帽子屋の冒険2  第1話


不思議の国に住むチェシャ猫には、大好きなものが3つ有ります。
1つは血の繋がりはないが、自分を姉と慕う可愛い弟。
1つは美味しい美味しいピザ。
そして最後の1つ。
それは、狂気に染まり豹変した弟を、素直で可愛い元の状態に戻し、尚且つチェシャ猫のために世界で一番美味しいピザを焼く人物。
その人物の元へと、鼻歌交じりでチェシャ猫は転移しました。
たどり着いた先は、とある家のキッチンでした。
なかなか古い家なのですが、部屋は清潔に保たれており、ゴミひとつ落ちていません。
そして置かれているのはシンプルでいて温かみがあり、その上何処か品のいい家具なので、チェシャ猫はこの家で寛ぐのが大好きなのです。
何より大好きなものが住まう家。
本人に文句を言われても、嫌われていないことは解っていたので、勝手に上がり込み、勝手に寛いでいました。
いつも文句を言われたり叱られたりしながらも、それをBGM代わりにごろごろだらだら。
すると、呆れた顔をしながらもチェシャ猫が空腹だろうと、美味しい焼きたてピザを出してくれるのです。
そんな幸せ空間なのですが、今は少し様子が変わっていました。
キッチンはしんと静まり返り、どう考えても誰も居ません。
今日のお茶会は既に終了していて、手伝いをしていた弟が明日の分の買い出しをしている姿も市場で見かけています。
そうなると、今の彼・・・帽子屋は、この自宅に居なければなりません。
まさか何かあったのだろうかと、チェシャ猫は急に不安になりました。
ごく最近、帽子屋が失踪するという事件があったばかりなのです。
それでなくても今の彼は普通では無いのですから、身を守る術など何もありません。
チェシャ猫はバタバタと部屋の中を走り、次々にドアを開け、中を確認しますが何処にも居ません。
その時、チェシャ猫の耳がぴくりと反応しました。
何か聞こえた気がして、チェシャ猫は焦る気持ちを抑え、静まり返った部屋に佇み、耳を澄ませました。
間違いなく何かが聞こえてきます。

「・・・まさか」

その音と方角に嫌な予感がし、チェシャ猫は頭にある耳をぴくりと震わせた後、足音を消しゆっくりと目的の場所へ移動しました。
聞こえるのは水の音。
チェシャ猫はゴクリと固唾をのむと、その場所へ近づき、中の音を聞き取るため、4つの耳に集中しました。

「ふわぁぁぁっ、ばっ、揺らすなっ!この馬っ!もう動っ!ほわぁぁっ!」
「いいじゃないか、ほら帽子屋。君も楽しんでよ」

聞こえたのは、探していた帽子屋と、そして。

「白の騎士!!お前また来ていたのか!!」

チェシャ猫は躊躇うこと無くその扉を開けました。

「うわぁっ!チェ、チェシャ猫!?」

ノックもされずに開けられた上に、女性であるチェシャ猫に今の姿を見られたことで、帽子屋の顔はゆでダコのように真っ赤になりました。

「ああ、煩いと思ったら来てたんだ?でも、君も一応女性なんだから、ここは流石に遠慮しなよ」

楽しみを邪魔するなと言う視線で、白の騎士はチェシャ猫を睨みつけました。
白の騎士がチェシャ猫に意識を向けたことで水音が収まり、帽子屋はようやく激しい揺れから開放され、ホッと息をつきました。

「遠慮するのはお前だ!」

チェシャ猫は、ずかずかと二人の元へ足を進めました。
あまりにも堂々と入ってくるその姿に帽子屋は慌てます。

「お前は何堂々と入ってきてるんだ!こっちを見るな!!」
「少しは恥じらいを持ったらどうだい?・・・そんなに見たいの?」
「お前の裸になど興味はない、それを返せ!!」

チェシャ猫は、白の騎士に邪魔をされる前に、コードの持つ転移の力を使い、帽子屋を自分の元に移動しました。
チェシャ猫の手の中には、お湯が入った帽子型の桶に入り、恥ずかしさで全身を真赤にさせ、プルプルと震えながら身を縮めている帽子屋。
あの事件からそれなりに時間は経ちましたが、帽子屋は未だに手のひらサイズで、一人でお風呂には入れません。
何故なら約2頭身のその体では、手が短くて自分で頭を洗うことが出来ないからです。
なのでいつもは買い物を終えたバンダースナッチが用意し、入浴を手伝っていたのですが、今日は白の騎士が先に帰ってきて、帽子屋と共に入浴していたのです。
先ほどまで、湯船に浮いていたそれを奪われた白の騎士は、チェシャ猫を睨みました。
どうやら白の騎士は、湯船の上にぷかぷかと浮いていた帽子屋の桶がバランスを崩しそうなほど湯船のお湯を波立たせて遊んでいたようです。
白の騎士は、優しい顔立ちで人当たりの良い人物ですが、実はドSなのです。
自分の起こした波で、オロオロと不安げに桶にしがみついていた帽子屋を愛でていた所を邪魔された白の騎士は、ユラリと立ち上がりました。
ふんと鼻を鳴らし、受けて立つと白の騎士を睨みつけるのはチェシャ猫。
二人の間で火花が散っているその様子に耐えられなくなったのは帽子屋です。

「この馬鹿っ!何立ち上がってるんだ白の騎士!!こいつはこれでも女なんだぞ!!お前にも羞恥心が無いのか!せめて前は隠せ!!チェシャ猫も平然と何を見ているんだ!はしたない!」
「私はこいつの粗末なものなど見たくもないさ」

C.C.は鼻で笑いながら、白の騎士を平然と見つめます。

「なら、彼を置いてさっさと出てってくれないかな?」

白の騎士も隠す様子はなく、堂々とその場に仁王立ちします。

「もういい、俺はもう出る!だから、ここから出ろ!この馬鹿!!」

ゆでダコのように真っ赤になった帽子屋の姿に、このままでは逆上せて、湯当たりしてしまうと、チェシャ猫はさっさと風呂場から姿し、帽子屋の私室へ移動しました。
速攻で部屋の鍵を閉め、念のためタンスをドアの前に転移させてから、真っ赤な顔で睨みつけてくる帽子屋の相手に専念しました。

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