黒の至宝 第30話

「所で枢木警部、貴方よくそれで黒の騎士団捜査の第一人者、なんて言われてたわね。まんまと盗まれた上に逃げられたじゃないの」

カノンは呆れたような口調で、スザクに言った。
その手にある銃はいまだスザクに向けられていた。

「まだ彼らはこの敷地内に居ます。自分が必ず追いついて、捕まえて見せます」

既に捕まっているんだが。と、ゼロとC.C.は思わず心の中で呟いた。

「いえ、もういいわ。貴方は用済みなの」

カノンは受信機を胸ポケットにしまうと、拳銃を両手で構えた。

「黒の騎士団も、アッシュフォードの人間も、貴方も、知ってはいけない事を知りすぎたわ。だから、今後のシナリオは、枢木警部は黒の騎士団の協力者だった。でも、その事が私にばれ、ゼロの手により口封じに殺される。アッシュフォードはその後の調べで、シュナイゼル殿下を皇位継承争いから引きずりおろすため、黒の騎士団と枢木スザクと共謀し、今回の騒ぎを起こした事が判明するの。だから、これからゼロの手で発表される殿下の不祥事は全て仕組まれたものとなるわ。殿下は無実を訴え、アッシュフォードの人間は、殿下の熱意に心打たれて改心し、今回の事件は全て枢木スザクとゼロのシナリオだったと発表されるのよ」

僕はその話を聞いて驚きで目を見開いた。

「そこの彼は、そうね。アッシュフォードとゼロの連絡係とでもすればいいわ。彼もこの場でゼロによって口封じで殺されるのよ。よかったわね?一人じゃ無いから寂しくないでしょ?」

カノンの照準は僕に向けられている。僕1人が狙われているなら銃は怖くない。
だが、この状況は、まずい。
ここで躱せば後ろの彼に当ってしまう。
僕は、カノンに気付かれないように腰に装備しているランスロットを握りしめた。
こうなったら、僕の命は諦めるしかない。
・・・彼を殺させるわけにはいかない。
相手が撃った瞬間にランスロットを投げ、内蔵されている機能である電気ショック、ヴァリスを起動する。
それと同時に、右腕に絡みついているランスロットから救助信号を送れば、信号を辿った部下がこの状況を確認し、僕がカノンに撃たれたことは証明される。そして彼の証言もあれば殿下たちの計画は阻止できるだろう。
僕はゆっくりと息を吐き、目を細め、相手を見据えた。
警戒した僕を見て一瞬その顔に緊張が走ったが、すぐにどうせ何もできはしないと、口元を歪め、カノンはトリガーに指をかけた。

「・・・・っ!この馬鹿が!!」

ランスロットを投げようとしたその瞬間、力強い何かに引っ張られると同時に、目の前に黒い何かが覆いかぶさった。

「・・・え?」

バランスを崩した僕の前に現れた黒い塊は、小さなうめき声を上げると、力なく僕の方に倒れてきた。

「ル・・・ルル!?なんで!!」

慌てて抱きとめたのは、後ろで倒れていたはずの彼で。

「邪魔よ!」

再び照準を合わせようとするカノンに気づき、僕は反射的にランスロットMEブーストの音声認識パスワードと共にランスロットを投げた。

「え!?」

僕の手を離れたランスロットは、多少の軌道修正をした後、すんなりとカノンの手首に嵌り、一瞬カノンの意識がそれた。

「ランスロット04、ヴァリス!」

音声認識パスワードが再度入力され、カノンの手に嵌ったランスロットNo.4は相手を失神させるのは十分な電力を放ち、カノンは短い悲鳴の後、その場に崩れ落ちた。
その様子を確認した後、僕は腕の中の彼へと目を向けた。
先ほどまで赤く染まっていた頬は血の気を失い、純白のシャツが真っ赤に染まっていく。 そこは胸の位置で、この傷は明らかに致命傷だった。

「・・・っ!ルル!ルル!しっかり!いま救急車を呼ぶから!」

僕は彼に声をかけながら、片手を彼の傷に当て、少しでも止血を試みる。
耳に装着したままの端末を操作する手が震えて、上手くいかない。

「まて、今から呼んだところで間に合わない」

後ろから聞こえた声に、僕は慌てて振り向いた。
そこに居たのは黒の騎士団の自称魔女、C.C.

「今は貴様の相手をしている暇は無い!邪魔をするな!」
「お前にも解るはずだ。その傷では助からないと。だから、すこし連絡は待て」

僕は、その時彼女に対して違和感を覚え、思わず端末へ伸ばしていた手を止めた。
覇気のない声音と、血の気が引き青ざめた顔、ふらふらとした足取り。
今が夜で、月明かりの中で彼女をみたら、間違いなく幽霊だと思ってしまうようなその状態に思わず息をのんだ。

「・・・このまま彼を見殺しにしろと言うのか!?」
「違う。これを、使う」

ふらふらとした足取りで、僕の目の前まで来たC.C.は崩れ落ちるかのようにその場に座り込んだ。
その手にはあの秘宝。

「奇跡が、この石に願えば望みが叶うと言うのなら、この坊やに救いを、その命をつなぎとめる力を」

僕は思わず目を見開いた。

「黒の騎士団の君が、手に入れた宝物を一般人のために使うと?」
「なにもおかしくは無いだろう。なにせ義賊なのだから。それより、まだ坊やは死んではいない。ちゃんと止血してろ」

僕はハッとなり、両手で血の湧き出てきている場所を抑えた。
いくら押えても心臓に近いその場所からは止まることなく血があふれ出る。
彼の意識はすでになく、ピクリとも動かなかった。

「・・・っ、願いを叶えるには何か手順が必要なんだ。僕にはその方法は解らない。」
「それなら問題は無い。ゼロは、既に答えにたどり着いていた」

C.C.は蓋が閉まらないよう、蓋の間に服の端を挟むと、蓋の上部に細い針金のような物を当てた。
そこは、彼があの時外した、太陽の位置。

「既に太陽神である天照大神が天岩戸から姿を現した。ならば空には再び太陽が現れなければならない」

C.C.は震える手で装飾を外すと、その形を確認しながら裏返しにし、慎重に嵌め直した。カチリと音を立てて嵌ったその瞬間、漆黒だった箱全体が、夜明けの色を思わせる鮮やかな紫紺に輝きだした。
再び蓋を開けると、箱の中から七色の光が迸った。
今まで以上の輝きと、七色に輝くその宝石の美しさに思わず目を奪われる。

「な・・・こ、これは、そん、な」

美しさに驚いたのとは全く違う、恐怖に震えるような声音に驚き、彼女の顔を覗くと、 その顔は今まで以上に蒼白で、恐怖に目を見開き、その体はがくがくと小刻みに震えていた。

「C.C.?」

あまりにも彼女の様子がおかしくて、僕は思わず声をかけた。

「ああ、そんな、ああ、でも、そうだ、人の、願いの、行き着く先は、ああ、でも、神よ」

震えながらもその宝石から目を逸らすことなく、彼女はその瞳から一筋の涙を流した。

「思い、出した、でも、ああ、でもっ、坊や、私はっ・・・!」
「C.C.!いったいどうしたんだ!」

僕の怒鳴り声に、彼女はびくりと体を震わせ、虚ろな眼差しを僕へと向けた。

「彼を救えないのか?その宝で!」
「・・・救え、る」

彼女はぽつりと呟いた。
その瞬間、宝石はさらなる光を放った。

「・・・え?」

今まで固いダイアモンドであったはずのその鉱石は、その一瞬でパシャリと音を立てて液体へと姿を変えた。
宝石の収まっていたくぼみに、七色に輝く液体が揺れ動き、液体の下には赤い紋章が浮かび上がった。
その文様には見覚えが会った。
ふと、彼女に視線を向けると、彼女の額に同じ文様が浮かび上がり、赤く輝いていた。

「すまない、坊や。お前を私と同じ地獄に送ることになってしまう。でも、私は、ここで、こんな事でお前に死んでほしくは・・・無い!」

C.C.は静かに目を閉じた後、今までの呆けていた表情が嘘のような、強い意志を持つ瞳を開いた。

「枢木、坊やの体を起こせ!」
「え?わ、わかった」

その様子に気押されながらも、僕は片手で彼の傷を抑えながら、もう片方の手で彼の体を起した。
彼女は、彼の口を無理やり開き、その液体をその口の中へと流し込む。

「だめだよC.C.!意識のない人間に飲ませるなんて危険だ」

彼女は僕の制止を聞かず、全て流し終えると、彼の口をその手で押さえた。

「飲み込む必要はないし、万が一肺に入っても問題は無い。体内に入れば、すぐに吸収される」
「・・・どうして断言できるんだ」
「思いだしたんだ。私も昔これを口にしたことを」

ようやく彼の口から手を離したC.C.は、僕に彼の体を横たえるよう言った。
意識のない彼の顔に張り付いた前髪を、C.C.は優しく梳いた。

「何百年も前の話だ。今の今まで忘れていたよ。そう、私は遠い昔人間だったんだ」
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