キョウソウキョク 第10話 |
一騒動あったあとは和やかな空気での食事は進んだ。 美味しい料理と、面白い話を の最中、ユフィはふと、正面に顔を向けた。 華やかな笑顔で笑っていたはずの彼女は、その顔をこわばらせた。 そして突然悲鳴を上げ、ユフィは立ち上がった。 青白い顔でわなわなと体を震わせている。僕は立ち上がるとすぐに彼女の体を支えた。 どうしたのだろうと、皆が彼女の視線の先を見るが、そこはこの食堂に面した大きな窓があるだけで、特におかしなものは・・・。 「なんだ、あれ」 リヴァルが震える声で、窓を指さした。 僕はユフィをあーにゃに任せると、ジノとともに窓の傍へ近寄った。ジェレミアと、興味津々という顔のロイドも後に着いてきた。 先ほどまで何も無かった大きな窓ガラス。 そこに徐々に文字が浮かび上がってきたのだ。 それも、日本語で。 死ね そう、書かれていたのだ。しかも1つではない。時間の経過とともにガラス面に文字が浮かび始める。窓ガラス一面に同じ文字が並ぶ。 まるで波紋のように隣の窓からも文字が浮かび始めた。 ヒッと、誰かが短い悲鳴を上げた。 まるで外で誰かが文字を書き込んでいるかのように、透明な窓に白い文字が浮かび上がる。 皆が息を呑んでいる中、場違いなほど明るい声がやけに大きく響いた。 「ふーん。面白いねぇ。セシルくん?」 ロイドは楽しげな顔で、後ろに立っていたセシルに声を掛けた。 「はい。録画しました」 見るとセシルは携帯を手にしていて、今の窓ガラスの変化を録画していたようだった。すごいな、パニックを起こすこと無く冷静に対処するなんて。事前にこうなることを知っていた? 「何だろうねこれ」 ロイドはポケットから手袋を出すと手にはめ、文字が浮かんだ窓ガラスに触れた。すると、すっと文字が消えた。どうやら内側に書かれているらしい。 「ふーん。オーナー、これ、調べていい?」 「・・・え?え、ええ、も、勿論いいです・・・が・・・」 「あ、僕、こう見えても医者なんだ。彼女は僕の助手。専門は人工筋肉の開発だけど、こういう化学反応も大好物」 「か、化学反応、ですか?」 「当たり前だろ?何、君はこれが幽霊が書いたとか妖怪の仕業とか考える口かい?あり得ないよ。こんなことが出来るのは人間だけだよ」 呆れたような口調でロイドはそう言った。 いい暇つぶしが出来たよぉ。と、笑いながらロイドは食堂を後にした。 何か道具でも持ってくるのだろうか?助手のセシルも後について言った。 「オーナー。これに心当たりは?」 「い、いえ、いいえ、あ、ありませんが・・・」 扇は眉を寄せ、困惑した表情で呟いた。その体はわずかに震え、窓から視線を逸らし、声は上ずっていた。これは恐怖か?扇がこの現象を心から恐れていることがわかった。 当然か。自分の経営するペンションの窓にいきなりこんな文字が浮かび上がったのだ。恐れるなという方が難しい。 「まあ、これに関しては彼ら科学者に任せようじゃないか」 ジェレミアはそういうと、席に戻り、ワインを口にした。 「そ、そうですね」 ミレイもまた席に戻り、既に醒めてしまった料理に手を付けた。 「わ・・・私、部屋に戻ります」 顔を真っ青にしてユフィがそう口にした。 その体は震えていて、よほど今の現象が怖かったのだということがわかった。 「じゃあ部屋まで送るよ」 「はい、お願いします」 ホッとした表情でユフィは返事をした。 僕はもう殆ど食べ終わっていたが、彼女は半分も食べてない。でもこの様子だともう喉を通らないだろう。僕は彼女を連れて食堂を出た。 ラウンジを通り、通路を歩き階段を登っていると、後ろから足音が聞こえてきて僕は振り返った。 そこには、あの黒服にサングラスの男、トーレス。 彼は手に何やら荷物を持っていた。先程は持っていなかったものだ。しかも、何故か今は帽子にサングラス、そしてマスクとコートを身につけていた。流石にマフラーは外していたが、その姿は明らかに異様だった。 ユフィもそう思ったのだろう。 僕の腕を掴み、早く行こうと身振りで示すので、僕は後ろにいる男に注意しながら2階へ上がった。トーレスは僕達との間を一定距離開けて移動し、僕とユフィが彼女の部屋である205号室の前で立ち止まると、こちらを気にした様子で僕の後ろを通り過ぎ、こちらをちらりと見た後200号室へ姿を消した。 『・・・気味の悪い人ですね。あの白髪・・・先ほどの男性・・・ですよね?どうしてまた顔を隠しているのでしょう』 不安げにユフィはそうくちにした。 『さあ。疚しい事でもあって、見せられないのかもしれないね』 ということは犯罪を犯した人間か、暴力団絡みか。なんにせよ普通ではないだろう。おとなしく隠れるような素振りをする人間と騒がしく乱暴な人間。2つの異なる性格は彼の感情の不安定さをあらわしているのかも知れない。先ほどの異常なテンションが静まって、今はこの状態。やはり触れてはいけない相手なのだ。 『疾しい事、ですか・・・』 『ユフィ。部屋から出るときは注意するんだよ?何かあったら内線で呼んでね』 『はい。有難うスザク』 ユフィが部屋の鍵を施錠した音を確認した後、僕は食堂に戻った。 ******************** 部屋イメージ 2F トーレス 200 通 201マオ ジェレミア 202 203ジノ ユーフェミア 205 路 206アーニャ 談話スペース 階段 スザク 207 通 208セシル リヴァル 209 210ロイド ミレイ/ニーナ 211 路 212シャーリー/カレン スザクとユフィはトーレス=マオだと思っています。 部屋は違う(向かい)けど、二人共一番端の部屋だったので、同じ部屋だと勘違いしてます。 トーレスのほうが髪が短いし、身長も低く雰囲気も全部違うけど、そう思い込んでいるので脳内補正されています。 ******************** |