帽子屋の冒険2  第19話


ホカホカの炊きたてご飯。
焼き魚にほうれん草のおひたし。
だし巻き卵にキュウリとカブのお漬物。
そして鰹だしのお味噌汁。
彩りが寂しいのでプチトマトを入れたサラダも。

見るからに美味しそうな朝食が目の前にありました。

「いただきまーす」

両手を合わせて満面の笑みでそう言ったのは、銀髪の青年でした。

「「「・・・いただきます」」」

この状況に納得出来ないという表情で、それでも手を合わせてそう言ったのは3人。
新緑の髪を持つチェシャ猫。
長い銀髪で長身のバンダースナッチ。
茶色のくせ毛の白の騎士。

「ああ、おかわりもあるからな。4人共、たくさん食べてくれ」

ニッコリと、それはそれは美しい笑みを浮かべそう言ったのはこの家の主。
漆黒の髪に白磁の肌、ロイヤルパープルの瞳を持つ、帽子屋です。

「って帽子屋!!なんでこいつがここにいるの!?さすがにおかしいだろ!?」

ようやく念願かなって帽子屋の手作りの朝食、しかも和食を口にしながら白の騎士は怒鳴りました。

「そうだよ帽子屋!僕、こいつのせいで大変な目にあったんだよ!?」

あれだけひどい目に合ったというのにその回復力は驚異的で、ほんの2日ほど寝ただけですっかり回復したバンダースナッチも加勢します。

「いくら私でもこの展開は読めなかったぞ。と言うかなんでお前も当たり前のようにここにいるんだ狂王!!」

と、久々の帽子屋の手料理をお腹いっぱい食べるため、箸を止めること無く文句を言うのはチェシャ猫。

「僕も流石にそう思うんだけどね。僕のコードはもう無いわけだし、ハートの欠片も取り返されちゃって。今の僕はほぼ無害だけど、野放しには出来ないって言うし、再教育してやると帽子屋に言われちゃったし。そこまで言われたら僕も断りきれないだろう?」

元々彼を僕のもとに連れ去るつもりだったんだからさ。ニコニコと、嘗てのコード能力者はそう言いました。

「・・・まて。今聴き流しそうになったが、さらっと重要な事を言わなかったか?狂王、お前のコード、どうしたんだ!?」
「ああ、それなら俺が貰い受けた。この男にコードは持たせておけないからな。だが、コードを手に入れる前に持っていたギアスは今も残っているから、狂王はギアスでの転移が可能だ」

その言葉に、白の騎士、チェシャ猫、バンダースナッチは思わず手にしていた箸を落とし、青い顔で帽子屋を見つめました。

「・・・えーと、帽子屋。君は今コードを?」

それはつまり不老不死になったということです。

「そうだな。俺かハートの王しか現段階でコードを継承できなかったから仕方が無い。ハートの王は、V.V.のハートの修復をするため、V.V.のコードをもっているからな」

V.V.のハートの欠片が奪われたのはコードを持つ前だったことが、今回の騒ぎで明らかになりました。コードは不老不死。どれだけ体が損傷しても、その傷を癒やします。V.V.の場合、ハートが掛けた状態を正常とコードが認識していたため、何度欠片を戻そうと試みても、コードがそれを異常と判断し、欠片を弾き返してしまうのです。そのため、今ハートの王がコードを手にし、V.V.はその傷を癒している最中でした。ハートの女王とハートの騎士もギアスを持っていますが継承するには力不足。となれば消去法で帽子屋しかいないのです。

「まあ、俺には何も不自由はないし、不老不死ならやりたいこと全てやれる時間が手に入ったという事だからな。このまま持っていようと思う。それに狂王を預かる以上、そのギアスを無効化し、対抗するためにもコードは必須だろう?」

味噌汁をすすりながら帽子屋は平然と言い放ちました。
そのやりとりを狂王は楽しげに見ています。

「いやいや、その理屈はわかるが、狂王だぞ狂王。どうしてお前が面倒を見るんだ」
「最初にご指名頂いたからかな。まあ、狂王ならいいチェスの相手にもなりそうだし、何より役に立つじゃないか」
「役に立つ!?狂王だよ!?すべての国を戦火に巻き込んだあの狂王!分かってるの君」

絵本や小説、悲劇、喜劇などあらゆる分野で題材とされるほどの人物です。

「白の騎士、俺を馬鹿にしているのか?」
「え!?そんなつもりはないよ!」

思わず低い声でそういった帽子屋に、白の騎士は慌てて首を振りました。
帽子屋の頭の良さを嫌というほど毎日目にしている白の騎士が帽子屋を馬鹿になんて出来るわけがありません。

「歴史というものは恐ろしいと思わないか?私達は残された書物や、口伝だけで過去を知ったつもりになってしまう。それらの内容が真実だったのかどうか、考えることもせずにな。だから私達の知るその物語が本当かどうかなんて、今では狂王以外は知らないことだ。V.V.のハートのかけらと、今回の誘拐騒ぎに関してもな」

ずずっ、と味噌汁をすすりながら帽子屋は意味ありげにそう口にしました。
その声はいつもより低く、威厳があり、一人称が私に変わっています。
ゼロモードで話し始めた帽子屋に3人の視線が集まりました。

「怖いな帽子屋は。何をどこまで知っているのかな?」

狂王は箸を止め、じっと帽子屋を見つめました。

「さあ、どこまでだろうな?・・・そう、例えば、昔V.V.のハートを傷つけた男がいた。それに気づいた別の男が、遠くに捨てられていたハートの欠片を見つけ出し、戻った時には既にV.V.はコードを手に入れていた。可哀想にその男は拾った欠片を手に現れたことで犯人だと認識された、とかな?ハートとは命そのもの。損傷しただけではなく、欠片を奪われた時点でV.V.の命は秒読み段階だったはずだ。奇跡的にも先代はそんなV.V.を見つけ、その命をつなぐため仕方なくコードを譲ったというが、それが真実かどうか知るのも、今はお前だけだな」

なぜならV.V.の先代は、その後すぐに亡くなっているからです。
ハートのかけらは狂王の部屋で、まるで宝石を扱うように大切に保管されていました。

「へえ?面白い考察だね」

狂王は表情を消し、その瞳をすっと細めました。

「そう、こんな話もある。先月、雪の国の王が倒れ、新たな王が誕生した。まだ幼いその女王に最近南の国の王と、氷の国の王子が求婚をしたそうだ。そしてどちらも断られている。雪の国の先王は争いを好む愚か者だったが、新たな女王は平和主義者だ。それを良く思わない雪の国の大宦官が氷の国の王子と結託した。その女王の従者に重い罪を着せ、その主人たる女王にも罪を背負わせ、その地位から引きずり下ろし、そこで再び氷の国の王子が求婚して彼女を妻に迎えるというくだらないシナリオだ。そして王の居ない国を、大宦官たちが支配する。そんな彼らのシナリオに割って入った男が居たようだ」
「へぇ?何のために?」
「雪の国の女王は、その男の今は亡き妹によく似ているらしい。氷の国でひっそりと生き続けてきた男は、雪の国の女王が氷の国の馬鹿王子の毒牙にかかるのが許せなかった。だから策を練り、大宦官たちを誘惑した。不思議の国の住人である私を誘拐し、危害を加えれば、ハート、白、赤の三国、場合によっては南の国も加わり、雪の国に宣戦布告するだろう。私を誘拐した犯人を雪の国の女王の従者にすればいい。それで女王は責任を取り地位を失うだろう。そのための力を与え、自分もまた力を貸そう、といったところかな?」
「なるほどね。で、君を選んだ理由は?」
「決まっている。私がハートの王と女王の息子だからだ」

その言葉に、白の騎士とバンダースナッチは目を見開き、驚きの声を上げました。

「なんだ、お前たち知らなかったのか?」

チェシャ猫が呆れたような目で白の騎士とバンダースナッチを見ました。これは不思議の国では有名な話なのですが、そういえば白の騎士は元々異国の少年で、バンダースナッチはろくに教育を受けていない上に友達もいなかったことを思い出しました。

「更に言うなら、白の王は私の姉、白の女王は私の妹だ。赤の王は2番目の兄で、南の王は長男だな・・・とはいえ、白の姉妹以外私も含め全員母親は違うが、父はあの男だ」

ハートの王となり、女王を妻としてからの子は帽子屋と白の女王。それ以外の兄妹は、V.V.を傷つけた犯人を探すという名目で各地をさまよっていたときの子供でした。ある意味恥とも言える内容なので、何も知らないであろう二人に、帽子屋は苦い顔でそう教えました。
実は他にも腹違いの兄弟はいるのですが、これ以上教えるつもりはありません。
言われてみれば帽子屋はハートの女王によく似ています。その瞳の色はハートの王と同じ色でした。

「兵に守られているわけでもなく、騎士がいるわけでもないからな。ギアスがあるとはいえ、誰よりも誘拐しやすいだろう?それに俺に何かあれば両親も兄妹も動く可能性はある。だから俺を選んだ」
「確かにそれが目的なら、君は最適だね。で、それでどうするつもりだったと思う?」
「雪の国に腐った大宦官は必要ない。だから彼らを雪の国から追い出し、私欲の為に戦争を行おうとした氷の国の王族も裁かれるよう策を練った。そのための準備を氷の城でしていたが、バンダースナッチの脱走で一手遅れ、白の騎士を招き入れたことで全て崩れたというところか。とは言えその策が成功しても失敗してもすべての罪は狂王がかぶることとなる。なぜなら、成功しても氷の国は狂王の命令で雪の国の女王を罠にはめようとした、というシナリオが用意されていたからだ。そうすることで氷の国の王家は罰せられ新たな王に変わっても、国自体が罪に問われることはなくなる。まあ、こんな方法しか取れない自虐的で愚かな王がいるとは、俺も思わなかったよ」

ニコリと笑いながら話す帽子屋に、狂王は苦笑しました。

「成る程ね。噂と違い随分と怖い人だね君は」
「これはこれは、狂王から褒め言葉をいただけるとはな」
「褒めたつもりはないよ。そして君の考えは全て間違っている。勘違いもそこまで行くと面白いね」
「まあ、そういう事にしておいてやろう。・・・どうしたんだ皆、もうお腹がいっぱいなのか?半分も食べていないじゃないか」

狂王との話が終わった帽子屋は、同じテーブルで食べている他の三人にそう言いました。口に合わなかったかと、どこかしょんぼりしているように見えます。

「え?あ、いや、食べるよ!全部食べるし、おかわりもするから!」
「そうか?なら冷める前に食べてくれ」

そう言うと、全て食べ終わった帽子屋は食器を手にキッチンへ移動しました。
その姿を思わず見つめていた4人のうちチェシャ猫はすぐにその視線を狂王に向けました。眉根を寄せ、鋭く細めたその視線は、まるで相手を値踏みしているようにも見えました。

「・・・おい狂王。狂王の狂は狂言の狂なのか?自国の民でさえ虐殺する狂った王という意味じゃなかったのか?」

眉を寄せながらチェシャ猫は、美味しそうにお茶をすする狂王に訪ねました。
狂王はお茶を飲んでいるから答えられないと、チェシャ猫の問を無視します。

「ゴメン、僕全然意味がわからないんだけど、どういうことなの?」

白の騎士は困ったような顔でチェシャ猫を見ました。

「僕もわかんないよぉ。狂王は悪い人なんでしょ?僕だって怪我したし」

困惑した顔でバンダースナッチもチェシャ猫を見ます。

「それが真実とは限らないということだ。全ては狂言。つまりは嘘で、狂王の、あるいは狂王に罪を擦り付けた者の作り話だと帽子屋は言っているんだ」
「は!?でも僕も帽子屋も本気で殺され掛けたんだけど!?」

鋭利な刃物が降り注ぐ場所を駆け抜けた白の騎士は、殺気を頼りに生き延びたのです。あれが嘘だなんて到底信じられませんでした。

「本気で殺すつもりでやらなければバレるだろう。あくまでも狂王は悪、諸悪の根源でなければならない。・・・どういうことだ? 何でそんなことをする必要がある」

チェシャ猫と白の騎士、バンダースナッチは椅子から腰を浮かし、狂王に詰め寄りました。ほうっ、と息をつき狂王はほうじ茶を飲み終わると、食器を手に立ち上がります。

「だから言っているだろう?帽子屋の妄想で、その話は全て間違えているって。僕は歴史に名を残す最悪の王、狂王だ。それが真実だよ。ごちそうさまでした」

三人をするりとかわすと、狂王は食器を洗う帽子屋の元へ自分の食器を運んでいきました。狂気の王がすることとは到底思えません。

「ねえねえ、どっちが本当なの?狂王は人を虫けらのように殺す狂気の王?それとも自分を悪に見せている狂言の王?」
「私に聞くな!ああ、もう訳がわから無いぞ!ああ、イライラする!!」

帽子屋がカンや予想だけで話すはずがありません。必ず確証があるはずです。とても信じられませんが、信じるしか無いのです。万が一何か合っても帽子屋もチェシャ猫もハートの王もコードがあるため、狂王を封じることは可能です。もう考えるのはやめたとチェシャ猫は浮かせていた腰を椅子の上に降ろすと、落としていた箸を手に取り、パクパクと勢い良く食事を再開しました。

「帽子屋!おかわりだ!!」

チェシャ猫は空になったお茶碗をキッチンに居る帽子屋へ向けます。

「はいはい。ほら、よこせ」

帽子屋はその茶碗を受け取るとお米を山盛りによそい、チェシャ猫に渡しました。
洗った皿を拭いている狂王は苦笑しながらその様子を見ています。
その姿はとても穏やかで、歴史に語られる狂王と同一人物には見えません。

「僕もお代わり」

白の騎士もそう言ってお茶碗を差し出します。
帽子屋は僕が守ればいい。今まで以上に彼の傍から離れないようにしないといけないなと、白の騎士は頷きました。もう頭が追いつかないので、ごちゃごちゃ考えるのをやめたようです。

「あ、僕も!!」

バンダースナッチもお茶碗を出します。
なんだかよくわからないけど、チェシャ猫と一緒に帽子屋を守るから大丈夫かなと判断したようです。

「わかったから、そう急ぐな。喉をつまらせるぞ?」

悩みがなくなり勢い良く食べ始めた始めた三人に、笑いながらお味噌汁をよそい、お漬物も追加しました。

「随分と甲斐甲斐しいね。甘やかし過ぎじゃないかい?」

給仕を終え、洗い物の続きをしに戻ってきた帽子屋に、狂王は楽しげに言いました。

「どこかの王様ほどじゃなさ。で、この後一局どうだ?」
「いいね。君なら楽しめそうだ」
「そうだな、なにか賭けをしよう。俺が勝ったら真実を話してくれないか。まずは今回の答え合わせをして欲しい。出来れば雪の国の話から聞きたいところだ」
「では僕が勝ったら、どうして王となる道を捨て、一市民としてこの国に暮らしているのか聞いても?それともお茶会をしている理由がいいかな?バンダースナッチと僕を手元に置く理由も聞きたいところだ」
「なるほど、嫌な所を突いてくるな」
「お互いにね」



この日から、帽子屋のお茶会には帽子屋の手伝いに銀髪の青年が加わりました。
不思議の国の住人は、嘗て狂王と呼ばれたその青年を警戒していましたが、人の噂も七十五日というように、ゆっくりとですが狂王は人々に受け入れられていきました。
そして狂王の素顔を知り、人々は気づきます。

---狂乱の時代と呼ばれた頃に生まれ、氷の国の王となり、やがて狂王となり世界を混乱に陥れた人物で、各国が協力し、狂王を氷の山へと追い払いました。その後狂王の姿を見たものは居ません。狂王から開放された世界は歓喜に湧き、戦争は終わったと言われているのです。---

そう、狂王が生まれる前から続いていた狂乱の時代も、この時終わったのです。

小さな争いはありますが、この世界は戦争もなく平和な日々が今も続いていました。

「とはいえ、俺の監視下にある以上二度と馬鹿げたことはするなよ?自分を犠牲に平和をなんて、狂気の沙汰としか言えないからな。いずれハートの王からコードを受け継いでもらうのだから、その考え方は改めてもらう」
「わかっているよ。今後は他人も頼るよう努力する。ああ、君に相談すればいいのか。ハートの女王と赤の王も相談相手に良さそうだ。でも君は僕に似ているから、僕にやるなというなら、君もこんな手で平和をなんて考えないようにね?君は僕以上に悪となる素質があるんだからさ」
「俺が?まさか。自己犠牲など、俺には無理だよ」
「本当かなぁ?今日こそ勝って君の口を割らせてみせるよ。負け続けは流石に格好悪いしね」

そう言いながら
帽子屋は黒のキングを。
狂王は白のキングを。
チェスの盤面に置きました。


不思議の国は今日も平和です。




狂王によるゼロレクイエム。
15話を書き終わってもオチが思いつかなかったとはいえ、強引すぎたかな。
そして帽子屋はそんな狂王を愚かだとバカにすると。
ゲームやったけどライのイメージあやふやすぎて、一人称僕なだけでかなり適当になりました。スミマセン。

17話