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「・・・っ!」 跳ね起き、辺りを見回せば、そこは見慣れた寝室だった。 1ヵ月ほど寝起きをしている、小さな部屋。 既に秋となり肌寒いはずなのに、全身は汗でぐっしょりと濡れていた。 体を、心を落ち着かせるため、そして荒い息を整えるために頭から毛布をかぶり、膝を抱えて深呼吸を繰り返す。 今まで幾度も見た過去の記憶。 未だに克服出来ないのか、情けないなと、冷酷な自分が頭の中で囁いている。だが、そんな囁きはただの強がりにすぎず、激しい鼓動も、荒い息も収まってくれない。 「・・・くっ」 高ぶってしまった感情が、涙となって頬を濡らす。 C.C.とスザクの死、そして欲をさらけ出した醜い大人の姿。 あの日の出来事は、ルルーシュのトラウマとなっていた。 今もあの日の事を鮮明に覚えている。 焼け焦げた匂いも、燃え上がる炎も、あの暑さも。 腕の中で眠るように死んでいたスザクの事も。 目の前で血しぶきを上げたC.C.のことも。 恐ろしい人間の大人たちの顔も。 ぬるりとした血の感触も、匂いも何もかも。 しゅん、と小さな音を立てて部屋の扉が開く。 その事にびくりと反応すると「私だ」と、聞き慣れた声が返ってきた。この部屋のカギを持っている人物は決まっているというのに、脳がマヒし、そんな事さえ思い浮かばず恐怖に身を縮めた自分を思わず嘲笑う。 C.C.は狂ったように笑う姿を見ても何も言わず、かつりかつりと靴音を鳴らし近づいてきた。そして毛布をかぶり震えている男を、毛布ごと抱きしめる。 「大丈夫だ、私がいる。私だけは、ずっとそばにいるよ」 だから、大丈夫だ。 だから、恐れるな。 もう、泣くな。 「C.C.、スザクが・・・っ!」 まるであの日に戻ってしまったかのように、声を絞り出す。 あの後遺体がどうなったかなど知らない。 逃げるのが精いっぱいだったから。 だが、あの地は六家の土地だから、あのまま野晒しにされてはいないだろう。 獣に連れ浚われていない限り。 既に朽ち果てただろうスザクの死を悲しむ男をC.C.は強く抱きしめた。 「くくくく、スザクに笑われるぞ?いい年をしてまだ泣いているのかと。まだ俺の死を悲しんでいるのかとな?・・・そうだ、こう考えてみたらどうだ?あの枢木は、スザクの生まれ変わりなのだと。お前の事が心配で、またお前の傍に来てくれたのだと」 あれだけそっくりなのだから、可能性はあるだろう? 「生まれ変わりなど、あるはずがない」 「証拠はあるのか?生まれ変わりが無いという証拠が」 出せる者なら出してみろと、馬鹿にするように囁いた。 「悪魔の証明か」 「そう、悪魔の証明だ。不可能だと証明できない限り、誰も生まれ変わりを否定などできはしない。だから、な?あまり枢木を心配させるな。いつも朝早いお前が起きて来ないから、あいつは心配で心配で死にそうな顔をしていたぞ?」 くすくすと笑いながら、C.C.は言った。 「・・・死なせ、ない」 心配し過ぎて死ぬことはないが、今のL.L.の頭の中は、死んだスザクの事でいっぱいだ。だから死という言葉に過敏になる。 「なら、早く起きなければな?大丈夫だ、ここは安全だよ。枢木だけでは無い、ロイドとセシルもいるのだからな?何より、私たちがいる事を誰も知らない」 普段見せる事の無い慈愛に満ちた優しい笑みと柔らかな声で、悪夢にうなされ泣いているL.L.の背を優しく撫でた。 うろうろ、うろうろと歩き回っていると、ロイドが呆れたように言った。 「ねえスザク君、そんなに歩き回った所でL.L.様は起きて来ないよ、体力の無駄、暇ならコーヒー淹れてきてよ」 うろうろされてると気が散るんだよね。 広い部屋の一角を占拠しているロイドは、そう言いながら空になったカップを差し出した。全然、1秒たりとも暇じゃないのにと思いながらも空になったカップを受け取った。 「ロイドさんはコーヒーが苦手だったと聞きました」 「100年も飲み続ければ、習慣になっちゃうよね」 昔は全く飲めなかったけど、今は美味しいと思ってるよ。 手をひらひらと振り、早く淹れてきてと促すので、解りましたと扉の方へと足を向けた。 以前は給湯室は部屋の中にあったのだが、今は廊下を出なければならない。 と言っても、向かいの部屋が給湯室だからそんなに歩かないのだが。 最近ロイドはこの少しの距離もめんどくさがっていた。 仕事部屋が広くなったのも理由の一つかもしれない。以前はこの部屋の1/4ほどの部屋と、さらに小さな個室と給湯室が特派の所有スペースだった。ロイドの個室から給湯室まで歩いて10歩ほどの狭い部屋。 だが1ヵ月ほど前にロイドが画策・・・いや、正しい報告を上にあげた結果、今では教団の最下層である地下11階はすべて特派のエリアとなっていた。だから、小さな部屋でせせこましく作業をする必要はないと、今では一番大きかったこの部屋に全員分の机とパソコンも用意し、休憩用のソファーやテレビも置かれている。人工灯でも生育する観葉植物も置かれており、広々と快適な仕事空間が出来上がっていた。 その部屋の1/5以上を占拠しているのは特派の主任であるロイドで、彼のスペースは物が散乱し、ごちゃごちゃとしている。魔物用の武具の設計図が主で、それを元に格納庫で武具を作り出すのだ。そして、ロイドとセシルが作りだした対魔具を用いて魔物と戦うのが僕。 この三人で特派の全メンバーだ。 そして、この対魔物部隊に客人が二人きている。 いや、誘拐して拉致監禁したというべきなんだろうか?うーん、それだと犯罪だから、やっぱりお客として来てもらっている、でいいや。 水を入れたヤカンを火にかけながら、うんうんと頷く。 ちょっと強引だったけど、ここに連れてきた事であの二人を守っているのだから、犯罪であるはずがない。 その客人は、本来は敵である・・・と、一般的に思われている魔物だった。 普通に考えれば人類の敵なのだが、彼らは人類の味方なのだという。 最初は冗談かと思ったが、教団のデータを読みそれが真実なのだと知った。 そう、客人は魔物。 それも吸血鬼で、魔族の王と呼ばれる種だった。 そんな相手を対魔物部隊に招き入れていいのか!?あり得ないだろう!!と言われそうだが、ここの主任と副主任も魔物で、教団のトップにいる人物も魔物だと解った時点で、あり得ないなんて事はあり得ないのだと、良く解らない結論にたどり着いた。 もう一つの結論は、このエリアにいる人間は僕一人だけということだ。 「魔物と戦う組織なのに、所属している魔物が多すぎないかな?」 インスタントコーヒーにお湯を注ぎながらつぶやく。 自分の周りでこうなのだから、きっと他の部署にも魔物はいいるのだ。 「それは簡単な話だよ、このブリタニア教団は元々魔物と戦う組織では無いからね」 「そうなんですか?」 「正しくは、魔物専用の警察組織だ。罪を犯した魔物をとらえ、牢に入れる。場合によっては処刑もする。一般的な無害な魔物を護るのも、警察組織なら当たり前の事ではないかな?」 「なるほど、そう考えれば・・・って、シュナイゼルさん!?」 いつの間にか背後にいたのは、このブリタニア教団の幹部であるシュナイゼルだった。彼はこの特派直属の上司でもあり、魔物の王族である吸血鬼のロイヤル種。 そしてこの地下11階、いやエリア11で最も警戒しなければならない人物だった。 |