いのちのせんたく 第7話

夜中に何かが聞こえたような気がして目を覚ました。
しばらくの間暗闇で耳を済ませていると、その音はすぐ横で聞こえていて、僕は寝袋を開け、体を起こして彼の様子をうかがった。
体を丸めるように縮めて眠っていたルルーシュは、その瞳から大粒の涙を流しながら声にならない悲鳴を上げていた。

「え?ルルーシュ?」

よく見るとがたがたと彼の体は小刻みに震えていて、尋常ではないその様子に、僕は慌てて彼を起こそうとその肩に触れた。
その瞬間、頭に中に何かが流れてきた。
この感覚には覚えがある。
ナリタ戦で、そして行政特区でC.C.が接触してきた時、そして神根島で、あの赤い光に包まれた時感じたもの。
真っ白の空間に笑顔のユフィのイメージが現れ、屈託のない笑顔で何かを話しかけていた。
安定しないイメージは何度も消えては現れ、だがそのどれもがユフィの、あの行政特区でのユフィのものだった。
その間、絶え間なくルルーシュの声にならない悲鳴が頭に響く。
彼の方へと伸ばした手に体温がまだ感じられ、僕は流れるユフィのイメージを見ながら、目の前にあるはずの体を抱きしめた。
震える体を両腕に感じながら、じっとその映像を見つめていると、やがて白い空間に色がつき、イメージは流れるのをやめた。
一瞬自分が何処にいるのかわからなくなるほど、リアルな空間に投げ出された僕は思わず辺りを見回した。
薄暗いその場所は見覚えがある。G1ベースの中だ。そしてその部屋の床に左目を抑え、苦しそうに蹲るゼロの衣装を着たルルーシュと、「ルルーシュ」とその名を呼び、彼に駆け寄るユフィの姿があった。
まるで、今この場で現実に起こっているようなその姿に、僕は身動きが取れないまま、立ち尽くしていた。
腕には目には見えないが、震える彼の体があるので、これが現実ではないことだけは分かった。
だって現実のはずがない。ゼロは仮面を外し、ルルーシュのその姿を晒している。
ユフィが彼の正体を知っていたはずはない。これは彼が見ている悪夢だ。
彼女がその肩に触れそうになった時、ゼロは彼女の手を振り払った。
立ち上がり、左目を抑えながら、強い意志を秘めたその瞳で彼女を睨みつけた。

「やめろ!これ以上、俺を憐れむな!俺に同情するな!ほどこしは受けない!俺は自分の力で手に入れてみせる!そのためには」

なんて勝手な言い分、僕がゼロを睨みつけたその時、別の声が頭に響いた。

『止めるなユフィ!止めないでくれ!俺の、そのギアスにかかってくれ、お願いだ!ユフィ!!』

え?僕は今彼が言ったことを理解できなかった。止めないでくれ?何を?

「汚れてもらうぞ、ユーフェミア・リ・ブリタニア!」

姿勢を正したユーフェミアがそんなルルーシュを見つめていて、ルルーシュはその呪われた瞳から手を離した。

『止めるなユフィ!』

再び彼の叫び、そしてゼロの瞳は赤く染まる。まただ、止めるな?何を言っている。
お前は彼女にギアスを掛けたんじゃないか!!
あんな最低な、卑劣な力で、彼女をまだ汚すつもりか。夢の中でまで!僕は自分の両腕に憎しみを込めて、力を入れた。

「その名は返上しました」

凛とした声でゼロを見据えそういった少女の姿に、ゼロは動きを止めた。
名前の返上?何の話だ?

『だめだ、ギアスをかけろ!彼女の話は聞くな!』

腕の中の彼がギアスをかけろと叫び続ける。
その声をどこか遠くで聞きながら、僕は目の前の光景に目を奪われた。
それは、皇位継承権を返上し、ブリタニアの一市民となること、その対価としてゼロの罪を取り消す事をユーフェミアがゼロに告げていた。
僕はそんな話は知らない。なぜ彼女がそこまでする必要がある?これはルルーシュの夢、彼の望みが夢となって現れたもの。 なんて酷い男だ。夢の中でまで彼女から奪い続けるのか。
だが、そう思おうと、ゼロを憎もうとしても、腕の中の彼が僕の考えに違和感を与える。
彼は震えながら叫び続けている。話を聞くな、予定通りギアスをかけろ、かけてくれと、まるで懇願するように。
何かがおかしい、これは本当に彼の夢なのか?ルルーシュに都合のいい夢にしか見えないのに、悪夢では無いはずなのに、なぜ彼はこんなに震え、怯え、嘆いている? これはルルーシュではなく、ナナリーのためだというユフィ。ゼロは呆然とした様子で、そのユフィの話を聞いていた。

「ね、ルルーシュ。私は本当に大事なものは何も失っていないの」

そうにっこり笑うユフィは僕もよく知る彼女のもので、本来なら今後大変な生活を送ることを理解っていながらも、自分たち兄妹を守ろうとした異母妹に感謝するべき場面。 だが、彼はそれ以上言うな、俺を惑わせるな、何も聞くな、当初の目的を果たせ、彼女にギアスをかけろ、と叫び続ける。
なんだ?何なんだ?この状況で、なぜ?
目の前の二人の、和やかになっている空気とは逆に、悲壮さを増す彼の懇願に、僕はいつの間にか自分が震えていることに気がついた。
おかしい、おかしい、おかしい。本当に夢なのか?本当に、ただの悪夢なのか?そう、僕が思いたいだけなんじゃないのか?
だって、以前この妙な力を感じた時に見たのは、過去の僕自身の記憶だったんじゃないか?
では、これは、なんなんだ?
困惑し、自身の震えを抑えるために、腕の中の彼を抱きしめる。

「ただのユフィなら・・・一緒にやってくれる?」

真剣な面差しで手を差し出すユフィ。
あの日の行政特区での兄妹の邂逅、その光景に、彼の悲痛な叫びが更に大きくなる。やめろ、やめてくれ、と。

「君は俺にとって最悪の敵だったよ。だが、最後は君の勝ちだ」

差し出されたユフィの手、そしてそれを握り返したルルーシュの手。
ああ、これは僕が夢見た理想の未来。
あの日、ルルーシュが彼女の手をとってくれればと、何度考え夢見たことだろう。
それが今、目の前で行われていた。
僕の瞳から涙が零れた。この光景を僕はずっと見たかったのだから。だけど、腕の中の彼は声にならない悲鳴を上げる。
その震えはますますひどくなり、もし彼の姿を見ることができるのなら、きっとその腕を懸命に伸ばし、二人を止めようとする姿が見えただろう。
目の前の夢の様な光景と腕の中の恐怖に怯える存在。対極の存在は僕の頭を混乱させた。

「それにしても、私って信用ないのね」

既に兄妹の、穏やかな雰囲気のその場で、彼女がそういったその瞬間、腕の中の体はビクリと大きく震えた。

「ん?」
「脅かされたからって、私がルルーシュを本当に撃つとでも思ったの?」

ルルーシュを撃つ?何の話だ?

「ああ」

苦笑したその表情は、いつもナナリーにしか見せない、慈愛に満ちた兄の顔。

「違うんだよ。俺が本気で命令をしたら、誰だって逆らえないんだ」

それはつまり、ギアスの力をユフィに告白しているということで。

『やめろ!言うな!ユフィ!聞くな!聞いちゃ駄目だ!!!』

今まで以上の、この空間を震わせるような悲痛な声が響き渡る。

「俺を撃て、スザクを解任しろ。なんでも、どんな命令でもね」

悲痛な声とは無縁なはずの、兄が妹へ秘密を打ち明けている、そんな会話。

『ユフィ!ユフィッ!!やめろ!やめてくれ!!』

だがその内容は、絶対遵守の力を説明するためのもので。
彼に体力馬鹿と言われている僕でさえ、すでに彼の悲鳴の意味に気がついていた。そんなことは、でも、ああ、まさか。

「なんなの、それ」

ユフィが信じられないと、クスクスと笑う。
だめだ、ユフィ。そこで信じるんだ。そこで信じなきゃ駄目だ。

「例えば、日本人を殺せと命令したら、君の意志とは関係なく」

腕の中の彼は声にならない悲鳴を上げ、僕はざわりと全身が震え、救いを求めるよう、腕に力を込めた。
ユフィが突然小さな悲鳴を上げながら、体を震わせた。
ゼロは、突然のユフィの変化に戸惑い、次の瞬間すべてを悟った。

「嫌、殺したくない」
『ユフィ!ユフィ!止めろ、止めるんだ!そんなこと、考えてはいけない!!』

必死にその力に力に抗いっていた。だが、彼女はやがて告げる。

「そうね。日本人は、殺さなきゃ」

あのユフィの口から、その言葉がスルリと出てきたことに、全身がざわりと粟立つ。
だれだ、これは。ここにいるのは、彼女の姿をしているのは、誰だ?
落ちていた銃を拾った彼女をゼロは止めようと手を伸ばしたその時、小さな悲鳴とともにゼロは左目を抑え、足元をふらつかせた。
その間に彼女は走り出す。

『ユフィ!ユフィっ!!スザク!スザク!スザク!!ユフィを!スザク!』

ユフィの名前を呼び続けていた彼が、助けを求めるように僕の名を呼んだ。

『ああ、でも駄目だ!スザクは日本人だ!ユフィはスザクを殺そうとする、スザクは俺の呪いでユフィを殺してしまう!!』

倒れている僕をみて、気を失っているだけだと判断し、ユフィの後を追うゼロ。
まだ間に合う、まだ間に合うのに、ブリタニアの兵がゼロの邪魔をする。

『ユフィ!撃つな!君が撃つのは日本人じゃない、この俺だ!ゼロを君が撃てばそれだけで日本人は決起する! テロリストゼロを撃った君はブリタニアの英雄だ!撃たれるのは俺だけでいいんだ!だからやめろ!撃たないでくれ!!』

だが、無常にも鳴り響くその音が、惨劇の開始の合図となった。

「さあ、ブリタニアの兵士の皆さん!命令ですよ、殺してください」

あのユフィの明るい声で、命を奪えと命令が下される。
・・・僕は、ずっと疑っていた。
ブリタニアの兵士たちがあっさりと虐殺をしたのは、ゼロが、ルルーシュが彼らにもギアスを掛けたのだと。
でも違った。彼らは、ただ王族に命じられ、その命に嬉々として従っていた。
ゼロも当然標的となる。普段の彼では考えられないほどの身のこなしと、そのギアスでどうにか銃撃をかわし続けながら、それでもユフィの元へ向かおうとするゼロ。
本来ゼロである彼が、絶対に呼んではいけない愛称である、ユフィという名を叫びながら、必死に走り続けていた。
だが、その彼もついに彼女を止めるのを諦める。彼を救世主と呼び、救いを求める日本人の言葉で。

『俺は救世主じゃない!妹一人救えず、すべての罪を押し付けるような俺が救世主になどっ!』

ガウェインのコックピット、その前部座席にはC.C.が座っていた。
ゼロがこの惨劇を自分が望んだわけではないと告白するの姿に、彼は否定の声を上げる。

『違う、違うっ!間違っているぞ!俺は最初から、ユフィに日本人を殺させる計画を、この惨劇を引き起こす計画を立てていた! 彼女はギアスの暴走なんかでっ!事故なんかで日本人を虐殺したわけではない!これは、すべて俺が望んだこと、俺が命じたこと、すべて計画の通りだ、事故だなんて言わせない! そんな理由俺は認めない!彼女の犠牲を無駄だったなんて言わせてなるものか!!俺はもう立ち止まれない、立ち止まらない!俺はギアスなどには負けはしない! 俺はゼロ、ゼロに心などいらない!だから殺した、クロヴィスを!ユフィを!』

彼が悲痛な叫びを上げている間にも次々と場面は移り変わる。
そして、二人が対峙した、あの瞬間となった。

「あら、日本人かと思っちゃいました。ね、考えたんだけど、一緒に行政特区日本の設立宣言を・・・あれ、日本?」

無邪気な笑顔で銃器を構え、そしてギアスに侵される前の彼女の望みを口にする。
その姿に、僕は心が凍てつくような、冷たい恐怖を感じた。
ギアスに操られても尚、彼女の心には日本人を救いたいと願うユフィも残っていた。

「ああ。できればそうしたかったよ。君と共に」

そして銃声が鳴り響く。そう、これはあの日僕が見た光景。
これは悪夢ではなく、悪夢よりも酷い現実。行政特区の真実。
彼女が倒れたその瞬間、僕の意識は現実に引き戻された。



視界に映るのは薄暗い洞窟。
そして腕の中には未だ震える彼の体。
骨が軋むほど入れていた両腕の力を抜く。きっとこれも痣になるだろう。
目を覚まさない彼は、あの夢の続きに囚われているようだった。
僕はまだ全てを受け入れる事はできなくて、どこか呆けたままの意識で、意識なく眠る彼の体を動かし、僕の方へ向かせると、その頬を濡らすその涙を拭った。
そして、震えるその体を優しく腕に抱き、そのまま目を閉じた。








スザクは行政特区の真実を知った。
ルルーシュへのスザクの好感度と友情度がかなり回復した。
ルルーシュの心の傷が抉られた。
ルルーシュの両腕と、背中に痣ができた。

なかなか次のキャラを出すタイミングが出てこないので、今後の「のんびりまったり漂流生活」を考えると、行政特区バレも手かと二人きりの間に一方的強制バレ。
早く騎士団側と合流させたい。ブリタニア側は誰出せばいいのか困ってます。ロイドとジェレミアは、最初からいるとチートっぽくて出せない。
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