いのちのせんたく 第52話


羞恥で憤死するんじゃないか?と思うほど顔を真赤にさせ、わたわたと暴れながら魔王が戻ってきた。
何があったかは知らないが、その体はあの二重人格騎士の腕の中にすっぽりと収まっており、可哀想なぐらい非力な魔王は、その腕から逃れるどころか、ぴくりとも動かすことは出来ないようだった。
元々腕力も体力も少ない男だったが、体を壊してから更にその身体能力は低下していた。だから、この体力バカ相手にいくら身をよじろうと、腕を突き出そうと、逃れることは出来ず、僅かな疲労感を与えるに留まっているようだった。
その二人の後ろに藤堂がいて、こちらも何処か疲れたような顔をしていた。
そんな様子を、温泉から上がったC.C.、カレン、ラクシャータは呆然と見つめてしまう。
俗にいうお姫様抱っこ。
その白磁の肌をバラ色に染めた皇子様を抱きかかえた凛々しい表情の騎士。
それを美形二人がやっているのだから眼福といえば眼福なのだが。
その騎士の座にいるのが、あの枢木スザクという点が許せず、C.C.とカレンは思わず目を眇め、ラクシャータは面白そうに眼を細めた。
そんな反応もルルーシュからはばっちりと見えていて。
益々顔を赤らめ、必死に訴えた。

「頼むからもう降ろせ!!」
「だーめ。もう少しだから我慢して」

そう言いながらスザクは川原に置かれたテーブルと椅子の場所までルルーシュを運ぶと、まるで壊れ物を扱うかのようにルルーシュを椅子に座らせた。

「ラクシャータ。すまないがルルーシュ君の足を見てくれないか?」

藤堂がそういうので、女性陣の視線がルルーシュの足に集まる。
よく見るとルルーシュの右足首が異様に腫れ上がっていた。
色も青黒く変色しており、本来の太さの倍ほどまで腫れ上がっているようにみえる。

「あらぁ。随分と腫れてるわね。ここは救急箱とかあるの?」
「え?はい。持ってきます」

スザクが駆け出そうとしたのを、クロヴィスが止めた。

「いやスザク、それならルルーシュを洞窟まで運んでくれないかな?もう暗くなるから、洞窟へ移動した方がいいだろう?」

先ほどまでここに居なかったクロヴィスは、どうやら洞窟に行っていたらしく、その手に草履を幾つもの持っていた。

「ルルーシュ、彼女たちも草履を使いたいというから、予備を持ってきたんだが、構わないかな?」

みると、女性陣は皆靴を脱いで裸足だった。
それに彼女たちの身につけている服は、スザクとクロヴィスの物だとルルーシュは気がついた。彼女たちの髪が濡れているということは、温泉に入った後の着替えとして貸したのだろう。

「ええ、構いませんが、カレン、靴はどうしたんだ?」

このメンバーの中で学生ルルーシュの知り合いはカレンだけ。
だからルルーシュは迷わずカレンにそう訪ねた。

「洗ったのよ。服も全部」

今までずっと身につけっぱなしだったのだ。特にブーツは蒸れて酷かったし、洗えるのなら洗いたかった。
スザクとクロヴィスが草履で歩いているのを見て、いいなと思っていたので、他にないのかと尋ねれば、ルルーシュが予備を作っているというから、持ってきてもらったところだったのだ。
見ると、彼女たちの靴は衣服とともに、物干し場で干されていた。
彼女たちはクロヴィスが持ってきた草履を履くと、感嘆の声を上げた。

「あ、これすごい楽!ほんと狡いわよあんたたち!」

こんなに快適な生活して!
軽いし、蒸れないし、歩きやすい!
草履の履き心地を気に入ったらしいカレンは、そう文句を言った。
なにせここには着替えや温泉まであるのだ。
それだけでもどれだけ快適か!

「そう言われてもな・・・カレンも自分で編めばよかったじゃないか」

その草履は丈の長い雑草で編んだものだし、草なんていたるところに生えているんだから。

「編めるわけ無いでしょ。そもそも編もうなんて考えたこともないわよ」

カレンは胸を張って自信満々にそう言った。

「ほらほら、話は後にしましょ。今はルルーシュの手当が先よ。スザク、ルルーシュを運んでもらえるかしら?」

ラクシャータの指示に、スザクは素直に頷くと、再びルルーシュをひょいっと抱え上げた。あまりにも軽々と抱え上げるものだから、ルルーシュには重さがないのかと一瞬思ってしまったほどだ。

「だから!せめて背負え!それが駄目なら肩をかせ!!」

抱き上げるな!
しかも横抱きなんてふざけるな!
ルルーシュの怒声が響いたが、誰もそれに賛同する者も居なければ、ルルーシュを助けようとする者も居なかった。
抱き上げている騎士がこの男なのは腹立たしいが、眼福なことに変わりはないのだ。
何より嫌がるルルーシュも可愛い。
ルルーシュの文句をBGMに、皆思い思いに動き出した。

「この鍋も運ぶんですよね?」

カレンはそう言いながら、釜戸に置かれたままの鍋をひょいと持ち上げた。大きな両手鍋には山ほどの具材を入れているため、はっきり言ってルルーシュには持ち上げられない重さなのだが、カレンは軽々持ち上げるとスザクの後に着いて歩いた。

「この辺の調理道具も運ぶのか?」

C.C.の声にクロヴィスは「これと、これは運んでくれないかな」と、指示を出した。
あのクロヴィスが、敵であり、植民地の人間相手に高圧的な態度を取るでもなく、時には礼を口にしながら指示を出す姿に皆は驚いたが、口には出さなかった。
なにせルルーシュは、とんでもないレベルのシスコンだ。
その実兄であるクロヴィスがブラコンである可能性は・・・ある。いや、高い。
弟に叱られないため、寧ろ弟に褒められるためにも、高圧的に命令などできないのだと判断した。
テキパキと指示されるまま川原の片付けを行い、温泉に入る藤堂と、最後の後始末をしてから行くというクロヴィスを残し、他のものは拠点である洞窟へ移動した。
拠点は遠目で見ても解っていたことだが、竹製の家具がかなり置かれていた。
テーブルに椅子に棚。箱や籠、植木鉢まである。
どう見ても人が生活している場所だった。
自分たちの生活空間との差に、やはりこの男がいるかどうかではぜんぜん違うなと、C.C.は口元に笑みを浮かべた。
どうせ漂流生活をするのなら、やはりこの男のもとでするべきなのだ!
スザクはルルーシュを椅子に座らせると、奥から救急箱を持って戻ってきた。
それをラクシャータに渡すと、カレンが持っている鍋を受取り、こちらの釜戸に置く。
ラクシャータは、この拠点内に何か足を固定できるものはないかと、物色し始めた。
クロヴィスの作業場に、手頃な木切れがあったので、使えそうなのを幾つかと紐を手に取ると、竹を編んで作った植木鉢に植えられているものをじっと見た。

「これ、アロエよね?」

この葉の形、見間違えるものではない。
葉が小さいため食用には向かない品種だが、内服薬や外用薬としては十分使える。

「ええ、アロエです。火傷したり怪我をした時のために、ここと川原、あと海辺に鉢を置いているんです」

群生地にいちいち行かなくてもすぐに使えるようにしています。
アロエには炎症を鎮める効果もある。
スザクの言葉に、なら摘んでもいいわよね?と尋ねた後ラクシャータはいくつかの葉を摘み取ると、ルルーシュの足の診察を始めた。
幸い骨には異常がなく、捻っていることに気づかず歩きまわり、腫れた足首のせいでちゃんと歩けず、何度も躓いて足首に負荷をかけた結果、酷く腫れ上がってしまったという結論を出した。
左足と見比べても倍近くの太さ。
草履を脱がせ、念のため慎重に骨の異常を確認しながらラクシャータはスザクの手を借りて足を固定していった。
これだけ腫れていていれば、触れば痛い。いや、寧ろ触らなくても痛い。
だがルルーシュは本当に何も感じていないらしく、その異常さにラクシャータもカレンも眉を寄せた。
当のルルーシュは、未だこの状況に軽く混乱しているのか、手当されている間どこか挙動不審だった。
まあ当然か。
なにせルルーシュはあくまでも記憶を改竄され、全てを作り替えられている一般市民。
しかも、ここには一市民は自分だけ。
親友は皇帝の騎士ナイトオブラウンズ・ナイトオブセブン。
兄と呼ぶよう強要されている相手はブリタニア帝国第三皇子クロヴィスだ。
それだけでもとんでもない情況なのに、今ここに黒の騎士団幹部である藤堂・ラクシャータ・カレン・そしてC.C.まで居るのだ。
今まではどちらかと言えばブリタニア軍一色だった場所に黒の騎士団。
学友であるスザクとカレンはともかく、他の人間とはどう接していいのかわからない・・・という態度だった。
まあこれがそういうポーズで、実際は平常心。・・・だったら楽だろうに。
そう思いながらC.C.はラクシャータと、それを手伝うスザク、困惑するルルーシュを眺めていた。
これは演技じゃなく本気で混乱中の顔だと、C.C.はあっさりと見抜いていた。
どこまで話を聞いているかは解らないが、なにせ部下、それも自分の正体を知る二人まで加えた4人がここに居るのだ。
どう対処すればいいのか、本気で悩んでいるのだろう。
全員の今後の対応に関しては既に決定しているが、ルルーシュは蚊帳の外だからな。
さてさて、この魔王相手にどうこの場を乗り切るべきか。
そのことで、皆は密かに頭を悩ませていたのだが。
今のC.C.にはそんなことよりも大切なことがあり、ルルーシュの手当が終わるのをジリジリとしながら待っていた。
そしてルルーシュの足首を固定し終え、ラクシャータが救急箱を片付けだし、スザクが甲斐甲斐しくルルーシュの世話を焼く姿を見てC.C.はよし、と立ち上がった。

「手当が終わったなら、食事を用意しろルルーシュ。私は腹が減った!」

そこの鍋からいい匂いがしていて、これ以上我慢できん!
あまりにも自分勝手なそのセリフに、思わず皆が目を見開いた。

51話
53話