ぼくのヒーロー 第11話 うたがわれたふたり |
「あーもぉ、ルルちゃん居ないと、仕事が溜って仕方ないわね」 商店街を歩きながら、私は小さく溜息をついた。 生徒会で使う物を買いだしに、リヴァルとシャーリーを連れてやって来たのだ。 当然荷物はすべてリヴァルに持たせている。 ニーナは<ユーフェミア皇女殿下特番>を見るため生徒会室でお留守番。録画もしているが、リアルタイムで見ることに意味があると、目の色を変えながら力説されてしまったため、不参加。正直あのニーナは怖かった。今思い出しても鳥肌が立つ。 「でも、本当なんですか?ルルがチェスで負けたって。勝つまで帰らないって、言ってるんですよね?」 「いやー、俺も信じられないけどさ、ナナリーとスザクがそう言うんだから、そうなんでしょ?」 「ナナちゃんはルルーシュと直接話したわけではないみたいだけどね」 あのルルーシュがナナリーに何も連絡せず姿を消し数日経った。本当にチェスで負けたからなのかしら?と、私は不安になる。何せルルーシュは死んだはずの皇子。いくらアッシュフォードで匿っていても、本人がこう自由に出歩いていては、正直いつばれるか内心穏やかではない。 まあ、あのルルーシュの事だから、そんなヘマはしないだろうけど。 「スザクが言うには、イレブンには、目的を果たすまで一番好きなモノを絶つ、ってのがあって、それでナナリーちゃんには電話をして無いんだって」 「まあ、ナナちゃんはルルちゃんの話を、スザク君じゃない別の信頼できる人から聞いたって言うし、信じるしかないわよね」 ナナリーの話だと、ルルーシュと、とても親しい女性が教えてくれたのだと言う。 その女性の話をした時の、ナナリーの落ち込んだ顔がちらつく。話を聞く限り良い人のようだが、なにか訳ありのような気がした。誰だろう。そんな女性、私は聞いていない。ルルーシュが戻ってきたらちゃんと聞き出さないと駄目よね。 「カレンも体調崩したらしくて休んでいるし、スザク君は言うだけ言ってすぐ出てっちゃったし、ルルは居ないし。ホント困っちゃいますよね」 「困るのはルルちゃんがいないから、じゃないのかなぁ~?わっかりやすいわよね、シャーリーは」 「会長!」 恋する乙女の顔で話すシャーリーに、ちょっとだけ嫉妬してしまう。 私はかつての婚約者ではあるが、私はあの二人を守る事を選んだ。だからもう彼の横に立つことはもう出来ないのだから。 「あれ?会長、見て下さいよ。スザクっぽいんだけど、見間違いじゃあないですよね?」 リヴァルが、一つの店を指差して、変な顔をしながら聞いてきた。 指差した方へと視線を向けた私達も、同じように変な顔をすることとなった。 「子供服の専門店、よね」 「あれ、間違いなくスザク君でしたよ、会長」 「スザクが子ども服とか。有り得ないでしょ」 店内へと足を進めるスザクをしばらく見つめた後、私はにっこり笑って二人に告げた。 「よっし!潜入捜査よ!尾行よ!ささ、行きましょう!!」 「あ、これも可愛いな」 僕は子供服専門店で、ルルーシュの服を選んでいた。 特派に配属になってからは、驚くほどの給料を貰えるようになっていたが、軍人なんてやっていると、お金の使い道は殆ど無く、貯金は溜る一方だ。一兵卒の頃は、ちょっと私物を買う程度しか貰えなかった事もあり、無駄遣いをする習慣もなかった。 こんな風に買い物をするなんて、凄く久々で楽しい。金額を考えず、好きな物を、好きなだけ買えるお金がある事を感謝したのは初めてだ。なにせ、相手は3歳児。どんな服も可愛く、どれもきっと似合うだろう。買いたいものが多くて、目移りしてしまう。 ゼロと言う立場もあるし、やはり子供用の黒いスーツも買ってあげようかな。 ああ、帽子とリュックも欲しいな。髪止めは、怒られるだろうか。 「やっぱり黒がいいのかな。でも、子供の頃のイメージって白なんだよなぁ」 手には猫の着ぐるみ風パジャマ。白と黒。どちらを買おう。 汚れる事を気にするなら黒か。でも白も可愛いよね。 浮かれていた僕は、そんな姿を生徒会の人たちに見られているなんて気が付いていなかった。 「スザクだな。間違いなく」 「子供服選んでるよ~?なんで?」 「知り合いの子供へのプレゼント?まさかねぇ」 新生児が生まれた時に何かを送るならまだしも、今彼が見ているのは3歳児向けの衣類。買い物カゴには、靴下や下着類も入っていた。どう考えても自宅用にしか見えない。 「もしかして、スザクって子供がいるのか?」 ぼそりと呟いたリヴァルのその言葉に、私とシャーリーは驚いてリヴァルの顔を見た。 「まだ17歳よ、彼?」 「でも、あいつ女性の扱いも上手いし、モテるし、そっちの経験は豊富そうじゃないですか。3歳ってことは14歳の時か?まあ、無い話でもないし」 確かに中学生で妊娠とか、ネットで探せばその手の話題は出てくる。もう一度スザクへと視線を向けその表情を見ると、あんなに幸せそうに品物を見ている姿は、とても他人の物を選んでいるとは思えない。 「ええ~!?でも、え?そうなの?」 シャーリーが顔を真っ赤にしながら、スザクの様子を伺い、あれやこれや妄想を始めていた。 「姪っ子や甥っ子がいて、久しぶりに会うから買っている、とかじゃないかしら」 「でもスザク、兄弟居ないし、両親も死んだって」 「従兄弟とか可能性はあるわよ。大体、自分の子供がいるなら、軍の仕事が無いからって、学校になんて来れないでしょ」 スザクの性格なら、学校より子供を優先するはず。うん。間違いない。 「でも、スザクもここ数日学校来てないですよね?今日はルルーシュの話してすぐ帰ったし」 「も、もしかして、子供がいるって気が付いたのが最近、とか?」 ごくりと固唾を呑み、真剣な顔でリヴァルとシャーリーが顔を見合わせた。 疑い出したらきりがない。こう言うのは本人に直接聞くべきよね。うん。 そう思い、スザクの元へ向かおうと思ったその時、スザクが誰かに気がついたらしく、声をかけていた。 それは見覚えのある女性で。 「え、あれってカレンの」 「会長、知ってるんですか?」 「え?ええ、カレンの家の・・・お手伝いさん」 どう見てもイレブンの女性を、カレンの母親と言うわけにもいかず、私はそう答えた。 「あら、スザクさんも来ていたの?」 「はい。どうせなら可愛い服を着て欲しくて、買いに来ました」 僕のカゴに入っている服を見て、カレンの母はくすりと笑った。 「あらあら、こんな可愛らしい服、着てくれるかしら?」 「僕からだって言えば着てくれますから大丈夫ですよ。お母さんは何を買うんですか?」 カレンの母親は、騎士団内では<お母さん>と皆に呼ばれていた。 あの藤堂先生も照れながらそう言うのだから、僕も照れくさいが、それに従うしかない。カレンは、お母さんはドジで何もできない、と言っていたが、子供の扱いがうまく、彼女が来てくれた事を皆が感謝していた。家政婦向きではないのかもしれないが、保母さんや幼稚園の先生など、子供に関わる仕事には十分向いていて、子供が絡む事でミスをする事は無かった。 ただ、食事の用意の時に結構やらかしてしまうらしく、玉城から食事の手伝いを拒絶されたらしいが。ラクシャータも、彼女は手伝いによこさないでと言っていたから、カレンの認識も正しいのかもしれない。 「それが、色々あって迷ってしまって。どんなのがいいのかしら」 見ると、カゴの中にはまだ何も入っていなかった。 あの秘密のアジトにあった子供服の店は、他の子供たちには問題は無かったのだが、ルルーシュとカレンには大きすぎて着れる物がなかった。千葉という藤堂さんの部下が、二人用に数点、買って来てくれていたが、それでもやはり種類は少ない。 それを口実に僕はこうやって勝手に買いに来たのだが。 「もしかして二人分買いに来たんですか?」 「ええ。小さな子は洋服がいくらあっても足りないから。スザクさんも言われてきたんでしょ?」 「いえ、僕は個人的に。だから彼の分はいいですよ、僕が買いますから」 「あら。じゃあ、お会計のとき呼んでね」 「あー、僕からのプレゼントにしたいので、自分で払います」 そう言う僕に、お母さんは笑いながら「本当に仲がいいのね」と言った。 「あ、やっぱり女の子の服のほうが可愛いなぁ。でも、流石にこれは着てくれないかな?」 ピンクの猫耳パーカーを手に取り、そう言うと、流石に無理でしょう?とお母さんに笑われた。 うん、いくら僕からでも、これは無理だよね。潔く諦めよう。 「カレンは、どういう物がいいのかしら?」 「え~と、カレンは赤が好きですよ。赤い色で探してみませんか?」 「ああ、そうだったわ。あの子昔から赤い服好きだったわ」 思い出したと嬉しそうにお母さんは、可愛らしい赤い服を選び手に取った。 カレンの話では、母親は俗に言う愛人で、父親の本妻に子供が出来なかったため、引き取られたのだと言う。その引き取られた先にお母さんもやってきて、住み込みで働き始めた。 それをカレンは、一人で生きられないから、昔の男に縋っているんだと思っていたのだ。本当の母親である彼女を嫌い、碌に話もしなくなったという。同じ家に住んでいながら、娘の好みも解らなくなるぐらい避けられても、娘から離れようとしなかった母親。 楽しそうに娘の服を選ぶその人を見て、カレンが羨ましいなと、スザクは思った。 もちろん、そんな姿を見られているなんて全く気付いていなかったが。 「かかかかかか、会長っ。カレンって聞こえましたよ、カレンって。どどど、どういう事なの?」 シャーリーがあからさまに動揺しながら、私の腕を掴んでそう言った。 「カレンの好みに合わせて女の子の服を・・・って、まさか」 「ま、まさかって何?ねえリヴァル、まさかって何?」 「落ち着けってシャーリー、カレンもここ数日休んでるだろ?だからさ」 「何、実はカレンは妊娠してて、この数日でその子供が産まれて、お手伝いさんが子供服を買いに来たとでも?ないない。新生児用ならともかく3歳児よ?無いわね」 大体カレンのお腹はぺったんこだったのだ。妊娠はしていなかった。妊娠が発覚したのだとしても、選ぶなら新生児用であってこのサイズではない。 「でも、会長。実はスザクとカレンに双子の赤ん坊が!って話だったら、この状況納得できるんすよね、俺」 父親のスザクが男の子用、おばあちゃんが女の子用を買い、母親は子供と家でお留守番。これが新生児用なら、私でも怪しんだだろうが、流石に大きすぎる。 「それにお母さんって、スザク君あの人の事、お母さんって言ってるよ。どういう事なの!?」 「いや、だからスザクの母親は・・・でも、え?カレン好みの服を選ぶ女性をお母さん?」 しまった。流石にこれ以上はいろいろ不味い。カレンはハーフだと言う事を隠しているのだから。 「一旦ここを離れて、カフェにでも入って落ち着きましょう?」 私のその言葉に、二人は力強く頷いた。 その翌日から、スザクとカレンに双子の赤ん坊が出来たと言う噂が実しやかに囁かれることとなる。 |