黒猫の見る夢 第10話 |
奪われる。 体を奪われ、人の心を奪われたルルーシュを。 ようやくこの手に取り戻した守るべき者を、奪われる。 スザクが皇帝へ返事をせず、身を固くした事に気がついたのだろうか、ルルーシュはスザクの体を駆け上るとその肩へ乗り、くるりと身を返すと、皇帝に対し、威嚇の声を上げ始めた。 まるで自分は何処にもいかない、スザクの元にいるのだと言っているようなその姿に、スザクは泣きたくなるほど嬉しかった。 皇帝の命令に従い、スザクの近くへ歩いてきていたビスマルクは、そのルルーシュの姿に足を止めた。 「枢木、ルルーシュ様をこちらに」 「フー!フー!」 全身の毛を逆立て、スザクの肩に爪を食い込ませながら、ルルーシュは威嚇を続けるが、このままでは不味いと、スザクは視線を肩に乗るルルーシュへ向けた。 「ルルー」 「フギャー!」 スザクがルルーシュへ声をかけようとすると、その声を遮るような大声でルルーシュは鳴いた。「お前は黙っていろ!」そう言われたような気がして、スザクは口を閉ざした。 「枢木、どうにか鎮められないのか?」 手を伸ばせば鋭い爪で引っ掻かれ、噛みつこうという素振りまで見せるルルーシュにどう対応していいのか解らないと言う顔で、ビスマルクが聞いてきた。あのナイトオブワンがこんなに困った顔をするなど、信じられない思いだったが、スザクはそのビスマルクの問いに首を横に振り、否と答えた。 「このルルーシュは、人間を恐れ、嫌っています。自分に懐いているのは、心が壊れたルルーシュが最初に目にしたのが自分だったからでしょう。雛が初めて目にした物を親だと認識するように、ルルーシュも最初に見た者を安全だと認識した。そうでなければ、自分に懐くはずがありません」 ルルーシュがこうして自分についている理由はそれ以外考えられなかった。 かつての友人同士なら、ルルーシュの人の心がそうさせていると思う事も出来ただろう。でも、今はもうあり得ない話だ。 「人間を恐れ、嫌っている、か」 話が聞こえていたのだろう、皇帝がそう呟いた。 「はい。自分以外の人間に対し、常にこのような威嚇を行います。毎日顔を合わせているキャメロットの者にもです」 なおも威嚇の姿勢を崩さないルルーシュをじっと見つめていた皇帝は、興味を失ったのか「もう良い下がれ」と命じたため、スザクは騎士の礼を取り、謁見の間を後にした。 暫く廊下を歩いていると、スザクはホッと息を吐いた。 良かった、奪われなかった。 その安堵が伝わったのか、ルルーシュはようやく全身の緊張を解き、その身を隠す様にスザクの首の後ろとマントの間に身を寄せ、体を縮めた。 「ルルーシュ、何処から降りておいで。いつもの場所の方がいいだろ?」 「にゃぅ」 小さな声で返事はするが、そこから動く気配は無い。あれだけ威嚇を続けていたのだ、疲れてしまったのかもしれないと、スザクは歩く速度を速めた。 ほんの数日前まで瀕死だったのだ。そんな体で、無理をさせてしまった。 それにしても、エリア11へ遠征か。キャメロットは一緒に来るのだから、ルルーシュも連れて行けるのだが、傍に置くわけにはいかない。不安は大きいがロイドとセシルに任せるしかないか。 「枢木」 スザクを呼びとめる声が後ろから聞こえ、歩みを止めて後ろを振り返った。 「ヴァルトシュタイン卿、どうかされましたか?」 そこには、早足でこちらへ向かってくるビスマルク。先ほどは気付かなかったが、かなり顔色が悪いように見える。やはり皇帝の不調はそれだけこの男にも影響を与えるのだろう。 「枢木、その、ルルーシュ様の事だが」 辺りに誰も居ない事を確認した後、小さな声でそう言った。 「はい」 「今のように、常に枢木の傍に置くよう、陛下のご命令だ」 「イエス・マイロード。・・・え?」 反射的に返事をしたが、その内容を脳が理解した時、思わず声を上げてしまった。 「今のように、ですか?」 つまり衣服の下に隠したり、肩に乗せたりという今の状態のように、と言う事だろうか。 「ルルーシュ様が人間を恐れているならば、誰かに預ける事は出来ないだろう。ルルーシュ様も鬼籍に入っているとはいえ皇族である事に変わりは無い。大事に扱わねばならないからな。ランスロットに騎乗するとき以外は、常に傍に置くように」 「イエス・マイロード」 なぜ皇帝から命令と言う形でその様な事を言われるかは解らなかったが、スザクとしては好都合だったので、すぐに返事をし、その場を後にした。 「・・・どういう事だろうねルルーシュ。一緒にいていいんだってさ?」 「にゃぁ」 ビスマルクが来た事で、身を固くしていたルルーシュは、スザクのその質問に、その小さな前足をスザクの肩へ置いてから、解らないと言いたげに首を傾げた。 その様子に、本当に言葉を理解しているみたいだと、スザクは笑った。 皇族で大事に扱わないといけないなら何で猫に変えたのだろう。 人の姿のまま幽閉すればよかったんじゃないだろうか? そうなれば、二度とスザクはルルーシュと会う事は出来なかったのだが。 皇帝の意図が解らず、スザクもルルーシュも首を傾げるしかない。 「でも、陛下直々の許可が出たんだから、君を隠さなくていいってことだよね」 肩に乗ったその小さな体を両手で抱え上げ、腕に抱いた。こうして堂々と表に出してもいいと言う事だ。笑顔を向けるスザクの様子にルルーシュは安心したのか、その腕に身を任せ、眠りにつく。 「お休みルルーシュ」 スザクはその背中を撫でながら、ゆっくりとした足取りでキャメロットへ向かった。 しんと静まり返ったその通路を、1人の女性が歩いていた。 カツカツとヒールの音だけが辺りに響き渡る。 彼女の歩いているその通路には、彼女以外の人間も居るのだが、動いているのは彼女だけだった。 カツカツと、迷うことなく歩く彼女の足元には、倒れ伏す人間。息はある。だが、意識は無い。その女は、そんな様子を気にすることなく、ただそこに転がっている人間が歩くのに邪魔だなと言いたげな視線だけを送った。 カツカツカツ。 やがてその足は一つの大きな扉の前でとまった。女は迷うことなくその扉を開ける。そこは大きな会議室で、十数人の人間が会議用のテーブルに伏せる形で意識を無くしていた。女は辺りを見回すと、目的の物を見つけたのか、再び歩き出した。 そして1人の男性の傍で立ち止まる。意識なく机に伏せっている男。この女はこの男の事を良く知っていた。 茶色い癖っ毛、青いマント、ナイトオブラウンズ・ナイトオブセブン・枢木スザク。 女は意識を無くしたその男の顔を一瞥した後、その体を隅々まで調べ上げた。 そして。 「ああ、此処にいたのか。探したぞ、私の魔王」 その男の服の中で、意識を無くしながらもその体にしがみ付いていた黒い塊を手にすると、その女性・・・C.C.はエリア11政庁を後にした。 |