いのちのせんたく 51話


「・・・あった」

ルルーシュは息を切らせながら急ぎやって来た場所で、ホッと安堵の息を吐いた。
前々から気にはなっていたのだが、スザクとクロヴィスが居る手前、見に来ることが出来なかったのだ。
ここはルルーシュが、この島に来た当初立っていた場所、その直ぐ側の林。
此処にルルーシュは、ゼロの衣装を入れたケースを置いたままにしていたのだ。
幸いスザクは、この辺を調べに来ては居なかったが、今後も来ないとは限らない。
だから折を見て、隠さなければと思っていたのだ。
隠すべき場所はすでに見つけている。
ルルーシュはケースを手に立ち上がると、辺りを見回し、スザクが居ないことを確認した後海辺に向かって走った。隠れて行動するのであれば、林の中を歩く方がいいのだが、感覚の鈍いこの体では手を入れていない場所は危険だった。
前のように怪我などしたら、面倒なことになってしまう可能性が高い。
だからこそ、辺りを警戒しながら安全な道を走った。
目指すは少し離れた所にある岸壁。
その岩の一部に空洞があったのだ。そこにケースを入れ、砂で埋め、岩で蓋をし、偽装すれば当分は気づかれないだろう。そう思い作業をし、さあ、この大きな岩をテコの原理で動かせば終わりだと、予め用意していた竹の棒に全体重をかけていた時、突然林から黒い影が飛び出してきた。
スザクでもクロヴィスでもないその姿にルルーシュは驚きの声を上げた。

「ほわぁぁぁぁぁ!?」

バランスをくずしたルルーシュは、全体重を乗せていた竹から手を滑らせ、前のめりに崩れ落ちた。

「ルルーシュ君!!」

黒い影は慌てた声で叫ぶと、素早い動きでルルーシュの側に駆け寄り、頭から落ちかけた体を支えた。

「大丈夫かルルーシュ君」
「藤堂・・・さん」

藤堂だと!?
なんで此処に!?
救助に来た?
いや、それにしては様子がおかしい。
衣服は薄汚れ、髪も肌も荒れていて、どこかやつれたような印象だった。
まさか、この島には俺達以外に人間が居るのか!?
完全に混乱しているルルーシュは、藤堂に抱えられる形で体制を整え、地面に腰を下ろした。

「ルルーシュ君、君は細いな、細すぎる」

藤堂はそう言いながら眉を寄せた。

「いえ、俺は別にそこまで細くは・・・」

女性は細いと言われれば喜ぶようだが、男のそれはイコール貧弱という意味だ。たしかに細身かもしれないが、そこまで酷くはない、はずだ。
そんなに辛そうな表情で言われるほどではない。
ルルーシュは心外だと眉を寄せると、藤堂は苦笑しながら、済まないと謝った。藤堂としては身心共に病んでいて、重症だという言葉が頭にあったため出た言葉だった。

「で、何をしていたのかな?この岩を動かせばいいのか?」

そういうと、藤堂はルルーシュが動かそうとしていた岩を、竹の棒を使いテコの原理であっさりと動かした。寧ろ藤堂なら普通に持ち上げられたのかもしれないが。
理由も何も聞かずに、まるで最初からそこがそうだったかのように偽装までする。
その様子をルルーシュはただ呆然と見つめていた。
普通であるなら、理由を聞くものだ。
だが、藤堂は一切聞くことはなかった。
何なんだこれは。
どう見るべきだ?
それより、ひと目で俺が判っただと?
面識など、8年前のあの時しか無いはずなのに?
危険ならギアスを使えばいいが・・・。
周辺の砂に残った足あとも消し、全ての作業を終えた藤堂は、手についた砂を払うと、ルルーシュの元へ戻ってきた。そして、周りを警戒しながら小声で話した。

「話はC.C.とクロヴィスから聞いている。君は今まで通り、一般人として過ごしなさい」

その言葉に、ルルーシュは目を見開いた。

「あの二人からだと?では・・・」

動揺で思考が停止しかけたが、どうにか言葉を絞り出す。

「ゼロの話も聞いている。記憶のことも全てな」

そう小声で話しながら、藤堂はルルーシュの足に手を伸ばした。
その手に釣られるように視線を向け、ルルーシュはぎょっとした。
右足首が青く腫れ上がっていたのだ。

「いつの間に・・・」

この様子だと、もしかしたら川原にいた時に捻っていたのかもしれない。動きまわったことで悪化したのだろう。普通であれば痛みで歩けないほどの腫れ方だった。
その晴れ方を見て驚くルルーシュに、藤堂は眉尻を下げた。
足首の具合を見るため、ルルーシュの足を掴み少し動かしてみるが、ルルーシュは眉一つ動かさない。

「・・・本当に感じないんだな。かなり腫れているが、折れてはいないようだ。手当をするにも一度川原に戻ろう」

藤堂はそう言うと、ルルーシュを軽々と抱え上げた。

「ほわぁぁぁぁ!?とっ、藤堂降ろせ!!」

俗にいうお姫様抱っこ。
男がこの体制は恥でしか無い!!
じたばたとルルーシュは暴れたが、禄に力を入れていない藤堂の腕からも逃げられなかった。
やはり軽いなルルーシュ君。
いや、これは病のせいで細いのか?
いやいや、マントに隠れてはいるが、その下は今と変わらないぐらい細かったな。
こんなに力がないのに、あれだけ堂々と力強く人々を導いていたか。
悪漢が襲ってきたら終わりだったんじゃないのか?
よく今まで無事だったものだ。
これで全力なら、男としては・・・。
藤堂は色々と複雑な思いを胸に抱きながら、暴れるルルーシュを腕に帰路についた。



いない。いない。何処にもいない!
スザクは顔を青ざめながら走り続けていた。
ルルーシュがこの時間いる場所は何処だ?野菜を採取に行っと思ったが、何処にも居なかった。ではどこに?
・・・まさか、川か?
何かの拍子に川に落ちて、溺れたとか?
・・・洗い物をして、足を滑らせた?
可能性は、ある。
しっかりしているように見えて、何処か抜けているところがあるのがルルーシュだ。
これだけ彼の行動範囲を探していないのなら、そこしか思いつかない。

「・・・っ!ルルーシュ!」

スザクは益々顔を青ざめ、慌てた様子で川原を目指した。
その時、道の向こうに藤堂の背中が見えた。そしてその背中越しに、抱きかかえられている人物の足が見え、安堵と同時に背筋に冷たい汗が流れた。
走り寄る僕に気がついた藤堂が振り返る。
やはりその腕にいたのはルルーシュだった。
だが、絶対にルルーシュが拒絶する姫抱きで運ばれているというのに、彼は腕の中でおとなしく収まっていた。
その事に、スザクは少なからずショックを受けた。
僕が運ぶのに抱いた時は嫌がったのに、藤堂さんなら・・・大人し、く?
違う、苦しげに肩で息をし、こんな姿を見られるなんてという羞恥で顔を赤くし、その腕から逃れようと足掻き出した。だが、藤堂の腕ががっちり抑えているため、逃げることは出来ず、体力切れで動けなくなる。 いくら感覚が狂っていて痛みや疲れを感じないと言っても、体力は切れるし息も上がるのだ。
恐らく此処に来るまでに何度かこんな状態だったのだろう。
ルルーシュはぐったりしているし、藤堂は少し疲れたような顔をしていた。

「だから!俺は大丈夫ですから!下ろしてください!」
「何度も言うようだが、ルルーシュ君。その足でどうやって歩くというんだ」

いい加減聞き分けなさいと、藤堂は大人な対応で答えた。

「何も問題はない!」
「そうは見えない」

その二人のやりとりで、スザクははっと気が付き、つかつかと距離を詰めた。
そしてルルーシュの足を見て嘆息した。

「君は・・・この足で歩き回ったのか」

完全に腫れ上がっている上に青くなっている足首。骨は折れていないといいんだが。そう思わせるほどの状態だった。

「大丈夫だ!」

即答したルルーシュにスザクは眉を寄せ、目を眇めた。

「何処がだよ!ああ、もう。藤堂さん、僕が運びます。ルルーシュ下さい」

そういうと、スザクはさっさとルルーシュを自分の腕に収めた。
軽々と自分の体が二人の間を移動したことに、ルルーシュは益々顔を赤くした。

「スザク!・・・っ!わかった、せめて背負え!」
「背負ったら君、勝手に降りるだろ。だから駄目」

藤堂ならまだしも、ほぼ同じ体格の男に軽々と運ばれる。
しかも姫抱きで。
屈辱でしか無いだろうが!
再びじたばたともがくが、藤堂同様こちらもびくともしない。
この馬鹿力共が!!
肩で息をしながらもがくルルーシュを放置し、スザクは藤堂へ視線を向けた。

「藤堂さん、行きましょうか。・・・ルルーシュも諦めろ。今日は人が多いし、料理は追加で作らないと足りないんだから、そんなに暴れて体力使ってたら大変だよ」

だいたい君がいくら暴れても、僕には何も負担にならないんだからね。
呆れを含んだその言葉に、ルルーシュの動きはピタリと止まった。

「人が多い?藤堂さん以外にもいるのか?」

その言葉に、藤堂がルルーシュとその話をしていないことにスザクは気がついた。
藤堂がルルーシュを見つけた時点で、ルルーシュをゼロに戻している可能性がある。
だから余計に自分の腕に閉じ込めたのだが、そこまでの会話をしていなかったのか。
スザクは驚きの顔で藤堂を見ると、疲れた様子の藤堂が深く息を吐いた。

「そういえば、ルルーシュくんの怪我のことが気になって、話はまだだったな」

なにせ抱き上げてからはずっとあの調子だったから。
隣を歩く藤堂の言葉にスザクはあからさまに安堵したような表情をしたが、藤堂は気づかないふりをした。

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