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ラウンズの制服からシャツにスラックスといういくらか楽な服に着替えて戻ると、水差しの中身は更に減っていて、ルルーシュはそれに比例して見事に酔っ払いっていた。頬は赤く染まり、今まで見た事の無いような機嫌の良さでグラスを傾けている。いつもは不機嫌で、人に喧嘩を売っているような態度ばかりだったのに、この落差は何なのだろう。それとも、こちらが本来のルルーシュなのだろうか?ただ一つ解った事は、ルルーシュは恐らく非常に酒癖が悪い、という事だけだった。 そういえば、アリエスにいる間もルルーシュがお酒を口にする姿は見た事はなかった。夜会に出されたワインを軽く口に含むぐらいはしていたが、その程度だ。この度数のものをこれほど飲んだ事は・・・無いんじゃないだろうか。 急性アルコール中毒という言葉が頭に浮かび、慌ててルルーシュが傾けているグラスに手を伸ばした。 「・・・なんだ?飲みたいのか?」 飲む邪魔をするなと普段なら怒鳴られるところだが、予想に反してふにゃりとした笑顔で聞いてきた。その姿が可愛過ぎて、ごろごろと喉を鳴らしている大きな黒ネコに見えてきた。普段はそっけない態度だが、機嫌のいい時にだけなついてくる。そんな気まぐれな猫の頭を撫でたい衝動をどうにか抑えて、グラスを取りあげた。 「飲み過ぎです」 「いいじゃないか、たまには。俺だって酒を飲みたい時もある」 叱るわけでもなく、不貞腐れるわけでもなく。上機嫌なままコロコロと笑った。本当に、どうしたのだろう。 「・・・今までも、こうしてお酒を飲まれていたんですか?」 「たまにな、部屋で飲んでいた」 うわ、なにそれ。是非呼んでほしかった。 つまり、時々こんなルルーシュがアリエスの離宮にいたのだ。 「このお酒、よく飲まれている銘柄ですか?」 警戒心の強いこの皇子が、屋敷に会ったものを飲むとは思えないし、メイドがそれを許すはずがない。そう考えれば、これはルルーシュの為に持ってきた物という事になる。 「ああ、俺の好きな酒だ」 こんなきついものを!? 「いつも邪魔をされてろくに飲めないが、今日ここにいるのはお前だけだ。思う存分飲む予定なんだから、それを返せ」 「お体に障ります」 「大丈夫だ、この程度。ほら、お前も飲め」 飲め飲めとルルーシュの笑顔の破壊力はすさまじい。 すさまじいが・・・耐えなければ。 「普段はどのぐらい口にされるのですか?」 「ショットグラスで1杯」 「は!?」 いや、この度数ならそのぐらいかもしれない。それをこんなに!? 「駄目です駄目!これ以上は駄目です!」 「なんだ、つまらないな。しかたない、食事をするか」 言われてみてみれば、お皿の上は殆ど減っていない。 空腹で、この量を飲んだのか。最悪だ。 「ちゃんと食べてください、殿下は食が細すぎます」 「お前が食い過ぎなんだよ。食べきれなかった時は任せる」 相変わらずふにゃりと笑いながら言う。 「出来るだけ食べてくださいね」 「しかたないな、善処しよう。・・・ああ、これは美味いな」 お前もさっさと食べろと促されたため、観念して正面の席に座り、今ルルーシュが靴にした料理を口に運ぶ。 「あ、美味しい」 「お前も好きかこれ。じゃあ俺のを半分やろう」 「駄目ですよ、そうやって食べる量減らそうとしないでください」 「ばれたか」 クツクツと笑うルルーシュは本当に楽しそうで、こんな風に楽しく一緒に食事が出来る時が来るなんて夢のようだった。酔っているからだと解っていても、この時間がずっと続けばと思いながら、食事を進めていった。 ・・・そんな幸せな時間が苦行に代わるのはあっという間で。 「ああ、気持ちいいな」 食事はあっという間に終わった。いや、それなりに時間はかかっているはずだが、楽しい時間というものは早く感じるのだ。残念だなと思いながら、邪魔になった空いた皿をワゴンに移動していると、ぐでっと行儀悪くテーブルに突っ伏したルルーシュが、ふにゃふにゃの笑顔で言った。 「殿下、ベッドでお休みください」 「いや、まだ眠りたくはない」 それにまだバスローブから着替えてもいない。 両目がトロンと落ちかけていて、今にも眠ってしまいそうなのに、眠りたくないと駄々をこね始める。強く言っていつもの険悪な状況になるのは避けたい。どうしたらいいんだろうと悩んでいると、ルルーシュは立ち上り、ふらつく足で三人がけのソファーへ移動した。ふわぁ、と小さな欠伸をしているから、眠るのも時間の問題だろう。 ソファーにぼふりと音を立て勢いよく座ったルルーシュは、未だにバスローブのままなので、合わせ目が緩み、まくれ上がっているのが視界に入る。慌てて駆け寄り「失礼します」と、それらを手早く直した。 「お前も座れ」 上機嫌でぽふぽふと自分の隣を叩く。 どうしたんだろう、この殿下は。 普段はどちらかと言えばスザクを避けるのに。 と思いながらも、こんな機会はもうないかもしれないし、断るなんてもったいない事は出来ないから、失礼しますとそそくさとソファーに身を預ける。 移動中以外で、こんな風に並んで座るなんて初めての事だ。 プライベートでこんな風に接してくれたこともない。 もしかして、しばらく離れている間になにか心境の変化でもあったのだろうか?可能性はある。今までずっと傍にいたスザクがいなくなって寂しかったのかもしれない。ありがとうございます陛下、マリアンヌ様!ラウンズになってよかった!と、スザクは心の中で二人に感謝していると、足に何やら重みを感じた。 何だろうと思って視線を向けると、そこには見慣れた人物の頭。 「うぇ?ええ?」 眠気に負けたのか、ルルーシュは体を倒し、いわゆる膝枕をしていた。この時点で、スザクはラウンズのマントだけでも持って来なかった事を激しく後悔した。 バスローブで横になってる時点で色々アウトすぎる。目に悪い。乱れるローブを直し、出来るだけ視界に入れないようにしなければ色々まずい。 「あ、そうだ」 目の前の事に意識が行き過ぎて忘れていた。 こんなチャンスは二度と来ないかもしれないと、スザクはルルーシュを起こさないようにそっと手を伸ばした。足は動かないようにし、体を折り曲げ、ルルーシュの足に触れる。ぴくりと拒むように足は反応したが、それは最初だけだった。じっと足を見つめ、納得いくまで触れてから、ほっと息を吐く。 傷跡は無く、骨の歪みも感じられない。あの日、ルルーシュの足は瓦礫に挟まれていた。あれだけの物が足に落ちたのだから骨折をした可能性が高い。だから先日までギブスをし、今はリハビリ期間と考えるのが妥当だった。あの場にあった血痕はルルーシュのものだとされたが、恐らく脱出の際にどこか傷を負ったが、今までの療養期間で消える程度の傷だったのだろう。腕のいい医者が綺麗に消したのかもしれないが、どいらにせよ傷跡も後遺症も残らないように見えた。 「よかった・・・うわっ」 スザクの手がくすぐったかったのか、ルルーシュの足が反射的に動き、またバスローブが。スザクは慌てて体を起こし、再び合わせ目を整えた。うわあうわあどうしようと内心慌てふためいていたが、メイドが食器を下げに来るまで、精神統一をしてどうにかやり過ごした。 ***** メイドにとりあえず毛布を持ってきてもらって、精神衛生上よろしくないもの(体)が視界から消えて安心するスザク君と、平然と後片付けをするメイド。 |