学ビノ園 第1話


麗らかな春の日差しが気持ちのいい午後。
空腹も満たされ、穏やかな日差しに包まれた窓際の席でまどろんでいたのが悪いのだろうか。どうやら俺は悪夢を見ているらしい。それも、この7年の間で見た中でも5本の指に入るほどの悪夢だ。
午後の授業など全て睡眠に使ってやろうという、俺の計画はものの見事に霧散し・・・いや、これは悪夢なのだから、現在進行形で睡眠に使用しているのだが、俺が望んでいたのはナナリーと幸せに暮らす未来の夢や、ナナリーとの何気ない日常という至福を思い返すという夢であって、絶対にこんな悪夢など望んでいなかった。
夢とは願望が現れたものと言うが、俺は断じてこんな願望を持った覚えは無い。
そう、こんな願いなど。

「では、改めて自己紹介をしよう。私はシュナイゼル・エル・ブリタニア。今日からこのクラスを受け持つことになった」

神聖ブリタニア帝国第二皇子は、完璧すぎるロイヤルスマイルを浮かべ、そう言った。
そう、この世界の1/3を支配するブリタニアの第二皇子が、ここにいるのだ。
更に言うなら、宰相と言う地位を持つ皇子が、ここに。
あり得ないだろう。
あっていい事ではない。
だからこれは夢だ。
夢でなければならない。
だが、息をのむ音さえ聞こえそうなほど、しん・・・と静まり返った周りの反応があまりにもリアル過ぎて、夢では無く現実だと俺に訴えかけてくる。
万が一にも、そう例え天文学的なほどあり得ない事だとしても、これが現実だった場合は最悪だ。なにせあのシュナイゼルは俺の腹違いの兄。7年前俺は死んだことになっているが、成長したこの顔を見て判別できない可能性は、シュナイゼルに限っていうならば、はっきりってゼロに近い。いや、ゼロだ。
一体何でこんなことに。
宰相であるシュナイゼルが、どんな理由で嘗て俺の母マリアンヌの後ろ盾であった元貴族、アッシュフォードにやって来て、視察ではなく教師になるような事態が起きるんだ?俺のこの優秀な脳をフル回転させても可能性が一つも思い浮かばなかった。
だってそうだろう?
第二皇子が教師としてやってくるパターンを、どうやってはじき出せというのだ。
・・・いや、違うな。はじき出したくは無かったというべきか。くそっ、一つだけ、たった一つだけーはじき出した可能性がある。それは、俺とナナリーの生存を知られ、俺たちが本物かどうかを自分の目で確認しに来た、というものだ。
だが、あり得ない。
もし見つかっていたというなら、事前に部下を使い調べるはずだ。だかそんな気配など一切無かった。皇室を出て7年経ったことで、警戒心が鈍ったなんてことはない。間違いなく、今日まで、いや今まで何もなかった。
ぐるぐると、思考のループにはまっていたのはシュナイゼルが挨拶をしている数秒の間。挨拶を済ませたシュナイゼルは、明らかにこちらに視線を向け、にっこりと、先程までの胡散臭いロイヤルスマイルとはまた別の笑みを浮かべたのだ。信じられないことに・・・愛情を感じる笑みだった。
背筋が、ざわりと粟立った。
その視線はまちがいなく、俺を射抜いている。
周りもシュナイゼルの視線の先が気になったのか、こちらに顔を向けてきた。
・・・気づかれた。いや、気づかれていた。
くっ、生存を知られた以上もうここにはいられない。
俺がすべきことはどうやってこの場を逃れ、ナナリーを連れ出すかだ。
大丈夫だ、まだやれる。
まだ、終わってはいない。
最悪を想定し、逃げる準備ならしてあるのだから。
ここから抜けだせさえすれば・・・。

「ルルーシュ・ランペルージ。君は生徒会の副会長をしているそうだね」

逃さないよ、とでも言う様に、柔らかく細められていた瞳は、鋭い光を宿した。あの第二皇子シュナイゼルがルルーシュの名前を呼ぶと、教室内は静かにざわめいた。

2話