黒の至宝 第1話     

そこは貴族が住む高級住宅街だった。
庶民では立ち入ることも許されないそこに忍び込めたのは運が良かった。
目的の場所はすぐに見つかった上に、その向かいには自然公園。
ああ、きっと今日は一生分の運を使い切るのかもしれないわね。
そのぐらい幸運が続いている。
静かで、人通りも殆ど無いその場所に隠れ、私たちは息を潜めた。
1時間経ち、2時間経ち、次第にイライラとした空気が辺りを包む。

「その情報、本当に確かなんだろうな?」

カメラを構えながら、隣にいる男が話しかけてきた。

「確かな情報よ。ほら見て、ようやく警察の到着よ」

遠くから静かに警察車両が近づいてくる。それも1台や2台じゃない。
間違いなく、何かある。
豪華な邸宅の門が重々しく開き、次々と車がその中へと吸い込まれていった。
気配を殺し、木々に身を隠しながら、私は少しでも中を見れる場所が無いか探す。
ここに居るのがバレたら私たちも唯では済まないだろう。
でも、もし情報が確かなら、危険な賭けに出る価値はある。

「ブリタニアの貴族カラレス。黒い噂の絶えない男よね。義賊を謳う彼らなら狙ってもおかしくないわ」

臓器の密輸をしているって噂もあるぐらいよ。
やけにテンションの高い同僚を横目に見ながら私はカメラで門の中を覗った。
レンズを絞り、パトカーから降りた人物に焦点を合わると、可能性から確信に変わる。

「見て。今降りたあの白コート・・・枢木警部よ」

おお!と、同僚が喜びの声を上げた。
白いコートに白いスーツ。白を基調とした衣装と茶色の髪。
若干17歳にして彼らに関わる全捜査の最高責任者となった異国の少年。
ICPO枢木スザク警部。
彼らが現れるところには必ずその姿がある。
反対に枢木警部がいるところに彼らは現れる。

「大当たり・・・ね」

ならば、今日彼の人がここに来るのだろう。


怪盗ゼロが。


自らを義賊と称し、叩けば埃が出る相手から金品を盗み、その一部を孤児院や災害地に寄付している男。
証拠が無いため裁けずにいる悪人が標的の場合は、金品だけではなくその証拠も警察に、あるいはネットで公表するほどの徹底ぶりである。
ゼロに狙われた者の多くは失脚し、二度と表舞台には立てない。
そのため<正義の怪盗><民衆の代弁者>あるいは最新警備システムも無力化させることから<奇跡を呼ぶ男>とも呼ばれた。
盗む際には必ず予告状を出し、時には誰にも知られることなく静かに、時には戦争のような過激さで目的を達成する。
その姿は漆黒の仮面と漆黒の外套に覆われた謎の人物である。

ゼロと共に行動するのは3人。
赤いスーツに身を包んだ赤髪のガンマン。
日本の道着と袴を纏った黒髪のサムライ。
そして緑の髪の謎の美女。
彼ら4人を総じて黒の騎士団と呼ぶ。




慌ただしく動く警察官、そしてその少年の姿は、やがて邸宅の中に消えていった。
予告時間までは分からなかったが、この様子では、もう直ぐなのかもしれない。
緊張し、渇いた喉を潤そうと、ミネラルウオーターをバッグから取り出し、口に含んだ。

「ここからは動きがあるまで交代で見張りましょ」

って、聞いてる?
無駄な体力の消費は避けたい、と同僚に提案してみたが。

「ああ、ゼロっ!まさにカオスの権化!今日こそ、その正体を私に・・・!」

そして私をあなたのお傍に!あなたの専属カメラマンに!
目を爛々と輝かせ、満面の笑みでカメラを構え、荒い息を吐く男を見て、たしかに中身は知りたいが、この男にだけはバレないでね、と心の中で強く思った。
とりあえず、警察に見つからないよう少しテンションを下げて、静かにしてくれないだろうか。荒い息も整えてほしい。
どこからどう見ても変質者のそれである。いや、正しく変質者なのだろう。ゼロ限定の。
気配を殺そうともしないその姿に一緒に来たことを後悔し始めていた。
だが、女一人でここに来る勇気もなかった。
こんなことにつき合ってくれるのは、ゼロの狂信的信奉者であるこの同僚、ディートハルトぐらいしかいない。
・・・ディートハルトに関してはもう放っておこう。あとはゼロが来るのを待つのみ。
今日は運がいい。その運に賭ける。
カメラを持つ手に無意識に力が入る。外気は涼しいくらいなのにジワリと額に汗がにじんだ。
幸運、まだ尽きないでね。大事なのはここからなんだから。




神様。お願いします。
ゼロが現れますように。
そして彼と接触し、彼の協力を得られますように。
神様、どうか。
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2話