キョウソウキョク 第9話


『あらスザク、隣いいですか?』

彼女はそういうと、返事も聞かずに僕の隣の席に腰を下ろした。
その時、ふわりと甘い花のような石鹸の香りがした。髪も先程よりしっとりしているように見える。どうやらお風呂あがりのようで、その頬が桜色に染まっていた。

「お客様、お飲み物をソフトドリンクからお選びください」
「ソフトドリンクですか?食事の前なら食前酒じゃないのですか?シャンパンが飲みたいので、シャンパンをお願いします」
「ですが、お客様はまだ16歳、未成年ですから」

扇は困ったように眉尻を下げ、未成年にお酒は出せないと断ったのだが、ユフィは引かなかった。

「ブリタニアでは飲んでいましたから大丈夫です。シャンパンをお願いします」

ブリタニア国内ではそれで通せても、日本では無理だ。
お酒を出した店側の扇が罰せられてしまう。
僕はユフィをたしなめることにした。

「ユフィ。この国では未成年にお酒を飲ませると、出したお店の人が罰せられてしまうんだ。だからソフトドリンクを飲もう?」
「そうなんですか?」

それなら仕方ありませんと、ユフィは紅茶を選んだ。
扇はあからさまにホッと息を吐き、しばらくお待ちくださいとその場を離れた。

「ユフィ、日本語上手だね」

僕は気になっていたことを尋ねた。
少し発音がおかしいが、それでも流暢な日本語を彼女は話していた。

「昔、私の大好きな人が良く日本の話をしてくれました。彼は日本が大好きで、日本語も上手だったのです。私は彼が好きな日本をもっと知りたくなり、日本語を学んだのです」

それは幸せな記憶なのだろう、彼女はふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。
席はまだ2つ空席だったが7時となり食事が運ばれてきた。
運ばれてきたのは和風御膳。
このオーナーや、あのガラの悪そうな従業員が作ったのだろうか。
働いている人達からは想像できないほど繊細で、見た目も美しい料理の数々に、皆感嘆の声を上げた。
野菜や魚は新鮮でどれも美味しい。量も思ったより多く、女性陣は美味しいけれど食べきれないと笑顔で手を動かしていた。箸を使えない人が多いため、フォークで食べている人が多かったが、皆日本の料理が気に入ったという顔をしていた。ワインを飲んだり、オーナーに進められ日本酒を試したりと、大人たちも笑顔で舌鼓を打っていた。
食べ始めて10分ほど経った頃、食堂に一人の男がやってきた。
ユフィと階段で口論していた白髪の男だった。

「あー、やっぱりご飯の時間だったのかー。僕の席、どれぇ?」
「そこの空いてる席に座ればいいみたいだぞ」

ジノが明るく笑いながら空席を指し示した。
食堂の入り口に一番近い席が左右どちらも空いていて、ふ~ん。と、男は礼も言わずに席を見た。片方はユフィの隣だ。だからユフィはこっちに来るなと言いたげに、眉を寄せ、口をへの字に曲げ男を睨みつけていた。男も勿論その視線に気づき、不愉快そうに顔を歪め、ジェレミアの隣の席、つまりユフィの斜め前に座ると、すぐに運ばれてきた食事を口にし始めた。

「僕野菜嫌いなんだよね。今度から僕のに野菜は入れないでよね。気分悪いからさ」

後から来ておいて随分な言い草だ。
その態度に僕の眉間の皺が深くなった。
モグモグと、口に食べ物が入ったまま口を開くし、椅子に片足を立て、肘をついて食べる姿は行儀悪く、視界に入れるだけで不愉快になる。

「お客様、お飲み物はどうしましょうか」

扇は僅かに顔を引き攣らせながら尋ねた。

「飲み物?僕が飲みたそうなもの持ってきたらいいだろ」

そのぐらいしろよと、めんどくさそうに男は言い捨てた。
なんて失礼な態度だ。
僕は限界だと口を開こうとした時、隣に座っていたユフィがガタンと音を立てて立ち上がった。

「なんて失礼な!いい年をして行儀よく出来ないのですか!?まずは足を降ろし、肘を着くのをやめなさい!」

ユフィは上から目線で男に命令をした。
男は不愉快だと言いたげに、顔を歪めユフィを見た。
気持ちはわかるが、そんな命令口調で言っても逆効果。
皆そのことに気づいているし、彼の食事ペースは早そうなので、放置し、さっさといなくなってもらうのが一番なのだ。
まあ、正直僕も彼の態度の悪さに文句を言おうと思ったし、先に彼女が叫んだことで、冷静になれただけだにすぎない。だから、彼女が叱りつけたことに対しては何も言えないのだが、彼女やり方は火に油を注いでいるだけで、この状況を改善するどころか悪化させるだけだった。

「うるっさい女だなホントに。僕になに命令してんだよ」

男は注意されたことが気に入らないと、ますます行儀の悪い格好となり、ぺちゃくちゃとわざと咀嚼音を鳴らしながら食べ始めた。

「やめなさいと言っているのがわからないのですか!」
「理解ってないのはアンタだよ。何で僕が命令聞くと思ってんのさ。自分にペコペコ頭下げてる奴らと一緒にしないでよね。彼らだってそれが仕事だからいうこと聞くだけで、そうじゃなかったら、お飾りで無能な主人の命令なんて聞きたくもないんだよ!」
「なんて失礼な!!」
「失礼なのはお前だよ!!親の地位ひけらかして命令すんなよ!」
「ひけらかしていません!」
「じゃあ無意識で僕を見下しているわけだ。最っ低だね」

ガチャンと音を立てて箸を皿の上に落とすと、男は食堂を後にした。

「お待ちなさい!まだ話は終わっていません!!」

ユフィがそう叫ぶが、バタンと音を立てて扉が閉まり、部屋は一瞬で静まり返った。

「全く、なんて失礼な人なのでしょう!!」

ユフィは眉を寄せ、怒りを露わにしながら、席についた。
扇はぐちゃぐちゃになっている男の食べ跡を手早く片付け、申し訳ありませんでしたと、ペコペコと頭を下げた。
悪いのはあの男なのだが、扇は皆の気分を害してしまったことをひたすら詫びた。

「貴方が謝ることではありません。あの男性が全部悪いのです!」

ユフィはそう口にしたが、それはどうかな~。という声が聞こえた。

「まあ、確かに今のはあの人が悪いのは間違いないわよ。見てて気分が悪くなる食べ方とか、行儀の悪さとかね。でも、貴方も十分悪いわよ、お嬢さん?」

そういったのはミレイだった。

「私がですか?どうして私が悪いというのですか!?」
「気づかない?貴方、ものすごく上から目線で命令してたでしょ?あれは駄目よ。私でもカチンときちゃうわ」
「私は命令などしていません!」

不愉快だと言うように、ユフィはミレイを睨みつけたが、ミレイはカラカラと笑いながらその怒りを流した。

「してる、命令」

アーニャは怒りを顔にのせるユフィを写真に残した。

「まあ、しているな。私も貴族と言われる家の出ではあるが、そこまで命令口調で人に接することはしない」

ジノもまた、困ったような視線でユフィを見た。こんな態度で外の人間に接すれば、家の名前に傷がつきかねない。
ここにはジノ、アーニャ、ロイド、ジェレミアと貴族が揃っているが、皆一様に呆れたような視線をユフィに向けており、ユフィは辺りを見回し、その視線に気がついた。

「そ、そんなこと、ありません。ね、スザク」

ユフィは同意を求めるようにスザクを見た。

「ユフィ、僕言ったよね。人の考えはそう簡単には変わらないから、一番いいのは関わらないことだって」

特にああいう人種は。

「そ、それは・・・」
「ユフィ。君は命令口調で話をする癖があるみたいだね」
「そんなこと・・・」
「さっき欠点を認めろって貴女言ってたわよね?その貴女が自分の欠点を指摘されているのに、それを否定するのなら、さっきの男性と同じレベルってことなのよ」

ミレイはとどめを刺すようにそういうと、「あーこれ美味しいわ!」と、料理を食べ始めた。

「会長、このプリンみたいの、まじ美味いっすよ」

リヴァルもこの空気を払しょくするため、その言葉に乗った。

「え?これプリンじゃないの?デザートだと思ってたわ」
「それ、茶碗蒸しです」

カレンは、「あ、ほんと美味しい」と口にしながら説明をした。

「茶碗蒸し?」
「蒸焼きした卵料理です。甘くないプリンって言ったほうが解るのかしら?」
「ん。ホントだ、プリンに見た目似てるけど、違うわね。美味しい」

アッシュフォード組が賑やかに食事を再開したため、大人達とジノとアーニャもまた楽しい食事を再開した。
僕はしょんぼりと俯いているユフィに視線を向ける。

「ユフィ。そんなに落ち込まなくてもいいよ。親が地位を持った裕福な家で生まれて、周りは皆使用人。そんな環境で育つとね、勘違いするんだ。自分の言うことは正しい、自分が言えば、皆従ってくれるんだってね」
「私は・・・そんな・・・」
「気づかないんだよ、そういう場所にずっといたから。僕もそうだった。世間知らずだったんだよね。皆が僕の言う事を聞いたのは、父さんが偉かったからなのに」
「あー、それ、私にも覚えがあるな。初めてこっそり家を抜けだして、外で楽しそうに遊んでる子供に混じろうとした時に知ったんだ」

話を聞いていたのだろう、ジノも懐かしそうに言った。
親の庇護下を出て初めて知ること。でもこれは普通なら社交界に連れだされたり、同年代の子どもと接する機会・・・そう、学校に行くようになれば自然と気がつくことなのだ。でも、おそらく彼女は学校には通わず、家庭教師がついていたのだろう。だからこの年まで自分がどれほど偉そうに振舞っているか気づけなかったのだ。

「大丈夫だよユフィ、僕達も昔はそうだったから。この機会に、さっきの話の何がどう命令口調だったか、一緒に考えてみようか」

彼女の緊張をほぐすため笑いながら話した僕の言葉に、ユフィは恥ずかしそうに頬を染め、はい。と返事をした。





ミステリーもどきだから
火に油を注いで、争いのきっかけを作っておく。
絶対にユフィとマオは犬猿の仲になると思うんですよ。
スザクとユーフェミアの中ではダリオ・トーレス=マオ


座席イメージ

ニーナ  |  |シャーリー
ミレイ    |  |カレン
リヴァル |  |ジノ
セシル  |  |アーニャ
ロイド   |   |スザク
ジェレミア|  |ユフィ
マオ   |   |空席
        ↑テーブル
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