ぼくのヒーロー 第12話 ひーろー と だーくひーろー |
「うん、やっぱり可愛い。茶色を選んで正解だな」 茶色のトラ縞が入った猫の着ぐるみ風パジャマをルルーシュに着せ、僕は大きく頷いた。ルルーシュが、頬を赤らめ、不貞腐れてそっぽを向いているのは仕方がない。 嫌だと言いながらも、やっぱりちゃんと着てくれるし、そんな表情も可愛いからつい顔が緩んでしまう。 「枢木スザク、貴様暇なのか?そんなにブリタニア軍は暇なのか?流石に来すぎだろうお前は」 僕が来ると、ルルーシュを取られるのが気に入らないC.C.はそんな事を言ってくる。が、カメラを構えながらなので、説得力がゼロだ。 「今はいろいろあって、休暇が多いんだよ。何かあったらルルーシュの携帯番号教えてあるから、そこに連絡が入る。それよりC.C.。写真、僕にもくれるんだよね?」 その僕の言葉に、こちらを見たC.C.は、口元をへの字に結びながら、仕方ないなと呟き、またカメラを構える。何せ可愛い服を買ってきたのは僕で、僕からのプレゼントだからルルーシュは袖を通すのだ。それを写真に収めたいC.C.としては、僕の申し出を断るわけにはいかない。 その返事に気を良くした僕は「僕とのツーショット撮って」と言うと、あからさまにC.C.に拒否されたが「C.C.とのツーショットは僕が撮るよ?」というと、あっさり許可が下りた。 本当にC.C.はルルーシュが好きなんだなと思う。渡すつもりは無いけど、預ける相手としては申し分ない。食事面以外は。 そんな僕達のやり取りを、あきれ顔で見ていたルルーシュは、一瞬はっとした顔となり「おまえたち、つきあっているのか?」と、聞いてきた。 どうやら僕達が仲のいい恋人か夫婦に見えたらしい。その上、僕がここに来ているのはC.C.に会うためだという結論に至っていて、僕とC.C.は慌ててその勘違いを全力で否定した。 ひとしきり撮影会が終わり、C.C.が鼻歌を歌いながらパソコンで写真を編集を始めた時、ルルーシュは真剣な顔で僕を見てきた。 「どうしたの?喉でも乾いた?水飲む?あ、トイレかな?」 「ちがう。きゅうかが、おおいりゆうは、なんなんだ?」 ああ、それの事か。と、僕はソファーに座り、ルルーシュを膝に乗せて話を始めた。 「騎士団が、大きな事をしていないのが一つ。大規模なテロでもない限り、ナイトメアは動かないからね」 幹部がこの状態だからと言って、黒の騎士団が何も活動をしていないわけではない。が、大きな事は流石にできない状態だから当然だ。 「そしてもう一つ。ユフィが、僕を自分の騎士に、と言ったことが原因なんだ」 そう、藤堂さんを救出するため動いた黒の騎士団と交戦したあの日。突然ユフィは、僕を自分の騎士だと、多くの報道陣の前で発表した。僕だけではなく、総督であるコーネリアも、本国の皇帝さえ知らなかった為、未だに正式な発表扱いはされていない。 騎士に選ばれるのは、本来ブリタニア人だ。しかも、ちゃんと騎士としての訓練も受けたエリートから選ばれる。 それなのに、ユフィは名誉ブリタニア人とはいえ、イレブンである僕を選んだ。もちろん訓練など全くしていない僕を。 士官学校にも入っていない人間を、皇女が選んだらと、騎士に出来る物ではない。 それが可能なら、騎士としての力のない者でも、騎士になれる事になる。そうなってしまえば、名前だけの役職になりかねない。騎士の国ブリタニアでは騎士は神聖な役職だから、それは避けなければならないのだ。 その上、本来なら互いに了承の上で宣言される事を、僕の承諾なしに勝手に決定し、宣言したのだ。それも自分より立場が上である、第二皇子シュナイゼル直属機関に所属している僕を。 これが認められた場合、他の皇族の部下として働いている者でさえ、宣言をしてしまえば一方的に手に入れる事が可能だ、と言う事になってしまう。 そんな前例を作るわけにはいかない。 最初は自分が認められた、と浮かれてしまった僕でさえ、落ち着いて考えれば解る事だった。だからこそ、コーネリアを始めとする皇族や重臣たちは、どうにかユフィの発言を撤回させようと説得中で、簿妙な立場にある僕は、落ち着くまでほとんど仕事が出来ないのだ。 ダールトン将軍やロイドに言われたが、万が一この話が通った場合、僕には拒否権は無いのだと言う。既に公に発表されてしまった以上、僕の方から拒否すると言う事は、すなわち皇族に背くと言う事だ。イエス以外僕に選択肢は無い。ノーと言えば牢獄行きだ。それがコーネリアに使えるダールトンやシュナイゼルに使えるカノンでも同じだ。 「そうか、すまないな、すざく。ゆふぃは、むかしから、ああなんだ。おもいついたら、そのばでこうどうする。そのために、したのものが、どれだけくろうするかまで、わかっていないんだ」 僕がどういう立場なのか、すぐに理解できたのだろうルルーシュが、申し訳なさそうに僕に言った 「ぜんいからうまれる、あくい、というやつだ。ゆふぃは、いいことをしている、ただしいことをしているとおもっても、そこにいたるかていや、それがまねくけっかまで、かんがえてはいない」 過程。僕が何より固執している物。それを彼女は見ていないと、ルルーシュは言う。 ユフィは何時もいきなりで。その度に僕の中の扉が開かれる思いがした。 強引で、ぐいぐいと僕を引き上げるその姿は心強く、その心は優しく、美しい。 彼女に選ばれた事が、素直に嬉しく、誇らしく、彼女を愛おしいと思ったのは事実だ。 だが、それは皇女だと知らずに接した時の彼女の姿と、ルルーシュの妹でナナリー姉という関係、二人から聞いた彼女の話で、強引だが心優しい少女と言うイメージが、僕に根付いた為の物だと今回の件で気がついた。 そのイメージが無い状態。つまり、第三者からの視点で見たユフィは、僕の目から見えるユフィとは別人だった。皇女と言う地位を利用し、僕を騎士へと望む。僕に拒否権は無く、他の皇族、重臣たちはそれがマイナスでしかない事に気が付いており、どうにか取り消しをと望んでいる。何せ自分より力のある皇子の持ち物を、自分の物だと勝手に宣言したのだ。下手をすれば皇位継承権争いの火種ともなる。シュナイゼル派を敵に回したと言ってもいい。 だが、彼女は取り消さない。私が欲しいと決めたのだから、取り消すつもりは無いのだと言う。たとえ、誰のものであっても。本人の意思は聞かなくても。 弱肉強食が国是のブリタニアの頂点で育ったユフィには、それが強者だけが持つ力で、それが決定したら最後、弱者である僕や臣下に選択の余地がない事に気が付いていない。 優しいユフィ。だが弱者から見れば、ただの暴君だ。 そんな事を考えている僕の額を、ルルーシュは眉根を寄せてぺちりと叩いた。 「いたいよ、ルルーシュ」 眉尻を下げ、叩かれたその場所を押えながら、ルルーシュを見ると、明らかに機嫌を損ねていた。 「よけいなことをかんがえるな。ゆふぃはやさしいこだ。あのこのきしになれば、おまえのちいもあんていする。わるいはなしじゃない」 ルルーシュは、ナナリーほどではないが、ユフィの事も愛している。 3歳当時の感情を思い出したせいなのか、コーネリア、ユフィ、クロヴィスに対し好意的な話をする事が多かった。よちよち歩きのユフィと、ユフィを連れた優しいコーネリア。幼い自分を絵に描こうと遊びにくるクロヴィス。 そのユフィに対して、僕が悪い感情を覚えた事に気が付いたのだろう。ルルーシュは、ユフィは本当に優しい子なのだと、兄の顔でそう言った。 C.C.から聞いたが、本当はルルーシュは、僕をナナリーの騎士にと望んでいたのだと言う。自分の騎士に、と言わないところが彼らしいが、どうやらナナリーの騎士に、という思いも諦めたようだった。 ルルーシュも元とはいえ皇族なのに、彼の望みは叶わず、いつも何かを諦めている。 諦めるルルーシュと諦めないユフィ。これが、弱者を知る者の差なのだろうか。 「だけど、僕には拒否権もないし、もし決定したらユフィの騎士だ。彼女について行って、いいんだろうか」 君の騎士になれたら、と思う。幼い君を守りたいと。 それはつまり僕が黒の騎士団に入ると言う事。 僕の目的はブリタニアの内部からの改革。 だが、このままでは内部の改革どころか、ユフィの強引さに振りまわれ、敵を作り続ける道に進みそうで怖い。 それならば。 「いいか、すざく。ゆふぃのかんがえは、こくぜにはんするものが、おおい。ゆふぃのねがう、せかいとするためには、ゆふぃが、こうていになるしかない」 「へ?皇帝!?」 突然のルルーシュの発言に僕は驚いた。 「おまえのもくひょうは、ないとおぶわんとなり、にほんを、じぶんのちょっかつりょうに、することだったな。ならば、ゆふぃのないとおぶわんを、めざせばいい」 「ユフィを皇帝にして、ナイトオブワンに?」 「ゆふぃがこうていになれば、しんりゃくせんそうもおわる。けわしいみちだが、めざすかちはある」 何せわがままな姫君だから、発言をする前に考え、相談することから教えなければいけない。その発言を実現するための過程と、その結果を考える事も必要だ。暗殺の危険も増すし、何より皇帝の国是に反するのだから敵も増える。ユフィを支えて、上位の皇位継承者と戦い、生き残り、勝ち抜き、新たな皇帝へ。 可能だろうか?だが、名誉の僕が皇族の騎士になる事よりも、ずっと実現可能な道にも見える。 「よくかんがえることだ。おまえには、さいのうがある。なにせ、このおれが、みとめたおとこなのだからな」 「ルルーシュ・・・」 「しゃるる・じ・ぶりたにあは、おれがたおす。そうなれば、あらたなこうていがひつようだ。あらたなこうていとして、ゆふぃがたてるよう、すすむみちもある、ということだ」 父親を憎む幼いルルーシュの瞳には、その年齢に似つかわしくないほど、苛烈な光が宿っていた。 その彼を、僕は無言のまま、ぎゅっと抱きしめた。 ユフィを皇帝とし、戦争を無くす。 その考えは、僕には無かったものだ。 C.C.が、幼い頃二人を日本人の悪意から守った僕は、二人にとってヒーローだったのだ、と言ったことがある。 どんな窮地に立たされても、正義を貫く。悪と戦い勝利を収める。 強者から弱者を守る。 だから、ルルーシュは疑わない。 僕にはユフィを守り、彼女を王にする騎士としての力があるのだと信じている。 まるで物語に登場する姫を守る英雄のように。 僕にとってルルーシュこそがヒーローだった。 体の不自由な妹を、たった一人で、その心も体も守り続けるなど、普通は出来ない。 悪を成して巨悪を撃つ。その言葉通り、彼は完全な善ではない。 綺麗な存在ではない。 だが、彼の指し示す先は、弱者が虐げられる事のない、優しく、平和な美しい世界。 すぐに道を踏み外す僕にも、こうやって進むべき道を指し示してくれる。 彼の指示した道は、僕に希望を与えるのに十分な物だった。 僕はこれからも、ブリタニアの内部からの改革を。 ルルーシュは、ブリタニアの外からの改革を進めていく。 それは僕達が敵であり続けるという事ではあるが、目指すべき場所は同じだった。 侵略戦争を続ける皇帝を倒し、優しい皇帝を据える。 その為の道は険しくても、僕たちはそこを目指し、進むだろう。 優しい世界を目指して。 「それは解ったけど、君がこのままじゃ、外部からの破壊は難しくないかな?」 「おれはぜろ!きせきをおこすおとこだ!おれにふかのうはない!」 「ゼロには私もいるからな!お前に心配される事など、これっぽっちもない!だから帰れ!ゼロを返せ!」 まずは、どちらが彼に相応しいのか、決めるところから始めようか。 |