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バシャリ、と音を立ててスザクに掛けられたそれは、サラリとした透明な液体を滴らせ、乾いた地面に落ちて吸い込まれていった。 水。 それも冷たい沢の水を頭から掛けられたのだ。 一瞬何があったのか解らず目をぱちくりとさせたスザクだったが、状況を理解したとたんその顔を怒りに染めて振り返った。 「何をするんだ!!」 「何をする?解らないか?熱くなりすぎたその頭を冷やしてやったんだよ」 有難く思え。 振り返った先、スザクの背後には桶を持った見知らぬ人物が立っていた。 漆黒の艶やかな髪に、白磁の肌。 強い光を宿す瞳は帝王紫。 その姿に驚き、怒りを忘れて目をぱちくりと瞬かせた。 黒を基調とした服を纏ってはいるが、その人物の持つ色と、その容姿は、あのまま時が経てばそうなるだろうと想像させるには十分な物だった。 呆けた顔で立ち尽くしたスザクを見て、その人物はふむ、と眉を寄せた。 「玉城、それも掛けてやれ。どうやらまだ頭が寝ているらしい」 「おう!まかせとけ!」 そう言うと、久しぶりに見た同族、お調子者の玉城が桶を手に近づいてきて、「そりゃ~!」と、水を掛けようとしてきたので反射的に避けて、一発腹に入れておいた。 ぐぇっと苦しそうな声を上げて、玉城はその場に沈んだ。 「なかなかいい反応だな。やはり玉城程度では駄目か」 目の前の人物は、予想通りだと言いたげに、その顔に美しい笑みを乗せた。「知ってたならやらせんなよ、ひでえよ」と地面に突っ伏した玉城は呻いた。 「・・・るるー・・・しゅ?」 「何だ?ああ、おかえりスザク。40年も家出とは反抗期にもほどがあるんじゃないか?」 くすくすと笑うその顔も、あの頃のルルーシュを思い出させるもの。 違いは、幼いころは愛らしい少年だったが、目の前の人物は見違えるほど美しい青年だということだけ。ルルーシュが笑いだすと、周りからせきを切ったかのような笑いが上がり始めた。驚き辺りを見回すと、カレンとカグヤは腹を抱えて笑っていた。「もう限界、私よく耐えた」と、カレンは笑いながら言っている。 「え?ちょ、どういう事!?何でルルーシュがここに!?」 楽しげに笑った後、カグヤはスザクに駆け寄りその手を引いた。 「こっちですわ、スザク!」 スザクは抵抗はせず、手を引かれるまま移動した。 他の皆も笑いながら後についてくる。振り返るとルルーシュも笑いながらついてきていて、その隣でカレンが笑いすぎて咽ていた。 大きなスザクの木をぐるりと回り、今いた場所の反対側に出る。 スザクの木の裏側。そこは精霊たちも立ち入ることは無く、鬱蒼と生い茂った木と背の高い草が生えているだけの場所・・・だったはずなのだが。 「・・・これ・・・」 「奇跡ですわ」 カグヤはにっこりとほほ笑んだ。 雑草が生い茂っていた薄暗い森だったその場所は切り開かれており、スザクの目の前には細く長い枝をのびのびと大きく伸ばし、繊細で可憐で、それでいて心を圧倒するほどの感動を与えてくれる、息を呑むほどに美しい桜がそこにあった。 その木の特徴には見覚えがある。だが、これほどの美しさは無かった。あの狭くて栄養など殆どないやせた大地、光も碌にあたらない劣悪な環境下でも美しく咲いてはいたが、ここまでの雄大さと気品は感じられなかった。 だが間違いない・・・これは、ルルーシュの桜桃だ。 「なんで・・・ここに?」 スザクは掠れた声で尋ねると、カグヤはくすくすと笑いだした。 「スザクはルルーシュ様の実を食べていたではありませんか。その種が偶然この地に落ち、こうして成長したのですわ」 「種が、偶然?」 確かにルルーシュの実は、ほぼすべてスザクの胃袋に収まっていた。たまにこちらに持ってきて皆に食べさせたこともある。そんな時に出た種の一つがこの場所に転がりこみ、芽を出し成長したのだという。そもそもルルーシュがいたあの木も、渡り鳥が運んだ種が発芽した物だから、芽が出ないわけではない。 「え?でも待って!?僕が最後に食べたのって47年前だよ?僕は40年前までここにいたけど知らないよ、この木!」 「当然だな。俺はそもそも成長が遅い種だ。手入れをしなければここまで成長するのに百年以上かかる。・・・つまりだ、芽が出ても誰の手入れもなければ、人目に止まるほどの大きさに成長するには、10年以上かかるということだ」 そうだ、種から育ったものは、10年たっても膝の高さだった。 それもルルーシュが手を入れて、膝の高さ。 ならば放置された状態で7年なら、それよりも小さかった可能性は高い。 うっそうと草が生い茂ったこの場所なら、その姿が隠されていても解らないのだ。 精霊が宿り目を覚ますためには、ある程度木が成長していなければならない。 せめてスザクの腰の高さまで育たなければ、宿っていても目を覚まさない。 「スザク、貴方がここを飛び出した3年後に、ルルーシュ様は御目覚めになられました」 この土地はあちらよりも肥えていて、日の光もよく当たる。 何より精霊が集まっていることで、この土地自体が精霊にとって生育しやすい場となっていた。だからあちらよりもはるかに速く桜桃は成長した。そして人の腰ほどの高さまで成長したことで、眠っていたルルーシュも目を覚まし、ここの精霊たちと共にこの一帯の手入れをしたのだという。 「残念だったわね~スザク。ここにいれば、すぐにルルーシュに会えたのにねぇ」 にやにや笑いながら、カレンは呆けたままのスザクの顔を覗き見た。先ほどまでの真剣な表情などそこにはない。いや、あの表情はこの笑いをこらえていたからあんな表情だったのだ。辺りを見回すと、先ほどは皆目を合わせなかったのに、今は笑いながら楽しげにこちらを見ていた。 うわ、はめられた。 何も知らないスザクをはめて、みんなで楽しんでいたのだ。 やられた、だまされた。 そう思いはしても、ルルーシュが無事で、しかもここにいる喜びが勝った。 そして同時に気が付いた。 「もしかして、ここが狙われている理由って・・・」 「決まってるじゃない。ルルーシュを切り倒そうとしてるのよ」 やっぱりそうかと、スザクは頷いた。 おそらくこちらに種が飛んだ可能性を考え、人が入ってきたのだろう。 そしてルルーシュを見つけてしまった。 一獲千金の黄金の木。 それを目当てに人が来るのだ。 とはいえ大々的に来るわけにはいかない。 誰に横取りされるか解らないから。 自分たちだけで手に入れるために、誰にも言わず、まわりにも気づかれないよう用心しながら、信頼できる仲間を、親族を集め、ここにやってきているのだという。 人数は30人ほど。 「もちろん、手伝ってくれるよな?」 にっこりと、綺麗な笑みを浮かべたルルーシュに、当然二つ返事で返した。 「偶然、か。そんな偶然あるとは思えないんだが?」 少女は、桜桃にだらしなく寄りかかりながら、尋ねてきた。彼女は昔からのルルーシュの知り合いで、あちらの国にいた頃のルルーシュと親しかった同族の桜桃だった。 新緑の長い髪に黄金色の瞳の美しい少女は、くすくすと笑う。 「C.C.、そんな話より、いい加減自分の木の手入れぐらいしたらどうだ?」 「私よりお前の方が上手い」 「そういう問題ではない!」 ルルーシュは文句を言いながらも、自分のすぐ近くに生えている、もう1本の桜桃の手入れを始めた。この木はルルーシュの種から育った桜桃で、人の腰丈の大きさまで成長した時、彼女が目覚めた。 ルルーシュは、あちらの国の自分の木が切り倒された理由を知らなかったため話を聞けば、人間による土地の開拓のために切り倒されたのだという。C.C.はそこより少し離れた所に居たのだが、2年ほど前にとうとう切り倒された。新たな木に移っても切り倒される日々が続き、気が付いたらここにいたのだという。 ルルーシュには母と妹と、弟と呼ぶ存在がいたが、母の方は倒木と共に命を落とし、残り二人は強力な力を持つ父の傍にいるのだとか。強大な力を持つ父を中心に精霊達が集まったその場所に人間は立ち入ることは出来ない。迷いの森とも呼ばれ、人間に恐れられる魔の森なのだ。ルルーシュ達家族とC.C.は、その魔の森から外れた場所にいたため被害にあったのだ。 「それよりもはぐらかすな。別に話しても大丈夫だろう?スザクもカレンも今は攻めてきた人間の相手をしてここには居ない。誰も聞く者はいないぞ?」 まあ、答えは解りきっているがと、少女は魔女のような笑みを浮かべて笑った。 そもそも、自分たちの種は生育が難しい 何より発芽が難しい。 雌雄同株だから1株だけで次の種を得る事は出来るが、その種が発芽する可能性は本当に低いのだ。何年、何十年と言う積み重ねの結果、渡り鳥がこの地に運んだ種が芽吹いたのは理解できるが、たまに持ってきた程度の種、しかも”誰も立ち入らない場所”で偶然の発芽。 あり得ないだろうとC.C.は笑った。 「・・・強いて言うならば」 ルルーシュは手を止めた。 「奇跡とは、起きるものではなく起こすものだ」 「くすくす。成程、やはりそうか」 それだけで全てを悟った少女は楽しげに笑った。 人間は未だにここを狙っている。 だが彼らは、ここに黄金の木がある事を誰にも言う事は無い。 奪われる事を恐れているから。 この地は最初に黄金の木が発見されたことで、既に伐採しつくされていると思われているから、この人間達さえどうにかなればここも静かになるだろう。 人間の寿命など精霊から見ればほんの瞬きの間のもの。 そのうち静かになる。 香木はいまだに高値で取引されてはいるが、それもあとどのぐらい続くか。 この男の頭脳と、身体能力の高い種であるここの精霊が協力している以上、火を放ったとしても、ここへ炎がたどり着くことは不可能。 C.C.はパクリと小さく実のったばかりの果実を食べた。 熟していないから酸味が強いが、それでも美味い。 ここまで美味しく育った実は初めてだった。 ルルーシュが育てた苗はこの一帯に着実に増え、涼やかな香りと美味しい実を毎年実らせている。実が大きく育ち、完熟する頃が楽しみだ。 そう思いながら、もう一つだけと口にする。 「ふふ、くくくくく、間違っているぞ、ルルーシュ。奇跡は起きる。起こさなくても、起きるものなんだよ。お前がこの地に来た事、それこそが奇跡なんだ」 ルルーシュには聞こえない小さな声で、C.C.はつぶやいた。 解りにくいかも?と思ったのでネタばれ。 スザクの食べ散らかした種は全てルルーシュが片付けているため、地面に残る事はありません。つまり種はルルーシュが全て管理し、発芽したものを植えて育ててました。(片付け損ねたものが偶然発芽したわけではありません) そんなルルーシュが、発芽した種を持って歩いていても何もおかしくは無いし、反対に花が散った頃に、スザクの桜の話をするのはおかしいんです。 その年に撒き散らされた種を管理→無事に発芽した種をルルーシュが所持→スザクに話を振る→計算通りスザクはルルーシュを自分の木に連れて行く→隙を見て目立たない場所に種を植える(草むらにいたのはそのため) ちなみに、スザクと喧嘩をする前から人間がルルーシュを探しに来ていたため、ルルーシュは自分が切り倒される可能性を考えて行動してました。スザクの接ぎ木保険と同じで、ルルーシュは種で保険をかけたという話。いつまでも怒ったままスザクを追い返していたのは、そんな人間と鉢合わせをさせないため。 精霊が集まる所に精霊は引き寄せられる。という設定上、スザクの同族がたくさんいる場所にルルーシュは引き寄せられました。 場所が近い上に、ルルーシュの種から育っている株=分身のような物なので、高確率でルルーシュが宿ったというオチ。 |