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皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの騎士。 それが意味するものは、ブリタニア最強の騎士、あるナイト・オブ・ラウンズに他ならない。皇帝はその傍に十二人の騎士を持つ事ができる。その一人になれと言ってきたのだ。確かにラウンズには現在空席がある。だからと言って、異国の人間が皇帝の騎士になど・・・。皇子と皇女の専任騎士となる事さえ異例中の異例で、更に言うならば本来ブリタニアで騎士になれるのはブリタニア人に限られており、国籍を移したからと言ってなれるものではないのだ。 必要なのは血。 その体にブリタニアの血が流れているかどうか。 そしてその血に価値があるかどうか。 純潔でなければ価値は無く、家柄によって価値は左右される。 騎士の大半は貴族で、無価値とさえ言われる庶民からナイトオブラウンズの第六席に上がったマリアンヌもまた異例中の異例の存在だった。庶民はせいぜいKMFに騎乗できる騎士候どまり。皇族の騎士になった前例はほんの僅か。皇帝の騎士になった者はマリアンヌただ一人。そして皇帝の寵愛を受け皇妃にまで上り詰めたのもマリアンヌ一人。だから世間では彼女は奇跡の人とまで呼ばれており、多くの女性のあこがれの的になっていた。 ブリタニアの血だけで固められた強固な守りの中に、ブリタニアの血など一滴も入っていない極東の島国の人間に加われと言っているのだ。 あまりにもあり得ない人事にジェレミアは卒倒しかけ、スザクは全身に鳥肌が立った。 それだけ認められていたのだという歓喜 余計に主の元へ戻れなくなってしまうという恐怖 もう一人の主の元を離れなければいけないという悲しみ あまりの内容に複雑な顔をしているスザクに、マリアンヌは言った。 「いい、スザク君。貴方が了承すれば、皇帝シャルル・ジ・ブリタニアのラウンズであり、第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアの専任騎士となる。ブリタニアの歴史上、二人の主君を主に持った騎士はいないわ。でも、こうする事で貴方はリ家に、ユーフェミアにだけ縛られる騎士では無くなる。シャルルが命じれば、ラウンズとしてルルーシュの護衛もする事になるわ」 「殿下の!?」 ぱっと顔をあげたスザクに、マリアンヌは口角を上げた。その表情は不快な驚きではなく、喜びの驚き。あまりにも解りやすい反応に、未もまだルルーシュに未練がある事が嫌が負うにも解る。愛らしいユーフェミア皇女の虜となり、ルルーシュではなくユーフェミアを選んでいたならこんな反応にはならないだろう。 皇族の騎士になりたい。どうせなら恩のあるルルーシュの騎士に。その程度の思いなら、他の皇族の騎士となった今その思いは薄れ、あるいは諦めているはずだが、この状況になっても諦めていないのだ。どうやら話に聞いていた通り『心の底から望む事』があれば、それが実現不可能なほど厳しい道であったとしても諦めず、それを手に入れた結果どんな未来になったとしてもその望みを追い求めるタイプなのだ。 そして今一番望んでいるのは、ルルーシュの騎士であること。 「そう、そしてシャルルとユーフェミアでは、シャルルの命令の方が当然上になるわ。だからユーフェミアは従うしかない。もちろん、ルルーシュもね」 「・・・」 どれだけ嫌がっても、皇帝の勅命であれば従わざるを得ない。 たとえ、ルルーシュであってもだ。 ルルーシュを守る事が出来る。 スザクに守られたくなくてもくても、命令ならばルルーシュは従う。 だがそれは、スザクが望む関係とは似て非なるものだった。 「マリアンヌ様、このお話は」 心が揺らいだのは一瞬。 すぐに表情を改めたスザクは、この話を断る決心をしていた。 望むものは命をかけても求め続けるが、その道筋は険しくとも正しいものでなければならない。手に入れた結果は見ないが、その過程にこだわる頑固さを持つのもスザクという男だ。この辺は、短くない付き合いだからマリアンヌも心得ていた。 だから、脅す。 「この話を蹴ったら最後、私は貴方から手を引くわよ。そうなれば貴方はリ家の持ち物だから、もう二度とアリエスに入ることも叶わなくなるわね」 「え!?」 「当たり前でしょう?今はユーフェミアの精神安定が優先され、貴方が接触を禁じられている事は既に知れ渡っている。だから、騎士としての訓練をここでする事について、リ家は何も言わないわ。でも、それは今だけの話。ユーフェミアが回復したら、その時点で私達との接触は禁じられるわね。そこで終わり。もちろんルルーシュとの接点も切れる。公の場で顔を合わせる事はあるかもしれないけれど、言葉を交わす事はもう無くなるわ。永遠にね」 ルルーシュとスザクが友好的なら多少会話をする機会もあるだろうが、ルルーシュがスザクを嫌っている事は周知の事実。これ幸いと、ルルーシュはスザクと言葉を交わすどころか目を合わせる事さえしなくなるだろう。 ユーフェミアが顔を出す場面には意図的に不参加する可能性も高い。 スザクも馬鹿ではない。もし『ルルーシュの幸せ』だけを考えるのであれば、そこまで嫌われているのに無理をして接点を作るのは間違いだという気持ちがあった。 断れば終わり。 今後の未来が確定する二択。 いまここで、思いを断ち切るべきではないのか。 恐らく、これが最善なのだ。 ・・・だが。 葛藤しているスザクに、マリアンヌは困ったように口を開いた。 「私はね、スザク君。貴方に期待しているの」 「え?」 予想外の言葉に、苦悶の表情から一転し、あどけない少年の顔に戻った。 本当にわかりやすいと、つい笑みが溢れる。 「貴方なら、きっかけを作れるんじゃないか。貴方だけが、殻を打ち破れるんじゃないか。だから私たちはずっと貴方に味方をしているのよ」 「・・・殿下が、変わるきっかけにですか?」 そう尋ねると、マリアンヌは優しく微笑んだ。 それは、彼女が母親として見せる穏やかな笑みだった。 |