オオカミの呼ぶ声 第20話 |
約半年の間眠り続けていたスザクが目を覚ましたと、初詣に行っていたおじさんからの電話で知った私は、慌てて家を飛び出し、神社へ向かった。 枢木神社への階段が視界に映った時、その階段をものすごい勢いで駆け下りる影が見え、私はその影に声をかけた。 だが、声が届かなかったのか、その影はものすごい速さでこの場を離れていった。 私はその小さな影を必死に追いかけた。 雪に埋もれた古びた日本家屋。 その玄関への道のりは、誰かが雪を掻き分け、玄関に入ったことを示していた。 扉を開けようと手に力を入れたら簡単にガラリと開き、玄関へと足を踏み入れてみたが、家の中はしんと静まり返っていた。 外気と変わらないその寒さに、思わず身震いする。 廊下を歩き、部屋の中を見ると、半年前まで毎日見ていた少年の背中が見え、薄暗い部屋で佇む彼の横を通り、部屋の明かりをつけた。 そして、身動き一つせず佇む彼に私は声をかけた。 「久しぶり、スザク。体、大丈夫なの?」 のろのろとこちらに顔を向けるスザクの顔は、まるで人形のように表情がなく、その瞳は私のよく知るものではなかった。 不安と悲しみに沈んだ暗い瞳。 一瞬泣いているのかと思ったが、その瞳に涙はなく、声は感情がこもっていない平坦なものだった。 「もう痛くもなんともない。それよりカレン」 「ルルーシュならここに居ないわ」 スザクが聞きたいことなどわかっている。 私は彼が知りたいであろう答えを即座に口にした。 スザクには、自分の守護領域内ならルルーシュの居所がわかるのだと前に聞いていから、スザクには既にこの地にルルーシュが居ないことはわかっているはずだった。 だけど、私がそう口にした時、スザクの顔が泣きそうに、くしゃりと歪んだ。 口びるを噛み、その両手は強く握りしめられていた。 「勘違いしないでよね?ルルーシュはあの日、怪我とかしてないからね。血、いっぱい流しながら、ルルーシュ背負って神社まで帰ってきたの覚えてない?」 「・・・覚えてない。けど、そうか。ちゃんと助けたんだ、俺」 あの日、傷だらけのスザクは、無理をするなと泣き叫ぶルルーシュを力づくで背負ってきたのだろう、神社の境内にたどり着くと、力尽きたようにその場に倒れた。 それから一度も目覚めること無く眠り続けたのだ。 そんな状態だから、やはり覚えてはいなかったのだろう、ルルーシュが無事だと解って思わず力が抜けたのか、スザクはぺたりとその場に座り込んだ。 わたしは座り込んだスザクの横に座りながら、その顔を覗き込んだ。 「うん、だけどねその後が大変だったの。カグヤ様がスザクに呼ばれたって、桐原のおじいちゃんと慌ててやってきて。血だらけのあんたを本殿で休ませるようにって言ったんだけど、ルルーシュはあんたから離れようとしなくて、お兄ちゃんと玉城と私でどうにか連れ帰って休ませたんだ。ルルーシュ、毎日あんたの見舞いに神社に行ってたんだよ。学校が休みの日は一日中本殿の中で本を読んでた。私と藤堂さんと一緒に本殿にお泊りもした。だけどね、9月に入ってすぐに、ルルーシュ連れて行かれちゃった」 「・・・誰に?何処に!?」 連れて行かれた。その言葉にスザクは顔を上げ、私の両肩を掴んだ。 「カグヤ様の話だと、ブリタニアから来た人間だって」 「ブリタニア・・・ルルーシュが居た国か?」 「うん。あの日、一緒にスザクのところに行く約束してたから、学校帰りに私の家によったの。鞄を置きにね。お兄ちゃんと玉城も一緒にいく事になって、四人でこの家に来たの。そしたらね、家の前に黒い車が止まってたの。車に乗ってたのはブリタニア人で、ルルーシュがここに来た時に一緒に来た人なんだって言ってた。詳しいことはよくわからないんだけど、ルルーシュの家で何か問題があったから、邪魔なルルーシュをここに捨てたのに、問題がある程度解決したら、ルルーシュの頭の良さを思い出して、捨てるのはもったいなくなったんだって。ルルーシュ、すごく嫌がってて、私もお兄ちゃんもルルーシュを連れて行かせないよう頑張った。玉城が藤堂さん連れてきて、村の人達も集まってきて、どうにかしようとみんな頑張ったけど、家のことだから口を出すなってそいつらが言って、結局無理やり連れて行かれたの。警察のおじさんや桐原のおじいちゃんも手を回してくれたけど、ルルーシュの家ってすごく有名なお金持ちなんだって。・・・結局連れ戻せなかったの」 私は話ながら涙がこぼれそうになっていた。悔しかった。何も出来なかった。 ルルーシュは荷物一つ持つことも出来ず、そのまま連れて行かれてしまった。 私の話をただ黙って聞いていたスザクは、伸びをするように両手を上げ、そのまま仰向けになって畳の上に横になった。 起きたばかりでまだ具合が悪かったのだろうか? 私は慌ててスザクの顔を覗きこんだ。 だが、その顔は私の予想に反して、嬉しそうな笑顔で、その瞳から先ほどの陰りは綺麗に消えていた。そんなスザクの表情に、悔しかったあの時を思い出していた私は、思わず絶句した。 「そっか、ルルーシュの家の人に連れてかれたのか」 「そっかじゃないでしょ!なんとも思わないの!?」 「ん?捨てたくせに勝手に俺のものを盗んでいったことには、腹が立つ。だけど俺、ルルーシュが自分から出て行ったのかと思ったからさ。そっか、ルルーシュはここに居たかったんだな」 嬉しそうに言うスザクの言葉に、私は意味がわからずぽかんとマヌケな顔でスザクを見下ろした。 「だってさ、絶対俺のこと、怖かったはずなんだ。カグヤが来るまで、倒れてた俺に誰も近づけなかったんじゃないか?」 「・・・うん。なんかよく解らなかったけど、近づけなかった。・・・怖くて」 「それが当たり前の反応だ。俺は神気を抑えないままの状態でルルーシュを背負ってたはずだ。覚えてないってことは、それだけ余裕がなかったってことだからな。・・・今こうやってカレンと普通に話せるのは、俺が人のレベルまで存在を抑えているからで、神としての存在を表面に出していたら、人は恐怖で身動きも取れなくなる。そんな俺が直接触ったんだから、ルルーシュにとって俺は畏怖の存在になってもおかしくない。だけど、そうか。俺が怖くないんだな本当に」 あの時のスザクは怖かった。まるで蛇に睨まれた蛙のように、あの藤堂先生ですら近寄れず、傷つき血を流しているスザクと、その側で泣き続けていたルルーシュを見ていることしか出来なかった。 私はあの時のスザクを思い出し、ゴクリと固唾を飲み込んだ。 その様子に気がついたのだろう、スザクが私を見上げながら寂しそうに笑った。 「・・・っ!ルルーシュがスザクを怖がらない話はいいのよ!問題はルルーシュが連れて行かれたってことなの!」 「・・・人間の子供は人間の大人と一緒に暮らすのが普通だろ?それが人間のルールのはずだ。その大人が身内なら、ルルーシュにはどうにも出来ないだろ?」 当たり前のことだろう?と言いたげに言ってくるスザクに私は怒りを覚えた。 あんなにスザクを心配して一緒に居たルルーシュのことをそんなに簡単に切り捨てるなんて。 あまりにも頭にきて、私の眦には再び涙が溜まってきていた。 「そう、あんたにとってルルーシュってその程度の存在だったのね」 「その程度ってなんだよ?」 「ルルーシュが居なくなって、なんとも思わないんでしょ?友達じゃなかったの!?」 「人間の子供は」 「聞いたわよ、大人と暮らすんでしょ!?」 「だから、大人になれば大人と暮らさなくていいんだろ?」 きょとんとした表情で、スザクが言うので、私は思わず「は?」と、マヌケな声を上げた。 「ルルーシュは子供だから、ここに居たいのに無理やり連れてかれたんだろ?なら大人になったら帰ってくるんじゃないのか?」 「え?」 「違うのか?」 上半身を起こし、首を傾げながらスザクが聞いてくる。 あれ?どうなんだろう? 「ルルーシュが大人になるのに何年ぐらいかかるんだ?」 「成人は20歳だからあと10年だけど」 「じゃあ10年後に帰ってくるだろ?」 「どうなんだろう、帰って・・・くるのかな?」 「ルルーシュの家はここだぞ?」 「ここよね」 私は先程までの怒りも忘れ、スザクと同じく首を傾げながらそう答えた。 スザクは大人になれば帰ってくるはずだと信じている。だから今はしかたがないのだと受け入れているのだ。 ルルーシュの意志で居なくなったわけではなく、ルルーシュはここに居たいと言っていたのだから。 「10年なんてすぐだろ。俺はアイツが帰ってくるまでこの家を守らなきゃな。埃だらけになってたら、またアイツ脚立から落ちるかもしれないし」 「脚立から?なにそれアイツそこまで運動神経悪いの!?」 今の私には、私達には何も出来ない。 できるのは理不尽な大人の行為に怒り、怒鳴ることだけ。 ならば、私達が大人になるその時までは、ルルーシュがここに帰ってくるのだという希望を抱いて生きるのも悪くはないのかもしれない。 もし戻ってこなかったら? その時は私はもう大人だ。ブリタニアに一人で行くこともできるだろう。 おとなになっても戻ってこないルルーシュに会って、文句を言う事も出来るようになっているかもしれない。 今は無理でも、10年後には その年からだ。 寂しそうなオオカミの遠吠えが、夜空に響き渡るようになったのは。 毎年必ず12月5日に、たった一度だけ聞こえるその遠吠えは、早く帰って来いと、呼ぶ声に聞こえるのだという。 |