帽子屋の冒険 第2話    

突然言われた言葉に一瞬、帽子屋は固まります。
「何?」
「だから、君のやり方は間違っている、と言ったんだ。間違った手段で手に入れた友達に意味はない」
帽子屋は何を言われているのかさっぱりわかりません。
可能性は132通りほど考えましたが、どれも違うような気がします。
「一体何を言っているのか解らないんだが?」
苛立ちを隠すことなく、いつも以上に低い声で帽子屋が訊ねます。
「いくら君に友達ができないからって、こんな風に食べ物で人を集めてどうするんだ、と言っているんだ」
帽子屋は驚きに目を見開きました。
「気づいていなかったのかい?白の女王と赤の騎士は君にまったく話しかけてなかったじゃないか。 白の王がホストである君に気を使って話しかけても小難しい話をするから、白の王も困っていただろう。」
さらに白の騎士は話を続けます。
「誰かと仲良くなりたいなら物で釣るんじゃなく、まず態度を改めるべきだ。大体、王族に対してあの態度。狂気の沙汰としか言いようがない」
白の騎士には遠回しの表現とかオブラートに包んだ言動という事はできません。
ズバズバと自分の想いをぶつけてきます。
その刃はしっかりと帽子屋を傷つけていますが、帽子屋には、そんなことより気になっていたことがあったのです
「お前、そんなことを気にしていたから、プリンしか口につけなかったのか?」
そうなのです。この白の騎士は、あれだけ沢山お菓子があるというのに、最初に手にしたプリンを食べた後は、白の女王、 赤の騎士が美味しいから食べてみて、と進められたものを一口もらっていた程度で、自分からは新たなお菓子に手を伸ばすことをしなかったのです。
どのお菓子にも自信があり、白の騎士のこの体格なら赤の騎士同様たくさん食べるに違いない!と意気込んで用意したのに、 予想外に食べないため、いつもなら完食して終わるお茶会が、今日はいくつも残ってしまったのです。
「男がそんなに甘いもの食べれるわけないだろう」
「は?」
帽子屋は、おもわず間の抜けた声を出してしまいました。
なぜなら今日来た赤の騎士はものすごい勢いで食べていましたし、毎回招待すると男女問わずかなり食べるからです。
あのハンプティダンプティやジャバウォックでさえそうなのに、何を基準にした物か理解できませんでした。
ハートの王など涙を流しながら美味い美味いと食べているのですから。
「そんなことはないだろう。お前、甘いもの苦手なのか?」
「・・・確かに僕は、あまり甘いものは得意ではないけど・・・」
成程、と帽子屋は納得しました。
どうやら白の騎士には、今日のお菓子は甘すぎたようです。
そのせいでたくさん食べられずに機嫌が悪いんだなと判断しました。
納得顔の帽子屋を見て、白の騎士はイラッとしてしまいます。
「僕の事はどうでもいい、それよりも君の事だ。君の言動は不愉快だ。もっと周りに気を配って、空気を読む事を覚えるべきだ」
そう言い捨てて白の騎士は愛馬ランスロットアルビオンに跨るとその場を立ち去りました。
あとに残されたのは帽子屋一人。

帽子屋が姿を消したと、不思議の国で噂になるのはその数日後のことでした。
その日、クロッケーの試合のため、不思議の国の住人のほとんどがハートの王の城へと集まっていました。
そこで、帽子屋のお茶会の話題になったのです。
次は誰が招待されるのだろう、この中にその幸運なものは居ないのか?という話題になりました。
ですが、誰も招待を受けていません。
そんな中最初に帽子屋の不在に気がついたのは侯爵夫人でした。
どうやら侯爵夫人は最低でも週に2回は、帽子屋のなんでもない日のティーパーティーに招待されていたようです。
周りからはずるい!と非難されますが、侯爵非人にはどこ吹く風、まったく気にしていません。
次に気がついたのは三月ウサギです。
ティーパーティーモード、通称ゼロモードの帽子屋に心酔し、なぜか忠誠を誓っている彼女も週に2回は呼ばれていた一人です。
彼女もここ最近ぱったりと招待状が来なくなったのです。
他にもヤマネと小鹿も週に2回は招待されていましたが、周りの視線が怖くて言いだせませんでした。
流石に何かあったのではと、不思議の国の住民が騒ぎ出した頃、チェシャ猫が姿を表しました。
「なあ、帽子屋を知らないか?白の王、白の女王、赤の騎士、白の騎士を呼んだ日から姿が見えないんだが」
今まさにその話をしていたのだと不思議の国の住人は口々に言います。
「・・・やはり何かあったのか。いや何、あの男がお茶会の片づけもしないで姿を消していてな。せっかくのお菓子にカビが生えていたんだ。」
チェシャ猫は、残っていたなら私が食べたのに、と恨めしそうな声で言いますが、その情報はとんでもないものです。
帽子屋は礼儀作法や躾に厳しく、几帳面で少々潔癖症なのです。
その帽子屋が、お茶会の後の食器もそのままに、しかも食べ物が無駄になるような状態で放置するなど考えられません。
侯爵夫人たち週に2回組は、天気の悪い日や、たまに珍しい食材探しと称して放浪する帽子屋なので、てっきりまた新たなお菓子の材料探しかと楽観視していましたが、このチェシャ猫の言葉に顔を青ざめました。
「ええい!すぐに白の王と白の女王に伝令を送れ!ここに来ていただくのだ!そして赤の騎士と白の騎士を呼び出せ!」
ハートの王さまが兵士に命令を下します。
トランプの兵たちは慌てて走り出して行きました。
「ねえチェシャ。貴女なら帽子屋の居所を感知できるんじゃないの?」
ハートの女王はチェシャ猫に訊ねます。
そうです。チェシャ猫は帽子屋が何処に居ても、一瞬でその場所に移動できるという特技を持っていたのです。
皆のが期待の目をチェシャ猫に向けますが、チェシャ猫は困った様子で目を逸します。
「・・・いつもならアイツが何処にいようと私にはわかる。だが、いまは何処にいるのか全く感知できない。」
すまない。と、ぽつりとつぶやいたその声音は、チェシャ猫自身、もしかしたら皆が何か知っているのかと期待をしてここに来ていたのだと解るものでした。
辺りに静寂が訪れたその時、白の王と白の女王がハートの王の召還に応じてこの場にやってきました。
「帽子屋が行方不明だと聞いたが?」
白の王の顔は険しく、白の女王は泣きそうな顔をしています。
説明を始めないハートの王を見ると、わずかに顔面がぴくぴくと痙攣していました。
一見無表情に見えるハートの王でしたが、泣くのを我慢しているようで、これは駄目ねと、ハートの女王が仕切ります。
帽子屋が、お茶会の片付けもせずに姿を消したと聞いて、二人も青ざめます。
「お二人を招いたお茶会の後、姿を消したようなのよ。何か心当たりはない?」
白の王と白の女王は顔を見合せますが、思い当たることはありませんでした。
「いつも通り美味しい紅茶とお菓子で持て成してくれました。いつも通り機嫌よくホストを務めていたように見えますが」
「特に変わったことはございません。最後は私と白の王、そして赤の騎士が一緒に帰りましたが、その時も機嫌よく別れの挨拶を・・・」
そこまで言ったところで、白の女王の瞼からポロリと涙がこぼれ、口元に手を添えるとそれ以上喋ることができなくなりました。
白の王が白の女王を宥めながら、そういえば、と口にします。
「私と白の女王、赤の騎士は一緒に帰路に就いたが、白の騎士がまだ残っていたな。帽子屋の最後を見たのは白の騎士だ」
そういえば、未だに赤の騎士も白の騎士もここに来ていません。
不思議の国の住人達も、白の騎士が何処にいるのか情報をまとめ始めました。
どうやらナンパ・オブ・スリーと名高い赤の騎士といつもの場所でナンパ勝負をしている、という情報が手に入りました。
「兵士たちよ!今すぐに白の騎士をわしの前につれてこおおぉぉぉぉいいぃぃぃ」
ぶわっと涙を流しながらハートの王が叫びます。
「「「「イエス・ユア・マジェスティ!!」」」」
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