桜桃の君に 第17話


カレンとスザクは精霊たちの集落を目指した。
短くはないその距離を歩く間、鳴子の音に呼び寄せられた多くの精霊が集まってきたが、凪いだ表情のカレンと、冷たい表情のスザクを目にすしと何も言えず、次々とその場を後にした。

「・・・あんた、今までどこに行ってたのよ」

山道を歩きながらカレンは隣を歩くスザクに声をかけた。

40年前に、この山から姿を消したスザク。
もしスザクが怒りのままに人を殺めたら・・・。
そう考え不安を抱いていた精霊たちではあったが、山を降りた後のスザクは、その消息が完全に途絶えてしまうほど静かなものだった。カグヤの命令で追跡もせずにいたため、この40年スザクが何をしていたか全く想像できない。

「・・・べつに、君に関係ないだろう」

冷たく言われた言葉に、カレンはむっと唇を尖らせた。

「関係あるわよ。あんたの木、誰が世話してたと思っているのよ」

精霊が宿った木は、普通の木とは別種の存在となる。
宿っているはずの精霊が長い間離れれば、気は力を無くし枯れてしまう。
それを防ぐため、自分たちがどれほど苦労したか。
その事を言われるとスザクも弱い。

「それは・・・感謝している。ありがとうカレン」
「・・・あんた・・・随分と大人しくなったわね」
「そうかな。・・・君は変わらないね」
「そうでもないわよ、これでも人前では大人しい深層の令嬢やってんだから」

そう言った途端、それまでの強い眼差しは消え去り、大人しく、やわらかな目つきに変わる。自信に満ちた力強い女性から一変し、庇護欲を掻き立てられるほど儚げな女性の雰囲気を身にまとった。
歩き方も変わり、すこしだけ歩幅も狭まる。
まるで別人。
スザクは驚き、まじまじとカレンを見つめた。

「スザク君がいなくなってから、ここは変わったの」

言葉づかいも、声のトーンも変えてカレンは話した。

「さっきの鳴子、アレは何のために?」
「あれは侵入者を発見するためのものなの。この山のあちこちに設置されているわ」
「侵入者?」
「ええ、人間が来るのよ」

人間。 スザクはピクリと反応した。
その目はスッと細められ、憎悪を宿した事に気がついたカレンは、いまだにスザクの怒りが収まっていない事を理解した。

「・・・ルルーシュを切り倒しただけじゃ飽き足らず、今度は何をしに?」
「今度の目的地は、私たちの暮らすあの場所よ」
「え!?」
「だから、人間の目的は、私たちの住処。だからこうして防衛ライン引いてるんじゃないの。あんたが戻って来てくれて助かったわ。手が足りないの」

令嬢設定だとホントめんどくさいわね。と言いながら、一瞬でまた元のカレンに戻る。40年間猫をかぶり続けていたが、スザクの前だとどうしても本来の自分が出てきてしまう。この姿を知らなかった精霊達には悪いが、今は猫をかぶるのはやめた。
言動だけでよくここまで化けられるものだと、狐につままれたような気持ちになりながら、スザクは尋ねた。

「なんで、あの場所に人間が?」
「口で説明するより、見た方が早いわよ」

だから、急ぎましょう。と、カレンは足を早めた。


スザク達精霊が多く集まるその場所は、40年前とは変わらないほど美しく桜が咲き誇っていた。スザクの桜は、精霊が離れたことでかつてほどの雄大さは無くなってしまったが、それでも枯れることなくそこにあった。
自分の木が枯れずにいたのは皆のおかげだという事は解っている。
その皆を、自分の家族と言っていい彼らを脅かす人間。
ルルーシュを切り倒した人間に対する怒と、身内に害をなそうとしている人間への怒りで、スザクの表情は先ほどよりも険しくなっていた。
スザクが戻った事を知った同族が、スザクの木の周りに集まって来ていて、懐かしい彼らが無事だったことに安堵したが、彼らはどこかよそよそしく、スザクと目が合うと顔をそむけた。
当然か、あれだけ暴れてこの場所から消えたのだから。

「スザク、やっと戻ったのですか」

懐かしい声がスザクを呼んだ。
そこには、あの頃からいくらか成長した姿のカグヤがいて、困ったような呆れたような顔で迎えてくれた。

「元気そうだね、カグヤ」
「ええ、見ての通り元気ですわ。スザクも思ったより元気そうですわね」
「カグヤ達が世話をしてくれたんだろう?ありがとう」

木が死ねば精霊は死ぬし、精霊が死ねば木もまた死ぬ。
この木が元気であれば、遠くにいるスザクも元気でいられる。
だが、いくら手を入れようとも、精霊が不在の桜の木は時が経つにつれて弱り、以前のような力強さは失われていた。
このままではいずれ限界が来ると、皆心配していた。

「それで、何処で何をしていましたの?」

咎めるような口調は、こんな大事な時に外に出歩くなんてと叱っているようだった。

「・・・探してたんだ」

スザクはポツリと言った。
そう言って懐から何やら取り出した。
風呂敷に包まれたそれは、いくつかの木片。
それが何かなんて言われなくても解る。
スザクが山を下りてまで探し、手にするモノなど決まっている。

「探していた?ルルーシュ様の木をですの?ですが既に切り倒されてしまった以上、切り刻まれた御体を取り戻した所で意味など無いですわ」

香木を探していた事は意外だったと、カグヤは眉を寄せた。

「いや、これは探す過程で手に入れたものだよ。・・・ルルーシュの物かも解らない」

カグヤは欠片を一つ手にし嗅いでみたが、ルルーシュの木か判別はできなかった。

「過程で、ということは他に目的が?」
「僕は、ルルーシュと同じ木を探していた。彼は異国の種だから、渡り鳥を介してこの地に来ているんだ。だから、この国のどこかに同種の木が必ずあるはずだから、僕はそれを探していたんだ」

渡り鳥が撒いた種は最初は海辺の土地に。
その種が成長し、やがて実をつけ、他の渡り鳥が内陸へと種を運ぶ。
そうやってルルーシュの木はこの土地まで渡ってきた。
発見できる可能性も、ルルーシュが再び宿った可能性も限りなく低い。
だが、ゼロではない。
だから探していた。
探し続けていたのだが。
スザクは言葉を切り、悲しげに眉を寄せた。

「予想はつきますわ。貴方がようやく見つけた時には、人の手で掘り返された後だったのではございませんか?」

カグヤは冷静な声で告げた。
何せルルーシュの木は金のなる木。
その木を発見し、売れば億万長者だ。
異国の種がどうやってあの地に来たのか、それを調べ、渡り鳥が運んだのだと思い至る者は多いだろう。そんな者たちが、渡り鳥の生体を調べ、海からここまでの間を調査し、その木を探すことなど容易に想像できた。
一攫千金のお宝があると知ったのだ、多くの者達が血眼になって探しただろう。
カグヤの言葉は正しく、海からここまでの間、そして他の方向にも種が向かった可能性、全てしらみつぶしに探したが、どこも既に人の手が入り、掘り起こされた無残な大地がそこにあるだけだった。
顔を歪めたスザクに、カグヤは呆れたように大きなため息をついた。
それが気に入らなかったのだろう、スザクはぎろりとカグヤを睨んだ。

「そもそも、私達精霊は精霊が集まる場所に宿る習性がありますわ。普通に考えれば、ルルーシュ様は元の土地に戻られたと考えるべきでは?」
「・・・可能性はゼロじゃない」

あんな精霊がいない場所で偶然育った異国の木。
そんな場所に精霊が宿ることの方が珍しい。
二度もそれが続くとは思えない。
だから、ルルーシュが再び移動したのだとすれば、ルルーシュが宿れる木のある、精霊が集まる場所と言う事になり、ルルーシュが元々いた、彼の祖国に戻った可能性が最も高いと考えるべきだ。
だが、頭では理解できても心では理解できなかったのだろう。
だからこの40年余りの間、日本国内を彷徨い歩いていたのだ。
そして、とうとう探しつくしてしまったのだろう。
もし、スザクがルルーシュを見つけられたとしても、人間が探している以上無事でいられるのは時間の問題で、例え人よりすぐれた身体能力をもつ精霊でも、数で押してくる人間に勝てるはずもなく、ルルーシュの木はスザクの目の前で切り倒されただろう。
もしルルーシュを守るのなら、精霊達が協力し合い、人間を押し返すぐらいでなければならない。スザク一人ではどうにもならない問題なのだ。

「スザク、その香木は埋めてしまいましょう。ルルーシュ様のものである可能性は限りなく低いと思いますわ」
「・・・いいだろ、これは僕のものだ。それより、人間がここに来るんだって?」

その瞬間、スザクの瞳は暗い光を宿した。
今まで溜まりに溜まっていた人間への怒り。
ルルーシュを探す事を優先させたことで、人間へ怒りが向く事は少なかったが、もう探すのは終わりだ。
人間がここに来るなら丁度いい。
この土地を脅かすものがいるなら、容赦はしない。
いままで抑えていた怒りを、悲しみをぶつけるまで。
静かな怒りを放つ暗い瞳を見た者は畏怖の念を抱き、迸る殺意は周囲にいる者たちを震え上がらせるには十分なものだった。周りの空気が痛いほどの敵意に満たされ、そんなスザクの姿を、カレンとカグヤはスッと目を細め見つめていた。
スザクを怒るわけでも、肯定するわけでもなく、ただじっと見つめている。
馬鹿にされているように感じたスザクもまた目を細めた。
ルルーシュを心配し、彼を守ろうとしていたのはどうせ自分だけなのだ。
ここにいる者たちにとって彼はどうでもいい存在だった。
そう示しているような態度に、苛立ちを募らせ、爆発しそうになった時。
突然冷たい何かを頭から掛けられた。

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