黒の至宝 第31話 |
ゆっくりと、意識が浮上していくのが解る。 それまで何も感じられなかった体が、今は鉛のように重く感じられた。 瞼を開けようとしても思う様にはならず、体を動かそうと思っても、指一本まともに動かす事が出来ない。 誰かに名前を呼ばれたような気がしたが、浮上しかけた意識は重く沈んでいく。 再び意識が浮上し、なんとか瞼を抉じ開けたが、視界が霞がかっていて、自分が何処に居るかもわからなかった。 体を起そうと、左手を動かした時、何かに邪魔をされたような感覚が伝わった。 仕方なく右手を動かし、霞がかった視界を何とかしようと、目を擦った。 瞳がなかなか焦点を結ばず、仕方なくそのまま呆けていると、やがて視界に見知らぬ天井が見えてきた。 左手を再び動かそうとすると、カシャリと金属がぶつかる音がしたので、視線をそちらに向けた。 頭の上に投げ出されたような位置にあった左手の手首には、どこかで見たような白いリングが嵌められており、そのリングと繋がっているもう一つのリングが、ベッドのパイプ部分に嵌められていた。 なんだこれは?と、霞がかった意識でしばらく考えていると、ふと、あの時の状況を思い出した。 目の前で自分を庇うようにしていたスザクが手にした物。 そうだ、スザクの手錠!その瞬間、寝ていた意識が一気に目を覚ました。 言う事を聞かない体を無理やり起こし、辺りを見回すと、そこは牢屋でも刑務所でもなく、ホテルの一室のような部屋だった。 開けられたカーテンから覗くのは青空で、今が昼間だと言う事が解る。 「・・・何処だ、ここは?」 左手が拘束されている以上、ベッドから移動する事は出来ない。 この手錠はおそらくスザク専用の電子手錠。 ならばここに俺を拘束しているのはスザクか? まさかゼロであることがばれたか? いや、ならば俺は警察に捕まっているはずで、ここに居るのはおかしい。 まだ反応の鈍い思考をどうにか巡らせていたその時、部屋のドアが開いた。 「よかった。目が覚めたんだね」 部屋へと入ってきたのは、一瞬驚いたような顔をした後、安心したかのような笑みを浮かべたスザク。 「スザク」 「あ、待って。先に手錠外そうか、ちょっと左手貸してね?」 と俺の横まで移動したスザクは、ベッドの横にしゃがみ、俺の手を拘束していた手錠をあっさりと外した。 ベッドの脚からも外し、腰にある専用ケースへ収納する。 「なんで手錠を?」 俺は左手首をさすりながら訊ねた。 「ごめん、びっくりしたよね?でも、僕が居ない間に君が目を覚まして、どこかへ行ってしまったら困るから」 喉渇いたよね?そう言いながら、部屋に設置されている小さな冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出し、キャップを開けてから渡してきた。 まだ力の入らない手で、ペットボトルを受け取ると、そのまま口をつける。 思っていた以上に喉が渇いていたらしく、一気に半分ほど飲んでから、ペットボトルをサイドテーブルに置いた。 スザクは、窓際に設置されていた椅子を、ベッドの横まで運んできて、腰をかけた。 「えーと、君は何処まで覚えてるのかな?あの時の事」 俺は顎に手を当てて、当時の事を思い出した。 「シュナイゼル殿下の副官カノンと、お前が話をしていたな」 「うん、その後は?」 「その後・・・」 カノンが銃を撃うとしたその時、スザクはそれを避けようともせず、俺を背に庇い続けていて。 俺は、はっとなり、スザクを睨みつけた。 「スザク!あの時、なんで避けようともせず、俺を庇うような真似をした!命を粗末にするやつがあるか!」 「ちょっ!それ君にだけは言われたくないよ!僕を庇って撃たれたくせに!!」 命を軽んじたその行為を叱りつければ、俺よりも大きな声で叱りつけられた。 ってまて、誰が誰を庇ったって? 「・・・ねえ君、もしかしてその事は覚えてないのかな?」 心配そうな顔で覗ってくるスザクを見つめながら、庇った、というその状況を思い出した。 「あ、いや。すまない、思い、出した」 命を捨てるようなその態度に腹を立て、疲労で動けなかった事も忘れ、スザクの体を引っ張り、そして。 その後は胸のあたりに、火がついたような熱さと、激しい痛みを感じ、意識が落ちた。 「まったくもう、なんで僕を庇ったりしたんだい?」 「あれは、その。無意識と言うか、反射的にというか・・・」 俺はまともにその顔を見る事が出来ず、顔を逸らしながら、視線を彷徨わせた。 「君が着ていた服は、袋に入れてそこの紙袋に入れてある。流石にあれだけの血で汚れたら、洗っても仕方が無いと思って」 指差した方を見ると、紙袋が置かれていた。 「で、ポケットとかに入ってたのは、そのサイドテーブルの籠の中」 テーブルの上を見ると、携帯や財布などポケットに入れてあった物が入った籠が置かれていた。 その時に、妙な違和感を感じ、俺は胸元に手を当てた。 「撃たれ、たんだよな?なのになんで」 この胸は痛みを感じていないんだ? 俺はシャツのボタンに手をかけ、撃たれたはずのその場所を確認した。 そこにあったのは、撃たれた証拠である弾丸の痕と、そこには無かったはずの、だが見覚えのある赤い紋章。 「なん、だ?これは」 動揺から思わず言葉に詰まり、震える手で傷口に触れた。 この紋章はC.C.の額にあったのと同じ物、だがそれがなぜここに。 そして、この位置を撃たれたなら、俺はなぜ生きている? スザクは僅かに目を伏せながら、静かに答えた。 「こんな事を言って、信じられないと思うけど、君は不老不死になったんだ」 その答えに、俺はスザクの顔を凝視した。 「不老不死、だと?」 「黒の騎士団のC.C.の話を信じるなら、ね。でも、目の前で瀕死だった君の傷が癒えるのを見た以上、嘘だと言い切る事も出来ないんだ」 「詳しく話せ。どうして俺は不老不死などと言うモノになったんだ?」 思わずスザクを睨みつけ、いつもより低くなった声で訊ねた。 「君が解錠した<漆黒の夜明け>とそこに納められていた<常闇の麗人>は、不老不死、C.C.の言葉を使うなら神の使途を生み出すための聖水を作る装置だったんだ」 「不老不死を作る装置・・・?」 人の欲望が最後に行き着くのは、永遠の若さと死なない体。 不老不死になれば永遠の時間が手に入り、自分が望む事を成せる可能性も高い。 何でも願いが叶う、と言うのは、そこから来ていたのだろうか? 「C.C.が箱の最後の仕掛け、君が裏返した太陽を元の状態に戻した時に、箱に納められていた宝石が、七色に光る液体に変わったんだ。そして、それをC.C.が君に飲ませた。信じられない話だけど、彼女は数百年前に自分も飲んだ事があるって言ってたよ」 それはつまり、C.C.が元は人間であったということ。 自分が人であったかすら忘れてしまった魔女は、その液体を目にして昔を思い出したのだろうか。 「僕たちの目の前で、君の傷口は塞がり、止まりかけていた心臓が動き出した。流石にこの状態の君を病院に運ぶわけにもいかなくて、どうにか人目につかないよう僕が運び出したんだ。君、4日間眠り続けていたんだよ?アッシュフォードにも、君の事は話していないから心配していると思う。ごめんね、C.C.は、数日は目を覚まさないだろうと言うし、不老不死に関しては君以外に口外しないよう言われたんだ。下手な人間に知られれば、人として扱われることなく、実験の材料にされてしまうって」 C.C.の話では、普通の人間とは体組織にも僅かな違いがあるらしい。病院に運んだだけでも、下手をすれば研究材料として扱われかねない。 「いや、助かった。ありがとう、スザク」 俺は、あまりの内容に思考が停止しかけていたが、御礼だけはなんとか口にすることが出来た。 「・・・いきなり理解しろ、とは言わないよ。まだ体も動かないだろうし、ゆっくり考えて?」 スザクは心配そうに俺の顔を覗き込みながら、そう言った。 「ええ、C.C.に貴方の体の事は聞いたわ。でも、スザクに貴方を預けるなんて」 ようやく来たルルーシュからの連絡に知らず安堵の息を吐いた。 悪態を突きながらも、嬉しくて声が弾み、笑みが浮かんでしまう。 「私と藤堂さんは、貴方が今いるホテルの向かいのカフェで待機してるから、いつでも迎えに行けるわよ。え?C.C.?貴方に合せる顔がないって、指示だけ出して姿を消したわ」 私は、彼が居る筈のホテルの部屋を見上げながら、コーヒーを口に含んだ。 向かいには、同じく安堵した表情の藤堂が座っている。 藤堂の外見はスーツにサングラスという、ちょっと怖い商売の人に見えなくもないが、私の護衛と考えれば丁度いい。 私はいつも通り病弱設定のお嬢様なのだから。 「それは今アジトに。うん、うん。わかったわ、ちゃんと貴方の洋服も一式用意してるから大丈夫。一度面識のある私が迎えに行けば、アイツも文句は言えないわよ。うん、それじゃあ後で」 私は携帯の電源を落とした。 「藤堂さん、2時間後ルルーシュを迎えに行きます。まだ体が思うように動かないようなので、彼を運んでください」 「了解した。だが、まさか彼がC.C.と同じ不老不死になるとはな」 藤堂はその顔に苦笑を浮かべ、カップを傾けた。 「C.C.は生き地獄に落としてしまったと後悔していましたが、私は嬉しいんです。彼が助かってくれて」 私はコーヒーと一緒に頼んだケーキセットにフォークを刺した。 「私もだ」 藤堂は私の言葉に迷わず同意してくれた。 ケーキを口に含みながら、私はあの日の事を思い出す。 悲痛な表情で、ルルーシュを自分と同じ不老不死と言う地獄へ落としてしまったと、まるで別人のように泣きじゃくる彼女を抱きしめながら、私はその独白を聞き続けた。 彼女が昔人間であった事。教会の聖堂のような場所で、彼女と同じぐらいの年の子がたくさん集められ、その液体を飲まされた事。 本当なら、私が聞いてはいけない内容も、彼女は話し続けた。自ら魔女と名乗り、常に自信にあふれていたその姿からは考えられない内容に、私も藤堂さんも何も言えなかった。 だが、彼女はこう言ったのだ。 それでも、助けたかった。 ルルーシュは私にとっての宝だから、失いたくは無かった、と。 「馬鹿なC.C.。私たちに、不死にした事を責められると思ってるのかしら?感謝しかしないわよ、私は」 「仕方がないだろう。彼女はずっと苦しみ続けているのだからな。ルルーシュ君まで苦しめる事を恐れているのだろう」 あの独白を聞いてしまった以上、彼女の苦しみは痛いほど解ってしまう。 「ああ、それなんですけど、ルルーシュが人為的に作られた不老不死なら、元に戻せる可能性はあるって。だからC.C.が持ってきたあの箱の解析をするそうですよ。なにせこれから時間はたっぷりあるからって」 「そうか、ならば心配もないだろう」 「ええ、そうですね。それに解除方法が解らないようなら、不老不死になる方法だけでも解明してもらって、私も仲間に入れてもらいますし」 「それはいいな。その時は私も是非仲間に入れてもらおう」 あっさりと私の提案に乗った藤堂は、名案だと言わんばかりに頷いた。 先の見えない未来に二人を残す事を、私と同じく不安に思っていたのだろうか? 何せあの二人は頭はいいが、肉体的な能力は私達より遥かに劣る。 自分を魔女と呼ぶ少女は、自分の犯した罪に震えて、まだ泣いているのだろうか。 C.C.は馬鹿だ。 私たちから見れば、貴方は胸を張って、いつも通り偉そうにしていい事をしたのに。 だって、あんな黒い箱と紫の石ころなんかとは違う、私たちの至宝。 紫玉の瞳の漆黒を纏った私たちの主君を貴方は守り抜いたのだから。 「ねえ藤堂さん、ルルーシュを回収したら、さっさとC.C.探し出して、温泉にでも行きませんか?」 ルルーシュはしばらく動けないようだし。と、ふと思いついた言葉を口にした。 「成程、湯治か。ならば今の場所を引き払って、日本へ行くべきだな」 うんうんと頷く藤堂に、やはり温泉入るなら日本ですよね、と私は満面の笑みで答えた。 ほら、不幸どころか、あなたのおかげで幸せな日々が待っている。 さっさといつもの貴方に戻って私たちの処へ帰ってきなさいよ。 私は晴れ渡る青空を眺めながら、魔女の仮面をつけた優しい友の姿を思い浮かべた。 怪盗ゼロを執拗に追いかけるスザク警部 謎の美女C.C.に付きまとい追いかけるマオ 一生好きな時に好きなだけピザを食べたいという願いをしようとするC.C. VS ナナリーを治したいルルーシュ そんなギャグ調の話を書きたかったはずなのに、何でこうなった。 私の中で、書きたかったのはコレじゃない!感がすごくあります。 いつかリベンジしたい。 |