった。 何十人という従者を従え出迎えたのは恰幅のいい---いや、ここまで丸いと、恰幅がいいでは済まないが---紳士だった。丸い体の紳士は体を揺らしながら、低位とはいえ皇族であるルルーシュを、馬鹿がつくほど丁寧に屋敷内へと招き入れた。 ルルーシュは人目があるため、松葉杖ではなく普通の杖をつきながらゆっくりと歩みを進め、その後ろにスザクとジノが続いた。 テンションが高く、やけにおしゃべりなこの貴族の話をまとめると、夜になれば歓迎のために夜会が開かれるため、それまでは旅の疲れを部屋で癒していてください、ということだった。 メイドをルルーシュにだけではなく、スザクとジノにもつけようとする貴族の行動を、この貴族よりも上位であるヴァインベルグ家のジノが制した。館の主には悪いが、見知らぬ誰かをルルーシュの傍に置くわけにはいかない。その中に間者が紛れていないとは言い切れないからだ。身の回りの事はこちらでするので、部屋のカギをとジノが促すが、貴族はそれではちゃんとおもてなしが出来ないと渋った。 「殿下には専属の従者がいる。過剰なもてなしは不要だ。これ以上渋るのであれば、謀反の疑いありと考えなければならなくなるが」 「そ、そ、そんな、めっそうもない!わ、わたしは、その、黒の・・・いえ、ルルーシュ殿下に、出来る限りのおもてなしを・・・」 黒の皇子。 それはルルーシュを指すものではあるが、それは侮蔑を込めて口にされるものだった。口を滑らせた時点でスザクとジノの目つきが変わり、貴族はしまったと口を押さえた。好意的な態度を取ってはいるが、それは見せかけだということだ。 「不要だと、言っているのが解らないのか?」 「い、いえそんな事・・・おい、鍵を」 貴族は後ろに控えていた執事に、小声で指示を出した。 執事は急ぎ前に出て手にしていたケースを開くと、中には鍵が並べられていた。どれがどの部屋の鍵か説明を受けた後、ジノは全ての鍵を手に取り「部屋へ案内を」と言うと、貴族は不愉快そうに眉を寄せ、僅かにジノを睨んだ後、近くにいたメイドに指示を出した。こんなに解りやすい性格で、よく皇族に害を与えようなどと考えたものだ。 「ヴァインベルグ卿、先にお部屋を確認してまいります」 アリエスでよく見かけるメイドが前に進み出て、ジノから鍵を受け取った。先日のテロの件もあり、念のため全ての部屋を調べるのだという。どの道ルルーシュの歩みは遅い。部屋にたどり着く前に全て調べ終えるだろう。この屋敷のメイドの案内に従い、アリエスのメイド二人がいくつかの荷物を手に部屋へ向かった。 それも気にいらないのか、顔を潰されたと思っているのか、誰にも見られていないと油断した貴族の顔が醜悪に歪んでいたのを、スザクとジノは見逃さなかった。 部屋の確認を終えたメイドの一人が戻ってきて、ルルーシュを部屋まで案内した。屋敷の二階にある大きな部屋で、もう一人のメイドが機材を片付けていた。見慣れた機材は、盗聴器の類を調べる道具で、彼女の傍にはその残骸が転がっている。 本来あってはならない事だが、皇族のプライベートな会話を手にし、内容によってはそれを利用しようとする輩は少なくない。特に下賤の血と呼ばれているマリアンヌを失脚させようとする皇族と貴族は多い。 そのせいか、アリエスの従者はこの手の事には長けている。 だからルルーシュは特に気にする事もなく、疲れたとソファーに腰を下ろした。 「では、失礼いたします」 メイドは部屋の鍵をジノに手渡すと、荷物を手に次の部屋へと移動した。 「ほらスザク、お前と殿下の部屋の鍵だ」 ジノはスザクに鍵を手渡した。 お前と殿下の。 そう言われたが、渡された鍵は1本だけ。 そこから導き出される答えなど、一つしかなかった。 「・・・え!?僕、殿下と同室なんですか!?」 「・・・お前は俺の護衛なのに、知らなかったのか?」 明らかに動揺しているスザクに、ルルーシュは呆れたように言った。スザクとしては、知らない、聞いてない、何で教えてくれなかったの?とジノに詰めたいところだが、ルルーシュの手前それは出来なかった。 「殿下は先のテロで負傷されているから、ラウンズの誰かが付きっきりでお世話兼護衛をする事になったんだが、マリアンヌ様がそれならスザクを付けてほしいと仰せられた」 マリアンヌ様か! スザクは納得したと同時に、ルルーシュと一緒にいられるのだという喜びが湧き上がってきた。恐らく、この7年間で最も近い位置にいられるのだ。しかも、自分以外の従者がいない場所で二人きりに。この機会に、幼いころから嫌われている理由を知る事が出来るかもしれないし、7年前に何かしらの失礼をしたのなら詫びたい。身に覚えのない事なら誤解を解きたい。 「迷惑な話だ」 ルルーシュは吐き捨てた。 「殿下!それでしたら、私がスザクの代わりにお傍につきましょう!」 ジノが明るい笑顔で名乗りを上げた。 そういえば、以前からジノはルルーシュを気にしていた。美形揃いの皇族だが、ルルーシュはその中でも群を抜いており、「性格はともかく、あんな美人さんだから是非お近づきになりたい!」と、下心丸出しで言っていたぐらいだ。 無いと思いたいが、女癖が悪く、陰でラウンズの女性陣にナンパオブスリーと呼ばれているジノにルルーシュが傷ものにされる可能性がある。ルルーシュだって17歳の青少年だ。ジノの話に興味を抱き、好奇心に駆られてジノの話に乗る可能性もある。 だめだ、絶対に駄目だ! 「ふむ、そうだな。その選択もあるのか」 「そんな選択はありません。殿下のお傍には自分が付きます」 いつになく鋭い視線でスザクはジノを睨みつけた。 この程度の反応は想定内。自分の下心をよく知っているスザクが、大事な大事な殿下を簡単に渡さないと解っているジノは、余裕のある笑みを返した。 「まあいい、皇帝陛下と母上が枢木を選んだのだから従おう。ヴァインベルグ、先ほどの金髪のメイドを呼んで来い、私は暫く休む」 身の回りをスザクがというが、ついてきているメイドがいるのだから、彼女たちが基本的なことは行う。彼女たちに出来ない事があればスザクがやることになるが、そう多くはないだろう。出来ないことなど、護衛くらいなものだ。 「イエス・ユアハイネス」 自分はスザクとは違い従順な騎士だとルルーシュに示すため、ジノはきっちりとした騎士の礼を取った後、部屋を後にした。 「枢木、喉が渇いた」 メイドが来るまでの間、雑用ぐらいできるだろう? 「・・・イエス・ユアハイネス」 護衛をすぐに離すのかと思いながらも騎士の礼を取り、部屋を後にした。 |