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初めて口にした血は、酩酊するような甘さも心を湧き立てるような香りも無く、絶望に染まった耐え難い味が喉の奥へと流れていった。 視界は赤く染まり、顔にかかった液体の意味が解らず、赤々と揺れる炎に包まれた森の中、ただ座り込んでいた。 あの美しかったひまわり畑も、神社を囲む大きな杜も、数千年を生きた霊木も、まるで生きているかのように蠢き広がる炎に飲み込まれ見る影もない。 少年は自分と同じ年だった。 体格もほぼ変わらないというのに、その背中はとても大きく見えた。 いつも護ってくれる小さくて大きな背中は、腕の中で小さくなっていた。 ピクリとも動かない少年の額からどくどくと流れ続ける赤い血に、ああ、僕を守ったりするからだと絶望した。 凶弾に打ち抜かれ、人間だった少年は化物の少年を護り、その短い生涯を終えた。 頭では理解できても心では理解できず、既に息絶えた少年の体を抱き、既に死した少年を護ろうと必死に抱きしめていた。 ここから逃げなければ。 彼を助けなければ。 人間の子供は頭を撃ち抜かれ既に絶命しているのに、早く手当てをと、彼を助けなければと、理性とは別の感情が一人でこの場から逃げる事を拒んだ。 少年を撃った大人達が嘲笑う。 味方だったはずだった。 味方なのだと信じていた。 だから手を貸した。 人間と魔物が共に暮らす未来のために。 でも、裏切られた。 再び、銃口が向けられる。 入っている弾丸は銀。 彫られた文字は呪いの言葉。 吸血鬼を無力化する言霊。 腕を撃たれれば腕が。 脳を討たれれば脳が。 活動を停止する凶弾。 早く逃げなければ。 一緒に逃げなければ。 ああ、子供一人運ぶことの出来ない不完全で貧弱なこの身が呪わしい。 引き金が引かれるその時、緑の風が目の前に現れた 「何をしているんだ!」 魔女は背にかばった少年に怒鳴りつけた。 目の前にいる裏切り者達は、緑の魔女の姿を目にし、それまで浮かべていた余裕の笑みを消した。口元を引き締め、銃口を少年から魔女へと移動させる。化物の少年は出来損ない故に無力だが、魔女は強大な力を持つ危険な存在だ。 「・・・C.C.っ、スザクが、スザクが撃たれたんだ!早く手当てをしないとっ!」 半ば停止していた思考が動き、腕の中で眠るスザクを抱きしめた。 魔女C.C.はチラリと後ろを振り返り、眉を寄せる。 ルルーシュの腕に抱かれた人間の少年スザクは動かなかった。その両目は固く閉ざされ、その頭は血に濡れていた。そして、ルルーシュの髪を、顔を濡らしている赤い血。おそらくスザクのものだろう。頭部の損傷がどれほどでもないから、頭を撃たれたスザクは、それでもルルーシュを護ろうと覆いかぶさったのかもしれない。 ああ、そんな姿は容易く想像できるなと、魔女は視線を正面に戻した。 優しくて、強い子供だった。 友達を守るために無茶をする子供だった。 「ルルーシュ、スザクは死んだ」 ルルーシュは、C.C.の言葉にびくりと体を震わせた。 ゆるゆると顔をあげると、燃える炎に照らされた新緑の長い髪が目に入った。 「スザクは人間だ。人間である以上脳を損傷すれば死ぬ」 私たちとは違うんだ。 冷酷に放たれた言葉に、ルルーシュは顔をこわばらせた。 頭では理解している。 スザクは死んだのだと。 人間と魔物は違うのだから。 それまでショックでマヒしていた感情が氷解し、ああ、スザクはもういないのだという悲しみが胸に広がった。物言わぬ肢体を抱きしめ、涙を流し始めたルルーシュに、C.C.は僅かながら安堵した。死を受け入れるというのは辛く悲しい事だが、命の灯火が消えた肉の塊のために、こちらの身を危険に晒すわけにはいかない。 「スザクの仇、私が取ってやるよ」 そう言った瞬間鳴り響く銃声 崩れ落ちる緑。 銃口は常にC.C.の額に向けられていた。 そもそもルルーシュを殺すために、京都六家の領土である森を、山を燃やすような連中だ。 C.C.を殺すことに躊躇いなど無い。 スザクの死に続き、産まれた時から共にいたC.C.まで血を流し倒れる姿を見て、ルルーシュの体はがくがくと震えていた。 「・・・すざく、すざくっ・・・!」 既に言葉を発しない人の子に縋るように、ルルーシュはその体を掻懐、助けを求めるように名を呼んだ。その姿が滑稽に映ったのだろう、銃を持つ大人たちは楽しげに顔を歪め、近づいてきた。 「魔女を殺したのはもったいなかったな」 何せ魔女は美しい。 新緑を思わせるような美しい緑の髪と、女性らしいなめらかな曲線を描く体。 人形めいた美貌をもつ黄金の瞳の魔女。 その姿に魅了された男は多い。 「ですが、魔女は魔女。こちらの手に余る存在です」 「その割には、簡単に死んだな。魔女の力など所詮まやかしで、我々にも制御できた可能性があったんじゃないのか?」 「今更言っても仕方ありませんよ、既に銀の弾丸を額に撃ち込んだのですから」 もう死んでしまいましたと、教団の男は言った。 「魔女の剥製というのはどうだ?」 「試してみますか?」 恐ろしい事を二人は笑いながら言った。 「それにしても、魔女がこの程度なのだから、殿下・・・ルルーシュも大したことはないのかもしれないな」 「そもそも、吸血鬼としての資質が無く、太陽の下でも動ける異端児ですから」 「・・・無力な化物を、飼ってみるのも悪くはないな」 男はにやりと笑った。 「といいますと?」 「アプソン、私は刻印の入った銀の弾丸二発を使用し、吸血鬼ルルーシュと魔女C.C.を撃った・・・いいな?」 「・・・畏まりました、カラレス様」 醜悪な笑みを浮かべた二人の男は、二つの死体に囲まれた少年を見降ろした。 燃え盛る炎 心を揺らすほど美しかったあの森が、花畑が燃え上がる炎を背にし立つ二人の男の醜悪な顔は、どんな魔物よりも恐ろしく 無力な子供には、伸ばされた大きな手に抗う術など無かった ブリタニア教団 それは、魔物から世界を守る最後の砦 人々に害をなす異形の種族である魔族と戦う唯一の機関 だが、その教団の創始者が魔物だと知る者は少ない 教団の教え、教団の戦術、教団の指針 その全てが、一人の魔族と一人の人間によって作りだされた物だと、誰が気付くだろうか。そう、元をただせばこの教団は、たった二人の子供の考えを元に作り出した物なのだ。 異種族とはいえ、親友と呼べるほどの関係を築いた二人の願い。 生まれが違っても、争うことなく共に生きられる道を。 幼く純粋な子供たちは、その願いを叶えるために まずは力ある魔物から人間を。 徒党を組み攻め込んでくる人間から魔物を それぞれを護るための道筋を、1年に満たない期間で作り出した。 その基盤となるべく作られたのが、ブリタニア教団。 魔族の王家の名を冠した、人の世に存在する特殊機関。 その事を、魔族と人間が知るのはずっとずっと後の事。 教団が行った過ちで、二人の少年を失った後の事。 |