帽子屋の冒険 第1話  

不思議の国の住人には招待状が届きます。
それはティーパーティーへの招待状。
色とりどりの美味しいお菓子に、薫り高い紅茶。
そして博識な帽子屋との雑談は、不思議の国の住民にとって癒しのひと時です。
悪天候でもない限り連日開催されているなんでもない日のティーパーティーですが、招待されるのは1日4名まで。
そんな希少価値の高い招待状が届いた時は、まるで宝くじに当たったかのような喜びようです。
ちなみにチェシャ猫は呼ばなくても勝手に来るので人数にカウントはされません。

今日もそんないつも通りなんでもない日のティーパーティーが開催されました。
長方形のテーブルには真っ白なテーブルクロス。
そこに今日の招待客である白の王と白の女王、そしてその向かいには赤の騎士と白の騎士が座っています。
ですが、もうすぐ開催時間だというのに帽子屋は一向に現れません。
今回初めての参加となる白の騎士は、招待をしておいて時間も守れないのか、と内心イライラしている様子。
既に参加経験のある白の王、白の女王、赤の騎士はそんな姿を見てにこにこ顔。
「人を、しかも白の王と白の女王を招待しておいて、これでは失礼です。自分が帽子屋を探してきます」
ガタリと立ち上がった白の騎士の言動に周りは焦ります。
「もうしばし待て、間もなく時間だ」
と、白の王が困った奴だなと苦笑しながら言ってくるので、白の騎士はしぶしぶ席に戻ります。
カチリ、と時計が約束の時間を指し示すと同時に、フハハハハハ という、まるでどこぞの悪の総帥のような高笑いが辺りに響き渡りました。
突然巻き起こる煙に視界を奪われ、白の騎士が立ち上がろうとするのを、まあまあ、と赤の騎士が制します。
笑い声と共に煙の中から現れたのは、なんと帽子屋でした。
ふん、と鼻を鳴らし、まるで見下すかのようにこちらの様子をています。
「貴様ら、私の招きに恥ずかしげもなく、よく来れたものだな。・・・仕方ない、今日は存分に楽しんでいくがいい。」
まさに悪役と言うにふさわしい笑顔でそう宣言すると、それまで何もなかったテーブルの上に一瞬で、色とりどりのお菓子と紅茶のカップが現れます。
美味しそうなお菓子に皆、子供のように目を輝かせました。
「ふん、貴様らに出す紅茶は、ダージリンのファーストフレッシュで十分だな。」
そう言いながら次々とカップにお茶を注ぎ入れます。
お菓子もカップも魔法のように一瞬で出したのに、紅茶は目の前で入れるのもいつもの光景です。
全員の紅茶を入れ終わった帽子屋も席に着き、自分の紅茶を入れ終わると、それが開始の合図。
「「いっただっきまーす」」
お預けを食らった犬のようにそわそわとしていた白の女王と赤の騎士がぱん、と両手を合わせ、満面の笑みで声をそろえて言います。
帽子屋は行儀作法にうるさいので、<いただきます>と<ごちそうさま>はこのお茶会に参加するための暗黙のルールです。
二人は気になっていたお菓子を早速手に取りパクリと一口。
まさに至福!といった表情でさらに一口。
あまりのおいしさに言葉も出ません。
それを見ていた白の女王も
「いただきます」
と、手を合わせてから、目の前に置かれていたケーキをぱくり。
「ああ、これは美味い。」
とたんに顔が花のように綻んでいきます。
二人とは違い、あくまでも優雅に口に運ぶその姿はまさに王。
実は白の王、白の女王や赤の騎士のように次々と食べたい衝動に駆られているのですが、人目のある場所で王がそんなまねできるかと自制心で押えこんでいるのです。
その様子をあっけにとられながら見ていたのは白の騎士。
「うまいぞ、白の騎士。いいから、食べてみろよ」
赤の騎士に促されて、手を合わせます
「・・・いただきます」
暗黙のとはいえ、もちろんルールは守ります。
不敵な顔で皆が食べている様子を眺めている帽子屋は気にいりませんが、食べないのも失礼だと手元のプリンをぱくり。
「美味しい」
なめらかな舌触りと、程よい甘さ、そしてそれによく合うカラメルソース。
こんなに美味しいプリンは食べたことがありませんでした。
それを聞いた帽子屋はさらに悪い笑みを深めます。
「くくくく。当然だな」
白の女王と赤の騎士は、次々とお菓子に手を伸ばします。
白の王は、次々食べたい気持ちを抑え、帽子屋に最近の情勢について何やら難しい話を始めました。
帽子屋はふむ、とあごに手を添えると数瞬思案した後、これまた難しい話を始めます。
白の女王と赤の騎士、白の騎士は、暗号のようなその会話には一切参加しません。
そんな話より、目の前にある美味しいお菓子のほうが大事だからです。
夕暮れ時、ティーパーティーは終わりを告げます。
「まったく、これだけよく食い散らかしたものだ。少しは遠慮というものはないのか」
と、帽子屋があきれ顔でつぶやくと、テーブルから食べ終わったお皿も、カップもすべて消えてしまいます。
それが解散の合図。
満足顔の白の女王をつれて白の王が帰って行きました。
赤の騎士は、女性二人では危険だと護衛を買って出ます。
白の王がいれば大丈夫だと皆は思いましたが、誰も口にはしませんでした。
流石ナンパ・オブ・スリー。行動にブレがないと反対に感心してしまいます。
そこに残ったのは白の騎士と帽子屋。
帽子屋はテーブルクロスをきれいに折りたたみ、白の騎士はその様子をただじっと見つめています。
「いったい何なんだ?茶会は終わったぞ。暗くなる前に早く帰れ。」
帽子屋が白の騎士に言いました。
白の騎士はムスッとした表情で帽子屋をにらみます。
「どうした?何か用があるならさっさと言え。大体お前最初に口にしたプリン以外食べてないだろう」
プリン以外も美味いのになぜ食べないんだと今度は帽子屋が不機嫌になり始めました。
そこでようやく白の騎士が口を開きました。
「君のやり方は間違っている」
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