帽子屋の冒険 第11話    

「しかし、あれがどうしてこうなったんだ?」
赤の騎士はパクリとクッキーを口に放り込みながら言いました。
「本当に、どうやったのです?」
白の女王が新しいケーキを手に取りながら首を傾げます。
「どんな手品を使ったのか、私もぜひ教えて欲しいのだが」
白の王が紅茶をソーサーに戻しながら聞いてきます。
「自分も、正直この目で見ていても信じられません」
白の騎士が、はあ、と溜息をつきながら紅茶のカップを手に持ちました。
そう、今日は何事もなかったかのように、何でもない日のティーパーティーが開催されているのです。
久々に開催された御茶会の招待客は白の王と白の女王、赤の騎士と白の騎士。
あの日と同じ4人です。
帽子屋は、行儀が悪くてすまないが、今は許して欲しい。と、その小さな体でテーブルの上をちょこちょこと移動しています。
そんな帽子屋の手伝いをしているのは、長身の銀髪で白い服のあの男。
「あっ!赤の騎士、そのクッキーはね、僕が型を抜いたんだよ!こっちのプリンは僕が容器に流し入れたんだ!」
そう、嬉しそうに、自分がこの御茶会の準備を手伝った事を報告しているのはバンダースナッチなのです。
「そうなのか、へー、上手いもんだな。このウサギなんてよく出来ている」
若干顔をひきつらせながらも、赤の騎士はクッキーの形を褒めます。
「でしょ!帽子屋にも褒められたんだ!」
バンダースナッチは始終ニコニコ顔です。
「バンダースナッチ、そろそろピザ生地の発酵が終わる時間だ。もう、やり方は分かるな?」
御茶会の最中だというのに、帽子屋はバンダースナッチに対してだけは、ゼロモードではなく、穏やかな表情で優しく話しかけます。
「うん、もう覚えたよ!生地を4つに分けて、丸く薄く伸ばして、冷蔵庫入っているピザソースを塗ってチーズを均一になるよう掛けて、冷蔵庫に仕舞うんだよね!」
「そうだ。よく覚えたな。偉いぞバンダースナッチ」
帽子屋は優しくバンダースナッチに笑いかけます。
「じゃあ、僕作ってくるね!」
「ああ、頼んだよ」
うん!と笑顔でうなずいて、バンダースナッチは姿を消します。
そのやり取りを、白の騎士は不満げに見つめています。
「・・・あれが、あのバンダースナッチ、なんだよな?」
「どうしてあんなに素直に・・・これもコードの力なのか?」
「あれほど帽子屋を嫌っていましたのに・・・」
三人とも不思議そうに帽子屋を見ます。
「仕方がないな。そこまで聞きたいというのであれば、話してやろう」
と、帽子屋はテーブルの上に用意してあった、小さな椅子とテーブルへ移動しました。
小さなテーブルには小さなティーセットが置かれています。
帽子屋はその椅子に腰をかけ、小さく可愛い体だという事を忘れるほど優雅に足と腕を組みました。
「バンダースナッチを拾った。そう、チェシャ猫は言った。だが、それは嘘だ。虐待で傷ついたバンダースナッチを見つけて、救い出していたのだ。バンダースナッチにとって、自分以外の人間は恐怖でしかなかった。その小さな世界に現れ、苦しみから救い出してくれたチェシャ猫。チェシャ猫だけが、異質なのだと、自分に優しくしてくれる唯一の存在なのだと、幼いバンダースナッチは思いこんでしまった。最初は母親と子供、その関係で十分だった。やがてバンダースナッチは成長する。そして自然と姉と弟という関係へと二人は変化した。その頃はまだチェシャ猫は、母として、姉としてバンダースナッチを愛していたのだから何も問題は無かった」
そこまではあの日、チェシャ猫が話していた内容でした。
「問題はその後だ。バンダースナッチはさらに成長した。そう、チェシャ猫の外見と変わらない年まで」
若い頃にコードを手に入れた場合、15~25歳で年齢が止まってしまいます。
チェシャ猫は16歳で成長が止まりました。
V.V.は10歳の外見ですが、これはハートのかけらを奪われて無理やり成長を止められてました結果です。
「チェシャ猫の年を追い越してしまったら、姉と弟ではいられない。このままではこの世界で唯一、自分に危害を加えない、優しいチェシャ猫を失ってしまうと、バンダースナッチは焦り出す。バンダースナッチは、チェシャ猫と共に町に住み、学校に通っていたが、チェシャ猫以外は全て敵と認識したまま成長したため、その思考はどんどん歪んでいった。そしてある結論を出した。姉であるチェシャ猫はもうすぐ姉ではなくなってしまう。母と、姉と呼んでいても、結局は他人。他人が共にいるとなると、その関係は?その結論が、若い間は恋人、成人したら夫婦だと結論づけた。それならばチェシャ猫との関係が切れる事は無いのだと、そう」
ここまで話して、帽子屋は紅茶を一口飲みました。
その後の事は聞かなくても想像できてしまいました。
バンダースナッチはチェシャ猫を手放さないために、姉弟ではいられない、恋人になるべきなんだと思い込んで、さらに歪んでいったのです。 チェシャ猫は疑問を持ち始めます。姉弟であるはずなのに、何かがおかしいと。そして、やがて弟であるはずの存在が、歪んだ愛情を向けてきている事に気がつきます。
チェシャ猫は弟であったはずの存在に恐怖を感じ逃げ出します。バンダースナッチは唯一の、絶対の優しさを持っているチェシャ猫が自分から逃げるなんて想像もできなかったのでしょう。
優しいチェシャ猫が自分を避けるはずがない。避けるとしたら、逃げるとしたらどんな理由が?きっと、悪い奴がチェシャ猫に何かをしたのだ。僕から唯一を取り上げようとしているのだ。
歪み続けるバンダースナッチ、その恐怖から逃げ続けるチェシャ猫。
「だが、どうやって今の状況に落ち着いたのだ?悪いが、あの時のバンダースナッチの様子では、和解など無理な話ではないか」
白の王が疑問を投げかけました。
「違うな。間違っているぞ白の王。和解が無理だというのは思い込みに過ぎない。和解が成立したからこそ、今があるのだ」
さも当然のように、不敵な笑いで帽子屋は答えます。
ですが、白の王と白の女王、赤の騎士はどうやって和解したのか、想像もつきません。
全てを見ていた白の騎士は、不機嫌そうな顔でエクレアを一口食べました。
「簡単な話だ。チェシャ猫とバンダースナッチの関係を姉弟に戻した。それだけだ」
「姉弟に?どういう事ですか?」
「チェシャ猫は放任主義だった。だからバンダースナッチに友人や話し相手が一人も居なく、学校も行っていないことさえ知らなかった。だから私はバンダースナッチに対し、こう言った。お前は何も知らないのか、と」
「何も、というのは、何の事だ?」
「バンダースナッチも赤の騎士と同じ反応をした。だから私はこう答えた。恋人と夫婦は、別れてしまえば所詮は他人。だが姉弟は、たとえどんなに仲違しても、家族であり続けるのだ、と。外見や年齢などでその強い繋がりを断ち切ることなど不可能。その関係はどちらかが命を落とした後も続くのだと。永遠に」
それはあまりにも当り前の話でした。母と子、姉と弟。どれだけ時が経とうと、その関係に変化などありません。母は母のまま、子は子のまま。姉と弟も同じです。
ですが、碌に教育を受けていなかったバンダースナッチは、姉弟の関係は、その外見年齢が入れ替わった瞬間に崩れるのだと思い込んでいたのです。
「その場にいたV.V.が言ってくれた。自分はハートの王の双子の兄なのだと。見た目が祖父と孫ほどの差となっても、ハートの王は今でもプライベートでは自分を兄と呼んでくれる、と。この世で最も尊い存在が兄弟なのだ、と。V.V.の話を聞いた後、バンダースナッチはチェシャ猫に聞いていた。自分が老人となってしまっても、弟でいていいのかと。そしてそれにチェシャ猫は是と答えた。それで終わりだ」
簡単な話だろう?と、帽子屋は言いますが、聞いている三人はぽかんと口を開けて帽子屋を見つめることしかできません。
その後はまるで憑き物が落ちたかのように、バンダースナッチは落ち着きを取り戻し、チェシャ猫の弟に戻っていました。
帽子屋は、バンダースナッチとの僅かな会話と、チェシャ猫から教えられた話しから、この可能性に行き着いていたのです。
たったひとつだけの愛情を失うことを恐れ、駄々をこねて癇癪を起こし、自分を見て、自分を愛してと訴え、怯え、泣き叫ぶ幼い子供。
そうなのです。バンダースナッチの体は青年へと成長していましたが、周囲との接触を立っていたその精神は幼い子供のままだったのです。
「今の私とバンダースナッチの関係、それは師匠と弟子、だ。この関係も一度結んでしまえば、覆ることは殆どあり得ない。私はバンダースナッチに教育を、躾を、そして料理を教えている」
「ちなみに自分も帽子屋の弟子、という事になっています。バンダースナッチから見れば兄弟子となり、この関係も同じく覆る事はありません」
白の騎士が、不本意だという顔で付け加えました。
姉と弟、師匠と弟子、兄弟子と弟弟子。 バンダースナッチは失うことのない新たな絆を手に入れたことで、驚くほどその精神は落ち着き、彼の本質だったのであろう人懐っこい甘えっ子の顔を見せているのです。
「冗談じゃないですよ。バンダースナッチは今、帽子屋の家に住んでいるんですよ!」
あんな危険な男を傍に置くなんて信じられないと、白の騎士は訴えます。
「そういう貴様も、あの日以来住みついているだろう」
帽子屋は眉根を寄せて白の騎士を睨みます。
「当り前だろ!あんな危険な男とそんな小さな君が二人きりなんて冗談じゃない!」
「元の大きさに戻ったら別の意味で危険な気もするが・・・」
今はこのように可愛らしい帽子屋ですが、元の姿は可愛いというよりも美人なのです。
赤の騎士は嫌な想像をしてしまいました。
「ああ、そうだね。大きさは関係ない。君とあいつが二人きりなのが問題なんだ。大体お菓子作りだってあいつ型を抜いたりする簡単な作業だけで、碌に手伝えてないじゃないか。作業してるの殆ど僕だよね!?生地捏ねたり、泡だてたり!なんで君はあいつに対して、そんなに褒めたりするんだよ!」
体の小さな帽子屋には菓子作りはできません。そのため居候のチェシャ猫、白の騎士、バンダースナッチが手伝っているのです。
「君、あいつに何されたのか忘れたの!?あんなことされたのに、親身になって勉強教えたり、笑いかけたり!」
段々と白の騎士の話が脱線していきます。
その事に、招待客三人は、あれ?と小首をかしげました。
「男の嫉妬は見苦しいぞ白の騎士」
声のしたほうを見ると、するりとチェシャ猫が姿を現しました。
「なんだ、バンダースナッチがピザを作る所見てなくていいのか?」
「ああ、真剣に作業していたからな、邪魔をするのも悪いからこちらの様子を見に来たんだが、なんだかおかしな話になっているな」
にやにやとチェシャ猫は笑いながら白の騎士を見つめます。
そのチェシャ猫を、さらに不機嫌そうな顔で白の騎士は見つめます。
「大体二人きりではないだろう、私だって帽子屋の家にいるのだから。・・・そう睨むな白の騎士、私がコレと、一緒に寝ているのがそんなに許せないか?」
するりと、帽子屋の傍へと近寄り、ひょいっとその小さな体を持ち上げます。
「ほわぁぁぁぁぁっ」
突然の事に、帽子屋は素っ頓狂な悲鳴をあげました。
「チェシャ猫、帽子屋を降ろせ」
白の騎士はガタリと立ち上がり、何時もより低い声でいいました。
「いいじゃないかべつに。私とこれの仲だ。なあ、帽子屋」
「君と彼の仲って何っ!」
「いいだろう、お前には全っ然!関係ない。だからいい加減お前は自分の家に帰れ」
「断る、帽子屋は僕が守る」
チェシャ猫と白の騎士の間にバチバチと火花が散っているように見えました。
招待客三人は事態を察し、面白そうに二人のやり取りを眺めています。
事態を全く察していない帽子屋は、きょとんと二人のやり取りを見つめています
頭はいいのに、こういう事にはとことん鈍いのです。
「まったく。お前たち、いくら仲がいいからって人前で喧嘩は止めろ!」
この、とんでもない爆弾のために、まるで時間が止まったかのように空気が固まりました。
「帽子屋には、仲がいいようにみえるのですか?」
「仲がいいほど喧嘩をするというだろう。仲が悪ければそもそも喧嘩にはならないさ」
「「こいつと仲がいいなんて冗談じゃない!!」」
二人の声が同時に辺りに響きます。
「仲が良くなければこんなに息は合わない」
どうやら、帽子屋の思い込みを解くのは一筋縄ではいかなそうです。
「まあいい、それより早くお前には元に戻ってほしいものだ。いくらお前のレシピの通り、指示通りに作っても、どれもこれも味が落ちる」
いつもならぺろりとなくなっているお菓子がまだいくつか残っています。
チェシャ猫は行儀悪く、そのお菓子を一つ摘まみパクリと食べました。
それは、今日お茶会に参加した余人も同じ思いです。プリン一つとっても、やはり何時のようなあの美味しさは感じられません。
「お菓子だけじゃない、食事もそうだ。いい加減外食も飽きてきたぞ」
「食事?帽子屋お菓子以外の料理もできるの?」
白の騎士は初耳だと、帽子屋を見つめます。
「この姿でなければ毎食作るんだがな。流石に今は無理だ」
外食に飽きているのは帽子屋も同じでした。
「何作れるの?洋食だけ?和食も作れたりする?」
「ああ、和食は好きだぞ?」
「帽子屋の和食は絶品だ。特にエビの天ぷらとカレーうどんが美味い」
ああ、食べたいとチェシャ猫はよだれを垂らします。
肉じゃがも捨てがたい。
「ねえ帽子屋、僕も君のご飯食べたいな。体が戻ったら、僕の分も作ってくれる?」
白の騎士は小首をかしげながら上目づかいで帽子屋に聞きます。
「ああ、構わないが?」
「嬉しいな、これからはずっと君のご飯が食べられるんだね」
さらりと白の騎士は天然たらしスキルを発揮します。
「騎士は体が資本だしな。安心しろ、俺の料理なら栄養のバランスは完璧だ」
それに対し、帽子屋は超鈍感スキルで流します。
傍で聞いていると、プロポーズを華麗にスルーした状態ですが、天然と鈍感はそんな事に気がつきません。
それを聞きながら、チェシャ猫は大笑い。
白の王と白の女王、赤の騎士もつられて笑います。
「ああ、本当にこんな日が来るなんて私は幸せ者だな」
誰にも聞こえないほど小さな声で晴天を仰ぎながら、チェシャ猫が呟きました。
今日も不思議の国は平和です。




ちっちゃい帽子屋に冒険をさせようと思ったら、行き倒れてしまった。
神根島のあのサバイバル能力ゼロを考えたら、最初から冒険なんて出来ませんよね。
ええ、ちっちゃい帽子屋を動かし始めるまでまったくその事に気がつきませんでした。完全なタイトル詐欺です。
それにしても最後はゼロにバンダースナッチを口車で説得させようと思ったらチェシャ猫が勝手にぶち切れて進めてしまいました。

コードとギアスの設定偽造、世界観とキャラの設定も偽造してお届けしました。
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