クロキシ本店営業中 第14話


まずい。
そう思った時には体が動いていた。
C.C.は落ちてくる男を全身で受け止め、その勢いのまま体を地面に叩きつけた。
鈍い音と、声にならない悲鳴が上がる。
咄嗟に手を伸ばしたカレンが、C.C.の着物の裾を僅かに引いてくれたおかげで、幸い頭は打たずに済んだが、痩せていると言っても相手は成人近い男。その全体重を支えたのだ。身動きなど取れるはずがなかった。
背中を強打したせいで、息もできない。
口を大きく開き、無理矢理にでも呼吸をし、激痛を少しでも逃がした。
どうやら、骨が何本か逝っているな。
内臓はどうにか無事のようだが。
うめき声をあげながらも、C.C.は冷静に自分の体を確認した。
何せここで死んだら大変だ。
テレビカメラが回っているのだから。
血はまだいいが、死んだら洒落にならない。
致命的な損傷はなく、どうやら死は免れたなと瞬時に判断し、痛みで飛びそうになる意識をどうにか保ちながら安堵の息を吐いた。
カレンもまた、下敷きになったC.C.が無事だったことで、ホッと息を吐く。
そう、カレンもC.C.も落ちてくるゼロを救う事に手一杯で、それ以上は無理だったのだ。

カシャン

ゼロが身体を起こそうとしたその時、硬質な物体が地面に落ちる音が聞こえた。
それと同時に、辺りがざわめきだす。
その音がなにか悟った瞬間、背筋が凍った。
地面に転がったのは、漆黒のゼロの仮面。
落下の衝撃で、仮面のギミックが作動したのだ。
覆い隠すものを失ったその姿が、衆目の目に曝された。
さらりと流れる烏の濡れ羽のような美しい黒髪に、透き通るような白磁の肌、そしてアメジストを思わせる美しい紫玉の瞳をもつその姿に、皆が息をのんだ。
その姿は、この店の常連であれば誰もが知るもので。
その姿を認識したスザクは、屋根の上で驚き硬直した。

「・・・」

視界が明るくなった事、そして周りの反応で仮面が外れ、素顔を晒した事は否でも理解したのだろう、思考が停止し完全に硬直していた。
さてどうした物かとC.C.は悩んだが、今はなにせ奇妙な状況が当然のように まかり通っているのだから、苦しい言い訳でも通るのではないかと閃いた。
数度大きく呼吸し、痛みを逃した後、その顔に不敵な笑みを浮かべた。

「・・・なんだ。ゼロは居ないはずなのに、どうしたのかと思ったら、今日の影武者はお前だったのか。すまないが退いてもらえるか?」

さすがに重いからな。
C.C.の言葉に、瞬時に意図を察したカレンが動く。

「ほら、ルルーシュ立てる?びっくりしたわよね。こんな所から落ちるなんて、普通は無いもの。怪我は無い?でも何であんたがゼロの恰好してるのよ?」

硬直し、動かない男をカレンが背中から抱き起した。
よいしょっという掛け声とともに、カレンは力なく呆然としているルルーシュを軽々とその場に立たせ「ほら、しっかりしなさいよ」と、その体を支えた。

影武者。

その言葉に、この奇妙な状況なら、まだ誤魔化すことは可能なのか?と瞬時にフリーズから回復したルルーシュが乗ってきた。
まだ力がうまく入らない身体をカレンに支えられながら、口元を覆う黒い布を下げ、その素顔を完全に曝け出すと、困ったように眉尻を下げて、苦笑した。

「ああ、済まないカレン。C.C.、ありがとう、助かったよ。・・・実は、この騒ぎを知ったゼロに頼まれたんだ。バイト代は弾むから、私の代わりに屋根の上でゼロらしく立っていてくれと言われて・・・」
「ああ。じゃあさっきの会話、ゼロの無線からなのね?その仮面ホントに高性能よね」

なんとか自力で立てるようになったルルーシュから手を離し、カレンは落ちた仮面を拾った。
そして仮面の内側を自分に向ける。

「ゼロ、紅月です。ゼロ、ゼロ聞こえますか?あー、今の衝撃で壊れたのかしら?」

当然返答があるはずないが、カレンはそう言って肩をすくめた。
流石病弱の仮面をかぶり続けただけあり、その演技は自然だった。

「ルルーシュ君、大丈夫か?一般人である君に頼むのはやはり無理があったか。だが、体形的に今日は君しかいなかったからな・・・すまない」

近くで聞いていた藤堂も、起き上がれないC.C.を抱きかかえながら話に乗り、ここに居るのはゼロじゃなくルルーシュだとアピールをした。
周りはしんと静まり返っており、流石に無理かとC.C.が思い始めたのだが。

「なんだ、そうだったんだ。僕はてっきり君がゼロなのかと思ったよ」

にっこり笑顔で屋根から飛び降りてきた男はそう言った。
大丈夫?痛く無かった?ごめんね?そう言いながらルルーシュに近づく男を、カレンはけん制する。
これはゼロを守るためではない。
いつも通り学園で行われているルルーシュ争奪戦の延長。
だからスザクには、カレンが邪魔をする事に違和感など起きるはずもなかった。
そんなスザクの反応が呼び水となったのか、周りに居た物は皆納得したという顔でざわめきだした。
なにせこの店の看板娘の一人。
言われてみればゼロも長身細身の男性、体型は似ている。
だからそう言う事もあるのだろう、と好意的な意見が飛び交う。
・・・いいのかこれ。
いや、いけるかもと思ってそう言ったが。
C.C.は内心冷や汗を流した。
見るとルルーシュも、いいのかこれでと困惑した表情でこちらを見てきた。
だが、周りはそれで納得したのだ。
利用するしかない。
腹をくくったルルーシュは、素早くその顔に笑みを乗せた。

「ユーフェミア副総督、どうぞ中へお入りください。副総督がお口にされる料理は、私が用意いたします。」

この店No.1の看板娘がフェロモンボイス全開で・・・いや、シスコンボイスと言うべきかもしれないが、それプラス花がほころぶような笑顔でそう告げたのだ。
ユーフェミアは頬を染め「はい」と、いい笑顔で即答した。
・・・そう、即答だった。
頬を染め、キラキラとした瞳でルルーシュを見つめ返しての即答。
おい、お前、それお前の実兄だぞ?
面影も残ってるだろう。
そう突っ込みたくなったのはC.C.だけでは無かった。
だが、皆口を閉ざし、成り行きを見守る事にした。
見守るしか無かった。
それから1時間後。
黒衣から制服の着物に着替えたルルーシュが用意した、10ブリタニアポンドの炊き込み御前を口にし、ユーフェミアは満足げに政庁へ戻っていった。
どうやら当初の目的は綺麗に忘れたらしい。



はあ。と、ゼロの正体を知る面々は控室に集まり大きく息をついた。

「どうにかなったな」

ほっと息をついたのはルルーシュ。

「いいのかこれで」

突っ込んだのはC.C.

「まあ、いいんじゃない?」

疲れたとカレン

「ルルーシュ君。屋根は危ないから今後は止めるように」

説教をしたのは藤堂

「怪我がなくてよかったよなぁ」

心配してたらしく涙ぐんでいるのは玉城

本当にそうだと皆頷いた。
何せ頭から落ちたのだ。
C.C.が居なかったら死んでいた可能性が高い。
人一人支えたことでC.C.も瀕死ではあったが、そこは不老不死。
瀕死の重傷だったおかげか、猛スピードで傷は再生し、ついでに日ごろの筋肉痛もきれいさっぱり消え去った。
おかげで体調はすこぶる良い。
無理はしたが、ルルーシュは無事だし、どうにかバレずに済んだから名誉の負傷だ。後で臨時ボーナスをもらえることにもなっているから、ピザも食べ放題だ。
そう、結果的にバレ無かったからいいのだ。
その上ゼロコスルルーシュに、ルルーシュのファンは身悶えし、彼らの脳内ではすでにチビゼロの中身はチビルルーシュに置き換えられていそうだが、まあ何も問題は無い。
ゼロ本人だし、間違いではないからな。
問題があるとすれば、チビゼロの売上は明日から劇的に伸び、品薄になるぐらいだ。

『臨時ニュースをお伝えします』

その言葉に、皆つけっぱなしにしていたテレビに視線を向けた。
またユーフェミアがやらかしたかと警戒したが、今回は全く別物で本当に緊急のニュースだった。

『現在ブリタニア本国で大規模なデモが起き、ペンドラゴン宮殿正門前には多くのブリタニア人が集まっております』

いち早く反応したカレンが、テレビのボリュームを上げ、ルルーシュはノートパソコンを引っ張り出した。

「おいおい、なんだこりゃ」

その数、数万。
民衆が大挙して押しかけている映像が流れ、玉城が驚きの声を上げた。

「どうやらユーフェミアのあの発言で、一般市民の怒りに火がついたらしい」

気持ちは解るが、これは・・・
パソコンで情報収集していたルルーシュは眉を寄せた。

「C.C.」
「わかっている」

これに乗らない手は無い、黒の騎士団を動かそう。
そう思ったのだが。

『シャルル皇帝には退位してもらい、ゼロが皇帝になるべきです!』

という民衆の意見がテレビから聞こえ、ルルーシュはフリーズした。

「・・・聞き間違いか?いや、幻聴が聞こえた気がするんだが」

C.C.は思わず呟いた。

「いえ、私にも聞こえたわ」

カレンも眼を丸くしてつぶやき、見ると、藤堂と玉城も呆然とした顔で頷いた。

『皇族の高貴なる血筋も大切ですが、血税を無駄に使う者が頂点にいては国はうるおいません!』
『庶民的な感覚を持つゼロなら賢帝になります!その上あの美貌!』

頬を赤らめ、熱のこもった表情でそう言った。

「いや、それは否定しただろう」

C.C.が素早く突っ込んだ。

「影武者だって言ったわよね」

カレンは素早く同意した。

『表に出てくるのはあの黒髪の若者で、その参謀に本物がつく。理想じゃないですか!!』

だが影武者という設定に意味はなかった。
・・・そうきたか。
C.C.は顔をひきつらせ、はははは。と、乾いた笑いを上げた。
そもそも、そんな意見が飛び交う場面をニュースで流していいのだろうか。
これは完全に皇族批判なんだが。
此処に映しだされた人間、普通なら全員処罰の対象だぞ?
そう思うのだが、テレビはどのチャンネルもこぞってこの話題を取り上げ、各エリアの政庁もそれに倣えと言わんばかりに人が集まり始めていた。

「・・・なあルルーシュ」
「・・・・・・・・・・なんだ?」
「今すぐに政庁に攻め込んだらどうなると思う?」

もちろん黒の騎士団総力を挙げてだ。
クロキシの売上でKMFは大量に手に入り、資金も豊富。
黒の騎士団への入団者も一気に増えた。
こちらの士気は絶好調なまでに上がり、相手は一気に下がった。

「これは好機だと思わないか?」
「・・・・・・・そう、だな」
「その時は、表に出てるのはお前だぞ?仮面外してな」
「・・・」
「民衆の願いどおり、指示は裏からゼロが行い、お前がゼロを演じる」

まあ何方もお前だが。

「嫌なんだが」

苦虫を噛み潰したような表情でルルーシュは呻いた。

「やってみる価値はあるぞ。ちなみに影武者のアルバイト料は高額だ」

上手くやれば日本が取り戻せるんじゃないか?
その言葉に、ルルーシュは断固拒否の姿勢を見せたが、他の三人は乗り気になった。
・・・そして。
大量のKMFを従えて、黒の騎士団司令官機蜃気楼がトウキョウ政庁に現れた。
コックピットから姿を現したのは当然ゼロなのだが、その顔に仮面はない。
ゼロの影武者(自称)であるルルーシュがそこにいた。
その姿に、トウキョウ政庁に集まった人々は地響きかと思うほどの歓声を上げた。
あまりの盛り上がりに、完全に引いたルルーシュは帰りたくなり、涙目になりながら蜃気楼の中に戻ろうとしたのだが。

「いいからやれ」

中に居たC.C.に追い出され、しかも何やら紙を渡された。
C.C.はルルーシュの傍でマイクを手に立っている。
ぱらりと紙をめくったルルーシュは、その紙に欠かれた言葉を読み上げ始めた。
つまりこの紙はカンペである。
ルルーシュが思考停止した時に備え用意したものだ。
いいから読めというC.C.に促され、ルルーシュはとりあえずその内容を読み上げた。
ちなみに本人にやる気が全く無いため完全に棒読みなのだが、民衆は緊張している姿もまた!と、変な盛り上がりを見せた。

「・・・以上、我々黒の騎士団はトウキョウ政庁を落とし、日本をブリタニアの愚かな皇帝の手より取り戻し、この日本を日本人、ブリタニア人が共に暮らせる平和な国となるよう、誠心誠意真心込めて復興させることをここに誓います」(棒読み)

誰だこの文章考えたの。
藤堂とカレンだ。
なんなんだこれは、スポーツ大会での宣誓か何かか?
体育会系だから仕方ないだろう。
マイクに入らない声で二人はこそこそと話をしているのだが、その姿が不安げにC.C.に縋っているように見えて庇護欲を煽ったとか何とか。
その後黒の騎士団と民衆の手でトウキョウ政庁はあっさり陥落。
ブリタニア軍人も加勢したことで、無血開城となった。
開放された日本のトップには、日本の皇族、皇カグヤを立て、そのバックに桐原が付き、ゼロはサポートという形となった。
そんな調子でいつの間にか各エリアも開放され、ブリタニア本国はクーデターが起き、皇帝と皇族は全員身分を剥奪され、その資産はすべて国庫に返された。国家予算をはるかに超える金額だったとか何とか。
とは言え民主主義に移行するわけではなく、あくまでも帝国なのだから皇帝は必要だということになった。
そして、暫定で皇帝はゼロ(ただし表に出るのは影武者のルルーシュ・ランペルージ)となっている。
それだけは現在も断固拒否中なのだが、民衆にこれだけ期待された以上ゼロが関与しないわけにも行かず、ゼロの推薦により幽霊クロヴィスが代理皇帝となり、ルルーシュが裏から操る方向で今まとまりかけている。

「・・・なあC.C」
「いうな。考えるな。日本が戻ったことを喜べ」
「・・・喜べないんだが」
「ブリタニアを崩壊させたことを喜べ」
「・・・喜んでいいのか?」
「・・・」
「・・・」
「アンタたち、辛気くさい顔しないの!日本は開放され、世界はゼロの支配下!もう戦争なんて考えないでいいのよ!」

カレンは明るい笑顔でカラカラと笑うと、シャッターを開けた。
そう、ここは和食処クロキシ本店。
お弁当の準備は万端。時刻は間もなく8時。

「いらっしゃいませ!和食処クロキシ本店にようこそ!」

行列を作っていた客に向かい、カレンは明るい声でそう言った。

13話