オオカミの呼ぶ声 第1話


「俺は枢木スザク。日本オオカミだ!」

道着に袴を着けた子供は、仁王立ちでそう言った。
尻もちを付いた状態の僕は、その姿を呆然と見つめることしかできなかった。


事の発端は、見知らぬ異国の地、日本の田舎町にやってきた事から始まる。
ブリタニアで生まれ育った僕は、突然この国の古びた一軒家に住むこととなった。
言葉も通じないこの場所に、9歳の子供をたった一人で放りだした大人の考えなんて想像したくもない。
幸いお金だけはしっかりと確保する事は出来たので、その点だけは心配する事は無かった。
古びたその家は、いわゆる日本家屋と言うもので、日本の家は小さいという認識を改めさせられた。
僕をここに連れてきた大人たちは、玄関の鍵を開ける前にさっさと車に乗りこんで立ち去ったが、僕はそのことに不安を感じる事も無かった。
木造のその家は、歩くたびにギシギシと床が鳴る。そんな廊下を進み、持ってきた唯一の荷物であるキャリーバッグを部屋へと運びいれると、一つ一つ部屋を見て回った。
キャリーバックを置いた一番手前の部屋は、ある程度の清掃がされており、いくつかの段ボールが置かれていて、タオルや衣類、布団など生活に必要そうなものが詰め込まれていた。
他の部屋は長年使われた形跡もなく、埃っぽくてカビ臭い
まずは掃除からだな、と段ボールからタオルを一枚取り出した。
水道はちゃんと通っていて、蛇口を捻ると赤茶けた水が出てきた。
その色に思わず顔をしかめたが、蛇口を開けたまま流していれば綺麗にな水が出てくる、と何かで読んだ気がするので、そのまま流しっぱなしにしておいた。
トイレも問題なく、風呂も水が出る。念の為お湯の方へコックを捻ってみると、お湯も問題なく出てきた。
ガスコンロとボイラー、冷蔵庫と洗濯機は流石に新しくしたようで、この古びた建物の中で異彩を放っていた。
ガスも水も電気も大丈夫だと確認を終えた僕は、風呂場に放置されていた洗面器を持って流しへ戻ると、洗面器を洗いバケツの換わりにした。
さて、いつまでここに居るのかは全く分からないが、一日二日と言う話ではない事は解っている。
僕の予想だと1年はここに居ることになるだろう。
そんなに長い期間、こんな不衛生な場所に住むつもりは無い。
掃除などした事は無いが、聞く相手もいないし、わかる事から手をつけていけば何とかなるだろう。
部屋を調べている時に見つけた箒も手にし、まずは部屋の窓を全て開けることから始めた。

「たしか、掃除は上から順にやっていくと効率が良いんだったな」

窓を開け終わった僕は箒を手に、天井の蜘蛛の巣や埃を取ろうとしたが、身長が足りず天井に箒が届かなかった。
そう言えば、箒のあったところに脚立があったな、と思いだし、自分の身長ほどある重い脚立をどうにか運び入れた。
今度は脚立の上に立ちながら箒を振り回そうとしたその時。

「あ、馬鹿!倒れるぞ!!」

突然子供の声が聞こえたかと思うと、脚立が支えを無くしたかのようにガクリ、と折れ曲がった。

「ほわぁぁぁぁっ」

思わず素っ頓狂な声を上げ、大きな音を立てて尻もちをついた僕へ「あーあ、だから言ったのに」と呆れた声で言いながら誰かが近づいてきた。
痛みに顔をゆがめた僕に「ここは俺の秘密基地だぞ、何でお前が居るんだ」とそいつが言うので「君は誰だ」と僕が返して冒頭のセリフが出てきたのだが。

「日本オオカミ?確かずいぶん昔に絶滅したはずだが」

それ以前に目の前に居るのは、僕と同じぐらいの年の、明らかに人間の少年で。
でも、気のせいだろうか、頭の上にぴくぴくと動く茶色のものが見える。
人間の耳も、顔の横にちゃんとあるようだが、一体あれはなんだ?
痛む尻を擦りながら、僕は立ち上がると、その少年の頭の上にあるモノを躊躇うことなくガシッと掴んだ。

「って痛っ!何すんだお前!」

僕が掴んだモノを押え、スザクと名乗った少年は僕の手を振り払って後ずさった。
触れた瞬間ピクリと動いたそれは温かく、やわらかい毛に覆われていて。
間違いなく生き物の、獣の耳。

「本物、なのか?」

がるるるる、と唸り声を上げる少年に、僕は呆然としながらもそう口にした。

「本物に決まってるだろう!馬鹿にしてるのか!」
「馬鹿にしてるわけではない。そんなもの、初めて見たんだ」

僕のその言葉に「へ?マジで?」と、自らを狼と名乗る少年は言った。


これが、僕とスザクの出会いだった。
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2話