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魚が焼ける匂いがしてきて、ルルーシュは思わず目を開けた。 洞窟の一番奥で、寝袋に入って寝ていたはずなのに、今は洞窟の入口の光の当たる場所にうつ伏せに寝ていて、寝袋は体の下に敷かれている。 俺はそんなに寝相が悪かったのか?と、寝起きで回転の鈍い頭を一度振り、重い体をなんとか起こすと、体にかけられていた毛布がはらりと落ちた。 「・・・って、何で俺は裸なんだ!」 裸?裸だと!昨日寝るときは間違いなく、シャツを着ていたはず。ならば何故、今は着ていないんだ?寝ぼけて脱いだのか?今までそんな奇行をしたことなど一度もない! ・・・いやまて。着ていない、ということは。 そのことの意味に気が付き、ルルーシュの顔はさっと青ざめた。 「あ、おはようルルーシュ。早いね、まだ寝てていいのに」 ルルーシュの声に気がついたのか洞窟の外から、ひょこっとスザクが顔を覗かせた。 「スッスザク、お、おはよう」 この状況、この場所、スザクにコレを見られたということか。 もう意味は無いとわかっていても、慌てて、毛布を肩にかけるが、スザクはニコリと笑いながら、ルルーシュの側に近寄ると、その毛布を剥ぎとった。 白磁のような肌にくっきりと残されているのは青黒い痣。 「で、ルルーシュ?僕になにか言うことは無いかな?」 ニコニコと、笑顔でスザクは聞いてくるが、その目は笑っていなかった。 体に残っている痣を何故話さなかったのか、ということ。そして、これだけの力が加わっていながら、平然としていられたのか、ということ。その答えを言え、ということなのだろう。だが、ルルーシュはその話を避け続けていたし、教えるつもりなど無かった。 コレはまずい。どうにか話を逸らせないだろうか。ルルーシュは内心焦りながら、自分の体に残っている痣を確認した。その痣の上に何かが張り付いているのを見て、ルルーシュは虫か何かが張り付いているのかと、思わず身震いした。 「何だ、この、緑色の物体は。しかも痣が増えているだと!?」 謎の緑色の物体が痣のある部分を覆い隠すように張り付いており、さらに視線を下したルルーシュは、両腕についていた直線状の痣に気がついた。コレに関しては原因が思いつかず、困惑しているようだった。 「痣が増えたのは、昨日僕が寝ぼけて君に抱きついたせい。その緑色のは、ほらコレ。アロエの果肉だよ。そろそろ乾いてきたから交換したほうが良さそうだね。」 スザクはごめんね、と言いながら、ルルーシュの枕元に置いていたアロエの葉を手に取ると、器用にナイフで表面の葉を剥ぎ取り、貼り付けていた乾いた果肉を剥がし、新しい果肉を貼り付けた。 「今朝、鍛錬のついでにあちこち見て回ってたら、アロエの群生地を見つけたんだ。アロエは炎症に効くから摘んできた。ほら、ルルーシュうつ伏せに寝て。背中も張るから」 「・・・背中にもあるのか」 「抱きついたって言っただろ?背中は結構酷いんだ」 これより酷いってどんな状態なんだと、背中を見ようとしたが、丁度見えない場所だった。早く、と促されるので、仕方なく、言われるままうつぶせになると、背中にも果肉が貼られていく。 「ルルーシュ、もう一度聞くよ?僕に何か言うことはないかな?」 手はアロエを貼る作業を続けながらも、その視線はルルーシュの顔から離さずに、スザクは質問した。その視線から逃れるよう、ルルーシュは顔を寝袋に埋める。 その様子に、あからさまに大きな溜め息を吐いたスザクは、痣の上全部にアロエを貼ると、その体に毛布をかけた。 「おい、毛布がアロエの汁で汚れるだろ」 「今更だよ、気になるなら後で洗えばいい。患部は冷やしたいけど、体は冷やしたくないからね。昨日、この状況で病気になったら命にかかわるって言ったのは誰だった?」 「・・・俺は大丈夫だ」 「大丈夫なはず無いだろ。ルルーシュ、もう一度だけ聞く。僕に言うことは無いか?」 先ほどとは一転し、低い声音でスザクはルルーシュに質問を繰り返す。 「別に話すことなど」 「そう?なら僕にも考えがある。この奇妙な場所で、共に行動するには、君の状態は不可解で危険すぎる。この島を調べたり、食材を集めるのは僕がやるから、君はここに居ろ。それが出来ないというのであれば、・・そうだな、君の足を折ることになる」 低く、怒りを込めた声音で、恐ろしいことを言い放ったスザクに、ルルーシュは本気だと感じ、後ろを振り返った。 「だって仕方がないだろ?君は君の体のことを僕に隠している。君の体はどう考えても普通じゃない。そんな人間にうろつかれたら迷惑だ」 「だとしても足を折るだと!?」 スザクは、無表情のまま、目を細め、その手をルルーシュの左足に載せた。 「大丈夫、綺麗に折るから。添え木さえちゃんとしておけば、問題ないよ。どうせ、痛みは感じないんだろう?」 冷たく、感情の籠もらない声で言われたその内容に、ルルーシュは息を呑み、顔色がさっと変わった。 その変化に、スザクはルルーシュの左足に乗せていた指にわずかに力を込める。 ルルーシュは眉根を寄せ、ギリッと歯がなるほど噛みしめると、キッと鋭い目でスザクを睨みつけた。 スザクは本気だ。このままでは間違いなく足を折る。話した所で何も変わらないが、話さなければ行動を封じられる。 傷を見られ、痛みを感じないとスザクに知られた時点で、ルルーシュに選択肢はない。 「・・・っ、わかった。分かったから止めろ、スザク!」 「理解ってくれて嬉しいよ、ルルーシュ」 ルルーシュが降参したのを確認すると、その手をルルーシュの足から離した。 「先に行っておくが!理由は俺にもわからないし、何時からなのかもハッキリはしていない」 「うん」 「気がついたらこういう体質になっていたんだ。だが日常生活には全く支障はない」 「・・・で、どういう体質?」 スザクが何時になく真剣な顔でじっと見つめるので、ルルーシュは居た堪れなくなり顔を背けて俯いた。 なかなか話し出さないルルーシュを促すこと無く、スザクは話し始めるのを待った。 ここまで話すのを拒絶したのだから、自分の体のこと、特に自分の弱点となる事を話すための心の準備は必要だろう。 どの位そうしていたかは判らないが、やがてルルーシュは、聞こえるかどうかの小さな声でポツリと呟いた。 「・・・知覚異常だ」 「知覚異常?」 「感覚異常、あるいは感覚障害といったほうが解りやすいか。痛覚が麻痺して痛みは全く感じない。温度感覚も無く、氷や火に触れても何も感じない。圧覚もかなり鈍くなっていているな。触覚は、多少鈍くなっているが、さほど問題はない。・・・他の五感は、問題ないからな」 大したことではないのだ、と言うルルーシュのその状態。 やはりスザクがあの時感じた感覚が正しかったことを理解した。 ルルーシュは今、人が本来持っている自分を守ろうとする自己防衛本能が完全に機能していない。 正常な思考のルルーシュなら、たとえ痛みがなくても、これほどの傷が及ぼす影響を理解し、これ以上悪化しないよう思考を巡らせるはずだ。 だが、今のルルーシュにそれはない。この傷を治そうとか、これ以上体に負荷をかけないように、という考えがない。その本能が欠落している。 痛みとは、体を守るために感じるものだ。 その体を守る信号が働かない事で、いつものルルーシュなら疲れて止める、あるいは力不足の作業でさえ、問題なくこなしてしまう。 こなせはするが、それはルルーシュの筋肉や内臓に確実にダメージを与え、確実に蓄積されている。 彼は、さすがに骨を折られたら動けなくなると考えたのだろうが、足を折っても、添え木をしてしまえば歩けることに気が付き、僕に隠れて動き回るだろう。 もし本当にここから動けないようにするなら、折った後治療をしてはいけない。片足でも動き回る。なら両足を。彼は腕だけでも動こうとするだろう。なら両腕も。 その想像にスザクは全身が粟立った。 怖い。只々ルルーシュが怖い。これは、気づかない間に死んでいるのではないかという、彼の死に対する恐怖だ。 いったい何が原因なんだ?皇帝のギアスが脳に悪影響を与えた可能性は? あの夢の中でルルーシュはギアスの左目に痛みを感じていたから、絶対遵守のギアスの影響かもしれない。 あれだけ強力な力を、何のリスクもなく手に入れられるなんて、そもそも有り得ないんじゃないか? あるいは僕がルルーシュの仮面を撃ったあの時、弾丸自体は仮面にあたったが、その衝撃が脳に何か損傷を与えたのかもしれない。 いや、戦闘が原因なら、可能性は幾らでもある。 「大丈夫かスザク。顔色が悪いぞ?」 「え?ああ、うん・・・その、ああもう、どうしたらいいんだ」 顔色を赤くしたり青くしたりしながら、スザクは何やらぐるぐると考え込んでいた。 オロオロと、まるで迷子の子犬のようなその様子に思わず苦笑する。 これは演技ではない。俺のことが憎いはずなのに、まだ心配してくれるのか?スザクの優しさは昔から変わらないな。 そのことに嬉しく、そして悲しくなり、ルルーシュは苦笑するしか無かった。 今更気づいたところで、何も変わらないし変えられない。俺は自分が異常な事も、俺の中が壊れている事も知っている。 それが俺自身にどういう影響を与え、お前から見て奇妙な行動をしているのかも、理解は、している。 この状況は、普通を装いきれなかった俺のミスだ。 「俺は大丈夫だと言っただろ。知ったところで何も出来ない。原因を考えたところで予想にしかならないし、現状が変わるわけでもない。ならば、できるだけ怪我をしないように注意しながら、普通に生活をするのが一番なんだよ」 「だけど、それは」 「ストレスのような、精神的なものかもしれない。だとすれば、気にるればするほど悪化する。なら、外傷に注意をして、普段通りに行動するべきだろ?」 「・・・ルルーシュ」 泣きそうな顔でこちらを見つめているので、うつ伏せに寝ていたその体を起こし、その柔らかな髪に手を伸ばした。 俺の髪とは全く違う、ふわふわな髪が、指に絡みつく。 ナナリーの髪もフワフワとしたくせ毛で、幼いころはナナリーとスザクの髪を見ていると、なぜだか一人だけ仲間はずれになった気分がして、俺も同じような髪だったらよかったのに、と思ったものだ。 「心配してくれるのは嬉しいが、心配しすぎて拘束する、というのであれば、俺はお前とは別行動を取るだけだ」 「それは駄目だ!」 その言葉に、目を見開いたスザクが、身を乗り出して拒否を示した。 「ダメと言われても、俺は拘束されるなど御免だ。お前は俺と同じ体質になったら、拘束されても文句は言わないのか?」 「それは・・・でも、ルルーシュは無理をしすぎだ。こんな状態なら、もっと僕を頼ってくれても良いじゃ無いか」 「ラウンズのセブン様に雑用を?」 「ルルーシュ!」 「冗談だ、そう怒るな。俺が悪かったよ。これからは力仕事はお前に任せるし、怪我にも十分注意する。と言っても今回はお前が原因なんだが」 なにせ怪我をさせた張本人はスザクで、スザクが力加減を誤りさえしなければ、ルルーシュは体中に痣など作ることはなかったのだ。 つまり、この体質をスザクに暴露する必要もなかった、ということ。 「うっ、ゴメン。つい力が入りすぎて。僕も注意するよ。だから無茶はしないで。どこか行くときは必ず僕と行くこと。いいね?」 まるで聞き分けのない子供に諭すように、スザクは真剣な眼差しでルルーシュの目を見つめながら言った。 ルルーシュはその視線から逃れるよう、顔を背け、視線を彷徨わせると「善処する」とポツリと呟いた。 「・・・わかった。とりあえず今はそれでいいよ。ルルーシュ、今日は一日休んでて。海は明日行こう」 「一日寝てろと?」 「寝てなくてもいいけど、あまり力を使うことはしないで?」 「わかったよ。なら、竹を細工して籠や罠でも作るか」 長話をしている間に冷めてしまった焼き魚を食べながら、どういう罠を作るのか二人で話し合った。 ルルーシュへのスザクの過保護度が上がった。 ルルーシュへのスザクの友情度がかなり回復した。 スザクへのルルーシュの友情度が回復した。 ルルーシュは知覚異常だった。 知覚異常がどんなものかは管理人は知りません。あくまでもファンタジーな設定ですのでツッコミはいれないで下さい。 アロエがどれほど効果があるかも知りませんが、この話ではかぶれることもない万能薬草です。 |