見えない鎖 第16話


私は走っていた。
時折振り返り、背後を伺いながら、ただひたすら足を動かす。
近くの廃ビルの影に隠れ、息を整えながらそっと後方を確認する。
誰もいない。
巻いたか。
私はホッと息をつき、視線を前に向けた。

「いい加減、逃げるの止めないかなC.C.」

そこには先ほどまでいなかったはずの人間。
その姿に私は思わず息を呑んだ。
そう、目の前には、息1つ切らしていない体力馬鹿、枢木スザクがいた。

「お前、いつの間に・・・ああもう鬱陶しいぞお前!いい加減諦めろ!!」
「諦めるのはそっちだろ!何時まで続けるつもりだよこんなこと。君の死にたいという願いは僕が叶える。だから頂戴、ギアスと、そのコード」

スザクはそう言いながら、一歩前へ足を踏み出した。



結局、あの後一度解散し、V.V.をどうするか私はルルーシュと話し合った。
結果、私はルルーシュからコードを返してもらい、不老不死となった。
そして、ルルーシュはV.V.のコードを奪いとった。
V.V.のギアスが再び現れたのを確認し、残虐な手段ではあるが、コードを奪われないためにその両眼を。
命は取らない。だが、ナナリーの目と足を奪ったのだから、その代償は払ってもらった。
ギアス嚮団の研究で、ギアスの宿った瞳を失えば、ギアスが使えなくなることは証明されていた。
たとえ義眼を埋め込んでも、その力は二度と手には入らない。
マリアンヌを通し、V.V.をトウキョウ政庁においてきたことをシャルルに伝え、シャルルが手を打つ前に私達はナナリーとスザク、カレン、咲世子を連れ学園を後にした。
ミレイ達とは連絡をとってはいるが、此方に巻き込む訳にはいかない。
あくまでもルルーシュはゼロとして動く意志を変えなかったのだから。
スザクはゼロを続けるというなら、自分を側に置くことを条件として出した。
自分が、ルルーシュとナナリーを守ると。
その辺の話は、カレンと衝突し、未だ言い争っている状態であった。
ミレイ達は学園理事長であるルーベンを主軸とし、彼らのやり方で反皇帝派として動き出した。
あの洗脳報道以来反皇帝派は増え続け、黒の騎士団へ入る主義者も増えた。
ブリタニアを含む各国の調査で洗脳の事実が確認され、今ブリタニアは国内でもテロが起き、侵略戦争どころではなくなっていた。
当然各エリアも動き出している。
ただし、ブリタニア軍を、ブリタニア人を追い出せという流れではなく、そこに住むブリタニア人、ブリタニア軍と協力し、本国へ圧力をかけ続けているのだ。

敵の敵は味方。

洗脳を容認し、人の尊厳を奪った皇帝を敵とし、人々の意志は1つとなっていた。
だが、未だ洗脳された者達は皇帝の意のままに動く奴隷兵のまま。
そして、皇帝の命令に従い、自国の民と戦い続けている。
多くの兵が捕らえられ収容所に入っているが、未だ彼らを救う手段は見つかってない。

「その手足は見えない鎖に繋がれ、その鎖の先を皇帝が握っている。自らの心を作り替えられた奴隷の兵士たち。彼らを開放するためにも、シャルル皇帝をその玉座から引き下ろす必要がある・・・か。最近良く目にするな、この表現」

私は新たな隠れ家で、暇つぶしに見ていた新聞をナナリーのために音読しながら、そうつぶやいた。

「そうですね。先ほどラジオでも耳にしました。見えない鎖を断ち切る方法を各国で協力し探していると」
「鎖というのは奴隷というイメージから来るものだろうな。俺とC.C.のギアスが残っていれば、スザクのように複数のギアスにかかった状態を作れたから、ギアスが不安定になることを利用する手もあったが」
「それはリスクが大きすぎただろう。私達のギアスは強力すぎた。・・・まあ、ギアス嚮団は既に抑えているのだから、弱い能力のギアスを掛けてみるのは手かもしれないが」

今、内乱などでシャルルが教団にまで手を回せない状況だったことが幸いし、コードを持つものを嚮主と崇めている教団員は、私達が遺跡を通じ姿を現し、ルルーシュがV.V.のコードを継承し、新たな嚮主となった事で、此方の手中に落ちた。
今は場所を日本国内に移動させ、ギアス解除の研究をさせているところだ。
研究資金は、ブリタニアの混乱に乗じ、ルルーシュが皇族関係者の資産をいじり、大量に手に入れたらしい。
その上運用も始めたため、今後資金不足になることはないそうだ。

「ちょっとまった!今、俺とC.C.のギアスが残っていればって言ったよね?C.C.のギアスはどうしたの?」

咲世子と共に荷物の片付けをしていたスザクは、ルルーシュにそう聞いた。

「ああ、C.C.はまた不老不死に戻ったんだ」
「ええ!?なんで!?」
「私が不老不死に戻ったことがそんなに意外か?仕方が無いだろう、V.V.をそのままにしておけなかったんだ。どうせなら馴染んだコードがいいから、ルルーシュから返してもらった。だから今ルルーシュはV.V.のコードを持ってる」
「ええええ!?まって、V.V.も不老不死だったの!?」
「言ってなかったか?」
「聞いてない!聞いてないよそれ!じゃあ、不老不死なのはルルーシュだけじゃないって事!?」

複数人いるってことなの!?

「ああ、今は私達二人が不老不死だ」

その日以降、スザクは事あるごとにC.C.につきまとい、コードを強請るようになった。
だが、死を望んでいたはずのC.C.は、どうせだからもう少しルルーシュに付き合うと言ってスザクに明け渡すことはなかった。

「ああ、それで説得相手をC.C.からルルーシュに変えたわけね」

納得したわ。
カレンは呆れながら、賑やかなその場所を見つめた。
ここは黒の騎士団本部のゼロの私室。
そこにはC.C.、カレンがソファーに座っており、ゼロの執務用の机にゼロの衣装を着たルルーシュとスザク、ナナリーがいた。
ここ数日よく見る組み合わせだ。
・・・まあ、元々あの三人はよく一緒にいるのだが、この前までスザクがC.C.を追いかけ回していたため、今のスザクの位置にカレンが居ることが多かった。
だが、今はルルーシュ・・・ゼロからスザクは離れず、四六時中つきまとい、説得をしているのだ。
ギアスが欲しいと。
C.C.からコードを受け取ると。

「いいのか?お前はあれに参加しなくて」

ゼロを守るのは私だ!って何時もスザクと争ってるだろ?

「・・・わからない。でも、スザクとナナリーちゃんに勝てる気がしないのよね。C.C.こそいいの?ルルーシュがスザクの説得に折れてギアスを貰っちゃったら、そのコード、スザクに取られるわよ?」
「ああ、問題ない。スザクもナナリーもまだまだ甘い。アイツの事も解っていない。私に勝てるはずはないさ」

ニヤリと笑うC.C.は、まあ見ていろとカレンに言った。

「ルルーシュ、C.C.は死にたいと願うほどつらい目にあってきたんだ。今は皇帝の馬鹿な計画を阻止するために再び不老不死になったけど、本当は辛いはずだよ。彼女を開放してあげよう。」
「だがスザク、そのためにお前が不老不死になるなど」
「僕は君と一緒なら不老不死でも構わないよ。今まで自由に生きられなかった分、羽を伸ばせていいじゃないか。ね、ルルーシュ」
「スザク・・・」
「お兄さま、私もC.C.さんは開放してあげるべきだと思うのです。だからギアスを私に。お兄様と一緒にいられるのなら、私はそれで幸せですから」
「ナナリー・・・」
「駄目だよナナリー。君にはちゃんと人として幸せになって欲しい。それに僕が不死になれば、ルルーシュと君を守れるよ」
「ですがスザクさん、不老不死はとてもつらいとお聞きしました。父と叔父が犯した罪。そしてお兄様が背負う罪。私も共に背負います」
「スザク、ナナリー・・・」

真剣に交わされる会話。
カレンはやはりあの中に入り込めないなと嘆息しながら見つめていた。
そんな様子を、C.C.は口元に笑みを浮かべながら見ていた。
それは勝者の笑み。

「駄目だな。やはりあいつらには無理だ」
「どういうこと?」
「いいから見ていろ。きっとアイツはこう言うぞ?お前たちはなんて優しいんだ。とな」
「え?」
「最終的にはこうだ。俺を不老不死にしたのはC.C.だ。あいつには俺を巻き込んだ責任があるとな」

まあ聞いていれば解る。
そう言いながら、C.C.は奥にあるキッチンへ姿を消した。
カレンは半信半疑のまま再び三人のやりとりに耳を傾けた。

「スザク、ナナリー。ありがとう。お前たちは本当に優しいな。C.C.の事をそこまで考えてくれるなんて。C.C.の願いを叶えるために自分を犠牲にしようなんて・・・」
「ルルーシュ。犠牲だなんて思っていないよ。言っただろ?君を守ると。ゼロも、ルルーシュも僕が守るよ。そのためにコードが必要なら喜んで受け取るだけだよ」
「スザク、俺はお前にも幸せになってほしいんだ。ナナリーと共に」
「お兄さま。私の幸せはお兄様とともにあります。それに、お兄様の果たせなかった契約を、妹の私が果たします」
「ああ、ナナリー。ありがとう。不死となっても、俺はお前とともに居るよ。お前が望む間ずっと。・・・スザク、ナナリーを任せられるのはお前だけだ。だからお前はナナリーの傍にいて欲しい」
「大丈夫だよ。君と一緒に、ナナリーを守るから」

これ、C.C.に勝ち目があるのかしら。
足と目が不自由で、誰よりも幸せになってほしい。
そのナナリーが選ばれる確率は低い。
どう考えてもスザクの勝ちだ。

「・・・いや、駄目だ。お前たちを不老不死の地獄になど!」
「でも、C.C.は今まで苦しんできたんだよ」
「だが、俺を巻き込んだのもC.C.だ。聞けば開戦前から俺にギアスを渡すつもりだったという。ならば、責任を取らせるだけだ。安心しろ。今すぐには無理だが、必ず誰も犠牲にせず、不老不死を消す方法を探しだしてみせる。それまでの間C.C.には我慢してもらうさ。問題はないだろ?C.C.」

そのルルーシュの言葉と視線で、私は後ろを振り返った。
そこには冷凍のピザを温めてきたC.C.が立っていた。

「ああ、構わないさ。いずれ終りが来るというのであれば、急いで死ぬ必要もない。お前が死ぬ方法を見つけ出すその日まで、一緒に生きてやるよ。そしてその時がきたら共に死ねばいい。それに言っただろう?私だけは何があってもお前のそばにいると」

淡々とした声音でそう言いながら、C.C.はいつも通りあつあつのピザを口に入れた。
まるで当たり前のように。
一切の感情を感じない声音で。
三人に背を向ける形で席についたC.C.は、な?言ったとおりだろう?と言いたげに口元に笑みを浮かべた。

「連れがあの男なら、永遠の生も悪くはないと思わないか?」

ああ、スザクが彼女に勝つのは大変ね。
このままだと勝者はC.C.。
スザクもナナリーも時間切れで終了だ。
だがその時が来るまで、スザクは粘り続けるだろうし、もしかしたら他のコードを見つけ出すかもしれない。

ブリタニアの崩壊が始まった今、平和な時代は近くまで来ているはず
争うの無い、戦争のない世界としたい。
それがゼロの願い。

ルルーシュとC.C.。
不老不死という名の見えない鎖で現世につなぎとめられた二人。
その二人のうちの一人となるために。
あるいは三人目となるために。
此方の争いは当分続きそうだ。

やっぱり私には入り込めないな。
カレンはそう思いながら、C.C.の皿からピザを一切れ拝借すると、パクリと食べた。


15話