黒猫の見る夢 第12話

そこには豪奢な椅子が一つ置かれていた。
その椅子に座るのは黒髪にアメジストとルビーの瞳をもつ美しい少年。
その視線はじっと前を見据えていた。
少年の座るその椅子の肘かけには、新緑の長い髪と黄金の瞳をもつ美しい少女が腰かけていた。
その視線もまた、少年と同じ方向へ向けられている。
見目麗しい男女が寄り添い、身動きせずにそこにある姿は、美しい絵画のような光景だった。
やがて少年は大きな溜息を吐くと、肘かけに置いていた右手をあげ、その美しい指で自らの顔を覆い隠した。そんな様子を、少女は口元に笑みを浮かべながら見つめた。

「お前、本当に枢木スザクが好きなんだな」

にやにやとした笑みを浮かべながら少女は少年の顔を覗き込むように言った。
その少年の顔は耳まで赤く染まり、あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたいと言う心境がありありと見てとれ、それがさらに少女を楽しませた。
この少年はどのような表情をしていても美しいが、このような表情、めったに見られるものではない。

「別にスザクが好きだからあんな行動をしていたわけではない!スザクも言っていただろう、あれはインプリンティング。最初に目にしたスザクを親だと判断した結果だ!!」

でなければ、自分を売り払った男にあんなに懐くはずがない!!

「と、言っているが、どうなんだルルーシュ?」

C.C.は心底楽しいと言う表情で、強い眼差しで睨みつけてくるルルーシュから視線を逸らし、ルルーシュの膝元へ声をかけた。
そこには安心しきった表情で体を丸め、すやすやと眠る黒い子猫。

「・・・なぜそっちに聞く」
「スザク、スザクと追いかけていたのはこっちのルルーシュだからな。お前に聞いても解らないだろう?」
「それはそうだが・・・」

口ごもるルルーシュにニヤリと笑いかけた後、C.C.は子猫の小さな頭を軽くつついた。

「なあ、小さなルルーシュ、お前は今どんな夢を見ているんだ?」
「猫の夢など、どうでもいだろう」

ルルーシュもそう言いながら膝の上で眠る自分を見つめた。
そう、この黒猫はルルーシュ自身。
皇帝のギアスのよって人である事を奪われ、獣とされた姿。
ルルーシュの肉体。
姿を奪われ、言葉を奪われ、行動の自由を奪われた。
そんな自身の姿にルルーシュの精神は耐えきれず、自らの死を選んだ。
ルルーシュの記憶は、ランスロットから落ちた所で途絶えた為、自分は死んだのだと思っていたのだが、その後もこの体は生き続けていた。
あまりの苦しみに自ら閉ざした心の替りに、猫としての心を宿して。
意識を取り戻したルルーシュは、この場所にC.C.と共にいた。C.C.の話ではここは神根島の遺跡にあった扉の奥で、ギアスとコードに関わり深い場所なのだと言う。
どうにか猫のルルーシュを取り戻したC.C.はコードの力を使い、ルルーシュの心をこうして実体化させる事に成功した結果、今の状況が生まれた。ルルーシュの心が目を醒ましてからは、猫の体と心はこうして眠り続けている。
C.C.は、ルルーシュが眠っている間の情報を知るため、猫の心に干渉した。ルルーシュの猫の心の中へルルーシュの人の心と共に入り込み、猫となってからの様子を見続けていたのだ。
猫のルルーシュはスザクを見ると、まさに猫なで声と言っていい甘えた声で鳴き、すり寄り、甘え、じゃれついていて、先ほどC.C.が言ったように、まさにスザク、スザクとその姿を視界に入れる度に嬉しそうに、その小さな体で駆け寄った。
元は同じ心のため、その猫の感情は直接ルルーシュへ流れ込み「もういい!もう十分だ!」と、自分が他人に甘えまくり、心底幸せだと言う感情で心を満たしながら、敵であるスザクにじゃれついているという事実に耐え切れず、羞恥心で顔を赤くさせ、何度もこの映像から逃れようと暴れ、そのたびにC.C.に抑え続けられていた。
そして今、全ての映像を見終わった所だ。
子猫は人間を嫌悪し、怯えていた。それはおそらく人であるルルーシュの心の影響。父親に開戦の道具として日本へ送られ、親友にさえ出世の道具として使われた。その結果、人間不信に陥っていたのだ。
それは別に構わないのだが、何故かそこに例外が生まれ、その例外がよりにもよって自分を売り払ったかつての親友だった。
元々猫好きだが猫に嫌われる体質のスザクは、自分に懐く猫を可愛がった。
ルルーシュと呼びながらも、元はかつての友人であった、人間であったルルーシュである事など忘れてしまったのだろうその様子にも腹が立ったのだが、一番腹立たしいのは、やはり猫である自分自身の行動と感情だった。
本当に、穴があったら入りたい。
何でこんな恥ずかしい思いをしなければいけないんだ。
ルルーシュはそう憤慨しながらも、膝に乗る猫の背を優しく撫でた。こうして人の心を取り戻し、その体から離れてしまうと、この猫が自分だとは信じられなくなるのだが、猫であった頃の記憶がある以上認めるしかない。

「で、どうするつもりだ?」

C.C.も横から手を伸ばし、猫の頭を優しく撫でながらそう聞いてきた。

「黒の騎士団はどうなっている?」
「今はカグヤと藤堂を中心に行動している。カレンも一緒だ。私も共に行動はしていたが、お前の居場所が知れた時点で離れた。カレンにはルルーシュを取り戻してくると一応話はしている。扇達はエリア11政庁の地下に囚われているが、奪還される恐れがあるからと、死刑か、ブリタニアの刑務所へ搬送するか、という話が出ているらしい」
「扇は捕まったのか」
「安心しろ、あの戦闘で捕縛されたのは学園にいた者だけだ。原因は扇。玉城の話では、学園を占拠してしばらく経った頃、扇を訪ねて女性が1人で学園に来たらしい。美しいブリタニア人の女性で、扇個人の地下協力員だと、扇が説明したそうだ。扇は、その女に撃たれた。玉城の話では、女性の服の脱がせ方を扇が聞いてきた事があるらしくてな、その女がその相手じゃないかと言っていた。痴話喧嘩のもつれか、あるいは女がブリタニア側のスパイだったかは解らないが、扇が倒れ、お前が戦線離脱した事で学園内は指揮系統が機能しなくなった。あの場にいたラクシャータが即座に撤退命令をだし、玉城は後輩たちを無駄死にさせられないとそれに従った結果、学園にいた者も撤退できたが、怪我をした扇を運んでいた者やその護衛が捕まった」

ゼロが戦線離脱をした理由は、ガウェインを追う謎の機体を多くの物が目にし、その機体の迎撃に失敗していた事もあり、その機体が強敵で、戦線離脱を余儀なくされた、という意見でまとまっていた。何せ共にガウェインに乗っていたC.C.が、ゼロを逃がす為ガウェインと共にその機体に特攻をかけ、どうにか海底深くへと沈め沈黙させたと説明をしたのだ。そのC.C.は海面を漂っている所を神根島から引き返してきたカレンに発見されたため、その言葉は全面的に信用された。
ゼロを見捨てたカレンは、戦場へ戻る途中拾ったC.C.に話を聞き、その上見捨てた事に対して説教をされ、自分の行動に深い自責の念を抱き、ゼロの正体もゼロが神根島へ向かっていた事も決して語らなかった。
そこまで話を聞いたルルーシュは、その細い指を額に当て、眉根を寄せた。

「地下協力員の話など、聞いていないな」
「だろうな。誰も知らなかったらしい。カレンが学園祭でブリタニア人の女性と扇が一緒に居るのを見たそうだが」

その言葉に、ルルーシュは学園祭で扇を見かけた事を思い出した。

「そう言えば学園祭の倉庫でお前と居た時に、扇も入って来ただろう?その時確かにブリタニア人の女性と共にいたな。銀色の長い髪、褐色の肌、細身の体。顔はよく見えなかったが・・・」

その特徴に何か引っかかりを覚え、ルルーシュは目を細めた。

「ああ、あの女の話だったのか。そういえばあの女、どこか他の場所でもで見たような気がする」

ルルーシュとC.C.に覚えがある。それは黒の騎士団の活動に関係している所で見たと言う事か。銀髪、褐色の肌の女。

「・・・思い出した。ブリタニアの軍人だ。シンジュク事変の折に俺がサザーランドを奪った相手。そしてスザクを裁判所へ護送する為のナイトメアに乗っていた女だ」

気丈な軍人と言うイメージと、おしとやかで清楚なイメージ。全体の雰囲気が違うから今まで気がつかなかったが、まず間違いないだろう。

「ああ、そうか枢木スザクが搬送されるというあの特番で見たんだ。・・・なんだ、完全にスパイじゃないか」

C.C.はつまらないと言いたげにそう口にした。
どうせならもっと面白い展開なら楽しめたと言うのに。

「ということは、だ。お前の補佐と言う立場でありながら、扇はこんな解りやすいハニートラップに見事に引っかかったと言うわけか。馬鹿な男だな」

自分の敵である軍人、しかもテレビにまでその顔が出た女に騙されたか。普段はブリタニア人だと言うだけで毛嫌いするくせに、自分に言いよって来た女だけは別とはな。

「確か名前はヴィレッタ・ヌウ。純血派だったはずだ」
「そこまで解っているなら話は早いな。調べれば写真も出てくるだろう。ディートハルトに連絡を取ってやろうか?」
「ああ、すまないが頼む」

もし彼女で間違いがないなら、今後の扇への対策は変わってくるだろう。ブリタニア軍は扇が黒の騎士団No2だと知っているのだから、取引材料として使う事も考えているはず。だが、扇が黒の騎士団の情報をその女に流していたとすれば、完全に裏切り者だ。それが判明すれば、黒の騎士団としての対応は全く違う物となる。

「それにしても、こんな猫の姿になってまでまだ動くつもりなのかお前?」

さわさわと、猫の喉の辺りを撫でながらC.C.は訊ねた。本能的な反射だろうか、眠る猫は首を伸ばし、気持ち良さそうに喉を鳴らした。

「確かに俺自身は動けなくなったが、C.C.、お前がいるなら問題は無いだろう?」

こうして対話が出来る。情報と通信手段さえあれば、俺はまだ戦える。

「私がまだ協力するとでも?残念ながらお前は契約不履行だ。もう共犯者ではない。暇つぶしに連絡ぐらいは取ってやるが、それ以上協力する理由はもうない」
「お前の願いを叶える、というやつか?猫の姿では叶えられないと言う事か?」
「不可能ではないだろうが、流石の私もそれは出来ないさ・・・だが、困った事になった」
「困った事?」
「いや、お前には関係の無い話さ、ルルーシュ」

C.C.はいつも以上に感情を消し、全てを諦めたような口調でそう言った。
ルルーシュは何時にないその様子が気になった。何より此処まで協力させ、そのうえ助け出してくれたと言うのに、何も対価を払えないと言う事が納得できなかった。
無償の協力など必要ない。施しなど、憐みなど必要ない。必ずそれに見合う対価を返して見せる。
契約不履行。
原因は自分が人では無くなった事。
その願いを叶えられないと言うのであれば、願い以外の物で払うしかない。

「だが、困った事なのだろう?話してみろ」
「話して何が変わると?」
「お前は俺の頭の事だけは褒めていただろう?ならば、お前の悩みを聞き、この無駄に賢い頭で出す答えと言う物を知りたくは無いか?」

にやりと口角を上げてそう言うルルーシュに、それも面白いかもしれないなとC.C.は思った。
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